総長戦記 0087話 着々と
【筆者からの一言】
しぶとい国ですな。
1941年秋 『アメリカ』
ドイツに対し宣戦布告を行ったアメリカ政府だったが、同時進行でやらねばならぬ事は幾つもあった。
国内経済の立て直し。
被災民支援。
壊滅したニューヨーク周辺の物流ルートの再構築。
アメリカ軍の大幅増強。
兵器の大量生産。
アメリカ本土防衛強化。
イギリス連邦への支援。
原子爆弾開発。
どれも多くの資金、人員、資材、物資が必要となるものばかりである。
それは大国アメリカにしても大きな負担だった。
だが、どれも疎かにはできず進められていく。
まず行われた事はニューヨークの惨劇の事後処理組織として、「アメリカ北東部援助委員会」が新設される。各省庁から人員が派遣され、トップはジェームズ・フランシス・バーンズが委員長に就任した。
彼は上院議員や州知事の経験のある政治家で、史実の第二次世界大戦初期においては戦時動員局の局長だった人物であるが、この歴史ではニューヨークの惨劇で大量に出た被災民の支援に尽力する事になった。
これにより、それまでニューヨークの惨劇における責任者だったスティムソン陸軍長官はその任を離れ、陸軍長官としてドイツとの戦いに全力で臨む事になる。
ドイツと戦うにあたって、アメリカはまず新たな法律の施行と新組織が設立された。
アメリカ議会では緊急物価統制法が通過し、これに伴い「物価管理局」が新設され物価の安定が図られる。
更に「戦時生産会議」「戦時労働局」「経済安定局」といった組織が新設され、優先的に生産される物資やその配分、人的資源の効率的運用と経済の安定が図られる事になる。
陸海軍の再編も始められ、軍の規模は拡大し続けた。
陸軍では旧式の編成や騎兵部隊は廃止され機動力と火力を強化した三単位師団に改編された。
機甲師団、空挺師団といったこれまでには無かった部隊も新設される。
陸軍航空部隊も大幅に増強された。
海軍でも特に護衛艦艇と海軍航空隊の大幅増強及び部隊の新設準備が進められていく。
イギリスとの間には首都ワシントンDCに本部を置く「アメリカ・イギリス連合参謀本部」が設置され、対枢軸陣営戦略がここで策定される事となる。
この組織の下部組織として「軍需品割当会議」「連合国原材料会議」「連合国船舶割当会議」等、他にも幾つかの会議が設置され、連合国の資源を有効利用するための調整機関としての役割を受け持つ事になる。
こうしてアメリカは戦争への態勢を整えつつあった。
そうした中で実戦部隊の動きとしては、まず、ドイツへの反撃の為に、イギリスへ派遣される戦略爆撃隊の準備が整えられていく。
また、アメリカ軍によるグリーンランドの航空基地整備が急ピッチで進められてもいた。
グリーンランドは本来デンマーク領である。
しかしデンマーク本国はドイツ軍に占領されている。
この状況にアメリカ政府はグリーンランドを保護下に置く事を決め、今年1941年4月にアメリカ軍により占領を決行したばかりだったのである。
アメリカ軍はグリーンランド南部を中心に10ヵ所以上の航空基地を建設し物資の集積を始めていた。
グリーンランドはアメリカからイギリスへ向かう航空機の中継点及び大西洋航路の防衛拠点となり対潜哨戒機部隊が常駐しドイツのUボートと死闘を演じる事になる。
ともかく攻撃はまず戦略爆撃隊で。それがアメリカの方針だった。
何れはイギリスを拠点とした枢軸圏への侵攻作戦が行われる計画だろう。
一方、アメリカ本土防衛の強化においては太平洋から大西洋にかなりの艦艇が割かれる事になった。
ニューヨークの惨劇を繰り返させないためには主要港を24時間体制で防備しなければならない。
それに加えて第三国からの船舶の臨検も必要である。これについてはとても沿岸警備隊だけでは手が足りない。そこで大西洋艦隊が支援する事になった。
大西洋艦隊は全力で主要港防衛と臨検、更には船舶の護衛任務に取り組む事になる。
しかし、その任務で主力となるべき艦種の駆逐艦は大西洋には147隻しかいないのである。
艦艇は定期的なオーバーホールも必要なため1年365日フルに活動もできない。
既に駆逐艦の大量建造と将兵の大量養成も始まってはいたが、それが戦力として役立つにはまだかなりの時が必要だった。
それまでは手持ちの戦力でやり繰りするしかない。
そこで今の所は平穏な太平洋方面から戦力を抽出する事が決定された。
太平洋艦隊の駆逐艦の半分以上が大西洋に送られたのである。
アメリカは攻撃と防衛の態勢を着々と整えていた……
【筆者からの一言】
大国の底力は侮れない。




