総長戦記 0049話 惨劇の直前 その① 仲買人
【筆者からの一言】
本日より暫くの間、アメリカが舞台となります。
1941年8月25日(月曜日) 『アメリカ ボルチモア』
午前中、数銘柄の株の空売りを取り引きした株式仲買人ダニー・ウォッターズはほっと一息ついた。
取り敢えずは昨年から顧客となった人物の要望には適う取り引きを成立させている。
ただし、どうにも解せないものがある。
長年、株式仲買人をして来たが、どうも今回の空売りはおかしい。
空売りする以上はその銘柄の株価が下がらなければ損をする事になる。
株を空売りした時の金額と、株を買い戻した時の金額の差額が利益となるからだ。
空売りした株の株価が売却時の価格より上がって行ったら損が増える事となり、売却時の価格より下がっていったら利益が増える事となる。
自分も長年この業界にいるのだ。それなりの情報源はあるし同業者間の繋がりもある。
今回、空売りを指定された銘柄には、株価が下落するような情報は流れていない。どこの企業も業績は順調で不安材料は見当たらない。
それでも、この顧客が何か新しい情報を得たのかと思い改めて深く探ってみたが、やはりそんな情報は無い。
それどころか今や株価は上がる一方だ。
だが、この顧客は相変わらず空売り一点張りだ。
単に株の素人がよくわからずに手を出したというには投資している額が大きすぎる。
しかも計画的だ。
含み損が増えても慌てる様子は無い。
まぁ顧客は南米にいるから実際に会ったわけではないが、指示を送って来る文面には動揺している様子は無い。
顧客の中には自分で売買の指示を出しておいて、損が出れば株式仲買人のせいにするろくでもない者もいるが、そうした様子は微塵もない。
しかも、そうした空売りを仕掛けているのは、うちの顧客だけじゃないらしい。
どうも他の同業者のところでもそうした取り引きがあるらしい。
共通しているのは、空売りを仕掛けているのは南米の投資家らしいという噂だ。
本来、株式仲買人が、顧客についての情報をどんなものであれ流す事はない。そんな事をすれば信用に関わり取り引きする客はいなくなる。
だが、どんな世界にも表があるように裏の世界もある。
そこで流れている噂だ。
一体、どういうわけでこんなに空売りばかりしているんだ。
実に謎だ。
まぁそうは言っても手数料をきちんと払ってくれているし非合法の取り引きでもない。
取り敢えずは儲けさせてもらおうか。
息子の大学の学費もばかにならんからな。
ともかく昼飯にしよう。
ダニー・ウォッターズは長年連れ添っている嫁さんが持たせてくれたサラダに齧り付いた。
あぁミディアムレアのステーキが食べたい。
ちょっと太ってきたからといって最近はサラダばかり食べさせる。やれやれ俺は兎じゃないんだぞ……
彼の背中には嫁さんの尻に敷かれている旦那さん達特有の哀愁が色濃く漂っていた。
そんなダニー・ウォッターズは知らない。
株の空売りは彼が思う以上にアメリカ国内の広い範囲で行われている事を。
ボルチモア証券取引所以外にもサンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴ、デトロイト、シンシナティ、クリーブランド、ビッツバーグ等の各証券取引所で、南米系の投資家により空売りが行われている事を。
そして、このすぐ後の午場(午後の株取引の時間帯)において、彼は株価の変動に驚愕する事になる。
いや、この日、東洋の島国にいる某人物とそれに従う者達を除き全世界が驚愕する事になる……
【to be continued】
【筆者からの一言】
株式仲買人ダニー・ウォッターズ氏は後に再登場の予定ありです。




