第77章: 悪魔を討つ剣、祈りの光
今回は戦いが大きな転機に。燃え盛る炎と祈りの光、その行方は――
NOVAの内部で、デレク・スティールは迫りくる群れを無言で見つめていた。
雨が弱まり、忌まわしい光景が鮮明に姿を現した。見たくもない細部までも。
濁った死んだ目。革のように垂れ下がった肉。剥き出しの骨、泥を引きずる腸――まるで汚れたぼろ布のような死体の山が、機械のような精度で進み続けている。
疲れず、渇かず、迷わず、警戒もせず。
ここまで近づいても、まだデレクにもツンガ・ンカタにも気づかない。まるで盲目的な蟻だ。ただ一つの目的だけに突き動かされている。
問題は、その「蟻のような行動」がどこまで当てはまるか、だ。
今回の作戦は、そこにすべてがかかっていた。
地面が、さらに激しく震え始めた。
【デレク】「来るか。」
ツンガは頷き、杖を泥に突き刺した。ぐちゃっ、と嫌な音が響く。
先の地面が、腫れ物のように膨れ上がった。ひび割れから蒸気が噴き出し、大地が爆ぜる寸前のように見える。
だが、これは火山ではない。
デレクは深く息を吸い、静かに吐き出した。
【デレク】「よし、出番ってわけだな。」
思考だけでNOVAを切り替え、両腕を突き出して拳を揃える。
【ヴァンダ】「デレク、この構成の実戦使用は、シミュレーター以来です。」
【デレク】「魔法なんて言うな。」
彼は顔をしかめ、撃ち放った。
火炎は赤でも橙でもなかった。白だ。プラズマトーチのような、網膜が焼けるほどの白。
熱は感じない。だが、泥が蒸発し、煙が立ち昇る音がすべてを語っていた。
数秒で地面の水分は干上がった。
ツンガの詠唱が最高潮に達し、大地が真っ二つに裂ける。
そこから――咆哮を上げながら、巨大な炎のゴーレムが姿を現した。
まるで声を持った溶鉱炉だ。その熱にすらNOVAの冷却装置が悲鳴を上げる。
まず腕、次いで塔のような脚が、地中からずるりと引き抜かれる。
デレクは腕を突き出したまま、群れの進路を焼き払った。
ツンガは「炎は『聖なる心』を持つものを避ける」と言っていたが、デレク自身にそれを制御できるかは疑問だった。
だが集中する。土以外に炎が触れぬように――祈った。
ゴーレムが振り返る。口の位置にある炉が、どこか笑っているように歪んだ。
【デレク】「よう、相棒。お久しぶり。」
【ツンガ】「何してる。あいつの集中が切れる。」
【デレク】「マジで……あいつ、俺の言ってること理解してるのか?」
【ツンガ】「誰もわからん。シャイタニは子ども。話すと任務忘れる。」
【デレク】「ああ、研究所にもいたよ。付箋をあちこちに貼っとかないと、すぐどこかに行っちまう奴な。」
【ツンガ】「……意味わからん。」
NOVAの拳から放たれる白い炎は、常識では火がつかないはずの湿った地面を焼き尽くす。
だが、この世界の「魔法」は理屈を無視する。
炎は地に根を下ろし、群れと彼らの間に壁を築いた。高さは数メートルにも達する。
ゴーレムはその中へ歩み入り、まるで一体化するように消えていった。
ツンガが杖を高く掲げ、得体の知れぬ言葉を叫んだ。
炎は倍に膨れ上がった。まるで誰かがガソリンをぶちまけたかのように。
炎の壁は、轟音と爆裂音を上げて燃え盛る。
デレクは脚を踏ん張り、プラズマキャノンを構えた。
【デレク】「来るなら来いよ……」
ここが限界線だった。
エボンシェイド最後の防衛線。
アリラの。シエレリスの。
もはや、ただ――耐えるしかなかった。
―――
イザベル・ブラックウッドの剣から放たれた雷光が、エリアス・モルヴェインの骸のような体を包む障壁に直撃した。
白熱する雷撃が、輝く蜘蛛の糸のように障壁を這い、弱点を探る――が、すべて弾かれ、やがて消えた。
エリアスは羊飼いの杖を振り上げ、砕けたベンチから木片の槍を飛ばす。
イザベルは一閃でそれをはじき、木片が教会内に舞う。
【シエレリス】「さすが、お見事だわ!」
イザベルは顎を引き締めた。
【イザベル】「そろそろ、貴女も何か役に立ってはどう?」
【シエレリス】「ふふ、時が来ればね。今のところは、あなたが完璧すぎて退屈だもの。」
イザベルは床に唾を吐き、叫びとともに突撃した。大剣を振り下ろすが、エリアスはその手首を掴み、ねじり上げた。
肩まで走る激痛に、視界に火花が散る。剣が手から滑り落ち、硬い音が礼拝堂に響いた。
よろめきながら後退し、手首を押さえる。エリアスの手は、死んだ皮膚を纏った鉄の万力のようだった。
全てが、彼女の想定を超えていた。
けれど、この密室の中で、彼を止めなければ――
ここで終わる。
その瞬間、シエレリスが彼女の脇を駆け抜けた。黒刃の短剣を手に、一直線にエリアスへ。
【イザベル】「やめなさい!そんな武器じゃ通用しない!」
驚愕とともに、イザベルはその背中を見つめた。
助けを求めたはずだった。でも――これは違う。
このままじゃ、本当に死ぬ……!
