第88章: 死神の呪い
イザベル視点の回です。予言者とのやり取り、そしてデレクとの激しい口論を通じて、二人の信念の違いがより鮮明になります。
物語の核心に近づく重要な章なので、ぜひ読んでみてください!
イザベルは予言者が自分を調べる様子をじっと見ていた。もし異常があれば、その表情に刻まれるかすかな皺や、口の端からこぼれるつぶやきに現れるはずだった。
灰色のゆったりとしたローブには、茶の染みなのか、インクなのか、それとも乾いた血なのか――オルビサルのみが知るもの――が付着していた。乱れ絡まった灰色の髪が、淡い青の瞳を縁取っていた。その瞳は落ち着きなく揺れ、同時にいくつもの思考を追っているかのように揺れていた。時折、歌うような調子で短い言葉を発し、長い沈黙を挟みながら、虚空の一点に視線を固定する。
それ以外は、顔は無表情のままだった。
――それはむしろ良い兆候かもしれない。少なくとも自分は無事、ということだろう。
ヨリンは彼女が出会った中で最も優秀な予言者ではなかったが、最も口が堅かった。相手を読み取り、簡潔に伝え、報酬を受け取って、さっさと送り出す。
手際がよく、煩わしさがない。
いずれにせよ、もし自分がアリラのように死の魔術に汚染されていたら、「面倒」などという言葉では足りない。ユリエラは即座にウォーデンの称号を剥奪し、ギャラスなら一時間もしないうちに尋問室へ引きずっていくだろう。答えが彼を満足させなければ、逮捕になっても不思議ではない。
そして自分の答えが彼を満足させることは決してない。教会の公式調査で役人に嘘をつくなど、不可能な選択だった。
それでも、オーラの位階とすでに吸収した力を考えれば、死の魔術からは守られているはずだった。今回の検査は、あくまで予防措置にすぎない。
先入観を避けるため、イザベルは余計な情報を伝えなかった。伝えたのはただ一言――「チャクラを調べて、何か異常があれば教えてほしい」。
予言者もそれ以上は踏み込まなかった。この種の依頼は珍しくない。禁じられた魔術や汚染を持っていないか確認したい者は少なくなかった。
ヨリンが検査を続ける間、イザベルは神経を落ち着けようと視線をさまよわせた。部屋には二人だけ。彼は客を常に一人ずつしか取らないため、プライバシーは守られていた。部屋はまるで打ち捨てられた聖遺物庫のようだった。色褪せた布が壁に掛けられ、古いタペストリーやカーテンを繋ぎ合わせて鈍色のモザイクを形作っている。
半ば溶けた蝋燭が至る所に置かれ、甘い蝋と樹脂の匂いが、乾いた薬草の鋭い香りと混じっていた。中央には虫食いだらけの低い机があり、色粉を入れた鉢や、かすかに光を放つ水晶が積み上げられていた。静寂を破るのは、影の小瓶からぽたりと落ちる滴の音だけだった。
ヨリンの眉が寄る。
【ヨリン】「……死の魔術だ。」
イザベルの心臓が跳ねた。
【イザベル】「な、何ですって?」
予言者は深く息を吸い込み、額に集中の皺を刻んだ。
【ヨリン】「強力な死の魔術の流れに曝露されている。そんなものは《球体》からしか来ない。」
彼は一歩下がり、彼女を鋭く見据えた。
【ヨリン】「しかも低位の《球体》じゃないな?」
部屋が傾いたように感じた。座っていたのは幸いだった。喉が渇き、唾を飲み込むことさえできない。
【イザベル】「……チャクラは? 汚染されてますか?」
ヨリンはぞんざいに手を振った。
【ヨリン】「エネルギーはあらゆる手立てで防御を破ろうとしたが、あなたのオーラが持ちこたえた。しかも接触していた時間は短い。数分、せいぜい一時間ほどだな。」
