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第九話 交渉と干渉と逃亡と

「やっぱり家があるっていいわねー」

 リアンは上機嫌だった。

 キリアの必死の修復作業が実り、元通りとまではいかないものの『家』としての体裁が整ったからだ。いつものように窓枠に頬杖を突き、風に髪を揺らす。

「リアン、お茶が」

 アリシアがティーセットを持ち部屋に入って来た。アリシアの当初はぎこちなかった所作は、今やすっかり村娘そのものだ。

「ありがと」

 リアンが上機嫌のままテーブルに向かった。その時。陶器がテーブルに叩き付けられた。粉々に砕けるティーカップ。と熱い液体。

「あ」

 アリシアはテーブルに食い込んだ自分の手を見つつ呟いた。

「力加減が」

 それを見たリアン。

「……それで何個目よ?」

 呆れ顔だった。


「で? ルーデシアスが何だって?」

 開口一番、リアンは主題を口にした。何もかも知っている。そんな顔をしていた。目の前には、村長がしかめっ面をして突っ立っていた。それだけで国王が何を言って来たか想像出来た。

「アリシアを差し出せ? こないだ言ってたことと正反対だわね?」

「リアン……国王も色々あるのだよ。聞き入れてくれんかね」

 どうやらルーデシアスはアリシアの扱いについての方針を一八〇度変更したようだ。

 その上、リアンに直接ではなく村長を経由して交渉する気らしい。リアンはそれが気に入らない。

「で、条件は?」

 リアンの言葉は素っ気ない。聞く耳持たない。顔全体がそう言っていた。

「どうせ麦の買い取りの優先権やら、税金の免除やらの特権でしょう?」

「リアン……」

 村長はさらにしかめっ面になった。

「わしはこの村を預かる身だ。そのためには色んな交渉事があるのだよ」

「気に入らない」

 リアンは村長に向き直った。

「アリシアを交渉材料に使うなんざ、一国の主たる資格はない。それに村長」

「な、なんだね?」

「アリシア、どう見える?」

「どうって……」

 村長は、ゆっくりと、慎重に、ティーカップをテーブルに置こうとしているアリシアを見た。感情が乏しい事、そして『力加減』を時々間違える事を除けば、どこにでもいる少女に見えた。だがそれを言っては交渉にならない。

「いいかね、リアン。いかにアリシアが少女の姿をしていても、その本質は異なる。そもそもこの世にあっては……」

「村長、そこまで」と、リアンが村長の言葉を遮った。

 村長ははっとして口をつぐんだ。目の前ではやっとの思いでテーブルにティーカップを置いたアリシアがいた。額に汗が滲んでいた。

 ——わしは、とんでもない事を言うところだった。

 村長が言おうとしていたのは『この世界に必要のない存在』。アリシアの本来の姿は殺戮兵器だ。そんなモノは、今の人間の営みには必要ない。しかし——。

「お茶」

「は?」

「お茶が入りました」

 素っ気ない言い方だ。だが、あちこちヘコんだテーブルの様相を見るに、この娘にとってはティーカップ一つ置くだけでも細心の注意を払わないといけない。そんな苦労が見て取れた。そっとカップを口に運ぶ。味なんてしなかった。

「村長。この通りアリシアは『人間』として私の管理下にある。それを引き渡せってのはどう言う了見なのか、使者が来たらじっくり聞いてみて」

「あ、ああ、そうだな」

 村長は今日は無理だと悟った。いや、いつ来たって無理だろう。リアンがアリシアを手放すはずがないからだ。『管理下』にあると言う事は、それなりにリアンがアリシアの『力』を抑え込んでいると言う事だ。それを解き放つ等、愚の骨頂以外の何ものでもない。

