第8章: 未知のエネルギーと火の怪物
何かがおかしい。
燃え上がる怪物、理解不能なエネルギー、そして――「法則」そのものの崩壊。
NOVAの装甲が焼かれる中、デレクは気づく。
この世界、理屈が通じない。
灼熱の岩の怪物が、怒り狂った雄牛のように突進してきた。一歩踏み出すたび、地面が震え、葉と土が舞い上がる。怪物の通り道にある木々は炎を上げて焼け焦げ、足跡には火の粉をくすぶらせた黒いクレーターが残っていた。
空気には、錆びた鉄と焼けた金属の刺激臭が漂っていた。NOVAの中にいても、その臭いが強烈に鼻を突いた。
デレクは、接近してくる巨大な標的をロックオンし、プラズマ弾を2発叩き込んだ。発光する弾丸は怪物の胸部に命中し、赤熱した火花と岩の破片が爆ぜる。怪物は一瞬よろめいて、動きを止めた。
ディスプレイに通知が浮かぶ。
熱電衝撃ダメージ、火炎耐性のため70%減少
怪物は胸元を見下ろした。2つの穴は、すでに塞がりかけている。次の瞬間、黄色に光る裂け目のような――目――でデレクを見据えると、巨大な腕を振り上げた。
手のひらで溶岩の球が形成され、咆哮とともに――それをデレクに向けて投げつけた。
デレクは脚部アクチュエーターに力を送り、横へ飛び退いた。わずか数秒前まで立っていた場所が、火球の直撃で爆裂する。
衝撃とともに熱の爆風が炸裂し、溶岩の破片が飛び散った。地面は裂け、黒煙と蒸気がジャングルを覆う。近くの葉は焼け焦げ、炎を上げる。
……NOVAの通気口から入り込み、呼吸するたびに肺を焼くようだった。
【デレク】「分析。早く」
デレクが咳き込みながら言った。
【ヴァンダ】「そのままです。またですね」
ヴァンダの声は冷静だった。
【デレク】「……何が?」
【ヴァンダ】「溶岩です。対象は――」
【デレク】「……溶岩モンスター、だろ」
デレクが遮る。
【ヴァンダ】「『火のゴーレム』という呼称も検討していましたが、はい、同義です」
【デレク】「こっちの方がバカっぽくて分かりやすいな」
怪物は再び咆哮し、溶岩球を作りながら腕を上げる。
デレクはプラズマキャノンを構え、輝く球体に照準を合わせた。ターゲットシステムがそれを脅威と判定し、青い点滅枠でハイライトする。
【デレク】「お前のオモチャは……こうなる」
彼は引き金を引いた。2発のプラズマ弾が空を裂き、形成途中の球体を直撃。
溶岩と岩の塊が膿のように破裂し、爆発音があたりに轟いた。怪物の腕は爆風で見る影もなく吹き飛ぶ。
《クリティカルダメージ。熱電衝撃×2。火炎耐性により70%減少》
【デレク】「クリティカル判定でダメージ2倍。で、そこから火炎耐性で7割カット。ってことは……6割は効いたのか。まあまあだな。意味はよく分からんけど」
デレクがつぶやく。
【ヴァンダ】「表示が正確であれば、与えたダメージは全体の62%程度です。戦術的には中の下ですね」
【デレク】「皮肉か?」
【ヴァンダ】「ご希望であれば、そう解釈していただいて構いません」
【デレク】「もういい。「火炎耐性あり」って情報だけで充分だ。プラズマは通らない。なら――次だ」
肩部ミサイルランチャーを起動すると、金属の立方体が音を立ててせり上がる。
怪物はよろめきながら、吹き飛んだ腕の残骸を凝視していた。再び、炎とマグマが泡立ち――失われた腕が、ゆっくりと再生していく。
その後ろでは、狂ったように杖を振り回す男が、空に向かって何かを唱えていた。
【デレク】「なるほど……あの念仏、遠隔操作ってわけか?」
何にせよ――今ここで終わらせる。
デレクは撃った。マイクロミサイルの群れが空へと走り、軌道を描きながら敵へ向かっていく。
怪物はその光を呆然と見つめ、口を開けたまま――まるで子供が花火を見上げるように。
ジャングルが爆発の連続で震える。轟音が何キロにもわたって響き渡り、鳥たちは逃げ去り、奇妙な虫の鳴き声も途絶えた。
濃い煙と土の雲が周囲を覆い尽くしていく。
デレクは顔を覆い、両足で地面をしっかり踏みしめたまま、衝撃波を受け止めた。
油断はしない――あの怪物が「バラバラの部品」になるまで、終わったとは思わない。
ディスプレイは沈黙していた。表示されているのはバイタル、エネルギー残量、そして武装の状態のみ。
ミニマップも静かだ。ジャングルも同様だった。
(野蛮人も巻き添えになったか? あの距離じゃ……盾もなかったしな)
だが――選択肢はなかった。
この静けさ……やけに不自然だ。
【デレク】「簡単すぎた」
濃い煙の中心で、黄金の光がちらつく。
【デレク】「……は?」
次の瞬間、火の塊が煙を割って飛び出した。砲弾のように一直線。避けるには近すぎた。
