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総長戦記 0098話 活動 

1941年11月 『イギリス ロンドン』


 イギリスの防諜機関MI5の長官デイビッド・ピートリーは報告書を読み内心で嘆息していた。


 最優先事項でドイツの原子爆弾の情報を探らせているが、結果は思わしくない。

 元々MI5は防諜をメインとする組織であるから、それは仕方が無い。

 本来、他国の技術を探り出すという仕事は他の機関の担当だ。

 それでもMI5の諜報員もドイツにいるからと、この任務を指示されたのは、それだけ重大問題だからだ。

 他の諜報機関も必死になって原子爆弾について探っているだろう。


 そう考えながら次の報告書に目を通す。

 インドについての報告書だ。


 インドでの大規模な反乱の裏にはドイツ人の影がちらついている。

 第一次世界大戦の時もドイツはインドで反乱を起こさせようとした。

 今回はそれが成功しそうな勢いになってきている。

 もう諜報機関と治安機関の連携で小火の内に消し止めるレベルの反乱ではなくなった。

 大兵力による鎮圧しか解決策は見いだせないし、実際そう動いている。


 インドで諜報を担当するIB機関はどうやらドイツ人工作員の跳梁に手を焼いているようだ。

 IB機関はこれまでインド人による反乱計画や破壊工作を幾つも潰して来た実績を持つ。 

 それがなかなか相手の尻尾を掴めないでいる。

 厄介な事になった。

 IB機関の活動に目立ったミスは無い。

 敵が一枚上手という事か。

 誰か、人員をこちらから送り込みテコ入れをした方がよいだろうか。


 そう考えながら次の報告書を手に取った。  

 日本についてのものだ。


 どうやら主要各国にいる日本の駐在武官で陸軍の者は原子爆弾の情報収集に力を入れているようだ。

 駐在する国の物理学者にも接触していると報告にある。

 


 史実においてMI5は1923年の日英同盟が失効した時から日本への諜報活動を強化している。

 その中にはイギリスにいる日本の駐在武官だけでなく、主要各国にいる日本の駐在武官まで監視対象においていた。

 現代においてイギリスで機密扱いが解除されたMI5の古い公式記録には太平洋戦争開始直前の時点で、主要各国にいる日本の駐在武官、陸軍51人、海軍28人がMI5の監視対象下にあった事が記述されている。



 ピートリー長官は、日本の動きは、まぁ当然だろうと思う。

 今や主要各国で原子爆弾について調査・研究をしていない国は無いと言えるぐらいだ。

 それほどニューヨークの惨劇はショッキングな事件だったし、その威力は絶大で脅威だ。

 どこの国とて欲しがるのは無理もない。


 それより日本で気になるのは、中国大陸における内戦への関わりだ。

 どうやら日本の諜報機関が裏で動いているらしいが全容が掴めない。

 満州や内モンゴルでの日本の諜報機関の動きは、かなり把握できているが、中国の場合は勝手が違う。

 日本側の指揮する者が切れ者なのか、担当しているこちらの者の能力が劣っているのか……

 だが今は新たに人員を派遣している余裕が無い。

 


 ピートリー長官は知らない。

 主要各国にいる日本陸軍の駐在武官が原子爆弾について調査しているのは閑院宮総長からの指示であり、日本が既に原子爆弾を開発済みで実際に使用した事を悟られない為の小さな欺瞞工作として、駐在武官を動かしていた事を。

 そして中国内戦の裏で暗躍する日本の特務機関の全貌が掴みにくいのも閑院宮総長が裏にいるからである事を。


 史実においてイギリスは日本の諜報機関(特務機関)の動きをかなり掴んでいる。

 それにはMI5だけでなくイギリス軍の情報機関FECB(極東統合局)の活動によるところも大きい。

 日華事変が始まって以来の大陸における日本の諜報機関(特務機関)の活動内容や組織構成はかなりの部分を把握されている。


 しかし、今回の歴史では史実とは中身の違う閑院宮総長がいた。

 閑院宮総長はイギリスだけでなく、他国の諜報活動をも考慮し、自分が直轄する日本の特務機関の活動方法には慎重を期していた。


 史実ではFECB(極東統合局)による通信傍受が大きな力を発揮していた事から、連絡員(クリーエル)を多用する。連絡員(クリーエル)は、本国と現地の諜報・工作員の間を行き来して直接、命令や連絡を行う工作員である。

 更には中間工作員(カット・アウト)も多用した。中間工作員(カット・アウト)は現地の諜報・工作員を統括する現地諜報・工作統括官(レジデント・ディレクター)と中級諜報・工作員を結ぶ連絡係や、中級諜報・工作員から末端諜報・工作員への連絡係である。

 こうした連絡員(クリーエル)中間工作員(カット・アウト)は、必要な事以外は何も知らされず組織の実態も知らないので、本人や接触を行った諜報・工作員が捕まっても組織の実態が発覚する事はないし、被害は最小限に抑えられる。

 また、浸透工作(ペネトレイション)も多用している。これは他国の諜報機関に諜報・工作員を潜入させるか二重スパイを獲得する工作である。

 こうして潜り込んだ諜報・工作員はモグラ(モル)と呼ばれるが、掴んだ情報を流すだけの役割の者とは別に、さりげなく潜入先組織の活動を妨害、攪乱する攪乱工作員(コンフュージョン・エージェント)もいた。


 特に閑院宮総長は「攻撃は最大の防御」という思想から、この攪乱工作員(コンフュージョン・エージェント)を他国の諜報機関に潜入させる事に、かなり以前より力を注いでいたのである。

 これには数十年という準備期間があった事が大きい。


 こうした試みは功を奏しMI5やFECB(極東統合局)の中に攪乱工作員(コンフュージョン・エージェント)を潜り込ませる事に成功していた。

 その潜り込んだ者達のそれぞれの小さな妨害工作が功を奏し、中国における日本の特務機関の活動をイギリスに解明しずらくさせていたのである。


 こうした閑院宮総長が送り込んだモグラ(モル)は世界主要各国の諜報機関にいた。

 彼、彼女らの活躍はその任務の性質上、公けにはならなかったが、多大なる貢献をしていたのである。


 そうした実態をピートリー長官は掴んではいなかった。

 


 書類から目を上げ、ピートリー長官は天井を仰ぎ見る。

 そして暫し考える。

 現状ではうまくいっている活動は少ない。

 問題が山積み過ぎて困惑するぐらいだ。

 しかし、それでも大英帝国の為に、力を尽くさなくてはならない。

 大英帝国の繁栄と安全の為に。

 その思いから再び書類に目を落とすのだった。


【to be continued】


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