表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/98

総長戦記 0065話 疑惑の向く先

【筆者からの一言】


犯人は誰だ!

1941年9月 『アメリカ ワシントンDC』


 イギリスからニューヨークの惨劇がドイツの原子爆弾によるものではないかとの疑いが伝えられた時、アメリカ政府と軍内部の高官で、それを信じる者は少数派だった。

 原子爆弾がどういうものか正確に把握している者は極めて少なかったし、幾ら兵器の破壊力が進んだとしても大都市を壊滅させるだけの兵器というのは想像を絶していた。

 遠い未来ならともかくこの時点でそのような兵器が現れるとは殆どの者が予想していなかったのである。


 唯一、イギリスでの原子爆弾開発研究に触れて来たアメリカ国防研究委員会の科学者達が、その可能性を有り得るものとして深刻に受け止めていた。


 その為、アメリカ国防研究委員会において特別調査委員会が設けられ、調査チームが組織され被災地に派遣される。

 この調査チームが現地調査を行い採取した放射能残留物を分析した結果、原子爆弾が使われた可能性が極めて高いという可能性が出る。そしてその報告を政府に提出したのである。


 これによりイギリスの言う通り原子爆弾が使われた可能性が濃厚になった。


 そして原子爆弾を使用した国としてドイツの存在が急浮上して来たのである。


 直接的な証拠は何一つ無かった。


 これが後の未来ならば放射線残留物をガンマ線分光計分析装置により分析し、ウラン、プルトニウム、アメリシウム、キュリウム、ガドリニウム等の元素の種類と割合を測定し、どこの原子炉で製造されたか特定できる場合もある。

 缶コーヒーと同じで、各メーカーがそれぞれ缶コーヒーを販売しているが、同じコーヒーとは言っても各メーカーにより、それぞれ味が違うように、原子炉もそれぞれ元素の種類と割合が微妙に異なる。

 だから原子炉のデータさえあれば特定できる場合もあるし、自国のデータに無ければ外国の物と判断する事もできる。

 しかし、この時代にガンマ線分光計分析装置の様な高度な分析装置は無い。

 そもそも原子炉がアメリカとイギリスには無い。


 原子爆弾がどうやって爆発したのか目撃者もいない。

「ウラン爆弾(原子爆弾)」を積み爆発した船は跡形も無く消滅している。「ウラン爆弾(原子爆弾)」の爆発は3億度の火球を生み出し船を呑み込んだのだ、爆弾諸共、塵一つ残ってはいない。

 爆心地周辺の目撃者も誰一人生存してはいない。


 今の所は各国にいるアメリカの情報機関員もどこの国、または組織が行ったのか情報を伝えて来てもいなかった。


 しかし、直接的証拠は無くても間接的証拠ならあった。


 まず第一に核分裂理論を発表したのはドイツであり、その方面の分野において最も研究が進んでいると思われる事。



 第二にイギリスからの情報として1940年4月にドイツのカイザー・ヴィルヘルム研究所で核分裂に関する大規模な実験が行われているらしいという情報がある事。



 第三に最新情報としてドイツが重水を生産しているノルウェーのノルスク・ハイドロ工場に、重水の生産量を3倍に増やすよう命令を出したという情報がイギリスより伝えられたのである。


 重水は原子爆弾を製造する際に使用される。

 ニューヨークの惨劇が起きた後での重水増産命令である。タイミングが良すぎる。

 当然、これはニューヨークでの原子爆弾の成功により、ドイツが更に原子爆弾を生産する事を決定し重水増産命令を出したと考えられた。


 実は、このドイツの重水増産命令の出されたタイミングは、ドイツからしてみれば全くの偶然である。

 いや、偶然とは言えないかもしれない。

 東洋の島国にいるニューヨークの惨劇を招いた張本人が「ウラン爆弾(原子爆弾)」使用のタイミングを8月後半にした理由の一つは、ドイツの重水増産命令をアメリカとイギリスに原子爆弾増産の為と思わせるためだからである。

 しかし、それをイギリスとアメリカは知らない。

  


 第四にアメリカの政治的態度である。

 中立と言いながらこれまでアメリカは明確に連合国の肩を持ちドイツを敵視して来た。


 1940年9月にはドイツと戦争状態にあるイギリスとの間に協定を結んでイギリスの基地を借りる代わりに50隻もの駆逐艦を供与した。


 1940年12月にはルーズベルト大統領が炉辺談話でアメリカは民主主義の兵器廠になると語った。


 1941年3月11日には武器貸与法を制定しイギリスに現金が無くても戦後の支払いにおいて武器を購入できるようにした。


 1941年3月15日にはルーズベルト大統領が連合国が勝利するまで援助を続けると演説した。


 1941年3月30日には戦争でアメリカ国内に足止めされているドイツとイタリアの船舶を保護という名の下に強制押収した。


 1941年4月2日にはアメリカ沿岸警備隊の艦艇10隻をイギリスに供与した。


 1941年4月4日にはルーズベルト大統領がアメリカ国内において損傷しているイギリス軍艦の修理を行えるよう許可を出した。


 1941年4月24日にアメリカ大西洋艦隊に対しドイツ船の位置を知らせるよう公式命令が出され、その情報はイギリスに伝えられる事になった。これはそれまで非公式に行われていた事である。