爆裂する岩が足元を撃ち抜き、焼けた破片と溶岩がNOVAを直撃した。
デレクは地面を転げ、葉と石を巻き込んで転がり、巨大な木の幹に叩きつけられて止まった。腹部装甲に、激しい衝撃が走る。
肺の空気が一気に吐き出され、体が勝手に丸まる。NOVAの内装にある衝撃吸収ゲルがなければ、確実に死んでいた。
視界に白い光がちらつく。
警告がディスプレイに点滅する。
《火炎ダメージ重大。装甲構造強度:50%》
呼吸は荒く、体中が痛みを訴えていた。致命傷はなく、骨も折れていないとディスプレイは言っているが――そんなことはどうでもいい。
【デレク】「無傷じゃない。運がよかっただけだ」
そして、その運も――底を尽きかけていた。
敵が何者かすら分からない。だが一つ確かなのは――勝てない。今の状態じゃ、絶対に。
【デレク】「ヴァンダ、離脱だ。装甲を軽くして、アクチュエーターに全出力回せ」
【ヴァンダ】「了解。重量軽減、動作補助最大出力で再配分します」
スーツが軽くなったと同時に、彼は起き上がった。ちょうどそのとき、火の怪物が煙の中から姿を現し、再び突進してくる。
背景には、火に包まれた空間で狂ったような笑い声――あの杖の男のものが、耳にこびりつく。
動けば動くほど痛む。だが、デレクは歯を食いしばって逆方向へ走った。脚に圧がかかるたび、NOVAのアクチュエーターが滑らかに応じる。どうやら脚部は無事だったようだ。
(……助かったのは、偶然だな)
彼の最高傑作、NOVA。古代ワーディライの技術を継ぎ足しながら自らの手で育てた、戦闘用装甲。その彼が――この意味不明な世界で、逃げている。
(あの杖ジジイと岩のバケモノ。あれにここまでやられるとはな)
心臓の鼓動が耳を打つ。茂みを抜け、絡み合う木々の間をすり抜け、彼は走り続けた。奇妙な虫や鳥の鳴き声が周囲に戻ってくる。その中に、淡く光る花粉のようなものが漂っていた。
岩が頭をかすめ、前方の地面に激突。爆風と火の粉が彼を包む。
【デレク】「クソが……」
彼は煙を上げるクレーターを避けて進路を変えた。――本気で殺しにきている。何のためにかは、分からないままだ。
詠唱も笑い声も遠ざかる。ミニマップを見ると、敵との距離は開いていた。
【デレク】「飛べないなら……まだ希望はあるか」
息を切らしながら、彼は走り続けた。関節の軋む音とともに、やがてミニマップから赤点が消える。
肉体の痛み、スーツの損傷。どれも深刻だ。
だが、それ以上に辛かったのは――自分が「何に負けたのか」、理解すらできていないという現実だった。
(……童話かよ)
あのピラミッドで、実は死んでいたのかもしれない。これは、自分だけの地獄。理不尽の権化みたいな世界に蹴飛ばされ続ける日々。
(冗談じゃない。そんなバカバカしい話、信じるわけねえだろ)
彼は思考コマンドでステータスメニューを開いた。
プラズマリアクターは安定していた。自動修復も進行中。だが、資源は有限。エネルギーも弾も、いずれは尽きる。
今必要なのは――時間だ。
彼は逃走中に見つけた崖にたどり着いた。乾いた表面には手足をかけられる亀裂があり、登るのは難しくなさそうだ。
(上から見れば、地形が分かる。何かが見えるかもしれん)
彼は登り始めた。NOVAの機動性があれば、登山の訓練なんぞ要らない。数分で中腹に達し、樹冠の上を見下ろす高さに出た。
そして、言葉を失った。
一面、緑。どこまでも続く、野生の海。
人工物は見えない。空には航空機の影も、軌道上の構造物すらない。聞こえるのは、聞いたこともない動物の声ばかり。
(……こりゃ、長期戦だな)
この世界で生き残るには、NOVAを稼働させ続けるしかない。
火の起こし方も、獲物のさばき方も知らない彼だが、装甲を動かし続ける知識ならある。
それが、彼の戦場だった。
デレクはアクチュエーターを起動し、滑るように茂みへ降下した。着地寸前、マイクロスラスターが火を噴き、衝撃を吸収する。葉と土が舞い上がり、色鮮やかな鳥たちが一斉に飛び立った。
【デレク】「ヴァンダ、修理ドローンは使えるか?」
【ヴァンダ】「はい、デレク。リペアボットが2機、稼働可能です。すぐ展開いたしますか?」
【デレク】「いや、まずはあの杖ジジイと溶岩バケモノが近くにいないか確認だ。それと、修理するには素材がいる。この岩、スキャンしろ」
【ヴァンダ】「了解。スキャンを開始します」
グラフとスパイクがディスプレイに広がり、長いリストが生成された。いくつかの項目には「?」マークが付いている。
【デレク】「おい、これ何だ?」
【ヴァンダ】「未知の物質です。データベースに一致する構成がありません」