「そう言えば、キリアはどうしたのだね?」

 村長は話題を変える事にした。せっかく炒れて貰ったお茶だ。無駄には出来ない。

「ああキリアはね、ちょっとお使いに」

「お使い?」

「まぁ……そのうち分かるわ」

 リアンはそう言うと、自分のカップに口を付けた。

「何を企んでいるんだか……」

 村長の胃がキリキリと痛み出した。

「わしが巻き込まれない事を祈るしかないかの」

「? 何か言った?」

「いや……何も」

 その時だ。何もなかった空間が突如歪み出し形を成した。ギニアスだった。だが向こう側が透けて見えた。

「……一応、同じ国に属する魔法関係者って事で結界を緩めているとは言え、いきなりだわね。それに影薄いし。ここんトコ存在感がまるでなかったから?」

<違う!>

 どこか遙か遠くから聞こえて来るような声だった。

「でも、すぐにでも消えそう」

 リアンはギニアスのお腹の辺りに手を当てた。その手はギニアスを素通りした。

「……わざわざ遠隔で映像送らなくても直接来ればいいじゃない」

<そこに行くとなぜか大怪我をするからな。これでも学習したのだ>

 ギニアスの映像は胸を張った。あまり威張れるような学習内容ではない気がした。

<……今、私の事をバカにしただろう?>

「いーえー」

 リアンがバカにしたように否定した。

<……ぐく……まぁいい。今日は、重大なお知らせがあるのだ。バカ話をしに来たわけではない>

「何よその『重大なお知らせ』って」

<ふん、聞きたいかね?>

 なぜかギニアスはもったいぶった。わずかでもリアンより優位に立てたのが嬉しいらしい。

「あっそ、じゃいいわ」

<は——?>

「あんたが『重大』って言ってもねー」

<いやホントに重大なんだぞ? 聞きたくないのか?>

「別に」

<んがーーーーっ>

 ギニアスは、映像のまま頭を掻きむしった。

<キリアを確保したのだ! こっちは! 交換条件だ! 交渉に応じろ!>

 それでもリアンは動じなかった。

「キリアとアリシアじゃ比較にならないわ。じゃね」

 と言い放ち指を鳴らした。途端、ギニアスが掻き消えた。<後悔しても知らんぞー>と叫びながら。

「……ったく、次から次へと面倒な」

「リアン、キリアが捕まったと言うのは……?」

「あのバカがヘマしたんでしょ。お使いも出来ないなんて呆れるしかないわね」

 村長は気付かなかったが、そう言うリアンが持つカップは小刻みに震えていた。


「何なんだアイツは!」

 王宮の一室。ギニアスにあてがわれた部屋では、その部屋の主が憤慨ふんがいしていた。

「手下がとっ捕まったんだぞ? それを一蹴しおって!」

「だから言っただろう? リアンが交渉なんて応じるわけないって」

「うるさいっ! 捕虜の分際で何を言うか!」

「捕虜?」

 キリアは後ろ手にロープで縛られ、床に転がっていた。

「そうだ。お前のその格好。どこをどうみても捕虜だろうが」

「ふーん」

 キリアは手の関節を外し、一瞬にして縄抜けをした。

「そうかなぁ」

「——」

 ギニアスは口をあんぐりと開け、絶句した。

「俺がなんで素直に捕まったか知りたい?」

「……」

「まぁ、ダミーの結界に引っ掛かったのは事実だし。でもこうして王宮に入り込めたから、結果オーライかなぁ」

 キリアは、大きく伸びをした。

「き、貴様何を……」

「知りたい?」

 キリアはもったいぶった。

「ん? ああ、もちろんだ」

 ギニアスは思わず身を乗り出した。

 が。

「でも残念。秘密なんでねー。じゃ、またな」

 キリアの姿が歪み、残像を残して消えた。

「な」

 次の瞬間。

「ぐはっ」

 後頭部に衝撃を受け、ギニアスは昏倒した。

「大騒ぎされると面倒だからね」

 キリアは床に這いつくばったギニアスを後目しりめに、悠々と部屋を出て行った。


「リアン、何でキリアが王宮で捕らえられているんだ? 何をしたんだね?」

 村長が心配そうに切り出した。

「……」

 リアンは、何となく落ち着かない様子で窓の外を見た。見えるのはいつもの風景だ。ただ、そこにはキリアがいない。

