第82章: 血と泥に咲く誓い
本章ではシルバー級魔獣との激戦が描かれます。
デレク、アリラ、そして仲間たちの運命が大きく動き出します。
※本章には流血や悲惨な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
巨大な怪物が分厚い蹄で泥をかき、裂けた大口から荒々しい鼻息を鳴らした。突進の構えだった。
デレク・スティールは装甲ブーツを地面に踏みしめ、まだ稼働している唯一のプラズマブレードを構えた。退路はない。仲間が倒れ、負傷している今、後退は許されなかった。相手は銀等級の魔獣――速く、強く、容赦のない存在。
しかも、片脚は壊れたまま。
少し離れた場所で、アリラが頭を押さえながらふらつき、よろめき立ち上がった。目が回っているようだった。
デレクは息を吐いた。生きてる。とりあえずな。
怪物が咆哮した。その声は、体中に縫い付けられた数十の人間と牛の口からの悲鳴で反響した。無数の目が狂ったように転がり、盲目の狂気をさらけ出していた。
まだ意識があるのか、それとも魔力の残響か? どうでもいい。普段なら立ち止まる疑問だが――今夜は違う。
今夜、この忌まわしき存在を切り裂く。中に誰がいようと、生きていようと死んでいようと、関係ない。
【ヴァンダ】「デレク。異常な脳波パターンを検出しました。ご無事ですか?」
【デレク】「最高だよ。お前がぶち込んでる鎮痛剤の副作用かもな。」
【ヴァンダ】「鎮痛剤はそのような作用を示しません。投与量も正常です。何かが――」
怪物が飛びかかった。一瞬、その姿が二つに分裂し、点滅してから目前に現れた。
牙をむき、喉の奥から唸り声を上げながら、顔のすぐ前で止まった。
接近アラームが鳴り響いたが、衝撃は検知されていない。
速すぎて目で追えなかった。だが、なぜ攻撃してこなかった?
デレクは視線を上げた。
NOVAの腕が化け物を押さえていた。ただ、それはもう腕ではなかった。長く湾曲した金属の大鎌に変わり、彼が《球体》の力を吸収したときに覆った黒い物質と同じものに覆われていた。
それは、銀等級の魔獣の突進を止められるほどの速さと力を持っていた。
黒い腐蝕は肩から広がり、外へ溢れ出し、怪物の爪を押さえ込む巨大な刃を形成していた。
怪物が咆哮し、もう片方の爪を振り下ろした。デレクはプラズマブレードを持ち上げたが、遅く、弱すぎた。
その一撃が直撃した。
彼は地面に叩きつけられ、HUDはノイズで埋まり、赤いエラーが画面を覆った。左腕と肩の装甲が損傷したと警告が点滅している。
マイクロスラスターが点火し、反応する前に無理やり立ち上がらせた。
巨体が彼を見下ろしたが、攻撃はしてこなかった。
なぜだ。ビビったのか?
デレクは右腕に目を落とした。黒い大鎌。そのせいか? それとも、楽な戦いじゃないと理解しただけか?
確かめる方法は一つ。
彼は残された力を脚に注ぎ込み、雄叫びを上げて突撃した。
―――
アリラはふらつきながら立ち上がった。気づかぬうちに倒れていたのか? 一瞬、世界は暗黒とあり得ない冷気に包まれ、死んだと思った。次の瞬間、意識が途切れていた。
数歩先での戦いの音が彼女を現実に引き戻した。振り返った瞬間、記憶が押し寄せる。
デレクが一人で、今まで見たこともない巨大で恐ろしいものと戦っていた。大きく、速く、そして……彼の腕にあるのは何?
悪夢のような存在が彼を投げ飛ばした。だがデレクはすぐに立ち上がった。鎧の奇妙な力に持ち上げられながら。装甲は凹み、泥に汚れ、辛うじて形を保っている。まだ立っているのが奇跡のように思えた。
彼一人で本当に止められるのか? 彼を助けられるのは自分しかいないのか? 無力なアリラが?
そのとき、泥の中からマルクスがよろめき出た。大槌に体を預けながら。
【アリラ】「マルクス!」
彼は顔を上げ、苦痛に歪んだ顔で言った。
【マルクス】「何してる、子供。ここから離れろ!」
【アリラ】「置いていけない!」
【マルクス】「……お前は俺が知る中で一番勇敢な子供だ。願わくば、またオルビサルの光の下で会えるように。」
彼は大槌を肩に担ぎ、戦いへと向かった。
その間にも、デレクと怪物は空中で激突していた。NOVAは布切れのように投げ飛ばされ、泥の中を転がり、それでも立ち上がった。
だが今度は、怪物が腕を一本失っていた。切断された肢は地面に横たわり、動かない。
アリラは、それが以前のように這い戻るのを待った。しかし動かない。なぜ再生しない?
怪物は涎を飛ばし、歪んだ両腕でデレクに突進した。黒い大鎌と次々ぶつかり、速すぎて目で追えない。金属音が響き、紫の光が受け止めるたびに強まった。
奇妙だった。デレクがその攻撃を受け止めるたび、怪物の動きが遅く、弱くなっていった。
怪物が前に突進し、蹄で彼の腹を蹴りつけた。
速すぎて、アリラにはほとんど見えなかった。デレクは後退し、装甲ブーツで地面に溝を刻み、それでも倒れなかった。
だが次の瞬間、NOVAが硬直した。膝が折れ、デレクが地面に倒れ込んだ。
アリラは恐怖に震えた。彼は動かず、あの怪物の慈悲に委ねられていた。なぜ立たない? なぜ何もしない?
