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タラテクト・ゼラ その3

(* ̄∇ ̄)ノ 幼き頃のゼラ、その後。タラテクト・ゼラ、これでラスト。


「奇妙な洞窟?」


 ウィラーイン諜報部隊フクロウのクチバの報告を受けたカダールが訝しげな顔をする。


「詳しく説明してくれ」

「はい」


 領主館の二階の一室でカダールはクチバの報告を聞く。


「ハンターが森の中で小さな洞窟を発見。ハンターギルドへと報告しました。ハンターギルドが調べたところ洞窟の内部に奇妙なものがあり、どうしたものかとハンターギルドより相談されました。それで私もその洞窟に行ってみたのですが」

「何があった?」

「洞窟の中はさほど広くは無いのですが。その洞窟にあったのは蜘蛛の脱け殻です。大きさからブラックウィドウではないかと」

「ブラックウィドウの脱け殻? 珍しいものでも無いだろう?」

「そーですね。その大蜘蛛の脱け殻の他にはハンカチに子供のサイズのシャツやパンツ。カップにスプーンなどの食器。金属以外のものは風化で変色したりしてましたが」

「どういうことだ? ローグシーの子供が拐われて、その洞窟でブラックウィドウに食われたとでもいうのか?」

「その可能性もありますが、洞窟内部に人の骨などはありませんでした。なので現場はそのまま保存して立ち入り禁止とし、魔獣研究者ルブセィラさんに一度調べてもらえないかと」

「むう……」


 カダールは顎に手を当て考える。ゼラが聖獣として認定されたローグシーの街。ゼラは蜘蛛の姫、西の聖獣と呼ばれ街の住人には人気がある。一部ではその人気が有り過ぎることがたまに問題になったりする。

 ゼラの蜘蛛の体毛が闇で高値で取引されるとか、ゼラの姿を象った彫像が盗まれたりとか。

 

 蜘蛛の脱け殻があったからと言ってゼラと関係がある、というのは短絡的で魔獣深森には蜘蛛の魔獣もいる。

 だが、蜘蛛の脱け殻のある洞窟に子供の衣服や食器があるのは奇妙だ。まさか、子供が森でブラックウィドウと一緒に暮らす筈が無い。

 おかしな洞窟に蜘蛛の脱け殻となれば、ゼラと関連づける者が騒ぐことも有り得る。


「その洞窟を調べる必要がある。ルブセィラを連れて洞窟を調べて、洞窟の中のものは回収するとしようか」

「調べるだけなら私とルブセィラさんとフクロウの隊員で行きますが、回収するとなると人手が必要ですね」

「俺もその洞窟を見てみる。黒の聖獣警護隊からも調査部隊を編成しよう。回収するものが多いのであれば馬車も必要か?」

「そーですね。念の為に回収品も隠蔽しましょうか。ゼラちゃん、おっと、ゼラ様も一緒に行きますか?」

「ゼラにはカラァとジプソフィを見ていて貰う。ゼラも一緒に行くとなると目立つだろうし。ルブセィラが調べて、ゼラにも見てもらう必要があるときは、改めて行くとしよう」

「わかりました」


 クチバは調査部隊の編成についてカダールと話をまとめる。


「ところで、クチバはいつからゼラを様付けで呼ぶようになった? 前はゼラちゃん、と呼んでなかったか?」

「カダール様の妻で教会の認める聖獣ですから、けじめはつけませんと」

「ゼラは様呼びされるのは好きじゃ無いんだが」

「そーですね。なので気取る必要の無いときはゼラちゃんと呼んでますよ。外でそう呼ばないように気をつけているだけです」


 調査部隊を編成し、カダール達は森へと向かう。森の入り口に馬車を置き、カダール、エクアド、クチバ、ルブセィラ、黒の聖獣警護隊とウィラーイン諜報部隊フクロウの隊員が森へと入る。