【デレク】「……は? データベースには、銀河中の鉱物が登録されてんだぞ。壊れてないか?」
【ヴァンダ】「異常は検出されておりません。全システムは正常動作中です。該当する既知の物質が存在しないだけです」
【デレク】「……マジで未知の鉱物ってわけか。まあ、無駄足ってわけでもなさそうだな。無事に帰れりゃ、だがな」
【ヴァンダ】「ここには有用な素材が多数確認されています。敵の接近は検出されていません」
【デレク】「よし。で、「奇妙な動物」って言ってたな。何がどう奇妙なんだ?」
【ヴァンダ】「この地域の動植物は、外見こそ地球のものと類似していますが、遺伝子情報は一致しません。まったく別種です」
【デレク】「鉱物に動植物……何から何まで未知ってか。いったいどこに連れて来られたんだよ、俺は」
【ヴァンダ】「現在、特に警戒すべき敵性反応はありません。ただ、我々の後をつけている生物群がいます。大型ですが、現時点では攻撃性は見られません」
【デレク】「捕食者か?」
【ヴァンダ】「いいえ。霊長類に近い構造です。数分前から、樹上からの追跡を継続しています」
デレクは天を見上げた。赤外線ビジョンを起動すると、枝の上に猿のような影が十数体、こちらを見下ろしている。
【デレク】「……マジで猿かよ」
彼は頭を掻こうとして、ヘルメットに拳をぶつけた。
(このスーツ、リアルすぎて困るな……)
【デレク】「とりあえず放っておくか。ヴァンダ、もし火の玉でも投げてきたら、真っ先に教えろ」
【ヴァンダ】「了解です、デレク」
夕日が落ち、植物の葉が深緑から黄色へと変わっていく。赤みがかった土壌は、まるで溶岩の海のような色合いに変わっていた。
センサーの読み取りによれば、すべての遺伝子情報は異星由来。それでも、見た目は恐ろしく地球的だった。
まるで、誰かがこの世界を「地球っぽく」作り直したかのようだ。
人類がコロニーでやろうとしたことを、誰かが圧倒的なスケールと成功率で実現した――そんな感じだった。
空中には光の粒が浮遊していた。泡のように揺らぎながら、日が沈むごとに輝きを増していく。彼は、この世界に来た直後から何度かそれを目にしていた。
一つが顔のすぐ前まで漂ってきた。
【デレク】「ヴァンダ、この空中に浮かんでる光――何だ?」
【ヴァンダ】「エネルギーです」
【デレク】「……ただのエネルギー?」
【ヴァンダ】「はい。定義上は純粋なエネルギー反応です。ただし、溶岩モンスターと杖の火球の後では、もはや驚く対象ではないのでは?」
【デレク】「……認めたくないが、そうかもな」
彼はその光を見つめながら、ぼそりと呟く。
【デレク】「空気中に浮かぶ球状エネルギー。……なぜ拡散しない? まるでエントロピーが機能してないみたいだな」
【ヴァンダ】「不明です」
【デレク】「最近、「分かりません」って返答ばっかだな」
【ヴァンダ】「中にあるエネルギーは検出できます。例の杖と同種の反応です。ただ、それ以上の解析ができません。未知のエネルギーで、性質は……魔法に近いものです」
【デレク】「おい、やめろ。お前まで「魔法」とか言い出すと、本当に終わりな気がしてくる」
【ヴァンダ】「それより、先ほど報告しようとしていた件があります。再起動後、追加データが見つかりました。「オーリックレベル」という概念です」
【デレク】「聞いた覚えあるな。「アイアン1」。それだろ?」
【ヴァンダ】「はい。おそらく、この世界の生物が保持・制御できるエネルギーの規模を示す指標です。「アイアン1」は、その最下層と思われます」
(……なるほど。NOVAに何かが潜り込んでる。そしてこの世界の「ルール」を、押しつけてきてるってわけか)
(そのうち俺も、杖から火の玉を撃てるようになるのかもな)
ディスプレイが赤く光る。
【ヴァンダ】「デレク?」
ヴァンダの声が少しだけ硬い。
彼は無言でディスプレイを見つめた。
(このジャングル生活、意外と長くは続かないかもな)
【ヴァンダ】「デレク、主リアクターからプラズマ漏れを確認。出力低下中です!」
【デレク】「見えてる」
彼は乾いた声で答える。
【デレク】「で、修復できなきゃ……NOVAは、あとどれくらいで沈黙する?」
(こんなクソみたいなジャングルのど真ん中で、だ)
【ヴァンダ】「10時間28分後に、リアクターは完全停止します」
読んでくれてありがとうございます!
今回のバトルを楽しんでもらえたなら、これから先の展開もぜひ期待してください。デレクの戦いは、まだ始まったばかりです。
この戦い、どうだった?コメントで感想をもらえると嬉しいです。あのファイア・ゴーレム、まだ何か隠してると思う……?




