総長戦記 0028話 取り引き その②
【筆者からの一言】
第27話の続きです。
1939年 『ニューヨーク』
ニューヨークに根を張る犯罪組織ルチアーノ・ファミリーの幹部ジョー・アドーニスとの会談を成功裏に終わらせたフルトン・ファバラは、交渉場所のホテルを出て5分程歩いた所で立ち止まった。
そして「ふぅーっ」と大きく息を吐いた。
アメリカ最大のマフィアのナンバー3との会談だ。
緊張を強いられた。
だがその成果はあった。話は纏まった。
指示をして来た長兄も成功の報告に喜ぶだろう。
それにしてもニューヨークは寒い。だが満洲ほどじゃあない。
父さんと母さんは元気でいるだろうか……
兄弟姉妹達が傍にいるから大丈夫だとはわかっていても長く顔を見ないとやはり心配だ。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないが、それでも与えられた任務は果たす。
それが自分達を育ててくれた父さんと母さんへの恩返しだ。
改めてそう気持ちを強く持つとフルトン・ファバラこと日本名、辺見進は歩き出した。
辺見進……生まれは満洲の奉天市である。
いや、奉天市という事になっている。彼は捨て子だった。
それを当時、奉天市で暮らしていた日本人の辺見夫妻に拾われ育てられた。
だから本当の両親は知らない。
わかるのは少なくとも片親が白人だったという事だ。
もしかしたら両親ともに白人だったのかもしれない。
肌の色と顔立ちからそれはわかる。
満洲はアジアではあったが、意外と白人は少なくない。
歴史的にロシアが南下政策を行っていたからだ。
最終的には手放したとは言え満洲に東清鉄道を造り大連や旅順を租借地としていた。
ロシア革命の後は共産主義者に敗北した白系ロシア人が流入した事もあった。
だから昔から大勢のロシア人が住んで来た歴史があるし、満洲が完全な日本の勢力圏となってもそれなりのロシア人が住んでいる。
満洲国建国時でさえ8万人を超えるロシア人が満洲に暮らしていた。尤もロシア人とは言ってもロシアは他民族国家であったから必ずしも白人ばかりではなかったが。
ちなみに他の欧米諸国の白人は約2800人程が満洲で暮らしていた。
当然の如く大勢の人が暮らせば子供も生まれる。
一番数の多いロシア人では、ロシア人同士の他に、露中混血、露満混血、露日混血の子供達が長い歳月の間に大勢生まれて来た。
だが、悲しいかな生まれた子供全員が両親の元で幸せに暮らせたわけではない。
戦乱や経済的な理由等、様々な理由から捨て子となった者もいた。
外国に来た兵士やビジネスマンと現地人の娘の間に生まれる子供の問題は、歴史上では古今東西よく見られるケースである。
そんな捨てられた不幸な子供達を集め養子として育てていたのが辺見夫妻だった。
大勢の捨て子が辺見夫妻に育てられた。
辺見進もその中の一人だった。
辺見夫妻の夫の名前は勇彦と言う。
辺見勇彦……九州出身の生粋の日本人である。
しかし、若者の冒険を求める熱い血が彼を駆り立てたのか、いつしか満洲に渡り、気付けば馬賊の頭目となっていた。
日露戦争では彼の率いる騎馬集団は東亜義勇軍を名乗り日本軍に味方しロシア軍後方での破壊工作を行った。
その働きぶりを認められ日露戦争後は清国の東三省(満洲)の奉天将軍府顧問に招かれる。
彼が孤児となっている子供達に同情し大勢の子供達を引き取って養子にして育て始めたのはこの頃からだ。
満州事変の時には官職から身を引いていたが、関東軍に協力し主に熱河地方での謀略工作に携わった。
その後は完全に引退し大連に居を移して悠々自適の生活を楽しんでいる。
それが表向きの辺見勇彦という男である。
だが、他人には話せない裏の顔もあった。
日露戦争で出会ったさる高貴な人物の依頼とその出資で、白人の血を引く捨て子を拾って育て日本の為に働く工作員に仕立て上げ白人国家に送り込んでいる。
それを知る者はごく僅かな人間に限られていた……
【to be continued】
【筆者からの一言】
総長子飼いの工作員……その正体のお話でありました。
白人国家に送り込むならやっぱり白人がベストではないかと。
東洋人は目立つし昔は人種差別も酷いですし。
孤児を子供の頃から教育し工作員や忠実な兵士に仕立てると言うのは、まぁ史実でもよくある話。
1989年に革命で殺害されたルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスクも孤児達を洗脳教育し大人になったら国家保安局のメンバーにして、国内外の情報活動に従事させたり、政府要人の護衛をさせたりしています。
総長もその例に倣ったようです。
不幸な身の上の子供を洗脳教育と情で縛りつけ利用する。
総長も悪どいですなぁ……クスクスクスクス
なお、史実では閑院宮総長は日露戦争に従軍し騎兵を率いてロシア軍を後方から攻撃しました。
辺見勇彦は実在の人物で、孤児を養育したという話以外は全部事実です。
満洲に白人系の混血児が結構いた事も事実です。
満洲、白人系孤児、日露戦争、閑院宮総長、辺見勇彦、と言う史実における実在の点を、架空のストーリーという線で結び付けたのが、今回のお話でした。
それにしても、いったい元孤児の白人工作員がどの国に、どのくらい配置されているのか……
それが語られる時が来るのか、来ないのか、それは不明です。




