総長戦記 0055話 ニューヨークの惨劇 その④ 対応
1941年8月25日(月曜日)午後 『アメリカ ニューヨーク州&ニュージャージー州』
ニューヨーク市を突如襲った惨劇において、市の行政組織は無力だった。
それも無理からぬ事だった。
ニューヨーク市庁舎自体が核爆発で消滅し当然の事ながら市の職員も殆どが死亡している。
消防も警察も壊滅状態だった。
市政に携わる市長や市議会議員も死亡するか行方不明となっている。
この時の行方不明は死亡とイコールだった。
その為、市民を救うべき指揮系統はニューヨーク市に既に存在していなかった。
フィオリロ・ヘンリー・ラガ―ディア市長はその辣腕ぶりから市民の支持が高く既に連続2期ニューヨーク市長を務めていたが市庁舎の市長室で敢え無い最期を遂げた。
共和党でありながら民主党のルーズベルト大統領を支持して多額の公共事業予算を獲得する事に成功した人物だった。彼の行った多種多様な公共事業がニューヨーク市を近代的な都市へと変貌させたと評価する者も多い。
イタリア系ではあったが犯罪を憎みマフィアとも対決姿勢を打ち出していた。
後世においてフィオリロ・ヘンリー・ラガ―ディア市長をアメリカ史上最高の市長と言う者も多い。
故にこの時代に建設されたニューヨーク空港は、その市長の偉業を讃え50年代に名前をラガ―ディア空港と改名している。
しかし、今回の歴史ではどうなるか……
2年前に開港したばかりのそのニューヨーク空港も今やその姿は見る影もない。
フィオリロ・ヘンリー・ラガ―ディア市長が尽力し発展させて来たニューヨーク市は壊滅し市民の多くが亡くなっている。
後世において彼がどう評価されるかは、まさに神のみぞ知るであった。
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行政組織上、当然の事ながらニューヨーク州には州政府がありそのトップは州知事である。
そのニューヨーク州の州都はオールバニ市だった。
幸いな事にオールバニ市は、ニューヨークからハドソン川を遡る事約220キロの北に位置している為、全く被害を被る事はなかった。
だが、逆に220キロという距離は遠すぎた。
当初、ニューヨークの状況が皆目わからなかったのである。
この時代、まだテレビは無い。
インターネットも無い。
人工衛星もない。
電話ですらまだ一家に一台もない。アメリカでも未だ約半分以上の家庭に電話が無かった時代である。
しかも悪い事に「ウラン爆弾(原子爆弾)」の爆発によりEMP効果が発生していた。これは核爆発において強力な電磁力が発生しラジオや無線の内部部品をダメにして使えなくなる事態を引き起こす現象である。
ニューヨーク近辺のラジオや無線は沈黙した。
オールバニの州政府では、まだニューヨークの惨事に気付いていなかった。
しかし、何か異変が生じたのは察知していた。
ニューヨークとオールバニーの間にある都市や町からニューヨークの異変について州政府へ問い合わせの電話が殺到していたのである。
ニューヨークと電話が繋がらない。
非常用の無線も応答しない。
ニューヨークの方向に巨大なキノコ雲が見える。
「一体、ニューヨークに何が起こっているのか?」
誰もがこの疑問の回答を求めていた。
比較的、ニューヨーク寄りの自治体からはニューヨークが燃えている、大きな火災が発生しているようだという情報を州政府に知らせてきている。
この事態にハーバート・レーマン州知事は、まずは事態を確認する事だと人をニューヨークに派遣する。
ハーバート・レーマン州知事はニューヨーク生まれのニューヨーク育ち。
その政治家としてのキャリアも全てニューヨークで築いて来た。
既にニューヨーク州知事となって9年にもなるベテラン知事である。
その彼にしてもこの様な事態は初めての出来事であった。
まだ、この時点ではハーバート・レーマン州知事は楽観的に考えていた。
恐らくニューヨーク市北部で大きな火事でも発生して電話回線が切断されているのだろうという程度の推測をしていた。
まさか、この時点でニューヨーク市が壊滅状態にあり100万人を軽く超す人々が亡くなっているとは夢にも思っていなかったのである。
後に彼はニューヨーク市の有り様をその目で見て卒倒する事になる。
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ニューヨークと同じく「ウラン爆弾(原子爆弾)」により大きな被害を受けたニュージャージ州。
そのニュージャージ州の州都はトレントン市だった。
「ウラン爆弾(原子爆弾)」の爆心地からは約60キロしか離れていない。
それ故に「ウラン爆弾(原子爆弾)」の爆発の閃光はこの州都にも届き、巨大な2つのキノコ雲もはっきりと見えたのである。
そしてニュージャージ州東部の主要都市で始まった大火災。
この大火災の全体像は分からなかったが、それでも州都が現場に近い為、ニューヨーク州政府と比べニュージャージ州政府の対応は早くなった。
それに大火災の直接的な原因はわからなくてもやらなければならない事ははっきりしている。
消火と救助である。
州知事は可能な限り送れるだけの消防隊を火災現場に向かわせ、医薬品と医療関係者の確保、安全圏の確認と、そこに設置する臨時の病院と避難所の開設を職員達に命じる。
本来なら州兵の出動も命じたかったが、既にその権限は無い。
昨年、ルーズベルト大統領が緊迫する欧州情勢に応じて選抜徴兵訓練法を定めると共に州兵の連邦軍への編入も行ったからである。
ニュージャージ州の州知事はチャールズ・エジソンである。
蓄音機や白熱電球等、数多くの発明で有名なトーマス・エジソンの息子である。トーマス・エジソンは残念な事に10年前にこの世を去っている。
チャールズ・エジソンは昨年、州知事になったばかりであり、その州知事経験は1年にも満たない。
そんな経験の浅い州知事がこの未曾有の事態に対応する事になったのである。
だが彼はこの危急の際に狼狽する事なく、その任を見事にこなしていた。
また、チャールズ・エジソン州知事はあまりに火災の規模が大きく州では手に負えないと判断するや、早々にホワイトハウスに援助を要請する。
元々、チャールズ・エジソン州知事はルーズベルト大統領と面識がある。
州知事になる前、彼はルーズベルト大統領から海軍次官補や海軍長官代理に任命され、その任に就いていた経歴がある。彼はルーズベルト大統領の信頼が厚かった。
その関係をフルに利用してホワイトハウスに早急な援助を求めたのである。
こうしたニュージャージ州政府の早い対応は大勢の命を救う事になる。
しかし、それでも死者は増え続けていた。
州政府の苦闘はまだ始まったばかりだった……
【to be continued】




