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メンドクサイ男心は察せません



 ハンバーグは豆腐と鶏ひき肉を合わせて作られていてふっくら柔らかく、中に人参と玉ねぎ、大きめのれんこんが入ってて食感も楽しかった。

 上にかかっている和風味のあんはえのきとしいたけ入りで、彩りに上からネギが散らしてあって見た目も文句なしに美味しい。

 同じお皿に千切りキャベツとレタスが乗せられ、きゅうりとトマト、それからポテトサラダまで仲良く並んでいる。

 小鉢にはひじきの和え物。

 汁物は鶏肉とごぼうとかぼちゃのお味噌汁だった。


「おいし~い!」


 こんなにたくさんの野菜を使ったランチだったら毎日でもいい。

 味付けもそんなに濃くなくてすごく好みだ。

 お味噌汁は煮干しでだしをとっていて素朴で温かい味だし、ポテトサラダはじゃがいもの形を残して隠し味にマスタードが入ってて満足感もある。

 サラダのドレッシングも手作りなのかすごくフレッシュで美味しいし。


「銀次さん、週の半分もこんなに美味しいランチ食べてるんですね……」


 しかも残りの半分はコン汰さんのおいなりさん食べてるんでしょ!?

 なんて羨ましい!


「ランチ以外も美味いから、週末寺に来た時にでも食いに来ればいい。オレのお勧めは、これな」

「ナポリタン?」

「そ」


 鉄板で出てきたナポリタンはジュウジュウ美味しそうな音をさせていた。

 ケチャップ味のナポリタンの横に目玉焼きがこれまたプルプルと誘ってくる。


「マジ美味い。これ一回食べたら他の店で食べれなくなる」


 クルクルとフォークに麺を雑に絡めて口に運んで残りを軽く啜るようにして食べている銀次さんの視線は鉄板の上に釘付けだ。


 うん。

 確かにすごくいい香りがするし、美味しそうだ。


 今度絶対食べようと心に刻んで自分が頼んだランチに集中する。

 このランチだって本当に美味しいんだから残念がる必要なんてなにもないんだけど。

 こうも美味しそうに食べられたらなぁ。


「なに?そんなに食べたいなら食う?」

「いえ、滅相もない!今度の楽しみにとっておくので」


 気にせずどうぞってしらを切ったけど、相当私物欲しそうな顔で見てたのかも。

 やばい、やばい。


 慌てて顔を伏せて黙々と食べているとあっという間に食べ終わってしまった。

 いや、ほんとに美味しい。


「ごちそうさまでした」


 デザートが残っているけどひとます手を合わせて食事を終える。

 私が水を二口ほど飲んでいる間に銀次さんも全て平らげてしまった。


 けっこうほっそりしているように見えるけどやっぱり男の人なんだなぁ。


 感心しているとスマートな動作で直樹さんが現れ、テーブルの上の食器を片づけて笑顔で下がり、入れ代りに二つの白いお皿を持った恵子さんが颯爽と登場する。


「失礼します。食後のデザートとコーヒーお持ちしました」


 私の前にはチーズケーキ、銀次さんの前にコーヒーゼリーを置いて恵子さんが一歩下がるとすぐに直樹さんが流れるようにコーヒーを持ってきた。


 夫婦の息の合ったコンビネーションに思わず拍手すると照れたように二人は微笑んで「ごゆっくり」と残してカウンターへと戻って行く。


「すごいね」

「こういう時だけ阿吽の呼吸なんだ。悪趣味な夫婦だろ」


 左腕で頬杖をつき銀次さんは眉を寄せてカウンターからキラキラした目をしてこっちを見ている二人を軽く睨む。


「しょうがないよ。銀次さんのことすごく好きなんだろうから」

「は?誰が?」

「誰って」


 決まってるじゃない。