エリアスは干からびた腕を一閃。その手刀が、紙のようにシエレリスの胸を裂いた。
イザベルは悲鳴を上げて手を伸ばした。だが、間に合わない。
あの馬鹿……なぜ……!
シエレリスの身体が、濡れた鈍い音と共に床に崩れた。
――そのとき、
肩に、優しく手が触れた。
イザベルが振り返ると、そこにシエレリスがいた。無傷で、にやりと笑い、大剣を差し出している。
【シエレリス】「これ、落としましたよ?今度から、ちゃんと握ってなきゃダメじゃない?」
イザベルは言葉を失った。
【シエレリス】「まさか、あんなマヌケな死に方するって本気で思った?やめてちょうだい。」
肩をすくめながら剣を押しつける。
【シエレリス】「パニクるあなた、ちょっと可愛いけど……そんなに取り乱されたら、私まで泣きたくなっちゃうじゃない?」
芝居がかった動作で、胸に手を当ててみせた。
【イザベル】「……ありがとう。」
生きている。彼女は確かに、ここにいる。
手首も動く。骨は折れていない。
イザベルは剣を握り直し、シエレリスを見つめた。
彼女は一礼し、柱の陰へと消えていく。
【エリアス】「その程度の幻術では、私を欺けぬ!」
イザベルは一歩踏み出し、呼吸を整えた。
確かに、彼の言う通りかもしれない。
だがその「幻術」のおかげで、今ここに――武器がある。
そして今度こそ、それを――誰にも奪わせない。
―――
【デレク】「効いてるぞ。」
燃え上がる炎の壁の前で、アンデッドのバッファローたちが足を止めていた。ツンガの命令を受けたゴーレムが、獣たちの群れの間を暴れまわる。
中には、恐れをなして引き返し始めた個体もある。
【デレク】「どうして、これでうまくいくって分かった?」
ツンガは肩をすくめて言った。
【ツンガ】「群れ、燃えるとこ見たかった。」
【デレク】「……は?」
まじまじと見つめる。
【デレク】「お前さ、マジでイカれてるって言われたことないのか?」
ツンガはふたたび、うん、と頷いた。そして目を輝かせ、笑った。
まるで花火を見た子どものように。
デレクは視線を戻した。
炎の中から、焼け焦げたバッファローがふらつきながら現れる。皮膚は崩れ落ち、肉はジュウジュウと音を立てて焼かれていた。
腐臭と焦げた肉の臭いがNOVA内部にまで入り込み、喉を焼けつくように広がった。
【デレク】「くっそ……」
彼はプラズマキャノンを構え、即座に発射。
黄色の閃光が、バッファローの胴を貫通し、爆発した。
肉が破裂し、脚が崩れ、獣は音もなく倒れた。
反撃も、叫び声もない。ただ、壊れただけ。
ツンガは跳ねるように杖を掲げ、歓声を上げた。
【デレク】「ああ、はいはい。祝ってる場合じゃねえ。」
【デレク】「ツンガ、聞け。もし突破されそうになったら、脚を狙え。あいつらデカいから、関節焼けば動けなくなる。」
だが、ツンガは燃える炎を見つめながら、聞いていなかった。目は期待に満ちた子どものよう。
【デレク】「……聞いてねぇな。」
ちょうどその時、炎の中からもう一頭の獣がツンガの前に現れた。
ツンガは「おおっ!」と歓喜の声を上げた。
直後、背後からゴーレムが現れ、ツンガをひょいと抱えて獣の進路から引き離す。
バッファローとゴーレムは、炎の中へと消えていった。
ツンガは不満げに眉をひそめ、杖を下ろす。
【デレク】「……今の、完全にお前よりゴーレムの方が優秀だったな。」
デレクはこめかみに手をやろうとするが、ヘルメットに当たってガツンと鳴るだけだった。
ツンガは不機嫌そうに手を振り払う仕草をしてきた。
【ヴァンダ】「デレク、リペアボットから報告です。群れは解散を始めています。動物たちはジャングルに戻っているようです。」
【デレク】「エリアスの反応は?」
【ヴァンダ】「ありません。ただし、寺院の周囲に未知のエネルギー障壁が形成されており、センサーでの感知は不可能です。エリアスがその中にいる可能性があります。」
【デレク】「……障壁、ね。アリラは?」
【ヴァンダ】「彼女は他の生存者と共に、障壁の外にいます。」
彼は息を吐き出した。無意識に止めていた呼吸が、ようやく流れる。
肩の力が抜ける。
【デレク】「行方不明は、他に?」
【ヴァンダ】「シエレリスと……イザベルです。」
ツンガがデレクをじっと見ていた。獣のような視線で、歯をむき出しにして。
【デレク】「……ああ。動くしかねぇな。」
【デレク】「ヴァンダ、あの障壁、破れる方法は?」
【ヴァンダ】「……お待ちください。高速で何かが接近中です。」
【デレク】「どれくらい高速だ?」
その瞬間――炎の壁が爆ぜた。
黒く巨大な影が、まるで障壁など存在しなかったかのように飛び込んできた。
黒く、流動する塊。形容不能。
三階建てのビルに匹敵する高さ。固定された形はなく、全身から無数の部位が生えている。
腕、頭、目、口、鼻――そして、それ以外。
二本の巨大な脚が、あの悪夢の塊を支えていた。
中央に――回転する鋸のような口。
……口、かもな?
