第78章: 進化する肉塊と死の球体
作者コメント:
前回の戦いは、まだ終わっていませんでした。
ついに現れる「進化する肉塊」──そして、イザベルに突きつけられる《死》の《球体》。
デレクとツンガの奮闘、アリラの祈り、イザベルの決断。
それぞれの想いが交錯する夜の戦いを、どうぞお楽しみください。
月が雲間から姿を現し、神殿の前の広場で繰り広げられる恐ろしい光景を、銀色の幽玄な光で照らしていた。
その怪物は、燃え盛る残骸の上にそびえ立っていた。うねる四肢と唸る顔面が入り混じった、巨大な肉の塊。肉体は沸騰するタールのように蠢き、呼吸のたびに膨れ、ねじれていた。
身体のあちこちに目が開いていた──人間の目もあれば、そうでないものも──それぞれが異なる方向に狂ったように動いていた。
口はぽっかりと開き、空気を噛むように動きながら、黒い粘液を垂らしていた。それが石畳に落ちると、ジュッ…と音を立てて蒸発した。
その猫背の背中からは、あり得ない角度でトゲが突き出ており、邪悪な魔力の脈動に合わせてピクピクと動いていた。
顔はなかった。──だが、顔は十二もあった。
そして、そのすべてが無言の悲鳴を上げ続けているように見えた。
【アリラ】「オルビサルよ…お助けください。あれはいったい何なんですか…?」
アリラは胸の前で手を組み、震える声で祈りを捧げていた。恐怖で立っているのがやっとだった。
子どもたちは身を寄せ合って震え、互いのぬくもりにしがみついていた。誰かがすすり泣き、空気が重く沈んでいく。
【マルクス】「あれは高位の悪魔に違いない。たぶん、カシュナールへの挑戦のために送られてきたんだ。俺たちは《メサイア》を全力で支えるしかない。祈るんだ、みんな。祈れ!」
その言葉に、子どもたちは必死に祈りを重ねた。
アリラは目を閉じ、さらに強く手を組んだ。
──彼女の人生を壊したのは、あの化け物たちだった。
そして今、デレクとイザベルにまで何かあったら──
また一人になってしまう。
……また、あの孤独に戻ってしまう。
【アリラ】「お願い…神様…」
彼女はかすれた声でつぶやき、涙が頬を伝って流れた。
【アリラ】「二人を…私たちを…このひどい夜から守ってください……」
―――
【デレク】「クソッ!」
《戦術情報リレー》が衝撃のほんの一瞬前に警告を出した。もしNOVAの自動回避機能がなかったら、今ごろこの世界からさようならだった。
泥が爆ぜ、視界が一時的にホワイトアウト。
デレクは即座にプラズマキャノンを連射。ツンガも火球をぶっ放し、援護に回った。
これだけデカい相手、外すほうが難しい。数秒で炎が全身を覆い、プラズマと魔法の火がぐずぐずと肉を溶かしていった。
ディスプレイには命中のマークが次々と表示されていく。
火に対しての耐性は意外と低いらしい。レベル差で多少軽減されてるが、こっちは2対1だ。
【デレク】「やれ、シャーマン!手を緩めるな!」
プラズマ弾が濡れた紙みたいな肉を裂き、次々とミニ超新星みたいに爆発。あっという間に怪物は火だるまに。
そして咆哮。怒れるサイみたいに突進してきた。
デレクは脚部アクチュエーターを全開にし、跳躍。
腐った巨体を見下ろす位置へ──
着地前にキャノンを下に向け、両腕から閃光を放つ。
爆発。腐肉が四方八方に飛び散る。
怪物は悲鳴を上げ、そのまま横に崩れ落ちた。
デレクは近くに着地し、転がりながら体勢を立て直した。
──体力バーは…ない。表示されていない。
バグか?それともエボンシェイドのフィールドがセンサーを狂わせてるのか?