 魔獣深森の浅部、ローグシーの街からわりと近いところに問題の洞窟がある。

 洞窟の入り口は布で覆われ、フクロウの隊員とハンターが見張るところで、エクアドがクチバに訊ねる。


「何故、ローグシーの街から近いこんなところに未発見の洞窟が?」

「その辺りもルブセィラさんに調べてもらえないかと」


 ハンターギルドの印と立ち入り禁止と書かれた黄色い布を外すと、洞窟の入り口が現れる。カダールとエクアドが立ったまま入れば、頭が天井へとぶつかりそうな小さな洞窟。


「洞窟、というよりはブルーベアとかの住み処のような」


 洞窟の入り口を見るカダールが呟く。周りは草に覆われ、遺跡迷宮というよりは魔獣が穴を掘った巣のように見える洞窟。ルブセィラ女史が洞窟の入り口のあちこちを調べる。


「ほう、なるほど」

「何か解ったか? ルブセィラ?」

「見て下さい。洞窟の入り口、壁のところに粘着質の糸の痕跡があります。これが洞窟を隠していたのでしょう」

「詳しく、頼む」

「地中に穴を掘り、その入り口を隠すことからトタテグモと呼ばれる種類の土中に巣を作る蜘蛛がいます。おそらくはこの洞窟の入り口は、トタテグモの巣のように蓋をされ、カモフラージュされていたのでしょう。そのためこれまで発見されなかった。その蓋が風雨で流されたのか、経年劣化かで落ちてしまい洞窟の入り口が見えるようになった、ということでは」

「ルブセィラ、巣の入り口を隠す大きな蜘蛛型魔獣というのは、俺は聞いたことは無いんだが」

「ブラックウィドウが洞窟に住み、その入り口を巧妙に隠すというのは、私も聞いたことがありません」


 ルブセィラ女史が眼鏡をキラリと光らせる。


「なるべくローグシーの街に近い森の浅部に、見つからないように隠れて住む蜘蛛の痕跡。これはもしかすると、進化前のゼラさんの暮らしていたところかもしれませんね。ふふふ」

「ゼラとは無関係のブラックウィドウの変異種の可能性は?」

「変異種ですか。一代限りの特殊な個体をもともと変異種と呼んでいましたが、変異種が多く見られるのは魔獣深森の深部です。王種誕生からその種が爆発的に増えるときにも変異種は誕生しますが、ブラックウィドウの王種誕生という事態はありません」

「中央の魔蟲新森誕生以来、魔獣深森の魔獣も変化しているだろう」

「マッチョオーク、マッチョコボルトといった従来より筋力に優れた変異種が確認されています。これらはその数からみて変異種から亜種へと定着したようですね。スライムは亜種が多くゴブリンは変異種が多く、変異種と亜種の区別は長く観察して見極める必要がありますが」


 ルブセィラ女史の話が脱線しかけたところでクチバが口を挟む。


「この洞窟の中で発見された子供の衣服に、蜘蛛の脱け殻から見て、古いもののようです。魔獣深森の魔獣の強化よりは以前のもので、時期が会いません」

「その衣服に脱け殻を持ち帰り、ゼラに見せてみるのが早いかもしれんな」


 フクロウのクチバが呪文を唱え印を切り、魔術の明かりを灯す。


「洞窟の中は狭いので、入るのは二人ずつで」


 カダールは、中がどうなっているのか興味が湧く。


(進化前のゼラが住んでいたかもしれない洞窟、か。では、中にある食器に子供用の下着や衣服というのは、なんだ? ゼラであれば俺との約束を守り、人は襲わず食べずにいた。ゼラで無いとすると、未発見の蜘蛛型魔獣が住んでいた、ということになるのか?)


 クチバとルブセィラ女史が先に入り洞窟の中を調べる。その間、カダールとエクアドは洞窟の中のものを回収する準備を進める。

 じっくりと調べてきたのか時間をかけて、洞窟から出てきたルブセィラ女史は実に楽しそうだ。


「発見したハンターが不気味に思い、ハンターギルドがフクロウに報告したのも納得の光景でした。すぐにでもゼラさんに話を聞きたいところです」

「だが、ゼラの身体はこの洞窟に入れないぞ」

「ですので、洞窟の中のものを全部、領主館に持ち帰りましょう。今すぐに」

「その前に俺も見てくる」


 “光明(ライト)”の魔術の使えるクチバと共にカダールが洞窟の中へと入る。頭を天井にぶつけないように身を屈めながら。


「奥は天井が少し高くなっていますよ」


 クチバの言う通り、少し進むと少し広い部屋のようなところに出る。そこから先に通路は無く、その空間で行き止まり。

 クチバの魔術の明かりに照らされた洞窟の中を見て、カダールは息を飲む。ただの魔獣の巣であれば有り得ない光景。

 

 土の壁面にはまるで展示するようにハンカチ、子供用のシャツ、パンツ、ズボンなどが張り付けられている。壁のあちこちには小さな穴が掘られ、そこには割れたカップ、銀のスプーン、折れた練習用の木の剣などが、大事そうに置かれている。


(まるで、ゴブリンの巣のようだ。いや、ゴブリンが洞窟の中で店でも構えればこんな風になるのか?)