イザベルはゆっくりとうなずいた。――悪くない。少なくとも詐欺師に金を騙し取られたわけではない。だが彼はまだ、彼女が最も求めている答えを出していない。
【イザベル】「チャクラの状態を教えてください。」
ヨリンは首を振り、軽く手を払った。
【ヨリン】「チャクラは無傷だ、ウォーデン。安心しろ。ただ……安心できないのは私の方でね。」
イザベルの心拍が落ち着き、知らずに溜めていた息を吐き出した。
【イザベル】「何が気がかりなのですか? 報酬を払わないとでも?」
ヨリンの顔に深い皺が刻まれる。
【ヨリン】「報酬のことじゃない。あなたが払うのは分かっている。」
彼は一歩下がり、机から青い水晶を取り上げ、両手でぎゅっと握った。
イザベルは肘掛け椅子から立ち上がり、顔をしかめた。昨日の戦いの余韻が体に残っていた。エボンシェイドは彼女のチャクラこそ傷つけなかったが、その身には確かに痕を刻んでいた。
【イザベル】「なら……何が問題です?」
【ヨリン】「ロスメアの近くに、青銅位の死の《球体》があったことが問題だ。あの力は、言葉にしがたい恐怖を解き放つ代物だ。」
イザベルは軽く首を傾げた。
【イザベル】「その意味は分かります。でも安心してください。その死の《球体》は……無力化されました。それ以上は言えません。」
ヨリンは片手を上げた。
【ヨリン】「それ以上は必要ない。ナーカラのウォーデン、あなたの言葉だけで十分だ。」
彼女はうなずき、報酬を机に置いた。
【イザベル】「ありがとう、ヨリン。いつものように――ここで話したことは、ここだけに。」
ヨリンは短く頭を下げた。
イザベルが出ようとしたとき、袖を、ヨリンが掴んでいた。
淡い青の瞳は虚空を見つめ、彼女には見えない何かを凝視している。
【イザベル】「……何です? これが約束した額ではありませんでしたか? 私は一度決めた支払いを変えることはありません。」
ヨリンは首を振り、声をかすれさせた。
【ヨリン】「たとえ死の《球体》が消えても、その魔術は完全には消えていない。痕跡が残っている……このロスメアのどこかに。」
イザベルの胃が締め付けられた。――まさか、アリラの汚染を感知した? だが彼女はここにいない。妄言か、それとも追加の報酬をせしめようとしているのか。
彼女は袖を振り払った。
【イザベル】「私には関係ありません。チャクラが清浄なら、この件は終わりです。」
ヨリンの顔は蒼白だった。もし演技なら見事だが、驚くには値しない。
【ヨリン】「……終わりじゃない。あなたが思うほどには。」
――これ以上付き合えば埒があかない。いくらか渡して黙らせた方がいい。
イザベルは半笑いを浮かべ、数枚の硬貨を追加した。
【イザベル】「分かりました。これで十分でしょう。でもこれ以上はやめて。次は別の予言者を探しますから。」
日差しの下へ出ると、熱気と湿気が肌にまとわりついた。だがヨリンの部屋の緊張と薬草の匂いに比べれば、むしろ安堵に近かった。
戸口を振り返ると、彼が追ってくるのではと一瞬不安になった。だがヨリンは中に留まっていた。追加の報酬で彼の「懸念」は十分鎮まったのだろう。
ほんの一瞬、アリラの死の魔術、あるいはデレクの装甲に宿る痕跡を感知したのでは、と恐れた。だが不可能だ。両方とも封じられ、安定化され、綿密な調査でもなければ見抜けない。
――それでも、念のため《砦》に立ち寄ってデレクの様子を見ておくべきかもしれない。
―――
イザベルはイサラの研究室の敷居で足を止めた。――静かすぎる。普段なら爆発音がしても驚かないほど騒がしい場所なのに、この沈黙は異常だった。
彼女は剣の柄に手を置き、慎重に中へ踏み込む。