あたりではまだ防火壁がくすぶっていた。
火のゴーレムがゾンビ化したバッファローを踏み潰している。頼もしいやつだ。
ツンガが空へ杖を掲げ、謎言語で詠唱を始めた。火の輪が頭上に現れ、顔つきがどんどん歪んでいく。
【デレク(内心)】──また何かやる気か、あのクソジジイ…
でも見張ってるヒマはねぇ。あの肉塊、まだ息してやがる。
デレクはマイクロミサイルを起動。紫の先端を持つ弾が、一直線に発射された。
着弾。爆発。煙と炎。
そこに──ツンガの幻影。
杖の動きまでコピーしている。完璧に。
ツンガ本人は、露骨に不機嫌な顔でこちらを睨んできた。
【デレク】(ウィンク)「ありがとな、シャーマン」
怪物が腕を振り回し、幻影をなぎ払った──が、紫煙となって消えた直後、また同じ場所に出現。
イサラが言ってた。《球体》の力で幻影を複製・操作できるって。
理論上は。実際? まだ模索中だ。
──シエレリスがいれば、調整くらいは手伝えそうだが…あの地獄から救い出せればの話だ。
【ツンガ】「アアァーー!」
ツンガの詠唱が終わり、火の輪が広がって円錐形に変わった。
次の瞬間、小さな火の旋風が前方に生まれ、生命あるかのように踊り出した。
空へ火の粉が舞い、幻想的な火の花を咲かせる。
幻影たちも同じ動きをし、火の竜巻が広場を満たした。
怪物はツンガの幻影に向かって突進。あり得ない速さ。
本物も幻影も杖を掲げ、火の竜巻が巨大化。
怪物は避けようとしたが、竜巻は進路を変え、絡みつき、飲み込んだ。
本物の竜巻だけが実際にダメージを与えている。でも、怪物に見分けがつくわけない。どれも本物にしか見えないはずだ。
ツンガは苦悶の表情。全身に力を込め、耐えている。
──魔法には代償がある。精神にも、肉体にも。
それはNOVAの兵装と同じ理屈だ。
この魔法は──明らかに大技。
怪物は蝋燭のように焼かれ、悲鳴を上げ──脚が折れた。
【デレク(内心)】──この火力、最初の戦いで使われてたら、俺、炭だったな。
もう片脚も崩れ、怪物は前のめりに崩れ落ちた。
焦げた肉が弾け、NOVAのフィルター越しでも臭いが届く。
肉がしぼみ、光が激しくなる。
……終わったか?思ったより早いな。
デレクはプラズマキャノンを格納した。
幻影も次々に紫煙となって消えていく。
【ヴァンダ】「デレク」
【デレク】「どうした」
【ヴァンダ】「追加の存在が、接近中です」
【デレク】「また牛どもか?」
【ヴァンダ】「一部はそうですが、混成グループのようです」
──この悪夢、終わりはどこだ。
デレクは深く息を吸い、再びプラズマキャノンを展開させた。
重い金属音が夜を切り裂いた。
【デレク】「NOVAのリアクター状態は?」
【ヴァンダ】「現在、非通常型攻撃を使用しているため、エネルギー消費は抑えられています。武装の一部は、別のエネルギー源から出力を補っております。リアクターは安定状態ですが、可能であれば早急な完全回復を推奨します」
【デレク】「ありがとな、ヴァンダ。あとでちゃんと修理してやるからな」
ツンガが杖を下ろし、火の竜巻が消えた。
彼は両手で杖を握ったまま、今にも倒れそうな状態で立っていた。
息は荒く、顔はまるで五分で三十年老け込んだかのようだった。
怪物はまだ地面に伏していた。微かに痙攣してはいたが──まだ死んでいない。
低く空洞のようなうめき声が漏れ、その肉体が時折震えていた。
【デレク】「大丈夫か?」
【ツンガ】(無言でうなずく)
──個人用リアクターがあるのは、俺だけだ。
左手側から、水音とともに足音が聞こえてきた。
デレクが振り向くと──二十体以上のアンデッドが、驚異的なスピードで突進してきていた。
あの死んだような目がなければ、ただ急いでるだけの群衆に見えたかもしれない。
デレクは光を放つブレードを構えたが──奴らの狙いは、こっちじゃなかった。
アンデッドたちは一直線に倒れている怪物へと向かっていった。
デレクには目もくれず、次々とその腐肉の中に飛び込んでいく。
一人──中年の男、痩せた頬に薄いヒゲ──が、腹にダイブ。
肉がたわみ、波打ち、そのまま男を丸呑みにした。
──頭、腕、胴体。すべてが、歪な万華鏡みたいに溶けていく。
数秒で彼の姿は消えた。ただの部品になった。
【デレク】「ヴァンダ、これ──なんなんだ──」
【ヴァンダ】「デレク。この生物のエネルギーレベルが……急激に上昇しています」
【ツンガ】(うめき声)
ツンガは杖でかろうじて立っている。限界だ。
──これから何が来ようと、もう戦えねぇ。
怪物が地面に手をつき、のそのそと身体を起こし始めた。
【ヴァンダ】「デレク!」
その一声で、意識が現実に戻る。
──クソ!立ち上がってきやがる!
デレクは即座にプラズマ弾を発射──だが、そこにはもういなかった。
さっきの倍のスピードで動いてる。
怪物は立ち止まり、腕を振り上げ、何かを投げてきた。
それは一直線にデレクに向かって飛んできた。
見えない。避ける暇もない。
──胸に大砲を叩き込まれたかのような、凄まじい衝撃。
肺から空気が爆発のように抜け、身体が宙を舞った。
重力に負けて、400キロ超のパワーアーマーごと吹き飛ばされる。
HUDには警報の嵐。
デレク自身も気づかなかった。NOVAの《戦術情報リレー》ですら、予測できなかった。
──いったい、何に進化しやがったんだ…?