怪物は慎重に近づいてきた。罠を警戒するように。
アリラの視線は動かないNOVAに釘付けになった。怪物が迫ってくる。
体に縫い付けられた無数の口が身をよじり、喘ぎ、叫び、獣のように噛みついた。
無数の目が狂ったように動き、あるものは異なるリズムで瞬き、あるものは憎悪に満ちて彼女を見つめた。
怪物が巨大な腕を持ち上げた。
落ちれば終わり。
【アリラ】「デレク、駄目ぇぇぇ!」心臓が裂けるように叫んだ。
怪物は彼女を向き、その瞬間、マルクスが突撃した。
鍛冶屋は残り数歩を詰め、大槌を高く掲げ、雄叫びを上げた。
黒い閃光。何かが飛んだ。
アリラは瞬きをした。一瞬、まだマルクスが突撃していると思った。だが――
次の瞬間、槌は消え、頭も腕の大部分もなかった。
巨体が崩れ、泥に沈んだ。
【アリラ】「マルクス! いやぁぁぁぁ!」甲高い悲鳴が空気を裂き、視界は涙で粉々になった。
泥を掻き、肩を震わせ泣き続けた。自分のせいだ。叫ばなければ怪物に気づかれなかった。何をしてしまったのか?
湿った音が響き、顔を上げると怪物が迫っていた。
胸が締め付けられた。次は自分だ。逃げられない。止める者も救う者もいない。悪はすでにすべてを奪った。
村を。家族を。過去を。
そして今、残された僅かなものまでも。
熱が体内から湧き、胸を焦がし、血管を焼いた。涙は乾き、嗚咽は止まった。胸に残ったのは、別の熱だった。
彼女は震えながらも立ち上がった。巨影はもはや無敵には見えなかった。初めて、それを恐れるべき悪夢ではなく、本当の敵として見た。
狂気。しかしその狂気の中で、彼女は明晰さを得た。喪失の重み、悲しみの炎、意志の火花――すべてが一つに融合した。
【アリラ】「来い! 来やがれ、このクソ野郎!」怒り以上のものが声に宿っていた。魂そのものだった。
怪物は立ち止まり、蹄で地面を擦った。
なぜ止まった? 彼女の中で目覚めた何かを感じ取ったのか?
どうでもいい。もう抑えられなかった。来るなら、自分が向かう。逃げない。死が望むなら、正面から受けて立つ。
【アリラ】「ああああああっ!」誓いのような叫びを上げ、彼女は突撃した。
―――
【デレク】「……クソッ! ヴァンダ、何が起きてる? 体が動かねぇ!」
【ヴァンダ】「それは当然の結果です。あれだけ攻撃を受けて、すべて正常に動作すると思う方が不自然です。」
彼の脈が鎧の中で轟き、NOVAのコアを凌駕するほどだった。
【デレク】「くそっ、あの化け物、アリラを狙ってる! 今すぐ動けるようにしろ!」
【ヴァンダ】「故障した周辺モーターボードを迂回中です。制御を――」
【デレク】「解説はいい! 急げ!」
【ヴァンダ】「……承知しました。」
アリラの叫びに、怪物は引き寄せられていた。
もし彼女がいなければ、デレクはすでに死んでいた。
怪物は恍惚状態にあるかのように動き、泥に沈む蹄を響かせながら揺れ、彼女に向かって進む。デレクを忘れたかのように。少女に魅了されたかのように。
理由は分からない。だが好機を逃すつもりはなかった。
【ヴァンダ】「完了しました。動けます。ただし注意してください。アクチュエーターは半分以下しか稼働しておらず、複数の機能を迂回させました。動きはぎこちなく、機敏さは期待できません。」
【デレク】「やっとか。」彼は唸り、立ち上がった。NOVAは千鳥足のようにふらつき、バランスを保つのに必死だった。
彼は怪物に向き直った。
アリラは走っていた。逃げるのではなく、怪物に向かって。まるで悪魔のように叫びながら。
【デレク】「……は? 正気かよ。」思わず呟いた。
追いかけようとした瞬間、顔から泥に突っ込んだ。
【デレク】「……クソが!」
【ヴァンダ】「デレク。注意しろと警告しました。『アクチュエーターの半分が壊れている』という説明を、全力疾走の許可と解釈されたのですか?」
【デレク】「……そういうことかよ。だが『立てない』とは言わなかったな。」
【ヴァンダ】「立つだけなら簡単です。でも、転ばずに歩けるかは別問題ですよ。一部の制御が逆転していますので――」
【デレク】「うるせぇ! 急いでんだ!」彼は唯一機能する腕で体を支え、立ち上がった。もう片方は巨大な黒い大鎌のままだ。戦闘には最適だが、バランスは最悪。
努力の末に片膝をつき、立ち上がった。
アリラはまだ立っていた。叫びながら空に拳を振り回して。それなのに怪物は彼女を攻撃せず、躊躇していた。
異形は揺れながら立ち尽くしていた。その忘我の状態がいつまで続くかは分からない。だが、デレクに調べる気はなかった。
ぎこちなく、一歩ずつ。NOVAを動かした。
痛々しいほど遅く。
マルクスの最期、アリラの叫び、そして黒き大鎌の出現――。
この瞬間から、すべてが変わっていく。
次回もぜひお楽しみに。
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