第72章: 信仰と鋼鉄で作られた策
雨が降りしきる中、仲間たちはそれぞれの思いを胸に行動します。
信じるもの、頼るもの――それが違うからこそ生まれる衝突もあります。
そんな一幕を描いた章です。
雨に濡れたジャングルを、デレク・スティールは駆け抜けていた。葉を裂く風が耳元で唸り、ヴァンダは混沌とした地形の中から通行可能なルートを必死に割り出していた。NOVAの安定装置がなければ、何度か泥に突っ込んで顔面から倒れていたはずだ。
魔法でブーストされたマイクロミサイルの炎は、ようやく揺らめきながら消えた。今は黒い煙が一本、灰色の雲へ向かって細く立ち上っているだけ。
あれが「攻撃」の残骸ってわけだ。
――いや、「攻撃」なんて言えば聞こえはいいが、実際は派手な逃げの一手だ。
イサラ・ミレスがミサイルに仕込んでくれた炎魔法は確かに優秀だったが、ここの異常はそんなレベルじゃない。
何かが――訳の分からん再生の力が――モンスターを次々と生み出している。倒したやつまで平然と再起動してくる。
あの死んだはずの司祭、エリアス・モルヴェインも、NOVAの強化ブーツでミンチにされた後だったのに、何事もなかったかのように立ち上がってきた。
あの割れた《生命の球体》が、あらゆる損傷を無効化してる。
……で、こっちは打つ手ゼロってわけだ。
いや、どんな敵に対しても今は勝ち筋が見えない。
《球体》を破壊する? たぶん中のエネルギーが一気に解放されて、周囲ごと吹っ飛ぶ。天才のやることじゃないな。
吸収する? そもそもエリアスに近づけない。あの縫い合わされた化け物が、律儀に護衛してやがるからな。
――まずは仲間と合流だ。もしかしたら、俺の知らない手を知っているかもしれない。
特にツンガ・ンカタ。あのデカ猿は《獣の精霊》と直通してるっぽい。もしかしたら、エリアスを止める方法も知ってるかもしれない。
雨水を垂らす枝を押しのけながら、デレクはNOVAを急停止させた。泥を滑って足元が大きくズレる。
視界に浮かび上がったのは、村だった。
木造の小屋が酒に酔ったように傾き、藁ぶき屋根は雨と腐敗の重みに沈んでいる。小屋に囲まれた広場は不気味なほど静かで、泥には足跡一つ残っていない。まるで何日も、いや何週間も人が通っていないかのようだ。
(ここで段落を切る)
……つまり、あのエネルギー痕跡がエボンシェイドを滅ぼした原因に繋がってるなら、神殿が震源地ってわけだ。
奥には、崩れかけた神殿がそびえていた。尖塔はひび割れ、蔦に半ば呑まれている。両脇には石造りの建物が並び、窓は骸骨の目のように空洞で、黒く開いていた。
近くの家畜小屋では、風に吹かれて門がゆっくり、だが止まることなく――ギィ……ギィ……と鳴っていた。まるで死にかけた心臓のように、かろうじて律動を刻み続けていた。
雨がすべてをぼやかし、世界を霧のように覆い隠す。
まるで中の腐敗を、薄いヴェールで包み隠しているようだ。
ここに、ロスメアの洗練された建築はない。
あるのは、手で作り、汗と年月を注ぎ込まれた、人間の暮らしの跡。
――エボンシェイド。
【デレク】「ヴァンダ。スキャン。村に生きた人間、いるか?」
【ヴァンダ】「生命反応を検出。神殿の方向に集中しています。」
【デレク】「近くの家には? ベッドの下とか、クローゼットとか、ありがちな隠れ場所に?」
【ヴァンダ】「申し訳ありません。これらの建物では、生者・死者ともに反応なしです。」
【デレク】「ってことは、ジャングルに逃げたか、アンデッドになったか。」
【ヴァンダ】「ジャングルに逃げた場合、すでにロスメアに到達しているはずです。つまり、まだこの村にいると推測されます。隠れているか、あるいは……」
【デレク】(歯を食いしばりながら)「クソッ、ここで何があった……」
【ヴァンダ】「到着時より、周囲のエネルギーサインを継続的に分析しています。ですが、正体不明のバックグラウンド・トレースを検出しました。」
【デレク】「バックグラウンド・トレース? で、正体は?」
【ヴァンダ】「デレク、私の言葉を繰り返します。「正体は不明」です。」
【デレク】「おいおい、俺を誰だと思ってる。お前をプログラムしたのが誰か、忘れたとは言わせないぞ。」
【ヴァンダ】(間)「……承知しました。検出されたエネルギーの波形は、《生命の球体》の放出パターンと一致します。ただし均一ではなく、エボンシェイドに近づくにつれて強まっています。」
【デレク】「つまり、ピークはこの村。」
【ヴァンダ】「はい。ですが、村内でもばらつきがあります。最も強い反応は、視界内の神殿からです。」
【デレク】(ディスプレイ越しにズーム)「ただの石造りの建物にしか見えねぇがな。本当にそこか?」