 1941年6月16日にルーズベルト大統領はアメリカ国内にあるドイツとイタリアの領事館を全て閉鎖させた。


 1941年8月9日から12日にかけてルーズベルト大統領はイギリスのチャーチル首相と会談し14日にはその成果である「大西洋憲章」が全世界に向けて発表された。

 その中の6番目の項目では、はっきりとナチスと名前を出してその打倒と、恐怖と欠乏からの解放が明記されている。


 中立、中立と言いながら、アメリカの中立は完全な独自解釈の国内法での中立であり、国際法からすれば完全な中立違反である。

 正式な宣戦布告をしていない事と、軍隊が戦っていない事を除けば参戦中であると言っても過言ではないのが、この時のアメリカの姿勢だったのである。


 だからこそドイツがニューヨークを攻撃したとしても、方法と被害の規模は別にして、攻撃行為そのものについては誰も驚きはしない。


 それだけの敵対政策をアメリカはドイツに行って来たのである。



 第五にこのニューヨークの惨劇により誰が一番の利益を得たかという事である。

 推理ドラマの鉄則は利益を得た者を疑えであるが、この場合でもそれは同じと思われた。

 アメリカがニューヨークの惨劇により打撃を受けた場合、最も得するのはやはりドイツである。


 犯人がドイツと露見した場合、アメリカは宣戦布告し参戦するだろう。アメリカという大国の参戦は、それは一見ドイツに不利に見えるかもしれない。

 しかし、これまでのアメリカのドイツへの態度を見ていれば、戦争になるのは遅かれ早かれ殆ど確実であると考えてもおかしくはない。

 これまでの流れから言えば第一次世界大戦と同じくアメリカが連合軍に参加し参戦してこようとしているように見える。

 それならばいっその事、まだアメリカの戦争準備が整っていないうちに大きな打撃を与えるという作戦も有り得る。

 実際、ニューヨーク経済圏を失った事により、アメリカの経済は急速に悪化しているし、イギリスへの戦略物資輸送は破綻に近い状況になって来ている。

 ニューヨーク港はそれだけ重要な位置を占めていたのだ。


 穿った見方をすればアメリカを参戦させたかったイギリスも利益を得たと言えるかもしれないが、あまりにその代償は大きい。

 ニューヨークの壊滅は、今、実際にドイツと戦っているイギリスの経済と軍事力にマイナスの影響を大きく及ぼす。

 それこそイギリスの死活問題となる程に。であるからイギリスではありえない。



 第六に第一次世界大戦時にドイツは破壊工作員により「ブラックトム爆破事件」を起こしたという前例がある事である。


 これはニューヨーク・アッパー湾にあるブラックトム島において集積されていた弾薬が爆破されるという事件である。

 集積されていた弾薬が大量だった為、その爆発規模は物凄いものとなりリバティー島の自由の女神も損傷している。

 爆発は夜中だったが、軽く200キロ以上離れたメリーランド州にまでその爆発の振動が伝わり人々を地震と勘違いさせて叩き起こす騒ぎになっている。

 破壊工作のため当初はドイツの仕業とはわからなかったが、後に判明しブラックトム島を所有していた民間企業から1939年にドイツに対し損害賠償が請求されている。しかし、ヒットラー政権は倍賞を払おうとはしないまま今日まできている。

 史実ではこの倍賞は70年代になってやっと支払われている。

 

 つまりドイツは既に第一次世界大戦においてニューヨーク・アッパー湾で破壊工作を行った前例があり、今回またしても破壊工作を行ったのではないかと考えられたのである。


 直接的証拠は無かった。

 だが、全ての状況証拠はドイツを指し示していた。

 こうした状況証拠の積み重ねからニューヨークの惨劇の犯人はドイツと目された。


 ニューヨークの惨劇について原因の解明を命じられたスチムソン陸軍長官は、この見解を唯一無二のもとし大統領へ報告を行う事に決める。


 その報告はアメリカ政府に激震を走らせる事になる。


【to be continued】


【筆者からの一言】


ドイツ・アメリカ同盟の事を忘れているわけではありません。

第69話にてだめ押し的に出てきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