「心配ではないのか?」

「心配? 私が?」

 ガラスに映る自分の顔。いつも通り。大丈夫。リアンは振り返った。

「大丈夫よ。捕まったと言ってもあのギニアスだし。あの隙だらけで大馬鹿者のギニアスよ? キリアならいくらでも出し抜けるって」

「心配」

 ぼそっとアリシアが呟いた。

「ア、アリシアは心配? そーよねー、でも大丈夫。うん大丈夫」

 どこか自分に言い聞かせるような台詞だった。

「それにしても、リアンの身内を人質にとってまでどうするおつもりなのか……」

 リアンは深呼吸した。そして大きくため息を吐き出した。

「んー仕方ない。ギニアスの『交渉』とやらは面倒そうだけど」

「行くのかね?」

「うん。と言う事だから。悪いけど、今日はお引き取り願える?」

「あ、ああ、そうだな。わしには国王陛下を相手にするのは荷が重い。交渉事はもううんざりだよ」

 村長は席を立ち、リアンに背を向けた。

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

「アリシア、頼めるかしら?」

「アリシアを? わしがか?」

「当の本人を連れて行くわけにはいかないでしょ?」

「まぁ、そうだが……しかし……」

「大丈夫。結界を強化しておく。私がこの村を離れたら誰もここに入れない。たとえルーデシアスの使いでもね。ここから先は私とキリアでどうにかする。アリシアは切り札なのよ」

 村長はしばし沈黙し、口を開いた。

「……分かった。アリシアはこの村で預かる。それでいいのだね?」

「助かるわ。アリシア。そう言う事だから大人しくしてて」

「嫌です」

 アリシアは即答した。

「アリシア?」

「きっと私が必要になる。ここにいると村によくない事が起こる」

「……私の力を持ってしても?」

「そう」

「……そっか」

「おいおい、どう言う事だね」

 村長は急展開した話についていけなかった。

「アリシアはここにいた方が安全なのではないか?」

「……仕方ない。村長、これから言う事はここだけの話。いい?」

「あ、ああ」

「実はアリシアが目覚める前、キリアに周辺国の動きを探らせてた。なにせ五〇〇年に一度の定期点検メンテナンスだからね。一応慎重に進めようと」

「……裏目に出たようだが?」

「ぬぐ……ま、まぁ残念な結果になったけど」

「まぁ、あれだけ大暴れすればなぁ」

 村長は何気ない受け答えのつもりだったが、リアンは言葉に詰まった。

「……ぐ……、ま、まぁそれで、こっちもある程度落ち着いたから、情報収集でキリアに一働きしてもらおうと……」

「捕まったようだが?」

「ぬ……ぐ……」

「あまつさえ交渉材料にされてしまってはのう」

 追い打ちされた。村長はそのつもりはないが。

「さっきからどうもおかしい。リアン。いつもの余裕はどうしたのだね?」

「よ、余裕?」

「キリアが捕まったと聞いてから、ずっと落ち着きがないように見えるが……本当はマズいのではないか?」

「そ、そんな事はないわよ。ねぇアリシア?」

「今、リアンの心が読めない。混乱してる」

 アリシアは、リアンの胸中をあっさりと表現した。

「いや、その、なんだろうね?」

 リアンは、あははーと笑った。笑ったが目が笑っていなかった。

「リアン」

 そんなリアンを見て不安を感じた村長は、厄介事に巻き込まれる覚悟をした。

「アリシアは連れて行きなさい」

「え? でも……」

「いいから。こっちはこっちで何とかする。軍隊が来るとかそんなわけでもないだろう?」

「そんな可愛げのある連中ならいいんだけどね」

「は?」

 村長はいきなり後悔した。

「軍隊ではない、だと?」

「キリアの情報だと、周辺国が一致団結してゴーレム——アリシアの解体を考えてる」

「解体だと?」

「私がしくじったからね。伝承でしかなかったゴーレムの存在が明らかになった。これは周辺国にとっては脅威でしかない。幸いアリシアがゴーレムだと言う情報はまだどこにも伝わっていない。だから連れて行くわけにはいかないの」

