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海ガメねー様の苦悩

海ガメねー様、苦悩する。

いつの間にか出て来た少年が、今度は海ガメねー様のストーカーに?


「ふう……」

「アイジス、お疲れですか?」

「サレンか? あぁ、どうにもこうにも……」

「お茶でも淹れましょうか?」

「いいのか? 高級品では無いのか?」

「アイジスはウィラーイン家の客人です。この新領主舘では不足無く、くつろいでいただかないと。白茶はいかがですか?」

「もらおうか」


 今はローグシーの宿を引き払い、ウィラーイン家の館で過ごすようになった。人と暮らすことにはまだ慣れないが、居心地はそれほど悪く無い。

 蜘蛛の子とおっぱいいっぱい男がいちゃつくのを、間近で見る機会が増えた。この街に来て驚いたのは、カダールという男一人が特別では無かった、ということだ。

 それもあって私は困っている。深都から出てこのローグシーの街に来た妹達を連れ戻すハズが、


「……ハイアディは居所は突き止めたが、帰りたくないと駄々をこねて泣き出すし、あの双子はすばしっこくて捕まらんし、チビが街中で騒ぎを起こすし」

「屋台が転がったくらいは騒ぎのうちに入りませんよ。天井を破って花婿を拐うくらいしなければ、ローグシーでは騒動とは呼びません」

「サレン、それはこの街がおかしいのでは?」

「そしてこの街の住人はそんな騒動も大歓迎です」


 シレッと言うこの館の拳骨メイド。やはりここの住人は何処かおかしい。


「白茶にマフィンです」

「ありがとう」


 カップに口をつける。白茶の爽やかな香りが気持ちを穏やかにしてくれる。

 ウィラーイン家の屋敷の中、窓から庭の花壇の見える喫茶室でお茶を飲む。優雅なひととき。テーブルの正面には椅子に座り、自分の分の白茶を飲みマフィンに口をつける拳骨メイド。

 ……サレンがお茶を飲みたくて、私をダシにしてるのか? メイドがこれでいいのか? ウィラーイン家よ。

 サレンの目が私の左手を見る。


「海亀がモチーフの指輪ですか」

「ん? あぁ」

「この辺りでは見ないですね」

「南方ジャスパルのものだ。向こうでは珍しいものでは無い」

「そうなんですか? ジャスパルでは海亀に何かいわれでも?」

「海の精霊が姿を変えたもの、または海の精霊の使いと言われている」

「それは本当ですか?」

「いや、海亀は綺麗な海を好むから、海亀のいるところでは魚も貝もよくとれる。逆に海亀のいないところでは人の獲物になる魚も少ない。そこから海亀は海の守護獣と言う話が広まった」


 遠い昔に私を救ったあの人も、精霊を崇める民の一人だった。左手の中指につけた指輪を見る。銀でできた泳ぐ海ガメがモチーフの指輪。


「あとは海亀は卵を多く産むから、多産と子孫繁栄の象徴として、指輪やネックレスに使われる」

「なるほど、海に近いジャスパルならではのものですね。聞いてもいいですか?」

「何を?」

「その指輪を少年から受け取ったとき、急に泣き出したのは?」

「う……」

「そのあと、いきなり走って逃げ出したのは?」

「人化の魔法が、その、解けそうになって、」


 街の中でアクーパーラの姿を晒す訳にはいかん。動揺して人化が解けそうになった私は、慌ててハイアンディプスの隠れ家へと逃げた。

 私の本来の姿、亀の王(アクーパーラ)は下半身は海亀。そのサイズはゼラより一回り大きい。人の家の中で正体を出せば、家が中から破裂する。

 ……ハイアディの奴、地下に快適別荘を建築済みだった。しかも魚の養殖プールまで作る予定だった。あの娘は……。

 そのおかげで私がアクーパーラに戻っても十分な広さがあって助かったわけだが。


「あのときは驚きました」

「すまなかった。指輪で昔のことを思い出してしまって、」


 あのとき、少年が指輪を捧げる姿が、遠い日のあの人と同じで。随分と久しぶりに、あのときのことを思い出してしまって。歳も背丈も随分と違うのに、憧れ混じりに見上げる瞳の輝きは似ていて……困る。


「あの少年とその妹は、どうして私につきまとうんだ?」

「それは、アイジスが期待させてしまったからでしょう?」


 私が? いったい何を? マフィンを食べるメイドは少し呆れたような目で私を見る。


「あの少年少女はアイジスのことを、ゼラちゃんのように恩返しに来た魔獣の姫、と思っているようです。これはローグシーの街の子供達が絵本の影響でやってる遊びでもありますが」

「違うと言っているのに、あの兄妹は……」

「だったらハッキリと違うと拒否すればいいのに、曖昧に誤魔化しているからつきまとわれるのです」

「幼い子供を泣かせる気は無いんだ」

「それならそれで、アクーパーラの正体を見せれば済む話です。海から遠いこのローグシーに海亀はいません。あの子達が助けた生き物の中に海亀はいないと解れば、少しは納得もするのでは?」

「……みだりに人に正体を晒すつもりは無い。余計な混乱などウィラーイン家も望むまい」

「この館の中では本来の姿に戻ってもいいのに、アイジスは頑なに人の姿ですよね」


 むぐ、それは私の下半身は海亀で足が無いからだ。陸上を移動するのは苦手なんだ。もともと海中生活していたのだから、私の本来の姿に足は無い。

 私は魔法で空を飛ぶことはできるが、クインのように細かく動くことはできない。身体の頑丈さに自負はあるが、それで館を壊しては申し訳無い。そうなると陸上移動には人の姿に化けるしか無い。


