総長戦記 0061話 ニューヨークの惨劇 その⑩ 悪夢
1941年9月 『アメリカ ニューヨーク州』
酷い臭いだった。
腐臭と焦げた臭いと他にも何と言っていいのか分からない臭いが混じり合い耐えがたい臭いとなっている。
だが、それにもいつの間にか慣れてしまったようだとデュークは内心で溜め息をついた。
悪夢のような光景が目の前に広がっていた。
瓦礫の山と廃墟と化した街。
そしてそこに横たわる数えきれない程の夥しい見るも無残な焼死体。
とても生きていた人だったとは思えない黒焦げた遺体もある。
黒い塊にしか見えない遺体もある。
いや、それはまだましだ。
中には、はっきりと酷い形相のまま焼け死んだ事がわかる焼死体もある。
苦しかったろう。
熱かっただろう。
痛かっただろう。
死者の冥福を祈らずにはいられない。
しかし、あまりの遺体の惨さと臭いの酷さに手は震え吐きそうになるのも事実だ。
死者には悪いが気持ち悪くて仕方がないのも真実だ。
できる事なら遺体の回収なんかしたくなかった。
でもやるしかない。
兵士達が銃を持って目を光らせているからだ。
以前からそういう話しは聞いていた。
南部から流れて来た同胞達が話していた。
南部では大きなハリケーンが度々来て大きな被害を齎し多数の死者を出す。
そんな時、死体の回収をさせられるのは決まって黒人だと。
被災者かどうかも関係ない。白人は黒人を掻き集めて遺体回収を強制的にさせる。
災害救助で来た兵士達に銃を突きつけられ強制的にその仕事をさせられる。
ここは白人の国だから仕方がないと諦めるしかない。
それは悪夢を見るほど酷い仕事だと言っていた。
今ならそれがわかる。
この仕事を強制的にさせられてから毎晩悪夢を見るようになった。
ボロボロになった遺体が、焼け爛れた遺体が夢に出て来る。
寝ても悪夢、起きても悪夢のような世界で遺体回収だ。
ほんの少し前までの日々が懐かしい。
誰もが自分に敬意を持って接してくれた。
尊敬してくれた。
音楽の世界なら白人にだって負けないと思っていた。
それがどうだ。
なんて運命は残酷なんだ。
幼友達のデニスがワシントンDCで病気で死んだ。
その葬式にマンハッタンから妻と子供を連れて参加した。
悲しいけれど、そこまでは平穏だった。
だが、マンハッタンからの帰途、列車は途中で止まった。
ニューヨークが燃えていた。
そして自分は妻と子供と引き離され、強制的に働かされている。
黒人だからだ。黒人というだけでた。
このデューク・エリントンが!!
音楽界で知らない者はいない、このデュークがだ!!
デューク(公爵)と綽名されたこの私がだ!!
もし、いつものようにマンハッタンにいたらあの火災に巻き込まれて家族ともども死んでいたかもしれない。
それを偶然にも逃れられたのは幸運だった。
だが、今は悪夢の中で生きている。
終わらない悪夢の中にいる。
来る日も来る日も遺体を回収させられている。
早く妻と子供に会いたい。
ピアノを弾きたい。
ここは、
ここは地獄だ!!
デュークは内心で悲痛な叫びを上げていた。
だが、それは彼だけではなかった。
彼と同じ立場に立たされた黒人全員が感じている事だった……
この時代、21世紀とは違いアメリカでは平然と人種差別が行われていた時代である。
自然災害等の非常事態が起きた場合、黒人達が強制的に集められ各種のきつい仕事を割り当てられる事は珍しくもなかった。
それは、今回のニューヨークの惨劇においても同様である。
多くの黒人達がトラウマになるような仕事に強制的に従事させられていた。
それも銃を突き付けられて。
黒人達はそれに従うしかなかった。
今はまだ……
そう、今はまだ……
【to be continued】