「他の神々はどうなのだね?」

「無視してるか寝てるか。どっちにしても干渉はしないでしょうね。そう言う決まりなのよ」

「……かつての神々か」

「そう。今やこの世界のあるじは人間なの。私達じゃない」

「では、一体『誰』が来るんだね? 軍隊ではないなら一体どんな連中なのかね?」

 リアンは村長から目を逸らした。

「魔導師達よ」

「なんじゃと!」

 村長の目が大きく開いた。驚いたらしい。

「ゴーレムの力は強大過ぎる。でも逆に、その力を保有出来れば大陸の覇権を握れる」

「覇権じゃと? 今の時代に戦争でもしようと言うのか? バカバカしい」

「そう、バカバカしい話。かつての神々の愚行を、今度は人間がやろうってんだから」

「……本当なのかね?」

「そう言う動きがあるのは確かね」

 リアンは吐き捨てるようにそう言った。

「だからアリシア。あなたはここに残って。じゃないと連中の思惑に……」

「嫌です」

 アリシアは断固としてリアンの意見を拒否した。

「魔導師相手に農民が勝てるわけないでしょ? アリシアはここを守ってもらわないと」

「リアン」

 村長が割り込んだ。

「農民を舐めるものではない。いざとなれば魔導師ごときくわさびにしてくれる」

「あーもー」

 リアンは顔を手で覆った。

「どいつもこいつも」

「元はと言えばリアンがしくじったからだろう? それなら事態の収拾はリアン、お前さんがつけるべきだ」

 リアンは、はっとして村長の目を見た。その目には老齢とは思えない力強い意思が宿っていた。

「……あのお漏らし小僧にそこまで言われるとはね……」

 村長は大いに慌てた。

「な、ななな何を! そんな何一〇年も前の話をしなくても!」

「七歳」

 アリシアがぼそっと呟いた。

「や! あれは! 周りに誰もいないと思って、いや、何を言わせるのだ!」

「あの時は笑ったわー。代々続いて来た村長の家系の子供が道端でワンワン泣いて」

 リアンは硬い表情を崩し、懐かしむようにあわてふためく村長を見た。

「……まったく、七〇過ぎの爺をからかいおって」

 そう言う村長の表情も、どこか優しさが宿っていた。

「村長」

「なんだね?」

「ありがとう。ここは任せたわ」

「あー、任せておきなさい」

 村長は努めて軽い口調で請け合った。

「ん。じゃあ、行ってきます」

 リアンは指を鳴らした。リアンとアリシアの姿がすぅっと消え、村長だけがその場に残された。

「さて、村の連中になんと説明するかのう」

 村長は首筋を手で押さえ、ごきごきと首を鳴らした。

「血がたぎるわい」

 村長はやる気満々らしかった。


「何で王宮ってのはこんなに広いんだ? それに何で廊下がこんなに幅広いんだ?」

 キリアは、身を隠しながら進もうと思っていたのだが、王宮の構造上、身を隠す隙間がない。わずかに出っ張っている石造りの柱の陰に何とかへばりついて周囲の気配を伺っていた。

「王様の部屋はどこだよ?」

 玉座なら最上階。そっちなら外から回り込めばすぐにでも辿り着くはずだったが、今回はダメだった。ギニアスの張った罠に引っ掛かってしまった。キリア初体験の粘着性のある結界に見事に絡め取られた。

「ったく、あのバカ魔導師そのものみたいな結界だ」

 キリアは、王宮に来るときはリアンの転移魔法か、玉座の間に『直接』飛び込んでいたので、実際に王宮内をうろついた事はなかった。

 とにかく上へ。

 キリアは勘だけで王宮内を進んでいたが、無駄に広い構造に辟易していた。しかも衛兵がそこかしこにいる。身を隠すだけで精一杯だった。

「こんな事なら、あのバカに案内させるんだった」

 と後悔しても遅い。それにあの変な結界を張っていたと言う事は、キリアが来る事を事前に予測していた可能性がある。

「リアンの予想が当たってたって事か」

 リアンはキリアを送り出す前、こんな事を言っていた。

「もしかするとルーデシアスは、私達と会う事を拒むかも知れない」

「何でさ」

「政治の話になるかもよ?」

 キリアには政治の話なんて分からない。分かるのは、アリシアが原因で色んな厄介事が起きそうだと言う事くらいだ。

 衛兵の気配が消えた。

「よし」

 キリアは、柱の陰から飛び出し、曲がり角から曲がり角へ倍速能力(ディブルド・エイクド)で移動していく。

 と。

 ——まずい!

 目の前の曲がり角の先から人の気配がした。とりあえず角の壁に貼り付き様子を伺う。最悪気絶させないといけない。キリアは短剣を握りしめた。

「そこにいるのは、キリア君かな?」

 ルーデシアスの声がした。

 ——は?

