総長戦記 0046話 教え
【筆者からの一言】
アナタハ神ヲ信ジマスカ?
1941年 『アメリカ 中西部』
「悔い改めるのです!
皆さん。主は嘆いておられます!」
アメリカ中西部の町セントルイス。
その街角で一人の白人男性が聖書を片手に行き交う人々に語りかけていた。
服装からしてカトリック以外の宗派の者だとわかる。カトリック独特の衣装を着ていない。
それも不思議な話ではない。
アメリカはプロテスタントの国と言ってもいい。
この時代、アメリカの人口の7割近い人間がプロテスタントだ。
キリスト教はカトリックとプロテスタントという二派に分類されがちだが、実際には宗派が無数にある。星の数ほどあると言っても過言ではない。
特にアメリカはその傾向が強い。
ヨーロッパ大陸での既存の宗派との対立を忌避しアメリカと言う新天地で自らの信じる教義に生きようとした者達が大勢海を渡ってやって来たからだ。
ヨーロッパ大陸の故郷で属していた宗派の教義に疑問を抱き、教義上の対立から新たな宗派を起こし、少人数で海を渡りアメリカで農地を開拓しつつ小さな宗教共同体として暮らしたグループは数えきれないほどある。数十人規模から数百人、時には千人を超える規模の共同体もある。
「アーミッシ◯」と言う宗教団体がある。
元はフランスのアルザスで起こった宗派だ。
18世紀初頭に500人の信者が海を渡りアメリカに移民して開拓を行い自給自足の新たな生活を始めた。
それが21世紀には15万人に増加している。
逆にアルザスに残った「アーミッシ◯」の者達は種々の事情から大半の者が改宗し1930年代には殆どその姿を消している。
「アーミッシ◯」の生活は独特で21世紀になっても教義により電気や車は使わず、蝋燭や馬車を使用するという古風な生活をしているので有名だ。
アルザスでの衰退は残念な事ではあったが、それでもこの「宗教団体」は成功例だ。
「ゾアル」と言う宗教団体があった。
やはり18世紀初頭に約200人のドイツ人の小さな宗派が海を渡り、アメリカに移民して開拓を行い自給自足の新たな生活を始めた。一時は信者も500人にまで増えた。
しかし、後に教団運営上の対立から解散し100年と続かなかった。
これは失敗例だ。
アメリカでの宗教団体の歴史はこんな成功例と失敗例に満ち溢れている。
そして勿論、ヨーロッパ大陸での既存の大きな宗派もアメリカ大陸に進出している。
更にはアメリカで新たな宗派も起こっている。
アメリカは宗派の坩堝と言っていい地だ。
そんなアメリカで、数年前に新たな教団が一つできた。
セントルイスの街角で教えを説いている男の所属する教団だ。
男の道行く人々への呼びかけは続いている。
「文明の発達という美名のもとに今や人々は堕落しています。
享楽と快楽に人々は溺れ、姦淫に耽り盗みや凶悪な犯罪をおかし、聖書の教えを蔑ろにしています!
このままではいけません!
聖書をお読みなさい!
創世記 19の24
主はソドムとゴモラに天から火を降らせた。
創世記 19の25
二つの町の住民全てと周辺に生えている物を全て滅ぼされた。
創世記 19の28
ソドムとゴモラの方を見るとその地の煙が竈の煙のように立ち昇っていた。
そう聖書にあるのです!
主はソドムとゴモラをお赦しにならず滅ぼしたと。
今、まさにアメリカの都市のどこもがソドムとゴモラと同じ退廃の都と化しています。
このセントルイスも!
このままではいけません。
これは主の教えに背いているのです。
我々が今の様な生活を続ければ、必ずや主の怒りにより罰が与えられるでしょう。
皆さん、悔い改めるのです!」
だが、男の言葉に耳を傾ける者は少ない。
足早に通り過ぎて行く。
それでもなお、男は言葉を止めない。
「町に住んでいない者も同じです。
主の教えに反すれば罰せられます。
主の教えに反する者はどうなったでしょう?
それも聖書にあります。
列王記 第二巻 15の5
主は王を打たれのでアザルヤ王は死ぬまで病気となった。
主の教えに反すれば病になるのです。
皆さん、今のままではいけないのです。
このままではアメリカの大地に疫病が流行る事になるでしょう。
我々は悔い改めなければならないのです!」
懸命に呼び掛けているが、その話に耳を傾ける者はいない。
男の属する教団が信徒の勧誘に動いているのはセントルイスだけではなかった。
アメリカ中西部の主要な都市デトロイト、シカゴ、シンシナティ、ミルウォーキー、コロンバス、インディアナポリス、西海岸のシアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス等でも同様な勧誘が行われていた。
新興の宗教団体にしては信じられないくらい豊富な資金源を持ち、中西部と西海岸の主要各都市に小さなものではあるが教会を建設し貧困層への炊き出しや無償の医療行為を行っている。
ただ、都市の滅びと疫病の到来を強調する終末思想系の教団故か、今のところ入信する信者は少ない。
だが、この教団の活動は明日も明後日もそれ以後も弛まなく続く。
この教団の裏の裏の更に裏にいるある人物が命じる限りは。
その人物がある国の大きな影響力を持つ軍人である事を知っているのは極めて限られた者達だけだった。
今はまだ、この教団、「愛と平和の教団」の教えに耳を傾ける者は少ない。
そう、今はまだ……
【to be continued】
【筆者からの一言】
搦め手の布石をまた一つ……