「寝るときも人化の魔法が解けそうになると、ローグシーの宿住まいのときは不眠でフラフラになっていたじゃないですか」

「その節は、その、いろいろとご迷惑を、」

「そのまま宿が破裂した方が迷惑ですよ。フクロウが見つけて接触できて良かったですね、お互いに」


 人の街中に来ることが随分と久しぶりのことで、その、危ないこともあったのだが。慣れない人の街中に身を置いて、意外とストレスがあったらしい。しかし、


「サレン、世話になっててなんだが、少しトゲが無いか?」

「深都の住人、進化する魔獣、オーバードドラゴンにしては、何を怯えているのかと、少しカチンと来てまして」


 メイドが私を半目で見る。人間が私を虚仮にするのか? それも私の正体を知った上で? 恐れを知らないのかこの拳骨メイドは?


「……私が何に怯えていると? 挑発のつもりか?」


 瞳に力を込める。気配隠蔽を解き威圧する。だが目の前のメイドはそよ風でも受けるかのように目を細めるだけ。


「ゼラちゃんの側に仕え、アシェンドネイルともクインともお世話してきたこの私が、今更、この程度の気配で怯むとでも? アイジス、言わせてもらいますが、貴女はあの少年から目を逸らそうとしています」

「私の、何が解るというのだ?」

「そうですね。自分より寿命が短い生き物に情を移せば、死に別れるときに悲しい。それで猫が好きなのに飼うのを諦める、そんな人のようですね」

「そんなくだらんことは、考えていない」

「ならば、何故あの兄妹を拒絶しないのです? 中途半端に逃げ惑うばかりで、向き合うこともしない。そのくせ子供が心配するような顔をチラリと見せる。あの兄妹もアイジスを追いかけたくなるというものです」

「私はそんな顔はしていない」

「してますよ。アイジスだけで無く、ハイアンディプスも、カッセルダシタンテ、ユッキルデシタントも、ときおり何かにすがるような目をする。カダール様とゼラちゃんに何を期待していますか?」


 すがるような目、だと? この私が? 目の前のメイドは私の目を静かに見据える。


「優しい子供ほど、人の気持ちに鋭敏なのです。あの兄妹はアイジスのことを心配で放っておけないのですよ」


 私が心配されているだと? 人間に? バカな?


「アイジス、いずれ死ぬからと諦めるのは、今を生きていることの否定です。触れて暖かさを確かめられるのは、生きている間だけです。だからあの兄妹と向き合って下さい。後で悔やまぬように」

「……サレンは、後悔したことでもあるのか?」

「えぇ」


 サレンは椅子から立ち私に頭を下げる。


「ウィラーイン家の客人に無礼を申しました。どうかご容赦を」


 サレンへの威圧を引っ込めて気配隠蔽をかけ直す。サレンの肩が下がり緊張が弛む。サレンの言うとうり、その命を感じられるのは、その心に触れられるのは、生きている間だけ。それは理解できることだが。

 私が、失う痛みに怯えていたというのか?


「サレン、謝罪を入れ忠言を受け取ろう。だが、深都の住人を挑発するような真似はやめた方がいい」

「挑発のつもりは無かったのですが。アイジス、お茶のお代わりは?」

「もらおうか」


 ウィラーイン家の者はメイドも肝が座っている。それとも言いたいことは言わねば気が済まない性なのだろうか。


「あの少年は、私の事を心配していたのか?」

「まぁ、大半は困って逃げるアイジスを追い掛けるのが楽しいから、でしょうね」

「く、子供の遊びじゃないか。少し感動しかけていたのに台無しだ」


 お代わりのお茶に口をつける。本当になんなんだこのメイドは、私をからかっているのか? 命知らずにも程がある。

 これではまるで、苦言を呈する友のようではないか。サレンはクスリとイタズラっぽく笑むと私の左手に指を指す。


「ですが遊びで子供が指輪を贈ったりしませんよ。子供が買うには高価です。それにその指輪」

「この指輪がどうした? 人間の風習に何かあるのか?」

「結婚指輪という風習がありますが、わざわざ海亀を選んだのは何故だと思います?」

「商人の口車に乗せられたんじゃ無いか?」

「あの少年、薄々アイジスの正体に感づいてますね」

「何?」


 椅子に座り直して白茶に口をつけるサレン。自信満々に胸を張り、


「鍛えられたウィラーインの民のカンの鋭さ、侮らないでいただきたい」


 私は左手の中指につけた指輪を見る。海亀をモチーフにした銀の指輪。南方ジャスパルでは昔から珍しいものでは無く、だからこそかつてのあの指輪を思い出してしまった。

 あの少年が、私の正体に気づいているだと? それも、只のカンで? そんなバカな。

 左手の中指に光る銀の指輪。

 金属製の泳ぐ海ガメは、睨みつけても私の無言の問いに応えてはくれない。この指輪を捧げる少年の顔を思い出すと、少し胸が熱くなった。

 くう、このローグシーの街に来てから、ずっと調子を狂わされっぱなしだ。アシェが覚悟した方がいいと言ったのは、このことだったのか。



設定考案

K John・Smith様

加瀬優妃様


m(_ _)m ありがとうございます。

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