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総長戦記 0071話 底力

【筆者からの一言】


ニューヨークを失ったとは言え、その力は侮れない。

それがアメリカという国。


1941年9月 『アメリカ』


 アメリカはニューヨーク経済圏を失った。

 これはアメリカ経済に大きな痛手となった。

 しかし、アメリカ政府の主要な閣僚はルーズベルト大統領を始めとして誰一人、ドイツとの戦争を忌避しようという者はいなかった。

 それは未だ自国アメリカに残されている力に信頼を置いていたからである。


 ニューヨークを失いはしたが、それで全てが失われたわけではない。 


 アメリカは大国である。

 ニューヨークだけで経済が成り立っているわけではなかった。


 特に五大湖沿岸の工業地帯は健在である。


 アメリカにおける鉱物資源の最大の採掘地は「アイアン・レンジ」と呼ばれる一帯である。

 ミネソタ州北東部に位置し五大湖最大の湖であるスペリオル湖に面している。

 この「アイアン・レンジ」にはアメリカ国内最大であり、世界的にも有数な鉱山であるメサビ鉄鉱山がある。

 ここには他にも幾つかの鉱山がありアメリカにとって重要な鉱物資源採掘地域となっている。

 史実では、アメリカが第二次世界大戦において消費した鉄の大半を、この「アイアン・レンジ」が供給したと言ってもいい程である。


 五大湖沿岸の工業地帯が発展したのも、この「アイアン・レンジ」の存在と工業で使われる大量の水が五大湖という豊富な水源により確保でき、なおかつ移送手段の水運としても活用できたからである。

 つまり鉄と水の存在が五大湖の沿岸に工業地帯を形成させた。

 その五大湖沿岸の工業地帯の中でも特にデトロイト市は、史実における第二次世界大戦においてアメリカの生産する兵器及び軍需物資の約4割を生産し、「民主主義の兵器廠」や「アメリカの兵器工場」と呼ばれたほどである。


 デトロイト市の隣、ディアボーン市にはアメリカの自動車メーカーBIG3の一つフォードモー◯ーの本社がある。史実では第二次世界大戦時に、このディアボーン市郊外にフォードモー◯ーが、爆撃機製造工場を建設し爆撃機の生産を行ったが、そのウィローラン工場の規模は、あらゆる分野の工場を含めた上で世界最大規模のものであった。

 史実において戦争が始まった初期、日本の快進撃に動揺したアメリカ国民に対し、このウィローラン工場の完成は勝利の希望を与えたと言ってもよいほどであった。

 マスコミがこぞってこのウィローラン工場の完成を賛美し国民の戦意を高揚させる結果を生んでいる。

 今回の歴史ではまだ完成していないが、1942年初頭に完成する筈である。



 実は閑院宮総長も「ウラン爆弾(原子爆弾)」を使用する候補として五大湖の沿岸工業地帯を検討した事もあった。

 もし、五大湖の沿岸工業地帯を殲滅できれば、それはニューヨークにも匹敵する大きな打撃をアメリカに与える事になったかもしれない。

 少なくとも兵器と軍需物資の生産という一点ではニューヨークよりも効果が高かった可能性もある。

 しかし、五大湖周辺となると、あまりにアメリカ国内奥深くであり、外国船を目立たずに航行させるのは難しい。アメリカ国内で船を調達し運河を航行させるにしても「ウラン爆弾(原子爆弾)」を内密に運び込める確率は低くなる。

 それ故に断念している。

 なお、閑院宮総長には「ウラン爆弾(原子爆弾)」の使用については他にもプランがあった。

 ニューヨークだけでなく、ボストン、ノーフォーク、ニューオリンズ等、東海岸の主要港における「ウラン爆弾(原子爆弾)同時爆破テロ」である。

 東海岸の主要港を同日同時刻に一斉に「ウラン爆弾(原子爆弾)」で殲滅する計画である。

 しかし、これは「ウラン爆弾(原子爆弾)」の製造が間に合わず数が揃わなかった事から断念している。

 時を待てば、可能だったかもしれない。

 しかし、史実における歴史の流れを鑑みた結果、閑院宮総長としては数が揃うのを待ってはいられなかったという事情があった。

 日本が大戦に有利な状況で参戦する為には、この時点である程度の打撃をアメリカに与えておく事が必要だった為である。

 それ故に「ウラン爆弾(原子爆弾)」の代用としての他の港での細菌テロだったのである。

 もし、「ウラン爆弾(原子爆弾)」が開発できなかった場合にも、やはり大々的な細菌テロを行う計画であった。



「アイアン・レンジ」で採掘された鉄を始めとする鉱物資源は五大湖の水運を利用して五大湖沿岸の工業地帯に運ばれ加工され兵器や軍需物資や鋼鉄に姿を変える。

 そうした兵器、軍需物資、鋼鉄、鉱物資源等は運河を利用してニューヨークに運ばれ集積されイギリス連邦に船積みされる。鋼鉄はニューヨークの造船所において船の建造に使われもした。 

