表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
1章 文学少女は本を胸に抱く
24/86

23話 青春

 放課後、部室に来る時いつも騒がしい遠藤さんは静かだった。

 うーんと首を傾げ、ため息をつく。そして、険しい顔をして、ハッと我に返った。

 様子が変だ。


「りっちゃん、どうかしたの」


 鏡子が遠藤さんの背中に手を添える。遠藤さんは鏡子の手を払い、腕に頭を埋めた。

 鏡子は私の目を見つめ、しょぼんとした。

 鏡子が私の横に椅子を持ってきて、体操座りをし、私に体を預けてきた。

 私は鏡子に与えられたお題に沿って原稿用紙を埋めていた。鏡子の体重が右半身にかかる。

 重苦しい空気と、シャーペンが原稿用紙を走る音が混ざる。

 鏡子は制限時間を過ぎたにもかかわらず、私が物語を渡しても反応がなかった。三つ編みを細い指で持ち上げ、毛先と毛先をこすり合わせている。

 私はお手上げ状態だった。

 鏡子の口へチョコを持っていっても、口を閉じたままで開こうとしない。本棚から鏡子が好きな宮沢賢治の本を見せても、読もうとしない。

 重苦しい空気がずっしりと肩にのしかかる。

 どうしたらいいかわからないまま、時間だけが過ぎていく。

 オレンジ色の空は薄紫色を生み出し、空に流す。琥珀色の光が部室へ入り、部屋を満たし、鏡子の横顔を照らす。

 昼間あんなにうるさく鳴いていた蝉は、寂しそうに鳴いた。


「なんだあいつ……」


 苛立ちと困惑の混じった声を遠藤さんが漏らした。顔を横に向け、机に視線を向けている。

 私は恐る恐る遠藤さんに聞いた。


「遠藤さん、なにがあったの」

「なんでもないです」


 ぶっきらぼうに答えると、長い溜息を吐いた。

 教えてくれそうにない。

 そう思った時、遠藤さんが消え入りそうな声で言葉をこぼした。


「嵐がやわらかな風になったんです」

「川内くんのこと?」

「はい、毎日毎日うざいぐらい告白してきたのに、今日は風のようでした。稲穂を撫でるような優しい風のようでした」


 のっそりと顔をあげた遠藤さんの目に涙が滲んでいた。額に張り付いた前髪は涙で濡れている。

 どうして泣いているんだ。

 遠藤さんは腕で涙を拭うと、顔をしかめた。


「あんなやつ、りぃが好きになるわけないんです」


 そういって、お菓子に手を伸ばしリスのように頬張った。口いっぱいに詰めたお菓子を噛み砕き、飲み込む。

 しかし、クッキーだったため口の水分を取られ、苦しそうに顔を歪めた。

 私は急いでお茶を注ぎ、遠藤さんに渡す。

 遠藤さんがお茶を奪い、口を開けて一気にお茶を流し込んだ。


「はぁー……死ぬかと思った。

 すみません、ありがとうございます」


 私は面を食らった。

 今まで私に暴言を吐いていた遠藤さんが、感謝の言葉を口にした。鏡子にではなく、私に。

 ぽかんとする私を、遠藤さんは「アホ面」と言い放った。

 もう怒りとか出てこなくて、なんとも思わない。

 鏡子も隣できょとんとして、お姉さんみたいにふっと笑みを浮かべた。


「きょうちゃん、ごめん。りぃ、今日は先に帰るね」


 遠藤さんは荷物をまとめて、部室を出ていった。

 鏡子は私の肩に頭を乗せたまま、私の選んだ本を手に取り、黙々と読み始めた。

 鏡子の体温や、鏡子の桜の匂いが心地よく、そのままにしていた。

 ページをめくる音が、空気を震わせる。

 鏡子の頭に頬を置き、後ろから本を眺めていた。

 だんだんとページをめくるスピードが落ち、ついには指をページの間に挟んだまま動かなくなった。


「鏡子?」

「ん……」


 ドキッとした。

 鏡子は艶っぽい声を漏らしたからだ。

 恥ずかしくなって、視線が泳ぐ。

 ジジジと蝉がからかうように鳴いている。

 そろそろ下校時間だ。

 起こさないと。

 そっと本を取り上げ、机に置く。


「鏡子、鏡子」


 返事がない。


「最後の一つのチョコ、食べちゃうよ」


 鏡子の目がカッと開いた。


「チョコはわたしの!」


 と言い、お皿の上に手を伸ばす。が、なにもない。最後のチョコは、あの時遠藤さんが食べていた。


「チョコ、ない……」


 鏡子は眉を下げる。


「チョコは遠藤さんが食べたよ。もう帰ろう、時間だよ」


 鏡子は席を立ち、椅子を元の場所に戻した。

 本を棚にしまい、部室を出た。

 学校を出ると、鏡子は思い出したように言った。


「りっちゃん、どうしたのかしら。わたしの手を振り払うなんて、初めてだったのよ」

「遠藤さんも、一人で考えたいときがあるんだよ」


 鏡子は、「そうね」と納得して、また声を弾ませ本の話を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