 キリアは緊張を解かない。ルーデシアスがいると言う事は、他にも誰かいるはずだ。

「ギニアスの結界に誰かが引っ掛かったと聞いて探していたのだが……まさか君とはね」

 角の向こうから、ゆっくりとルーデシアスが姿を現した。護衛はなく一人だった。

「王様……」

「どうしてって顔だね。これでも僕は大地の末裔(ランダリア・ルース)だよ? 同系統の力を持つ者くらい見つけられる。それより、ここにいたんじゃ面倒な事になる。僕の部屋に来たまえ」

 キリアは従うしかなかった。

 

「テューア王国は何を考えているのだ」

 ラルバルト大陸の中央にある険しい山脈。

 その岩山の中腹をくりぬいた空間に、黒づくめの男達が大勢ひしめいていた。

 全員が黒いローブを纏っている。つまり全員が魔導師だ。

 その中で、頭に金のサークレットを着けた男が、石造りの平坦な床から一段高い位置に座っていた。椅子の装飾はこれでもかと言うくらい凝っていた。どうやらエラい人物らしい。

「情報筋によれば島々の末裔(シーナリア・ルース)の魔導師を招き入れたとか」

「大陸の人間ではなく島々の人間を国に入れるなど、どう言うつもりだ」

「例のゴーレムと関連があるかも知れん」

 魔導師達は思い思いの意見を言い合うが、集約されていない。全てが憶測でしかない情報だ。

 ふいに金のサークレットを着けた男が立ち上がった。その所作だけで全員が静まりかえった。やはりエラい人物らしい。

「我々がここに集う目的は何だ?」

 誰も答えない。

「かつて神々はこの地で争い、大地を破滅寸前まで追い込んだ。そして我々は神を見限った。この大陸、いや世界の安定は、神の手によるものではない」

 男の声はさほど大きくはないが、不思議とその場に響いた。

「テューア王国は我々を裏切った。ゴーレムを手中に収め、島々の末裔(シーナリア・ルース)の魔導師を招き入れた。これは反逆だ。大陸の安寧を損なう行いだ」

 奥から小柄な男が小走りにエラい男に近付いた。

「何だ」

「ダリダングル魔導師長、こちらを」

 差し出されたのは書状だった。

「テューア王国からの返答か?」

「は」

 ダリダングルは男から書状をひったくるように奪い、がさがさと広げた。そして怒鳴った。

「交渉は決裂した!」

 ダリダングルは、大げさな動きで書状を破り捨てた。散り散りになった紙の切れ端は、床に落ちる寸前、炎包まれ灰となった。

「ゴーレムなど我が国には存在しない! これがテューア王国の回答だ!」

「バカな!」

「目撃者もいるのだぞ!」

「大地の力の変動も検出されている。あれは間違いなく神々の力だ。それを知らぬだと!」

 男達はそれぞれに騒ぎ立てた。ダリダングルはさっと手を挙げた。再び周囲を沈黙が支配した。

「我が協会としては看過かんか出来ぬ。の国には断固たる措置を執る。意義のある者は?」

 誰も手を挙げなかった。ダリダングルは満足そうに広間を見渡し、高らかに宣言した。

「これより、テューア王国の解体とゴーレムの奪取及び封印について協議を行う。いいな?」

 その場には、誰一人として異議を持つ者はいなかった。


「ここにいれば大丈夫だ」

 ルーデシアスは自分の椅子に座り、キリアにも座るよう促した。

「キリア君。今日は一人か?」

「……はい、王様」

「王様はよしてくれ。リアンの身内から王様なんて呼ばれると災いが降ってきそうだ」

 冗談らしい。だがキリアは笑えなかった。

「ルーデシアスでいい。それより話があるのだろう?」

「ええ実は」

「アリシアの件、だよな」

「はい」

「うーん。出来れば政治的な解決で済まそうと思っていたのだが、そうもいかなくなった」

「?」

「大陸中の魔導師が属する協会があるのは知っているね?」

「はい。胡散臭いですけどね」

「はは、言えてるな。魔導師が集まって何を相談するんだか。パン一つ焼けやしない」

 これも冗談らしい。

「……こんな書状が各国から届いてね」

 バサッと、書状の山がテーブルに広げられた。

「ゴーレムをよこせとか解体しろとか封印しろとか、それとギニアスを解雇しろとか色々ある。ギニアスをクビにするのは構わないが、ゴーレムについては知らぬ存ぜぬを貫いている——今の所はね」

「圧力、ですか?」

「まぁね。外交とはかくも面倒なものだ。各国の王同士で話す分には気楽なのだが、そこに国益やら経済やら治安の安定やらが入り込むと、途端に面倒になる。これらもその一つだ」

