総長戦記 0074話 踏み倒し
1941年8月第4週以降 『日本&満洲 経済界』
ニューヨークの惨劇は日本の繊維産業と株式市場に悪影響を及ぼした。
しかし、経済界全体で言えば致命的な事にはならなかった。
既に日本では徐々に重工業を始めとする他の工業分野が伸び始めていたからである。
これは史実には無い幾つかの要因があった為である。
まずは史実においてアメリカの経済制裁により購入できなかった数々の設備や機械、技術が、今回の歴史では購入できていた事があげられる。
次には高度な技術を持つ専門家が少なからずいた事である。亡命ユダヤ人である。満洲のユダヤ人自治区に受け入れた高度な技術を持つ専門家を日本は、というより総長紐付きの閑見商会が高給で雇い入れた。更にそのユダヤ人の持つ技術を独占する事なく他の企業にも伝え日本の工業界の発展を図った。
更には市場があった事も大きかった。
日本国内は勿論、満洲もアメリカからの資本が投入され開発が進む過程において史実よりも日本からの輸出が増えていた。
そしてドイツとの戦争で本国との交易が阻害されてあらゆる物が不足している東南アジアの植民地政府。
輸出先には事欠かなかった状況がそこにあった。
一国の屋台骨とも言える花形産業が変化する事は歴史を見ると珍しくもない事がわかる。
例えば史実の日本にしても戦後は石炭・鉄鋼産業から家電産業へ。その次は自動車産業へ。その次は金融産業へ。その次はIT産業へ、と言うように戦後70年しか経っていないのに、盛んに花形産業は変化している。
今回の歴史においても既に日本では主要な産業が繊維産業から重工業を始めとする他の工業分野に移り出していたのである。
しかも、その流れは加速する。
アメリカの経済がダメージを受け混乱し海運にも支障を来すと、東南アジアではアメリカからの輸入が滞り、その代わりに日本からの輸入が増えたのである。
またニューヨークの惨劇においては、ニューヨーク港周辺の造船所が40以上も失われた。
これについては、ニューヨーク港周辺の幾つかの造船所に輸送船を発注していたイギリス連邦にとっては大きな痛手だった。Uボートの跳梁している現状では1隻でも多く輸送船が欲しかったのである。
その穴埋めが必要だった。
そこで白羽の矢が立ったのが日本の造船業界である。
イギリス連邦からの発注が相次いだ。
日本の造船業界は嬉しい悲鳴をあげる事になる。
日本の繊維業界は打撃を受けたが、それに代わる産業が急速に発展しているのが日本の経済界だったのである。それ故に致命的ダメージを被る事を免れていたのだった。
なお後にニューヨークの惨劇における問題の一つとして、満洲に投資したユダヤ人資本家の生死不明という問題が出てくる。
満洲に投資したのは主にウォール街のアメリカ系ユダヤ人の資本家達である。
しかし、その殆ど全員がこの惨事で行方不明となる。
行方不明とは言っても実際には「ウラン爆弾(原子爆弾)」による全員死亡である。
では、満洲への投資金はどうなるのか……
本来なら亡くなった資本家の遺産を引き継ぐ者にその権利が渡る事になる。大抵は家族であり近親者だ。
だが、しかし、資本家達の家族もその多くがニューヨークの惨劇により死亡しており、色々な各種記録も失われている。
これにより遺産相続問題は恐ろしく複雑化する事になる。
一つ言えるのは日本側においては、満洲の投資に関わった政府関係者も財界人も誰一人、この問題について積極的には解決しようと動く事はなかったという事である。
遺産相続人の件について独自に調査したりアメリカ政府に相談する事はなかった。
遺産相続人から申し出があれば適正に対処するという極めて消極的な方針が関係者の間で決められただけである。
アメリカ政府としてもこの件について積極的に動く事はなかった。
公金が投入されているのならともかく民間レベルの話しであり、それよりも救わなければならないニューヨークの惨劇の難民が数百万人もいたのである。
忙しくてそれどころではなかったというのが実態であるし、そもそも誰からも相談が来なかったという点もあった。
その結果、本来なら投資家に還元されるべき利益はそのまま積み立てられ、後には密かに再投資される事になる。
【to be continued】