デレクは蒼白な顔で、さらに蒼白なイサラと向かい合っていた。二人とも動かず、言葉もない。その間の空気は、鋭い刃で切り裂かれたかのように張り詰めていた。
研究室は奇妙な装置の残骸で散乱していた。どれがデレクのNOVAからのものか、どれがイサラの実験器具なのか、イザベルには分からなかった。
その沈黙を破ったのは、装甲から響いた女の声――ヴァンダだった。
【ヴァンダ】「こんにちは、イザベル!」
無機物と会話することにどうしても慣れず、これからも慣れることはないだろう、とイザベルは思った。彼女は軽くうなずいた。
【イザベル】「……何があったの?」
視線をデレクとイサラのあいだで行き来させる。
デレクは数日前に彼女が買い与えた服をまだ着ていた。本来なら衣服をもっと整えて、地位にふさわしい身なりにさせるつもりだった。だが昨日の口論で、その計画は潰えた。そして今はそれどころではない。
【デレク】「イザベル。」
彼は硬い声で、視線を逸らしたまま言った。
【デレク】「調査の進展は?」
冷たい声音に、イザベルは顎を固く結び、声を平静に保った。
【イザベル】「ギャラスとは後ほど、もしくは明日会うことになるわ。何か分かればすぐ知らせるわ。」
デレクはうなずいた。
【イザベル】「こちらの様子は?」
部屋の緊張は彼女が来る前からあったものだ。
【ヴァンダ】「NOVAの修復には予想以上の時間がかかります。リペアボットが戻ってくれば簡単なのですが……どこへ行ったのか見当もつきません。」
イザベルはデレクへ視線を移した。
【イザベル】「装甲のこと以外に? 報告すべきことは?」
イサラの視線がデレクへ走る。
彼は小さくうなずき、低く呟いた。
【デレク】「……話せ。」
イザベルの眉が寄る。
【イザベル】「……何を?」
【イサラ】「死神の呪い(リーパーズ・カース)。」
イザベルの心臓が跳ねた。
【イザベル】「確かなの?」
イサラはうなずいた。
【イサラ】「何度も検査した。」
【イザベル】「でも、それはデレク自身じゃないでしょう? 彼は《球体》には触れていないはず。」
【イサラ】「ええ。彼ではなく、戦闘中に装甲に現れたの。アンデッドとの戦いでね。もしデレクが使い続ければ……特に生きている者に対して使えば……どんな影響が出るか分からない。」
イザベルは体を強張らせた。
【イザベル】「じゃあ、あの大鎌は――」
イサラはうなずく。
【イサラ】「死神の呪いの顕現。装甲の右腕に侵入している。痕跡はいまも残っている。」
【イザベル】「極めて稀な事例ね。記録にあるのは、死の《球体》で全チャクラを満たした魔導師だけ。」
デレクは口元を歪め、皮肉に笑った。
【デレク】「大当たりだな。カルトが探してるのはパワーアーマーかもしれん。履歴書でも送ってやろうか。」
イザベルは歯を食いしばった。――なぜ彼は一番重要な時に冗談を言うのか。
【イザベル】「このことを知っているのは、私たち以外に?」
【ヴァンダ】「わたし!」
……誰も応じなかった。
【イサラ】「あなたが入って来るほんの数分前に分かったばかりよ。」
【イザベル】「それで十分。この件は私たち三人だけに。」
彼女はデレクを見据える。
【イザベル】「説明は受けた?」
デレクはうなずいた。
【デレク】「要するに……NOVAの新しい刃で生き物は殺すなってことだな。でないと、俺が調子に乗りすぎるかもしれない。」
イザベルは一歩詰め寄り、視線を逸らさせないようにした。
【イザベル】「デレク、これは冗談じゃない。狂乱に駆られて仲間を斬り殺す兵士を見たことがあるの。」
【デレク】「人を殺す気はない。」