その姿は、理性ある夢には決して現れない。
NOVAのHUDに警告が点滅した。
《レベル:シルバー2》
【ヴァンダ】「デレク。このクリーチャーのスペックは規格外です。即時の撤退を推奨します。」
【デレク】「……ふざけんなよ。」
だが手は動いた。彼はプラズマキャノンを構えた。
クリーチャーが咆哮した。ジャングル全体が、その地獄の叫びに震えた。
―――
エリアスは、蜘蛛のような素早さで前へ躍り出た。
ほんの一瞬前まで、祭壇の裏にいたはずだった。
次の瞬間には、イザベルの目前。
鉤爪のような手が振り下ろされる。イザベルは咄嗟に剣の平で受け止めた。
だが重い。衝撃が腕を痺れさせる。
すぐさま二歩後退。間合いを取る。
遠距離攻撃は障壁で無効。近接では――相手のほうが速く、強い。
呼吸を整えようとするも、喉を焦りが締めつける。
もう打つ手がない。
彼は、もはや人ではなかった。
――悪魔。
その魂を救うこと。それが《ウォーデン》としての責務。
彼が指を鳴らすと、教会のベンチの隙間から木の槍が2本、飛び出すように跳ねた。
イザベルは跳躍してかわす――が、一本が銀の鎧に直撃し、鐘のような音が鳴った。
衝撃で体勢を崩す。
エリアスは杖を放り捨て、獣のように飛びかかった。喉を掴む。
木の床が背中に食い込み、肺から空気が押し出された。
喉が締まり、息ができない。
剣はどこかへ飛んだ。
両腕で抵抗しようとするが、まるで生きた樫の木を相手にしているよう。
握力が増す。視界が揺れる。耳が鳴る。
空気が――欲しい。
誰か――デレク……?
そのとき、NOVAが隣に立っていた。
赤い目を光らせ、腰に手を当てて。
エリアスが顔を上げた。驚愕に、動きが一瞬だけ緩む。
イザベルは目を開いた。
……違う。
その立ち方は――あの男じゃない。
【エリアス】「……貴様は、誰だ?」
【偽デレク】「我はカシュナールだ。貴様は堕落のあまり、もはや我を見極めることすらできぬのか!」
……そんな台詞、デレクが言うはずがない。
肺に空気が戻り、意識が一気に冴える。
シエレリス――幻術だ。
【エリアス】「……違う。偽物だな!」
イザベルは剣の柄を手探りで掴む。
【偽デレク】「他に誰が、この障壁を越えてここへ来られよう?」
エリアスは周囲を見回す。だが、他に答えは――ない。
【エリアス】「……そうか。確かに。オルビサルの聖域を越えられるのは……カシュナール本人のみ……」
頭を垂れる。
【エリアス】「鋼のメサイアよ……つまらぬ我が教会へようこそ。いかなるご用向きで?」
イザベルは返答を待たず、突進した。
剣をまっすぐ、彼の胸に――突き刺す。
アンデッドの司祭は、自分の胸を見下ろした。わずかに首を傾け、驚いたような顔。
イザベルは力を込め、刃を柄まで押し込む。
【偽カシュナール】「バカ!首を落とせって言ったでしょ!」
――その声は、完全にシエレリスのものだった。
イザベルの背筋が凍る。致命的な判断ミス。
彼女はエリアスの胸に片足をかけ、剣を引き抜こうとした。
だが――
エリアスが、骨の手で刃を掴む。
イザベルは剣に雷撃を流し込んだ。
骨が焼け、黒煙が上がる。
ようやく、彼は手を放した。イザベルは剣を握ったまま、後退する。
エリアスは彼女と幻影のNOVAを見比べ、呻くように言った。
【エリアス】「これが……最後の手か……!」
その瞬間――彼の目から緑の炎が噴き出した。
怒りと力が、抑えきれずに噴き出した。
イザベルは思わず一歩退く。
背中に硬いものがぶつかる。
――祭壇。
エリアスは地面からゆっくりと浮かび上がる。
怒りの炎に包まれた、その姿はまさに災厄。
イザベルは剣を構えた。
今、彼女に残されたものは――
剣と、信仰。
もし自分がふさわしき者ならば、神は傍に立ち給うだろう。
【イザベル】「来なさい、悪魔……オルビサルの光を見せてやる!」
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