 そりゃ。


 視線を笑顔の素敵なご夫婦に向けるとすぐに気づいて二人して手を振ってくる。


「ただ面白がってるだけだろ」

「そんなことない。銀次さんと話してる時の感じとか聞いてたらお互いに気を許してるのすごく分かるし、マスターは本当に銀次さんのこと心配してるよ」


 それってどうでもいい人に対してはできないことだから。


「銀次さんだってここが居心地がいいから通ってきてるんでしょ?」

「飯が上手いからだ」

「それもあるかもしれないけど、いくら美味しくても嫌いな人がいるお店には誰も行かないと思う」


 つまり。


「銀次さんもこのお店やマスターや奥さんが好きなんでしょ?」

「…………面倒だから、そういうことにしとく」


 カウンターから目の前のコーヒーに視線を落として、カップを持ち上げながら掠れた声がテーブルに転がる。


「うん」


 ここは銀次さんの顔を立ててからかうのは止めておこう。


 おとなしく白いお皿を引き寄せてフォークを掴む。

 ベイクドタイプのチーズケーキに添えられているのは柔らかめのホイップとブルーベリーソース。

 ミントの葉がアクセントになってなんとも美味しそうだ。

 二度目の「いただきます」をすませてずっしりと詰まったチーズケーキを掬い上げて、ぱくりと頬張ると濃厚なチーズが舌にまとわりつくように広がる。

 二口目はソースをつけて食べるとブルーベリーの甘さと酸味が加わって味が変わり、次はホイップと一緒に口に入れるとミルキーさが増してまた違った味わいがあった。


 更に驚いたことにコーヒーを飲むと口の中の甘さやチーズの濃さがすっと消える。

 後からふんわりとナッツの味がするのはきっとチーズケーキの土台に使っているクッキーと一緒にアーモンドかなにかが入っているんだろうなぁ。


 カフェだけにきっとコーヒーと合うように作っているに違いない。


「……おいしいっ!」


 一口食べるたびに感動している私をテーブルの向こうから銀次さんが生温い目で見ているけど気にしないようにする。


「はぁ……しあわせ」

「そんなに好きならこれもどうぞ」


 すっと押し出されたのは銀次さんの分のコーヒーゼリーだ。


「いやいやいや!断食後はあんまり無茶な食事はしちゃだめなんで」


 今もまだ揚げ物とかの消化しにくいものは食べられないのでね。

 うん。

 食べ過ぎも良くないっていわれてるし。


「またの楽しみにとっておきます」

「そっか。そうだな。断食してたって兄貴に聞いた」

「はい。なので銀次さんが食べてくれないと困る」


 私がずずいっと押された分を押し返すと、なんとも物憂い顔で銀次さんはデザート皿を見下ろした。


 ええっと甘い物本当は苦手だったり……する?

 だとしたら無理やり注文しちゃって悪かったかも。


「あの、銀次さん」


 嫌いなら手を着けずに下げてもらうか、持って帰れるようにお願いできないか聞きましょうと続けようとしたのに。


 銀次さんがぱっと顔を上げて、またあの穴の開くような強い目で見つめてくるから。

 いえなくて。


 でもなんなの?

 これ。


 ちょ、いいたいことあるならさっさといってくれた方がいいんですけど。


「………………匂い」

「は?え?」


 やきもきしてた時間が短かったのか長かったのか分からないけど、ようやく銀次さんが口にした言葉はこともあろうに匂いだった。


 怖い顔してこっちを見てたくせに物申したかったことが匂いについてだとは。


 思えば初めて会った時から銀次さんはそこばっかり気にしてた気がする。


 なに?

 なんなの?

 匂いフェチなの?


 っていうか!