【イザベル】「出会った時からずっとそう言ってきた。でも現実は違った。」
【デレク】「思い出させてくれてありがとうよ。……時には選べないんだ。」
【イザベル】「そしてもし、選べないと判断して魔術に頼ったら?」
【デレク】「そんなことは起きない。」
イザベルは口を結び、覚悟を決めて言った。
【イザベル】「もしアリラを救う唯一の方法が、それだったら?」
彼の顔に浮かんだのは、嫌悪だったのか。
【デレク】「お前は平然と犠牲にするんだろうな。実際そうした。彼女に《球体》を持たせた時に。孤児だ。死なせた方が賢明だろう。特に今はな。間違ってるか?」
熱が頬に昇り、拳を握りしめた。
【イザベル】「不公平よ、デレク。村が滅んだ時、私が彼女を救った。ロスメアで居場所を与えた。学校に通わせた。未来を与えたの。使命を見つけられるかもしれない。」
デレクはゆっくりと、わざとらしく拍手した。
【デレク】「見事だな。ナーカラの誇りだ。カシュナール像の隣に、お前の像でも建ててもらえるさ。」
その言葉が一つ一つ、胸に突き刺さった。目が熱くなる。なぜ彼は理解してくれないのか。
【イザベル】「私だって、自分で《球体》を取りに行こうとした。命をかける覚悟だった。」
デレクは苛立たしげに髪をかき上げ、視線を上げた。
【デレク】「本当に分からないんだな。頭を教義で詰め込んだまま。はっきり言うぞ。」
彼は胸を指で強く突いた。
【デレク】「俺は誰にも犠牲になってほしくない。誰にもだ。分かったか? もし俺を救うために、アリラの代わりにお前が死ぬ方を俺が望むと思っているなら、何一つ理解してない。」
イザベルは口を開き、声を震わせた。
【イザベル】「そしてもしあなたが、私が自分を救うためにあなたを死なせると思ってるなら、理解してないのはあなたの方よ。」
隅でイサラが身じろぎし、金属片を落として大きな音が響いた。
二人は振り向きもしなかった。
デレクは顔を紅潮させて詰め寄った。
【デレク】「宗教妄想に巻き込むな。お前は自分の命をカシュナールのために捧げる。自分のメサイアのためにな。でも俺のためじゃない。違うか?」
イザベルは首を振った。
【イザベル】「あなたは分かってない……あなたこそがメサイア。あなたがカシュナールなのよ。」
デレクは乾いた笑いを漏らす。
【デレク】「本当に教義から出られないんだな。それが俺たちの違いだ。」
イザベルの目は熱く、思考も乱れていた。なぜ彼はここまで怒るのか。
【イザベル】「ど、どう違うの?」
【デレク】「俺は物事をあるがままに見てる。称号も、宗教も……結局は人が塵以上の存在だと信じるための物語だ。その間、宇宙は俺たちを笑ってる。」
イザベルの頬が熱くなった。
【イザベル】「じゃあ真実を見抜いてるのはあなただと? なるほど、この世界に来た瞬間から全て分かっていたのね。」
彼女は鼻で笑った。
【イザベル】「この世界があなたを打ちのめしてきても、その確信にはひび一つ入らない。」
デレクが口を開いたが、イザベルが遮った。
【イザベル】「それに……私があなたを支えているのはカシュナールだからで、本当に気にかけていないと? 本当にそう思ってる? 私はあなたを知ったからこそ、気にかけているの。だからあなたをカシュナールだと信じてるのよ。」
もう限界だった。これ以上は耐えられない。胸が締め付けられ、呼吸は乱れ、視界が滲んだ。
イザベルは振り返らず、剣の柄に触れながら研究室を後にした。
この章では、イザベルが予言者ヨリンに調査を受け、思いもよらぬ「死神の呪い」と向き合うことになります。
彼女とデレクのすれ違いも深まり、ついに決定的な言葉が――。




