第81章: 死の《球体》を握りし者
今回の話は少し長めで、デレクが「死の《球体》」にどう向き合うのかが描かれます。
戦闘も濃いめで、最後まで読んでいただければ次の展開がさらに楽しみになると思います。
ぜひ最後までお付き合いください!
デレクは、目の前で凝縮し再構築されていく怪物から目を離せなかった。巨大で見えない手がその物質をこね上げ、新しい姿へと作り替えている――生命と呼べなくもない何かへと。
それを生き物と呼べるのなら。
この惑星を満たす力は、果てしなく思えた。想像できるものも、できないものさえも、あらゆる異形が存在し得る。そんなものを、ただの人間にすぎない自分がどうやって止められるというのか。
銀河の誰も、こんな力の存在すら知らない。コラール・ノードに放り出されたとき、自分が置いてきた人類が、もしこの力を手にしていたなら――何をしていただろう。
冷たい震えが胸を走る。だが、考えている暇はない。すぐに、すべては自分の問題ではなくなる。
NOVAのリアクターに過負荷をかければ、もう何の問題も残らない。
急がなければ。あの化け物が二本の脚を生やして使い始める前に。
背後から低い声がして、デレクは振り返った。
【ツンガ】「また馬鹿するか。お前、いつもだ。悪くなると」
ツンガは立ち上がり、杖に寄りかかっていた。顔は険しく、肌はいつもよりさらに灰色がかって見える。最後の呪文が、限界まで彼を追い込んだのだろう。
デレクは拳を握りしめた。
「馬鹿で結構だ。スーツごと吹き飛ばす。でかい爆発だ。全部まとめて、な」
呪術師はゆっくりと首を振った。
【ツンガ】「他の爆発、混乱残すだけ。なぜこれは違う」
どう説明すればいい。ジャングルの野蛮人に。
【デレク】「ただの爆発じゃねえ。赤ん坊の恒星が生まれるようなもんだ。跡形も残らん。煙上げるクレーターと放射線だけだ」顎をしゃくって膨張する肉塊を示した。「――だから急ぐ」
ツンガの手が杖を強く握り、額の皺が深まった。
【ツンガ】「じゃあ俺らも死ぬ? 全部か?」
【デレク】「どうせあれに殺されるんだよ。俺たちの体を使って強くなる。ここで止めりゃ、それ以上は死なせずに済む」
シャーマンは空を仰ぎ、長く静かな息を吸った。
【ツンガ】「……諦めた顔、初めて見た。見苦しい」
【デレク】「違うな。……まあ、お前に理解されるとは思ってない」
ツンガの目が細くなる。
【ツンガ】「多くの戦士が武器落とした。死を選ぶ顔だ。お前も同じ。終わらせたいだけ。結果どうでもいい。それでもやる」
デレクの胃が、拳で殴られたように縮んだ。彼は何年も戦ってきた。神権企業に。ワーディライ遺跡の歪んだ怪物たちに。ユキに起きたことへの圧倒的な罪悪感に。そして、顔に唾を吐きかけることを決してやめない宇宙そのものに。
それでも、宇宙は彼を殺せなかった。
死の抱擁に飛び込んだ回数は数え切れない。だが毎回、生きて戻ってきた。単なる幸運か。それとも宇宙は彼を生かし続け、もう少し長く苦しませたいだけなのか。
今――ただ、ひどく疲れていた。
ツンガが正しいのかもしれない。終わらせる機会を得た瞬間、彼はそれを受け入れた。
たとえ周囲の全員を道連れにしても。
甲高い「カンッ」という音がヘルメットに響き、思考が断ち切られた。
ツンガは杖でデレクの頭を思い切り叩き、そのまま馬鹿を見るように睨んだ。
【デレク】「……なんだ。部族の神聖な儀式か?」
【ツンガ】「違う。お前、馬鹿だから叩いた」
デレクは顔をしかめ、頭を振った。
【デレク】「へえ、ご丁寧にどうも。で、天才様は策でも? あれ立ち上がれば、大陸の端まで蹴り飛ばされるぞ。脚の数も悪夢だ」
ツンガはひげをかきむしった。