「天音さまが蓋をしてくれたので、しないはずですけどっ?」


 語尾が強くなったのに気づいたのか、銀次さんは一瞬視線を逸らした後で首の後ろに左手をあてる。


「あー……悪い。あんま匂い匂い言われるの、気持ち悪いよな」

「はい」


 いい加減聞き飽きたのもある。


 それに銀次さんがいう匂いっていわゆる普通の匂いじゃないんだから人間の私からすると注意のしようもないし、自分じゃ消すこともできないんだからお手上げなんだよ。


 私にはどうしようもないことを会うたびにいわれるのはやっぱりいやだ。


「そっか、山の姫が」


 納得したように頷いて銀次さんはふうっと長いため息を吐きだしちょっとだけ笑った。

 そして今度は柔らかな視線を上げて。


「すげぇな。紬は」


 と、なぜか褒められた。


「えっと、すごいのは天音さまで私は全然すごくないんだけど……」

「は?すごいだろ。寺の書庫で勉強してるって聞いてるし、毎朝水汲みに行って寺の仕事もして、断食までやって」


 それから。


「狒々を」


 退治したんだろ?


「ちがっ」


 あれは。

 退治したわけじゃない。


「そんなのじゃない」


 それに。


「宗春さんや宗明さんがいなかったらみんな救うことなんてできなかったし」


 一応良く頑張ったって認めてくれたのは嬉しかったけど。

 私だけじゃなにもできなかったから。


「だからもっと色んなことを知って、学びたい――と思っているんですよ。あはは」


 なんか真面目に語っていることが恥ずかしくなって最後は笑ってごまかした。

 できれば銀次さんにも笑ってもらいたかったんだけどなぁ。


「オレも紬を見習って頑張らないとな」


 一向に減らない銀次さんのデザート。

 温くなっていくコーヒー。


 なんとなく「なにを頑張るの?」なんて聞ける雰囲気じゃなかった。

 だからただ頷いて自分の分のコーヒーを飲むと、つられたように銀次さんもカップを持ちぐいっと一息に飲み干して「あとな」とついでのような口調でにこりと微笑んだ。


「力が暴走して寺に行ったって聞いて心配してたら次の日には狒々に襲われたっていうし、そのまま寺でかんづめで修行に入るから会えなくなるしな」

「いや、あの」

「オレが怒ってるのは専門家の忠告はちゃんと聞いとけよってとこと、兄貴から伝言いってるはずなのに、顔も見ずに帰るってどうなの?ってとこ」


 ひぃいい!

 声を荒げてもいないのに銀次さんがすごく怖いんですけど!?


 多分前半の専門家うんぬんの箇所は千秋寺のみんなが帰るなっていうのに「大丈夫です」って危機感無く家に帰っちゃったことを言ってるんだろう。


 そこはもう猛省しているし、同じことがあったらちゃんと従うつもりなので勘弁して欲しい。


 もう一個は。


「えっと、顔も見ずに声もかけないで帰ってごめんなさい」


 あの時間帯は忙しいし、お店に銀次さんがいなかったから配達かなにかでいないんだと思ってたから。


「あの、忘れてたわけじゃ」

「そうだといいな」

「ううっ」

「今度店来て、いなかった時は兄貴に呼び出してもらって」

「はい……そうさせていただきます」


 なんでか、次からはお店に行くたびに会う約束させられてしまった。

 いや別に会うのが嫌だとかじゃないからいいんだけど。


「じゃあ、帰るか」

「あ、そうだね」


 そう言ってさっさと立ち上がる銀次さんに置いて行かれないように慌てるけどいかんせん荷物が多くて。


 すぐに動けない。


 自分の鞄と亜紗美さんからいただいた洋服が入った大きな袋と和菓子屋さんの袋、それから八百屋のおばちゃんから頼まれたほのかのおいなりさん。

 全部抱えてテーブルから離れられた時にはもう銀次さんが会計を済ませている。


「あー!もう、ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃないですかっ」

「いいって」

「よくないですっ。ええっとデザート代二人分で千円でしたよね?」


 右手に洋服の袋、左手に和菓子屋さんとおいなりさんの袋を持ったまま肩にかけた鞄から財布を取ろうとするけどなかなか出てこない。


 ぬぅうん。

 手強い!