 壁に張り付く衣服が新しいものであれば、洞窟の中を無理矢理、店にでもしたような不思議な光景。

 部屋の真ん中には報告にあった大きな蜘蛛の脱け殻。カダールの腰より少し低いくらいの、ブラックウィドウとしては標準的な大きさ。古いものであちこちがボロボロになっているが、未だに形を残している。

 蜘蛛の脱け殻の口のところには、古くなり黄色く変色した布切れがひっかかるように垂れ下がる。

 カダールは振り返りクチバに訊ねる。


「……なんだ? これは?」

「これを見つけたハンターもそう感じたのでしょうね」

「クチバ、本当にここには食われた子供の骨など無かったのか?」

「私も調べましたし、先程ルブセィラさんも調べました。この脱け殻の主が住んでいたにしては、ここには糞も無く何かを食べた痕跡もありません。まるで宝物をしまう為だけに使われていたようだと」


 カダールは暗い茶色の大きな蜘蛛の脱け殻を見る。


「この脱け殻が完全に残り、右の前脚だけが無い、と解れば進化前のゼラなのかもしれんが」

「脚のところはボロボロで、左の前脚もありませんからね。左前脚でしゅぴっ、としてたらゼラちゃんなんですけれど」


 カダールは壁を見ながら部屋の中をグルリと一周する。壁に張り付けられている子供用の服は古くなり変色しているが、生地を見れば裕福そうな質の良いものと解る。割れたカップにも花の絵があり貴族か商人が使うような品。小さなスプーンは銀でできている。


(なんだか見覚えがあるような……)