【ツンガ】「なら俺らが先に蹴る。時間稼ぐ」
【デレク】「時間? 何のために」
シャーマンの唇が黄色い歯をむき出しにする。笑みとも威嚇ともつかない表情だ。
【ツンガ】「生きるため」
彼は杖を掲げ、肉塊に向ける。杖の先から炎が弾け、巨大な橙色の花びらのように広がって突進した。
炎は空を裂き、衝突と同時に爆発し、焦げた肉に煙を上げるクレーターを刻む。NOVAの中にいても、焼けた肉の悪臭がデレクを襲った。
歪んだ肉塊は脈動し、身をよじって再び一つにまとまろうとする。
デレクはプラズマキャノンを振り向け、同じ箇所にプラズマ弾の雨を浴びせた。
さらなる爆発がクレーターを広げ、肉塊は必死に内側へ縮み、繋がろうとする。
ツンガの目論見は当たっているのかもしれない。時間を稼げるかもしれない。――ほんの少しでも――他の者たちが逃げる時間になるかもしれない。その後で彼がNOVAで全部を吹き飛ばすまでに。
だが次の瞬間、巨大な衝撃が腹をえぐった。
肺から空気が一気に抜け、口に血の味が広がる。
世界がぐるりと回る。……宙に舞ったのか?
警報が耳をつんざき、赤い警告灯がHUDを明滅させた。
空が迫り、直後に地面がぶつかる。次の衝撃が頭、背中、腕を打ち据える。空と土が反転し、視界はぼやけ、彼は人形のように弾き飛ばされた。
背中。頭。脚。そして、また背中。
ようやく、すべてが止まった。
痛みが全身から放射し、骨を震源として重なる地震のように襲いかかる。
彼は無理やり頭を持ち上げ、揺れる視界で状況をつかもうとした。
巨大な触手が頭上でうねっていた。肉塊から生え、見えない潮流に引きずられる海藻のように揺れている。
表面からは頭、角、口、目が膨らんでは沈み、歪んだ生きた万華鏡のように捻じれていく。生の肉が何かになろうともがきながら、けっして完成しない。
それが彼を殴ったのか?
NOVAのセンサーですら捉えられなかった。
表示が点灯する。
《グローバル構造耐久度:7%》
腹部装甲は消えていた。自分の内臓は――無事か?
脚を動かそうとする。生身の脚はまだ反応した。だがNOVAの脚は死んだ重り。体に縛りつけられたコンクリートの塊だった。
顎を食いしばり、顔が苦痛に歪む。戦いは終わった。
あの存在――未完成で不定形のままでも――自分の手に負える相手ではない。
他に選択肢はない。彼は息を吸い、かすれた声を絞り出した。
【デレク】「ヴ……ヴァンダ。聞こえるか……リアクター、オーバーロード開始しろ」
沈黙。
【デレク】「ヴァンダ! 返事しろ!」
何もない。
視線を触手へ戻す。ツンガはなおも攻撃を続け、少なくとも注意を引きつけていた。あと数秒の猶予を稼いでくれている。
最初の一撃の後、怪物はバランスを崩していた。触手はむなしく振り回され、シャーマンにまともに当たらない。幸運だ。さっきと同じ力で直撃していたら、老人はひとたまりもなかっただろう。
――たぶん。実のところ、あの頭蓋骨はニュートロン鋼かもしれない。
デレクは腕を動かそうとする。だがすぐにエラーが点滅。アクチュエーター停止、プラズマ導管切断。
そして、画面中央に点滅する通知。
お待ちください。機動性回復中。
ナノマシン修復プロトコルが作動したのだ。ミニチュアボットが損傷を繕い、電力を迂回させている。目的はひとつ――NOVAを立たせること。
触手が揺れ、ツンガが宙へと弾き飛ばされた。嵐に巻かれた虫のように。
地面へ叩きつけられ、数メートル転がり、そのまま動かない。
デレクの心臓が止まりそうになる。
【デレク】「ツンガ!」(かすれ声で叫ぶ)
シャーマンは動かない。
胸が締めつけられる。なぜ避けなかった? 一人であれに立ち向かえるとでも?