「ああ、もう、ちょっと」

「だからいいって。今度来た時、出してくれたらいいから」

「だって、出す気満々だったのにっ」

「だから今度な」

「むー……」


 最後まで必死で財布と格闘してたけど銀次さんの「こんなとこでもめてたら店に迷惑だから」の一言で引き下がることにした。

 レジは入口の近くだから他のお客さんが入ってきたら確かに邪魔になる。

 それにお店はそう広くないからここで押し問答をしているのは店内に聞こえているわけで。


「じゃあ今度は私が全部出します」

「よし。行くか」


 ご馳走さまでしたと銀次さんとレジにいた直樹さんと恵子さんにぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました。またお越しください」

「紬ちゃんまたね」


 手を振って見送ってくれている二人に会釈をしながら先に外に出た銀次さんを追う。

 上着のポケットに手を突っ込んでこっちを向いて待っていてくれた姿はうっかり長時間眺めると目が潰れてしまいそうなくらい美少年だ。


 私がくらくらしながらも八百屋さんまでの道を歩き出すと小人さんたちもおずおずと銀次さんの様子を見ながらついてくる。

 ほのかに戻るんだろうから銀次さんも同じ方向で、着かず離れずの距離でゆっくり進む。


 八百屋さんに辿り着くとおばちゃんは奥の方で椅子に座っていた。

 もしかしたらコン汰さんのおいなりさんが届くのを今か今かと待っていたのかもしれない。


 こんなことなら先に届けておけばよかった。


「すみません。遅くなって」

「ああ、いいんだよ。ありがとね」


 お釣りとおいなりさんが入った袋を差し出すとおばちゃんは明るく笑って「ペコペコの方がもっと美味しく食べられるからさ」なんていってくれる。


「また、ほのかに行く時には私の分も頼むよ」


 嫌な表情ひとつしないおばちゃんの笑顔に先に美味しいものをお腹いっぱい食べた罪悪感がどんどん大きくなるけど、当のおばちゃんが気にしてないようなので、次こそはすぐに届けようと心に刻みつける。


 さてお届け物も済んだので今日の予定はこれで終りだ。


 八百屋さんの横から千秋寺に向かう道へと入るので銀次さんともここでお別れだと振り向くと、なにやら神妙な顔で「寺まで送って行く」と呟いて私を通り越して先へと行ってしまう。


