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総長戦記 0089話 依頼

【筆者からの一言】


スタート!

1941年9月 『日本 東京 陸軍参謀本部 参謀総長室』 


「あぁよく来てくれた中島君、まぁ掛けてくれたまえ」

「お久しぶりです閣下」

「うむ。君も壮健そうで何よりだ」


 衆議院議員であり2年前は鉄道大臣をつとめ、飛行機製造会社も経営している多彩で有能な人物、中島知久平議員は、にこやかに話しかけてくる閑院宮陸軍参謀総長の様子に、呼び出された理由はそれほど悪い話しではなさそうだと内心で安堵した。


 議員であり、大臣をつとめた経験があっても、この総長は厄介であり難物だ。

 19歳も年上であり皇族、しかも恐怖政治により完全に陸軍を掌握しているばかりか、その影響力は政府にまで及んでいる。

 自分など邪魔者と見做されれば容赦なく粛清されてしまうだろう。


「さて単刀直入に話そう。

君の所で大型の超長距離戦略爆撃機を造って欲しいのだ」


 前置きもへったくれもないその単刀直入過ぎる話の入り方にも驚いたが、言われた内容にも驚いた。

 自分が経営者である「中島飛行機製作所」は、あまり大型機の製造経験が少ない。

 

 単発機ならば、これまで戦闘機は昭和の時代に入ってから陸軍向けに「九一式戦闘機」「九七式戦闘機」を造り、現在は「一式戦闘機・隼」の製造を開始したばかりだ。

 海軍向けは帝国海軍最期の複葉戦闘機となった「九五式艦上戦闘機」を製造していたが、今は「三◯重工業」の「零式艦上戦闘機」に主力の座を奪われて久しい。


 ただし海軍には艦上攻撃機が採用されている。「九七式艦上攻撃機」だ。

 他には昨年、生産が終了したが「九五式水上偵察機」が採用されている。

 

 陸軍には他に「九四式偵察機」も採用されているが、複葉機であり既に生産は終了している。


 双発機としては、まずアメリカの「ダグラスDC2」をライセンス生産した経験があり、それを元に民間向けに開発した「AT2旅客機」がある。これは帝国陸軍でも「九七式輸送機」として採用された。ただしそれほど大型ではなく乗客は最大でも10人程しか乗れない。


 そして今年になって正式採用されたのが陸軍向けの双発機「百式重爆撃機・呑龍」だ。

「吞龍」の前に「キ19」があるが、これは「三◯重工業」との競作で採用されず、「三◯重工業」の「キ21」が「九七式重爆撃機」として採用されている。ただし、この時の「キ19」の経験が「吞龍」には生かされたので無駄にはならなかった。


 四発の大型機は今の所一機種しか手掛けていない。

 帝国海軍向けの「十三試大型陸上攻撃機・深山」

 元はアメリカの「ダグラスDC4E」を基礎に設計していた機体だったが、その後、帝国陸軍がアメリカより「B17」を購入し、それを調査する事が出来た為、新たな技術をも取り込み大幅に再設計して作り上げた機体だ。

 それにユダヤ人技術者の力も借りている。

 これは満洲のユダヤ人自治区に亡命して来たユダヤ人の中に飛行機関連の技術者達もおり、高額な報酬で閑見商会が雇用し、日本の各飛行機製造会社に出向させた。

 彼らの技術に学ぶべき点も多い。我が社も多大な恩恵を受けている。

 そうした要素が組み合わさり、「十三試大型陸上攻撃機・深山」の試作機は完成した。

 2ヵ月前に初飛行したばかりだが、今の所は順調な仕上がりを見せている。




 ちなみに史実では「中島飛行機製作所」でも「零式艦上戦闘機」を生産しているが、この歴史においてはされていない。

 史実では「零式艦上戦闘機」は「日華事変」の最中に完成し採用され、更に太平洋戦争に突入していくという歴史の中で急ぎ大量生産が必要とされた。その為、開発元の「三◯重工業」以外でも生産されている。

 しかし、今回の歴史では戦時ではなく平時に完成した機体である事から、戦時程には急がれなかったのである。予算との兼ね合いを見て機数を増やしつつあった。

 これは「九七式重爆撃機」も同様である。史実では「中島飛行機製作所」でも生産されたが、この歴史では生産されていない。


 なお、今回の歴史において「十三試大型陸上攻撃機・深山」は史実と大きく異なる機体となった。

 史実では日本はアメリカの「B17」の購入を要望しながらも、両国間の関係が悪化したために叶わなかった。

 しかし、今回の歴史においては、日米間の関係が友好的であったため、早期に「B17」の購入ができ、他の飛行機関連技術も獲得できていたのである。

 それに史実では亡命ユダヤ人技術者もいなかったが、今回の歴史においては存在している。

 それらの技術が「十三試大型陸上攻撃機・深山」に生かされた。

 その為、史実では失敗作と言われた「十三試大型陸上攻撃機・深山」ではあったが、この歴史においては、別の道をたどる事になる。




 中島知久平議員は思う。我が「中島飛行機製作所」の歴史では大型機の経験はまだ少ない。それでも敢えて閑院宮総長は我が社に任せようと言うのか?