マイクロスラスターが点火。慣性制御が作動。
ようやく、動きがスローモーションになった。
踵から地面に激突し、背中、そして──頭。
泥の中に仰向けで倒れた。
空はまだ曇っている。雷鳴が遠くで響いていた。
HUD:《装甲構造耐性45%》
肋骨に走る激痛。間違いなく、何かが折れてる。
【デレク】「…どこだ…?」
スキャン──怪物は、ツンガに向かっている。
あいつ、まだ立ち上がろうとしてる…バカか!
【デレク】(叫ぶ)「おい!化け物野郎!」
怪物は立ち止まり、ねじれた身体をデレクに向ける。
【ヴァンダ】「生命兆候が不安定です。どうか、これ以上の負荷は……」
ツンガが口を開けて、信じられないものを見るような目でデレクを見ていた。
──無理もねぇな。
【デレク】「よし…」
(息を吐く)「そいつから、俺の仲間を離れろ」
怪物が咆哮。突進。地面が揺れる。
──もう魔法は残っちゃいない。
デレクは、プラズマブレードを起動した。
──こうなりゃ、昔ながらのやり方でいくしかねぇ。
―――
イザベルは剣を構え、真っ直ぐに突進した。狙いは──刺突。
エリアス・モルヴェインは鉤爪のような手を掲げ、顔を獣のように歪めた。
だが、刃が届く直前──イザベルは剣の動きを止め、刃先から雷光を解き放った。
白い閃光が、司祭の身体を包み込む。
至近距離すぎて、緑のバリアは展開できなかった。
衝撃がエリアスの全身を貫き、激しく痙攣。
そして、崩れ落ちた。
その瞬間、気配が変わった。
誰かが──すぐ隣に現れた。
心臓が一瞬、止まりかけた。
そこにいたのは、シエレリス。
彼女は何かを差し出していた。
【シエレリス】「これを取って。早く」
黒く丸い物体。
【イザベル】「……これは?」
【シエレリス】(ため息)「何だと思ってるの?あれは、カルト信者が使ってた《死》の《球体》よ」
【イザベル】(眉をひそめる)──よくも、そんな邪悪なものを差し出せたわね。
【イザベル】「で、それを私にどうしろと?」
【シエレリス】(大げさな目)「どうするかって?あの厄介な司祭を倒すのよ。今の彼は《命》の《球体》で生かされてるだけ。だったら、《死》で眠らせるしかないわ」
【シエレリス】(身を乗り出し)「でも気をつけて。あれ、《青銅級》よ。長く触ってると、エネルギーに蝕まれる。どうしてあんな連中が持ってたのかは、私にも分からないけど」
イザベルは、《球体》をじっと見つめた。
完全な《青銅級》の《死》の《球体》。
──これを使う?《オルビサル》の司祭に?
ただ持っているだけで、《異端審問官》に狙われかねない、忌まわしい代物だ。
吐き気がこみ上げ、胃がねじれる。
──また、立ち上がってきた。
エリアスが動いた。
【シエレリス】「何してるの!?もう回復しかけてる!《命》の《球体》がある限り、何をぶつけても無駄なの!止めるには、これしかないのよ!」
《球体》を、顔の前に突きつけられる。
イザベルは思わず、顔を背けた。
──これは《神》の試練?
《オルビサル》は、私が《闇》に手を染めるか見ておられるのかもしれない。
……でも、デレクなら──
彼なら、迷わない。
論理で、行動する。
エリアスが理性を取り戻していたのは、あの祭壇にあった《死》の《球体》のおかげでは?
……だったら。
これしか、彼を止める手段はない。
──デレクなら、きっとやってる。
【イザベル】(奥歯を噛み締め)
【イザベル】「……っ!」
彼女は《球体》を、シエレリスの手からひったくった。
【シエレリス】「ようやく!やっとね。何をモタモタしてたの?」
彼女は呆れたように首を振った。
【シエレリス】「いい?使い方はクリスタルと同じ。剣に力を流し込むの。でも、チャクラに吸収しちゃだめ。もし吸収したら……正気を失った司祭どころの騒ぎじゃ済まないから」
【イザベル】「……分かった」
シエレリスが素早く距離を取る。
──その瞬間、エリアスが再び立ち上がった。
彼の顔には理性がなく、ただ怒りと狂気だけが渦巻いていた。
突進。
衝撃。
まるで破城槌にぶつかったような一撃が、イザベルの世界をひっくり返した。
頭に激痛。肺から空気が吹き飛び、床に叩きつけられる。
──《球体》は?どこ?
視線を走らせる。だが、見当たらない。
目に入ったのは──
一組の足。緑の衣をまとった足。
エリアスの足だった。
ゆっくりと、顔を上げる。
司祭が見下ろしていた。緑の瞳が、怒りと裁きの光で燃えていた。
【エリアス】「さあ……贖罪の時だ。我が子よ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回もなかなかハードな戦いになりましたね……。
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みなさんの応援が、この物語を進める大きな力になります!