「え?いいよ。だって戻ってお仕事しなきゃでしょ?」


 これ以上私のために時間を割いてもらうのは申し訳ない。

 ちゃんとひとりで商店街まで来れたんだから問題なく帰れるはずだし、そもそも無事に帰り着けないなら宗春さんも外出を許可しないはず。


「いいから、黙って送られとけって。オレもその方が仕事サボる口実になるし」

「えー……それってコン汰さんに迷惑かかるんじゃ」


 ご飯食べている間にすっかりほのかの稼ぎ時を過ぎてしまったけれど、それでも銀次さんが戻らなかったらコン汰さんはお昼の休憩がいつまでも取れないかもしれない。


 余計なお世話かもしれないけど、そのことがすごく気になって手を伸ばして銀次さんの上着の袖を引こうとするとサッと躱された。

 そのまま宙に浮いた状態の手をすかさずぎゅっと握られてしまう。


 しまった。

 妖の反射神経を甘く見てたよ。


「ええっと、銀次さん?」

「オレといる時に兄貴のこと心配とかするの禁止な」

「いやいや。普通するでしょ?だって仕事なんだよ?」


 しかも二人が働いているお店であって、二人のお店じゃないんだから。

 雇われている以上、勤務態度が悪いと雇用主に注意または解雇されちゃうわけで。


「じゃあオレが速く戻れるようにさくさく歩く!」

「うわっ」


 繋いでいる方の手を軽く引かれて、もたもたと歩んでいた足を諌められた。

 成人してからこんな風に手を繋ぐなんてなんだかすごく落ち着かない。


「……なに?照れてんの?」


 銀次さんがクスリと笑いながら指先に力を入れるから更に手のひらが密着して思わず息を飲む。

 体温が一気に上昇して顔に集中しているのが分かっていたたまれない。


「ううぅ……そりゃ銀次さんは慣れてるんだろうけど、私はこういうのほんと免疫ないから」


 知らん顔して平気なフリができればいいんだけど、それはハードルが高すぎる。

 意識していることを知られることも恥ずかしければ、だんだん汗ばんでいる手も恥ずかしいんだよぉ。


「はは。遊び慣れしてる女とばっかりつきあってたからなんか新鮮だわ」

「ね、もう放して。手が」


 冗談じゃないほど汗かいてるから。


 なんなの?

 これってからかって楽しんでるパターンじゃないの?


 ん?

 あ、今気づいたけど。


「ちょっと!他の女性ひとはともかく亜紗美さんは遊び慣れしてる女性じゃないからねっ!」


 昔、銀次さんと亜紗美さんがつきあっていたことを突然思い出して、手を振り払いその勢いでぽかりと肩を叩く。


「いてっ」

「撤回して!」

「あー、はいはい。分かった、分かった」

「もう!その言い方、絶対分かってない!」


 眉間に力を入れて口の端を下げてみても、銀次さんには面白い百面相にしか見えないのか。

 なんともキラキラとした笑顔を浮かべているばかり。


 悔しい。


「そうはいっても亜紗美だってそれなりに男とつきあってたみたいだし、紬が思ってるほど綺麗な女じゃないけどな」

「亜紗美さんは可愛くて、優しくて、素敵な女性ですっ」

「まあ、確かに遊びでつきあっていいような女じゃなかったけど」

「どの女の人とも遊びでつきあっちゃいけません!」


 見た目が美少年だからなんとなく許されているんだろうし、そういう女の人や遊び人の男の人が寄ってくるのかもしれないけど。


 ほんとになぁ。


「コン汰さんも銀次さんみたいに積極的だったらいいのに」

「兄貴は真面目つうか、頭固いんだよ」


 空を見上げてやれやれっていうような感じで息を吐く銀次さんは、なんだかんだ言いつつやっぱりお兄ちゃんが大好きなんだろう。


「まあ、人間相手に本気になるのってやっぱ怖いしな」


 秘密がたくさんの妖側からするとそうなっちゃうのも仕方がない。

 もしかしたら銀次さんが後腐れのない女性ばかりとつきあっていたのはそれが原因なのかも。


 お喋りしながら小道を抜けて千秋寺が見えてきた。

 細く長い階段の下に辿り着き私は銀次さんに向き合ってぺこりと頭を下げたんだけど、同時に靴に群がり期待に輝く目を向けられてはっとなる。


「そうだった!ごめんね。小人さんたち。約束忘れるところだった」


 慌てて荷物を道に下ろして、ポケットからビスケットの袋を取り出す。

 袋の上から叩いて小さく砕き、手のひらに乗せてしゃがむと小人さんたちは行儀よく並んでカケラを取っては散って行く。


「かぁわいいなぁ」


 目が合うと恥じらう子もいれば、飛び上がって喜ぶ子もいる。

 急いで食べてむせちゃう子もいるし、大事にゆっくり食べる子もいる。

 こうやって見ていると個性があってみんな可愛いし、何時間でも見ていられるなぁ。


「紬、終わった?」

「え?あ、銀次さんまだいたの?」


 そのまま観察を続けようとしていたのに声をかけられてぼんやりとした顔を上向かせると、銀次さんが左の瞳だけを細めて唇だけで微笑んだ。


 なに?

 そのそわそわするような微笑みは。

 ここは逃げた方がよさそう?


「ええっと、帰ります。送ってくれてありがとうございました!」


 荷物をかき集めて胸に抱き、そそくさと立ち上がって階段に足をかけた。

 後ろからククッと笑う声が聞こえて来たので振り返って軽く睨んで。


「じゃあ銀次さん、また」

「ああ、またな」


 再会を望み約束する言葉を交わして別れた。




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