――月光を遮る影。
絡まった黒髪に縁どられた大きな瞳が、上から覗き込んだ。
【アリラ】「デレク!? デレク、生きてるの!?」
アリラだ。なぜ彼女がここに?
ヘルメットのシールを解除する。解放機構が痙攣し、ついに「シューッ」と開いた。湿った空気が流れ込み、死と焼け焦げの臭いで満ちる。
【デレク】「……アリラ!? ……馬鹿、なんで来た。逃げろ。今すぐだ」
少女の目から一筋の涙がこぼれ、彼の頬に温かく落ちた。
【アリラ】「嫌! デレク、置いていかない!」(泣きながら)「これを……イザベルが渡せって!」
彼女が差し出したのは――黒い《球体》だった。握る手は灰色。ツンガの肌と同じ色。いや、さらに灰色。
死のような灰色。
その灰色は病のように腕を這い上がっていた。額は汗で濡れ、顔は青ざめ、息は荒い。
【デレク】「……《球体》? ……お前、その腕……灰色だぞ」
【アリラ】「痛い……持ってるだけで。でもイザベルが……大事だって。あなたに渡せって……!」
デレクはNOVAのマニュアルリリースを作動させ、腕を外し、《球体》を掴んだ。
氷そのもののように冷たい。
冷気が心臓に突き刺さるように全身を駆け抜ける。魂そのものが、黒い金属の虚無に引き込まれる感覚。
死の《球体》。カルトが使う類だ。だが、なぜアリラをここまで苦しめた? 鉄級の《球体》はそんなはずがない。ひび割れていない限りは。
外見に亀裂はなかった。それでも妙に重い。気のせいか?
アリラは立ち上がり、顔に血色が戻り、呼吸も安定していた。
その頭上で、何かが動いた。
触手――あの忌まわしいものが、攻撃を繰り出そうとしていた。
【デレク】「アリラ!」
腕が振り上げられた、その瞬間――巨大な影が横切る。巨木が歩き出したかのような大男。
轟音とともに、見知らぬ男が巨大な鉄槌を振り下ろし、触手を叩き潰した。
【マルクス】「退け、この化け物めぇ!」
触手は震え、後退する。
【アリラ】「マルクス!」
【マルクス】「走れ! 早く行け!」
その大槌は武器というより道具のように見えた。男も鎧を着けていない。兵士には見えなかったが、少なくともデレクの知る農夫の動きではなかった。
彼は槌を構えたまま、一歩も引かず怪物を睨んでいる。
デレクは再びヘルメットを閉じ、手の中の《球体》を見下ろした。
HUDが点灯するが、ノイズに埋もれ、表示は壊れていた。おそらく《球体》の情報だが、読めない。
関係ない。ほぼ間違いなく、これは死の《球体》だ。HUDに確認してもらう必要はない。
画面がちらつき、やがて安定した。プロンプトが現れる。
強化する装甲部分に《球体》を押し当ててください
デレクは息を飲んだ。
教会は明確に禁じている。この力を使う者は破門され、狩られる。
【デレク】「……なるほどな。破門も死刑も確定か。まあ、今さらだ」
彼はNOVAの右腕に《球体》を押し当てた。
右プラズマブレードに死の強化を適用しますか? Y/N
【デレク】「……選択肢はねえ」
Yes を選択。
世界が止まった。
マルクスは槌を振り上げたまま石像のように固まり、アリラは声なき叫びを上げて静止し、触手すら空中で止まっていた。
【デレク】「……死か? 時間停止か? それとも、これが「代償」か」
瞬間は過ぎ、時間が動き出す。
黒いインクのようなエネルギーが《球体》から噴き出し、NOVAの右腕を侵食した。
冷たい。鋼の氷が体を這い上がり、思考まで凍らせていく。
世界は鋭く無意味な断片に砕け散った。破片は目をくらます渦を巻いて回転し、そして激しくぶつかり合った。
ウィガラ発掘現場の警備兵。
ジャングルの盗賊。
銅級《球体》に歪められた木こり。
傭兵。
自分が殺してきた、すべての魂。
死の《球体》の飢えが、それらの感情を喰らった。