 それ故に思わず意外の念が口からこぼれてしまった。 


「超長距離戦略爆撃機を我が社でですか?」


 だが閑院宮総長はその疑問を意に介さず必要性のみを口にした。


「そうだ。ニューヨークを壊滅させた原子爆弾の事は聞いているだろう」


「耳にしております。恐るべき威力を持つ強力な爆弾だとか」


「その原子爆弾の研究を我が国でも既に開始しておる。

他国に遅れるわけにはいかんからな」


「ご尤もな話です」


「原子爆弾の開発にも色々と問題はあるが、完成した場合、それをどう運びどう使うかも重要な問題だ。

今回ドイツはどうやら潜水艦を使ったらしいという情報が入って来ておる。

確かに潜水艦を使うのも一つの手だろう。

だが、それは沿岸部にしか使えん作戦だ。

内陸部には使えん。

そこでだ。我が国としては大型戦略爆撃機による原子爆弾の投下という手段を持っておきたいと思っている。爆撃機なら内陸だろうと沿岸部だろうと自由に使えるからな」


 大型戦略爆撃機の必要性はともかく、ドイツやUボートによる原子爆弾の使用という事実は全くなく、それこそ実際の犯人は閑院宮総長その人である。

 だが、その表情には誤魔化しや嘘を言う躊躇いや罪悪感は全く見られない。

 毛一筋程の感情の揺れもなく白々しいにも程がある全くの鉄面皮である。

 だが、それは中島知久平議員にはわからない。


「では、その為の超長距離戦略爆撃機を開発せよと?」


「そうだ。

我が陸軍が第一の仮想敵としているソ連の首都モスクワ、海軍が仮想敵としているアメリカの首都ワシントン。どちらも遠い距離にある。

通常の爆撃機では到底航続距離が足りん。

だが、遠いという事はそこで原子爆弾を使用しても、そこに生じる疫病(放射線障害の事)の影響は我が国は及ばないという事でもある。

原子爆弾を使用する為の超長距離戦略爆撃機、それを造って欲しいのだよ」


 これは、また閑院宮総長も凄いものを考えるものだと、中島知久平議員は内心で大きく息をついた。


「南洋、または日本本土からアメリカのワシントンまで往復できる爆撃機。

満洲からモスクワまで往復できる爆撃機ですな」


「そうだ。やってくれるかね」


 中島知久平議員は僅かな間、思考をめぐらした。

 これはとてつもない困難が伴う。

 これまでにアメリカを始め他国から獲得して来た技術。

 亡命ユダヤ人が齎してくれた技術。

 我が社が蓄積して来た技術。

 それを全て惜しみなく投入してもできるかどうかは未知数だ。

 だが、やりがいのある挑戦でもある。

 もし、成功すれば日本の航空史に、いや、世界の航空史に刻まれ、後の世に名前が残るほどの物になるかもしれない……

 

 答えは決まった。


「勿論です。

ご期待に添えるよう全力を尽くします」


「うむ。頼んだぞ。その超長距離戦略爆撃機だが、名前だけはもう決めてあるのだ」


「ほう。それはどのような」


「名前は富嶽。

超長距離戦略爆撃機、富嶽だ」


 こうして史実において開発されながらも遂に完成する事のなかった幻の超長距離戦略爆撃機「富嶽」の開発がこの歴史において早くもスタートしたのである。


【to be continued】


【筆者からの一言】


「富嶽」の開発スタートです。

史実よりも早く開発が始まり

史実では得られなかった航空関連技術を持ち

史実ではいなかったユダヤ人航空関連技術者もおり

史実では空襲や物資不足により開発が阻害されたけれども今回はそれは無く

と、言う極めて恵まれた環境で開発がスタートしました。


もし、他国の原子爆弾製造よりも先に「富嶽」が完成したならば、既に原子爆弾を持っている日本は正に鬼に金棒を手にする事になるでしょう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【筆者からのちょっと一言】


本日の午前4時より冷やし中華始めました。

あっ違った。

新連載始めました。


題名は

「栄光の勝利をGD(摂政戦記)」


この本作、総長戦記の別ルート話になります。

第30話までは同じで第31話からストーリーが変わってきます。

でも総長は相変わらずダークサイドの人です。

もし、お暇でしたら読んでみて下さい。

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