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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
1章 文学少女は本を胸に抱く
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24話 水も滴るいい女

 それから数週間が経った。夏休みも目前となり、生徒は半分夏休み気分に浸っていた。

 鏡子が「ジュース買いに行こう」と言い出すから付き合っていたところ、この暑い中、中庭の日陰で笑っている川内くんと、不機嫌そうな遠藤さんを見つけた。何を言っているか聞き取れないが、お世辞にも仲が良さそうとは言えない。


「あら、仲良さそうね」


 鏡子には仲良く見えているようだ。どうしてそう見えるのかツッコミたいところだが、私はぐっとこらえた。

 二人の様子を見ていたら、川内くんは照れくさそうに笑って、次の瞬間、川内くんの体が横に二つに折れた。スカートが浮き、細い足が川内くんの横腹に入り、壁に体が当たる。

 ハッと息を呑み、体を動かそうにも、石化したように動かない。鏡子も、口元を手で覆って、目を見開いていた。

 遠藤さんは、ゆっくり足を下ろすと川内くんの横を通り過ぎ、校舎内に戻った。

 遠藤さんの姿が見えなくなり、体はようやく動いた。急いで川内くんのところに駆け寄った。


「大丈夫?」


 川内くんは空の方を向いているものの、焦点はどこにも合ってない。目と口元を三日月にして、「へっへっへ」と笑いを漏らしていた。

 正直、不気味。

 蹴られた横腹を押さえ、時折、痛みに顔を歪めて、歪めながらも笑っている。

 私達は言葉を失い、目を合わせる。

 鏡子が腰をかがめて、川内くんに話しかけた。


「川内くん、大丈夫? もしもーし」

「やっと、上の名前だけ聞けた……あはは、あはっははは」


 魂の抜けた声が風に飛ばされる。


「どうする、鏡子」

「嬉しそうだし、意識もあるようだから大丈夫そうね」


 鏡子の判断に任せて、そこを後にした。


「あの二人、なんだかんだで進展してるのかな」

「そうね、前は名前も知らなかったのに、さっき上の名前を聞けたって言っていたものね」


 自販機の前でジュースを選びながら、会話を交わす。


「りっちゃん、本当に嫌いな相手なら完全無視するから、川内くんは嫌われてないみたい」


 ミネラルウォーターのボタンを押して、しゃがんだ。鏡子を見上げ、


「そうなんだ。なら、時間は掛かりそうだけど、なんとかなりそうだね」


 中に手をツッコミ、ミネラルウォーターを掴んだ。水滴が指について、手が濡れる。

 鏡子も腰をかがめて、オレンジジュースを手に取る。


「えいっ!」


 冷たいペットボトルが頬に当たり、飛び退く。バランスを崩して尻餅をついた。

 いたずらっぽく笑う鏡子。鈴の鳴るような声を風に乗せて、


「詠ちゃん、かわいい」


 突然褒めるものだから私はうろたえた。

 鈍い痛みが骨盤に響き、お尻を擦りながら立ち上がる。


「びっくりした、いきなりなによ」

「つまらなそうな顔してたから、こうしたら明るくなるかなって」


 無邪気に笑う鏡子に驚いた。悪気なくそういういたずらをしてくる。

 私が凹んでいる時、悩んでいる時、怖い顔をしてしまっている時、必ずと言っていいほど鏡子は私にいたずらを仕掛けたり、笑わせに来る。

 私が笑わなくても、鏡子は笑っている。

 鏡子はよく笑う子だ。


「ほら、教室帰るわよ。そろそろ始まっちゃう」


 鏡子の汗ばんだ腕を掴んで引き寄せた。すかさず、ミネラルウォーターを鏡子の頬に押し付ける。


「きゃぁ、冷たい」


 鏡子の頬には水滴がついて濡れていた。水も滴るいい女?


「仕返し」


 目を細め、意地悪に答えると、鏡子は一瞬、頬をぷくりと膨らませ、息が抜いて笑った。

 鏡子は腕を返し、私の手を掴む。そして、当然のごとく手を握ると、長い髪を揺らして走り出した。

 こういう友達いなかったから、ちょっと嬉しい。鏡子は自分勝手なところがあって、たまに迷惑だなと思うこともあるけど、嬉しい。



 部活の時間になったが、遠藤さんは部活に来ない。


「りっちゃん来ないわね」

「そうだね」

「寂しいの?」

「そうね、少しは」


 寂しそうに本を読んでいる鏡子。

 遠藤さんがいなくて寂しいわけじゃないけど、来ないのは多少心配になる。


「はーもー、なんだよあいつ!」


 苛立ちの声とともに、遠藤さんが姿を現した。今日はもう来ないのかと思っていたから驚いた。

 大きな音を立てて、ドアが締まり、椅子に座る。大きく足を広げ、下着が見えている。気にする様子もなく、お菓子を鷲掴みして口いっぱいに放り込んだ。

 飲み込み、口を開く。


「きょうちゃん、聞いてよ」

「どうしたの?」

「あいつ、りぃのことまだ諦めないの、ほんっとムカつく。りぃはきょうちゃんのこと好きなのに」


 遠藤さんは腕を組んで、椅子の背に体を預けた。


「早く諦めればいいのに……」


 微かに赤く染まった頬は、夕日のせいだろうか。遠藤さんの愚痴は止まらない。


「りぃのこと好きっていいながら他の女と仲良さそうにしてるんだよー、ムカつくわ、本当に」


 それは嫉妬だと思う。教えたいけど、私がなにか言うと遠藤さんは気に入らず睨んでくる可能性もある。私は原稿用紙に向かったまま、聞いていないふりを続けた。


「りぃはきょうちゃんが好きだよ、でもあいつはりぃが好き。りぃがあいつのことを好きになるなんてありえないのに」


 床をドンッと鳴らすと、叫びながら部室を出ていった。

 嵐のような人だ……。

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