 奇妙な既視感を憶えてカダールは首を捻る。


 臨時編成の調査部隊が手分けして、洞窟の中のものを木箱へとしまい持ち帰る。


◇◇◇◇◇


 領主館一階のホール。そこに洞窟から持ち帰った品を並べる。黒の聖獣警護隊研究班がひとつひとつじっくりと調べる様子を、領主館の住人達が見詰める。


「脱け殻は持ってくるのは無理だったか」

「持ち上げようと触ったところから崩れてしまいましたからね。もったいない。一応、脱け殻の欠片は持ち帰りましたが」


 ちょっと悔しそうにルブセィラ女史が言う。その隣で身を屈めて子供用のシャツを見ているゼラにルブセィラが訊ねる。


「どうです? ゼラさん? これらの品に見覚えはありますか?」

「ンー、」


 ゼラが首を捻りホールの床に並ぶ品を見る。ひとつの子供用のパンツに目を止めてそっと触れる。


「ア、思い出した」


 ゼラが両手に子供用のパンツを大事そうに持ち、カダールへと顔を向ける。


「これ、カダールの」

「俺の?」

「ウン」


 ゼラはかつてのことを思い出しながら、皆に話す。八歳のカダールと別れたあとのことを。度々ローグシーの街に潜入し、旧領主館に忍び込んだことを。


「ゼラがちっちゃい頃、カダールに会いたくて。でも、人と魔獣は一緒に居られないし、それで誰にも見つからないようにして」

「それは解ったが、どうしてシャツやパンツを?」

「ンー、森でひとりは寂しくて、カダールの匂いのついてるのを、つい持って帰っちゃったの」


 ゼラの説明を聞く医療メイドのアステが、ほう、と息を吐く。


「そういえば昔に、ぼっちゃまの下着や服が度々なくなることがありました」


 昔を思い出すアステにルミリアが相槌を打つ。


「そうね。泥棒を疑ったこともあるけれど、なくなるものが高価なものでは無いし。カダールはよく外で遊んで服を泥んこにしたり破いたりもしてたし」


 ルミリアは扇子をクルリと回してフクロウのクチバを見る。


「あの頃はうちにクチバもいなかったから、ゼラが侵入してたなんて、気がつかなかったわね」

「いえ、私がいてもゼラ様の侵入に気がついたかどうか」

「クチバがウィラーインに来たのは、カダールが王都の騎士訓練校に行ってるときだったわね」


 ゼラが懐かしむように俺が子供の頃に使っていたパンツを、大事そうに両手に持って言う。


「カダールがローグシーからいなくなったとき、住み処に蓋をして隠して、カダールの後を追いかけたの。そのまま忘れちゃってた」


 カダールは小さく微笑むゼラを見上げる。


(俺が王都の騎士訓練校に行ったときは、王都まで追いかけて来たのか。では、それまでゼラは、あの洞窟に俺の持ち物を隠して暮らしていたのか)


「いつか人間になるってがんばって、でもなかなか強い魔獣が倒せなくて。寂しくなったら持ってきたカダールの服の匂いを嗅ぐの。そうしたらカダールのお腹と手のひらのあったかさを思い出して、またがんばろうってなって」

「ゼラ……」


 カダールは想像する。ひとり森で暮らしカダールの衣服の匂いで寂しさをまぎらわす、小さなタラテクトのゼラを。

 いつか人に進化するために、カダールの側に立つその為に、ひとりぼっちで森の中で戦い続けるゼラ。

 そうして十三年。アルケニーとなり人の言葉を話せるようになるまで。

 カダールは震える手をそっとゼラに伸ばす。


「ゼラ……」

「カダール?」

「俺は、ゼラに会ったあのときから、ずっとゼラに見守られ続けていたんだな……」


 カダールの目に涙が浮かぶ。身を屈めるゼラを胸に抱く。ゼラは応えるようにカダールの頬に自分の頬を擦りつける。

 初めて出会ってから十三年。一途に想い続け、そして窮地には助けに来てくれたゼラ。灰龍すら倒すほどに強くとも、寂しさのあまりにカダールの持ち物を取ってきてしまう幼子のようで。

 カダールは改めてゼラの想いの深さを感じ、ゼラを労るように胸に抱く。

 ゼラは家に辿り着いた子供のような顔で、カダールの腕の中に納まる。


 仲睦まじく抱き合う二人を見て、クインが呆れたように呟く。


「これ、感動するとこか? 子供のパンツ盗んで、匂いを嗅いで寂しさをまぎらわせるとかって……」


 アシェもまた呆れた顔でクインに応える。


「さすが、赤毛の英雄ね。ここで泣くとは思わなかったわ……」


 アシェとクインに同調して若干引いている領主館の人達の中で、ルミリアは扇子をパチンと閉じて自慢気に言う。


「それでこそ私の息子」


 ゼラが宝物を隠していた洞窟は、その中身を領主館へと移しただの小さい洞窟に。

 小さな蜘蛛の魔獣が大切なものを隠していた秘密の洞窟。財宝とは赤毛の男の子の匂いのついたもの。

 アルケニーとなったゼラは赤毛の青年となったカダールの側に立ち、領主館の中で新しい財宝を胸に抱く。

 それは二人の間に産まれた黒と白の双子の娘。



アイジストゥラ

(ゼラの進化する速度は深都の住人達と比べても異常に速い。それがゼラの蜘蛛の特性だと考えていたが。あの男、カダールの言った『人を襲うな、家畜を襲うな』という言葉を忠実に守る為に、知恵を働かせたことも要因のひとつかもしれん。カダール、何も特別な力の無い人間の男のハズだが……)


◇◇◇◇◇


(* ̄∇ ̄)ノ トタテグモ、蝕肢が長く一見十本脚にも見える蜘蛛。キシノウエトタテグモは準絶滅危惧種です。イジメちゃダメです。


◇◇◇◇◇


d( ̄  ̄;K「子どもパンツを“くんかくんか”したままの、タラテクト・ゼラの完全脱皮ガラ」


(σ≧▽≦)σ「これはいい! これが洞窟の中に鎮座しているわけですな!」


☆彡●~~~~~~~~\(♯`△´;)/~~~~~~~~●彡☆

「あ、あ、アホか――い!!」


Σ(T▽T;)Σ(⌒O⌒;K

「ひゃあああああ!!」


。・°・o(T△T)o・°・。

「ゼンゼン可愛くないよぉ~~!! 」



( ̄▽ ̄;) と、いう流れで誕生したSS、わはは。



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