 そう言うルーデシアスの顔は全然困っていなかった。

「ゴーレムをどうにかしようにも、ゴーレムはいない。そうだろう?」

 いきなり質問を振られキリアは返答に窮した。

「アリシア、だったかな? あの娘を見て誰がゴーレムだと思うかな?」

「アリシアはゴーレムじゃないです!」

 つい語気が荒くなった。

「アリシアはアリシアです。ティーカップをテーブルに置くのに、何個かカップを粉々にしますけど、ちょっと変わってるだけの女の子です!」

 ルーデシアスはムキになってアリシアを庇おうとするキリアを、穏やかな目で見ていた。

「……この国はね、かつて神々が荒らしまくった中で唯一原型を留めた地域に建国された。険しい山も谷もない。大地の豊かさを甘受できる。資源も豊富だ。当然、周辺の国々は面白くない。事ある毎に難癖つけて来る。そこに今回のゴーレム騒動が起きた」

「まぁ、リアンがしくじったんですけどね」

「その通りだよ。西の大陸神(ウェイザー・ルーア)のせいだ。まぁ過ぎた事は仕方ないがね」

「……何と言うか、すみません」

「何も君が謝る事じゃない。それにこの国には一つ秘密があってね」

「秘密?」

「なぜこの国にゴーレムが封じされていたか」

 キリアは、ゴーレムとリアンの闘いを思い浮かべた。リミッターにより制限されていたゴーレムの動き。もし完全体だったらと思うとぞっとせずにはいられない。

「リアンの力を持ってしても、あの地の力は当分は回復しないだろうね。それには何百年と言う永い時間が必要だ。それだけの力が使われたんだ」

 キリアはここで気が付いた。

「そうか。ゴーレムを封じるための地力が必要なんだ。それも並大抵の力じゃダメなんだ」

「そう。だからこの国にはある程度の豊かさが必要だった。ゴーレムを封じるためにね。いささか逆説的ではあるがね。つまり、この国自体が神々の負の遺産なんだ」

「そこへ今回の騒動。付け入る隙を与えたって事ですか?」

「その辺は手は打ってある。人間同士ではね。ただ……」

 ルーデシアスは語尾を濁した。

「魔導師ですか」

「ああ。魔導師単独では各国に属しているが、魔導師協会と言う組織として独立している。特に協会の長が面倒なヤツでね。この世界の安定と平和は自分達がいるおかげだと思っている」

「随分思い上がってますね」

「そう思うか?」

 ルーデシアスの視線とキリアの視線が重なった。

「少なくとも神の力に頼れない部分に関してはそれなりに役立っている。この王宮も、魔導師達の英知を結集して建立こんりゅうした。その他、水路や水源の確保、災害時の救助活動と色々だ。それを君は否定出来るかい?」

 キリアは言葉が出なかった。

「……すみません、言い過ぎました」

「気持ちは分からなくもないがね。世界の平和や秩序に関しては彼らの言う通りだが、安定は違う。各国を支えているのは人民だ。そこには魔法なんてのは存在しない。人間の血と汗が染みこんだ大地が支えているんだ」

 ルーデシアスは小窓から外を見た。緑に覆われた大地が拡がっていた。

「僕はこの景色が好きでね」

 キリアは黙って席を立ち、小窓に近付いた。

「出来れば失いたくないと思っている」

「それは……俺もそう思います」

「そのためには何をすべきかな?」

「魔導師連中との交渉、ですか?」

「質問を質問で返すか……だがその通りだよ。国同士の外交政策ではなく、魔導師が相手だ。日々の営みとは大分かけ離れた思想の持ち主達と交渉しなきゃならない。しかもこちらには切り札がない」

「……」

「そこでだ」

「はい?」

「君たちには国外追放処分を受けてもらいたい」

「はい?」

「もちろんギニアスもだ。アレがいるとそれなりに事が面倒になるからね」

「ええと、それは一体……?」

「簡単な事だよ」

 ルーデシアスは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「誰もいなかった。ゴーレムも、神様も、魔導師も。この国は人間の国だ。話し合いで物事を推し進める仕組みを持っている。そうだろう?」