 ニューヨーク周辺の工業地域においてもそうして運ばれて来た鋼鉄や鉱物資源が使用されている。


 また、この時、アメリカは石油生産でも世界一であったが、その油田の大半は南部に存在した。

 その為、石油産業を中心とする工業地帯が南部に形成された。所謂「南部工業地帯」である。


 太平洋のロサンゼルスやロサンゼルス、シアトル等の太平洋岸工業地帯もある。


 兵器や軍需物資の生産を経済地帯で見た場合、ニューヨークよりも、それ以外の工業地帯で生産された割合の方が遥かに高い。

 農業の生産物、つまり食料も同様だった。


 何よりアメリカの人口は1億3000万人である。

 ニューヨークでは死者、負傷者を含め500万人が被災し放射能を被爆した人々の数も多い。

 しかし、それでもアメリカ全体の人口から言えばその割合は5%にも満たない。


 未だアメリカで健在な人的資源、鉱物資源やエネルギー資源、工業地帯における生産力、食糧生産力、そうしたものを見た場合、ニューヨークで失われた物は多いが、アメリカという巨人が二度と立ち上がれなくなるほどのダメージではなかった。

  

 特にアメリカ軍の殆どが健在だ。

 アメリカ陸軍は国全体から見ればニューヨーク州周辺にはそれほど多くの部隊を配備していなかった。

 基地や訓練場は人口が過密な北部よりも人口密度の低い南部に広大な面積をとって確保している。

 海軍にしても民間船舶の航行の激しいニューヨークを避け、大西洋艦隊の主力はバージニア州やメイン州に主要な基地を設けている。

 軍の多くは健在だった。


 史実では日本と比べるとアメリカの国力は10倍だった。

 10倍という数字は伊達ではない。

 アメリカはまだまだ抗戦能力を失ってはいなかった。


 ボクシングで言えば強烈なパンチをもらい傷付きリングに膝をついている。しかし、まだ戦える。それが現状だった。


 それ故にアメリカの主要な閣僚達もまたドイツとの戦争を回避する気はなかったのである。


 しかし、それでもニューヨークを失ったダメージは大きい。

 一国の経済における生産活動というものは兵器と軍需品だけで成り立つものではない。

 それ以上に人々が暮らしていく中で必要な民需の品々を生産していかなければ、それこそ人々の生活が立ち行かない。

 軍需よりも民需の方が遥かに経済規模は大きいのだ。

 ニューヨーク経済圏でのそうした民需品を生産し販売し流通させていた企業の喪失は大きなものがあった。


 史実では戦争のためにアメリカの民需工場が軍需生産に切り替えを行った。

 しかし、今回の歴史ではニューヨーク周辺での被害が多大である事からその穴を埋める必要があり、史実よりも民需工場が軍需生産に切り替えられる割合は低くなるだろうと予想される。


 それにアメリカにおける最も重要なニューヨークの金融市場を失った影響は余りに大きく、残された金融市場、証券取引所等への悪影響も大きかった。

 これは企業に影響するだけではなく、アメリカ政府の戦費の調達にも大きな影響を与える事が予想される。

 ニューヨーク連邦準備銀行は12ある連邦準備銀行の中でもニューヨークを担当していた事からその役割は各段に重かった。それが失われているのである。

 そもそもニューヨークの惨劇以後、徐々にドルの価値が下落していた。

 経済の専門家の中には、一つ舵取りを間違うとアメリカ経済が崩壊するという懸念を持つ者さえいるのが現状である。


 そして難民がいる。ニューヨークで被災した難民、その数400万人。しかも負傷者も多い。

 何ら生産活動に寄与しない、消費するだけの存在を突然こんなにも大量に抱え込むのは非常な負担である。いかにアメリカが大国であってもこの人数の生活を支えていくのは容易ではない。


 アメリカという国がニューヨークのダメージから回復するには、まだかなりの時間が必要であり、その間に派生する影響は今後もかなり大きなものになるのは確実であった。


 確かにアメリカはまだ戦える。それだけの底力はある。

 しかし、国内の難民の存在や経済を見ると、その抗戦能力は史実よりかなり低下する事は間違いなかった。


 そのような状況において即時開戦か時機を見ての開戦かをルーズベルト大統領は決断しようとしていたのである。


【to be continued】


【筆者からの一言】


史実より弱体化はしているが、まだその力は大きい。

だからこそ……


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