罪悪感。恐怖。怒り。痛み。
止められない。
黒い虚無がすべてを呑み込み、不毛の地だけを残す。
甲高い悲鳴が彼を現実へ引き戻した。
アリラは硬直し、地面から数インチ浮かび上がっていた。だが、彼女を支えているものは何も――少なくとも目に見えるものはなかった。
【デレク】「アリラ!」
彼が手を伸ばした瞬間、《球体》からの流れが途絶え、羽のように軽くなる。
指から滑り落ち、「ポチャン」と水たまりに沈んだ。
HUDが点灯。
《機動性回復完了》
《機動性 54%》
デレクは左腕を戻し、再び装着した。
その刹那、アリラは糸が切れたように地面へ倒れた。
【デレク】「アリラ!」
彼は駆け寄り、装甲の手で頭を支えた。反応はない。
そのとき、ヴァンダの声が響いた。
【ヴァンダ】「ご安心ください、デレク。死の《球体》のエネルギーを吸収した際、わずかに彼女にも影響が及びました。しかし生命兆候は安定しています」
【デレク】「……どういうことだ? 説明しろ」
【ヴァンダ】「現時点ではデータ不足です。ただし彼女は生きています。そして今は、より差し迫った脅威に対処すべきです」
デレクはアリラをそっと地面へ横たえ、立ち上がった。
NOVAの脚はぐらついたが、何とか踏みとどまる。
右腕――死の《球体》を吸収した腕へ視線を落とす。
変わっていた。
黒光りするニュートロン鋼は消え、骨と溶けた金属が癒着したような、歪んだ装甲へと化している。
灰色の細い筋が前腕を走り、死んだ静脈のように脈動していた。亀裂が赤い残光のように微かに灯り、呼吸しているかのようだ。
手の甲には、小さな引き込み式の鎌が突き出ていた。薄く、鋭利で、爪のよう。
デレクは指を曲げ伸ばす。動きは滑らかだが、音が違う。通常のアクチュエーター音ではない。金属が擦れる音――まるで内部で何かが這い回っているような、不吉な響き。
【デレク】「……気味悪いが、今は試すしかねえな」
頭は霞んでいた。ヴァンダが鎮痛剤を大量に流し込んだのだろう。考える余裕などない。実戦で確かめるしかなかった。
触手がマルクスを襲い、彼は槌の柄で受け止めたが、吹き飛ばされる。
デレクは残った声を振り絞った。
【デレク】「おい! こっちだ、腐れ肉!」
触手は即座に、彼の方へ向きを変える。
デレクはプラズマブレードを起動した。左はいつも通り、橙に閃いた。だが右は――沈黙。
【デレク】「……クソ。やっぱり壊れたか。呪われた《球体》め」
肉塊が立ち上がりつつある。
四本の巨大な脚が突き出し、巨体を持ち上げる。巨大な蹄が泥を掻き、四方へ飛び散った。
変貌は、ほぼ完了していた。
《球体》は本当に力を与えたのか。それとも右腕を破壊しただけか。
触手は引き戻され、異様に長い人間の指を持つ腕へと変じる。さらに二本、同じ腕が肥大した胴から突き出した。
デレクは呼吸を整えた。ツンガもアリラも倒れたまま。マルクスも限界は近い。イザベル……無事ならもうここに来ているはずだ。
シエレリスの姿はどこにもない。すでに遠くへ逃げ去ったのだろう。
残っているのは自分だけ。
一人で。
あの怪物に向き合う。
怪物はこれまでで最大の顎を開き、咆哮した。
大地が揺れた。ジャングルが震えた。世界全体が軋んだ。
デレクの唇がゆがむ。
【デレク】「よし、化け物。どっちがより大きな声で死ぬか、勝負だ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
デレクがついに「死の《球体》」を使ってしまいましたが、この力が吉と出るか凶と出るか……次回もぜひお楽しみに!
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