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総長戦記 0075話 憂鬱

【筆者からの一言】


ニューヨーク惨劇当日のチョビ髭おじさんのお話です。

1941年8月第4週 『ドイツ 東プロイセン 狼の(ヴォルフスシャンツェ)


 ニューヨークの惨劇が起きたその日、ソ連領内に侵攻していたドイツ中央軍集団の主力部隊は「総統命令L441412号」に基づき、その進撃方向を変えた。

 モスクワへの前進を一旦中止し、南方にいる南方軍集団と連携してのソ連軍包囲殲滅作戦を開始したのである。

 後世においても議論の的となるドイツ中央軍集団の南進である。

 この南進が無ければモスクワを年内に占領でき、その波及効果によりソ連は倒れたであろうと主張する軍人もいる。


 その論議の的となる南進を決断したヒットラー総統は、その日、一人の客人と歓談していた。

 客人の名はベニート・アミールカレ・アンドレーア・ムッソリーニ。イタリアの首相である。

 そのムッソリーニ首相は今回ドイツにとり困った提案を持って来ていた。


「総統、我が軍が東部戦線に参加すれば、より早くより速やかにソ連を打倒できるのは間違いありませんぞ!」


「ムッソリーニ首相、貴方が我が国の力になってくれようとしている事は私も実に嬉しい。だが、貴国もアフリカで大変ではないのかね?」


 ヒットラー総統の言葉遣いは丁寧であり、一国の元首に対し敬意を持って応じている。

 だが、しかし、内心ではうんざりしていた。


 何を言ってるんだこの男は!

 迷惑なのだよ、迷惑!

 イタリア軍など何の役にも立たんのだよ!

 実際、フランス戦役でも今戦っている北アフリカ戦役でも活躍どころか足を引っ張ってばかりじゃないか!

 北アフリカでさえ持て余している癖に何を言っているんだ!

 現実を見ろ! 現実を!


 だが、そんなヒットラー総統の内心を知る由もないムッソリーニ首相は自分の主張を取り下げない。


「何、北アフリカなどすぐにも片付きましょう。

偉大なるローマ帝国の血を引く我が勇猛なる兵士達と貴国の名将ロンメル将軍がいるのです。

イギリス軍など風前の灯火ですぞ!」


 ヒットラー総統は内心でしつこいムッソリーニに辟易していた。

 だが、しかし……

 これが部下の将軍達なら怒鳴り散らせばそれで済むが、大事な同盟国の元首であるからそうもいかない。

 それに以前はファシストの先駆者として尊敬もしていたのだ。

 最近はイタリア軍のあまりの惰弱ぶりに愛想が尽きそうではあるが。


「いや、それは疑ってはいないが。貴国も北アフリカと地中海ではかなりの損失を出していると聞く。ここで無理をする事はないだろう」


 少しは自覚しろ!

 イタリア軍は弱いのだよ!

 ドイツの足を引っ張ってばかりなのだよ!

 足手まといにしかならないのだよ!


 だが、ムッソリーニ首相も諦めない。


「戦争に損害は付き物ですよ。我がイタリアはまだまだ戦えますぞ総統」


 ムッソリーニ首相も必死なのだ。


 ここ最近、ムッソリーニ首相と軍部の関係はあまり良くなかった。

 敗北続きだからである。


 特に北アフリカ戦線は、現在、ロンメル将軍の独壇場である。

 北アフリカ戦線にロンメル将軍が派遣されたのは今年になってからである。

 初めてドイツ軍が踏む北アフリカの大地。慣れない環境と戦場の筈だ。

 ところがロンメル将軍に率いられたドイツ軍は連戦連勝で戦果をあげ続けている。

 それは逆にイタリア軍の弱さを際立たせている。

 もはやイタリア軍の面子は丸潰れである。

 この状況に苛立ちを感じているイタリア軍将官や将校は多い。


 ムッソリーニ首相はこのイタリア軍の不甲斐なさを将軍達の指揮に問題があるからだと言い、将軍達はムッソリーニ首相が準備も整っていないのに無理な戦争をやらせた結果だと言い、両者は互いに責任を押し付け合い険悪な関係に陥っていた。


 そのためムッソリーニ首相は新たな戦場での新たな勝利を得て立場を固め直したいという考えを持っており、東部戦線への参加を望んでいたのである。


 そんな事情に巻き込まれるヒットラー総統は憂鬱になるばかりだった。

 

 この交渉は数日間続く。

 その間ヒットラー総統の憂鬱も続く。

 そんな時、ニューヨークの惨劇の情報が入って来たが、何分にも連合国寄りのアメリカでの話しであり情報収集しづらい面もある事から詳細不明で、あまりヒットラー総統の注意を引かなかった。


 それよりもヒットラー総統はムッソリーニ首相の相手に疲れ果てていたのである。


 ヒットラー総統がニューヨークの惨劇の実情を知るには今暫くの時が必要であった。


【to be continued】

【筆者からの一言】


現実見ろよ! はともかく、この日、ムッソリーニ首相がチョビ髭おじさんに東部戦線への参加を要望したのは史実通りのお話。

敵に回しても問題ないが、味方にすると途端に厄介となる、それがイタリアという国。



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