 キリアはやっと合点がいった。

「ルーデシアスさん……」

「妙案だろう?」

「でも、連中が黙っているとは思えません」

「僕を舐めてもらっちゃ困るな。さっきも言ったけど、僕は大地の末裔(ランダリア・ルース)だ。それなりに備えはあるのさ——対魔法についてはね」


 リアンとアリシアは玉座の間にいた。そこには、いると思っていたルーデシアスはいなかった。

「どこ行ったのよアイツは!」

 リアンは、ギニアスの張った粘着性の結界を見て悪態をついた。

「変な結界張って。何するつもり?」

「下にいる」

 唐突にアリシアが呟いた。

「へ? 下?」

「キリアは、下にいる」

 リアンは床を眺めた。

「ああ、そう言う事」

 そう言うと再び指を鳴らした。二人の姿は、玉座から掻き消えた。


「おわっ」

 ルーデシアスとキリアは、急に二人が宙から降って来たので大いに慌てた。ルーデシアスは必死に書状の束を隠そうとし、キリアはリアンとアリシアに押し潰された。

「ぐええ。お、重い……」

「キリア、あんたこんな所に!」

「こんな所とは失礼だなぁ。仮にも王の居室だぞ?」

 リアンはルーデシアスの抗議を無視した。

「キリア! あんたこんな所で何油売ってんのよっ! 私がどれだけ心配したか……」

「は? 心配?」

 リアンは、しまったと言う顔になった。

「ああ、いや! そんな事より!」

 リアンはルーデシアスに向き直った。キリアの上に乗ったままで。

「ルーデシアス! 今何隠した! 見せなさい!」

「いや、これはリアンには関係ない……」

「関係あるかないかは私が決める。いいから見せなさい!」

 リアンは何かを誤魔化すように、執拗にルーデシアスに食ってかかった。

「……素直じゃないね。書状だよ。周辺の国々からの」

 ルーデシアスは一通の書状をリアンに渡した。

「……ほう。外交手段に出たって事は、魔導師協会も動くのね」

「みたいだね」

「で? ルーデシアス王は、何か妙案でも?」

「今、キリア君とそれを話していた」

「ほう!」

「君たちは国外追放される」

「ほほう!」

「ついでにギニアスもつける」

「それは要らない」

「まぁそう言わずに——ギニアス!」

 ルーデシアスは大声でギニアスを呼んだ。程なく、扉が開いてギニアスが姿を現した。

「お呼びですか陛下って、何でリアンが! なんで小僧が!」

 ルーデシアスは、例によってギニアスの混乱を無視した。

「今から王命を授ける。これより貴公はリアン殿達と同行し、群島の神(エイラーズ・ルーア)殿の元へおもむくのだ」

「はへ?」

「もう一度言わせたいのか?」

 ルーデシアスがギニアスを睨んだ。

「は! いえ! 私ギニアスはリアン殿と同行し、群島の神(エイラーズ・ルーア)様の元へ向かいます!」

「要らないのに」

 ぼそっとリアンが呟いた。

「私だって嫌だ」

 ギニアスも呟き返した。

「何か言った?」

「いや……何でもありません」

「じゃ、そう言う事で。船は用意してある」

「ルーデシアスも策士ねー」

「リアンに鍛えられたからね」

「ほう!」

 リアンはキリアから降りつつ、手を差し出した。

「あるんでしょ、親書」

「ああ、もちろんだ」

 ルーデシアスは蜜蝋で封をしてある封筒を、懐から取り出した。

「キリア君に預けようと思ったのだが、本人がいるからね。ところで村は?」

「対策済み。村長が息巻いてたわって、これ開かないじゃない」

 リアンは、ルーデシアスから渡された親書をその場で開封しようとした。

「おいおい。ここで開けられちゃ親書の意味がない」

「あによ。秘密にしようっての?」

「親書だからね。直接向こうの偉い人に渡して欲しいね」

「私に秘密な理由は?」

「あまりないね。ただほら。親書だからさ。普通郵便とはわけが違う」

 リアンは不満げだったが、矛を収めた。

「ところで、村に騎士団を派遣した方がいいかい?」

「要らない。多分連中も事を公にしたくないでしょうし」

「じゃ、話は決まりだ」

 こうして、リアン、キリア、アリシア、そしてギニアスは国外へ逃れる事になった。

「私、そんなに重くない」

 ぼそっと、キリアに乗ったたままのアリシアが呟いた。頬がうっすらと、赤く染まっていた。

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