【ヴァンダ】「断言できます。……まさか、ネオンサインにお土産ショップでもあるとでも思った?」
【デレク】「……つまり、あのエネルギー痕跡がエボンシェイドを滅ぼした原因に繋がってるなら、神殿が震源地ってわけだ。」
【ヴァンダ】「エリアス・モルヴェインはこの村の司祭でした。そしてその神殿で、オルビサルへの儀式を行っていた記録があります。符合します。」
【デレク】「《生命の球体》が墜落して砕けたとき、何かしらの「やらかし」をしたんだろ。たぶん神殿に運び込んで、何とかしようとした……が、結局、失敗に終わった。」
【ヴァンダ】「その推測には、一定の妥当性があります。……神殿を調査されますか?」
【デレク】「いや。まずはアリラとシエレリスを見つけて、とっとと脱出だ。情報はイザベルに渡す。あとは《砦》と教会に丸投げ。」
【???】「おそらく、それが最も現実的でしょうね。」
女の声が背後から落ちてきた。
デレクの心拍が跳ね上がる。反射的に回転、プラズマキャノン展開。
低く垂れた枝が、剣で横に払われる。雨粒が炸裂し、光の幕を描いた。
そこから現れたのは――イザベル・ブラックウッドとツンガ・ンカタ。
二人とも、全身ずぶ濡れ。だが、無傷だった。
デレクは息を吐いてキャノンを収納。無言で軽く頷く。
イザベルは剣を抜いたまま、静かに前へ出た。
【イザベル】「あなたは、これがエリアスの仕業だと考えているのね?」
【デレク】「そう思ってる。で、お前も?」
【イザベル】「いいえ。ただ、あなたがそう結論づけるとは思っていたわ。」
【デレク】「で、君は当然、あいつをかばう側か。」
【ツンガ】「原因、関係ねぇ。娘たち、見つけたか?」
【デレク】「ああ。でも神父もいた。二人を逃がす時間を稼いで――それっきり見失った。」
【イザベル】「あの爆発……あなたの仕業?」
【デレク】(軽く頷く)
【イザベル】「……ジャングルごと燃やすつもりだったの?」
【デレク】「うん。だが焼け残った。森も、あの死体神父もな。生きてるぞ、アイツ。」
【ツンガ】(泥に杖をドンッと突き刺し、水を跳ね上げる)「じゃあ、どうする?」
デレクはイザベルに向き直り、ヘルメット越しに笑った。
もちろん、イザベルには見えなかったが……彼女は一瞬、表情を強張らせた。
【デレク】「俺のプランでいこう。元凶は、あの神殿。ヴァンダの反応も一致してる。エリアスが始めたのも、戻ってくるのも、あそこだ。」
【イザベル】(小さくため息)「つまり……私が神殿へ行って、エリアスを待ち伏せ。「味方のふり」をする。」
【デレク】(頷く)「ヴァンダが、神殿周辺で生命反応を検出した。娘たちかもしれん。万が一エリアスが来たら、お前が引きつけろ。時間を稼いでくれ。その間に、俺たちが村を捜索する。」
【ツンガ】「まどろっこしい。神父、叩き潰せばいい。」
【デレク】「もうやった。で、即復活。しかも怒ってる。潰しても潰しきれねぇ。……それ、どうにかする方法ある?」
【ツンガ】(顎をさする)「《生命の球体》で回復してるなら――《死の球体》で止めるしかない。」
【デレク】(片眉を上げる)「その腰袋に「死」の球体が入ってたりする? いや、本気で。見た目、干からびた袋みたいだし。」
【ツンガ】(鼻で笑う)「無い。でも、《球体》ぶん取る。それから、もっと強く潰す。次は起きねぇ。」
【デレク】「その意気は買うが、あいつ今、「縫い合わせた死体モンスター」に守られてんだよ。でっけぇやつ。たぶん死体10体分。魔法の「アニメート」失敗例。今突っ込むのは、ただの自殺。娘たちもまだ見つかってない。」
【ツンガ】(目を細め)「……冗談じゃねぇのか?」
【デレク】(吐息)「本気だ。」
―――
霧のような沈黙が、場を覆った。
雨は止む気配もなく降り続け、空はますます黒く沈んでいく。廃屋の屋根からは水が滝のように落ちていた。
あの石の神殿が、遠くにそびえている。冷たく、無言で。
かつては、この村の祈りの場だったのかもしれない。
今では――悪夢の中枢だ。
村人たちは、あそこに避難したのだろう。
そして「司祭」の姿をした死と出会った。
そして今、デレクは――イザベルにそこへ行けと言っている。
ひとりで。
……よくあるバカな作戦だ。
【イザベル】(剣を鞘に収め、カチリと音が鳴る)「……わかりました。オルビサルの神殿へ行って、エリアスと話してみます。」
【デレク】(喉を鳴らしつつ)「マジで行く気か?」
【イザベル】(目を細める)「さっき、言ったのはあなたよね?」
【デレク】「ああ。でも普段なら、真っ先に「馬鹿げた案」って言って止めるだろ? 今回はノー突っ込みで信じるわけ?」
【イザベル】(口元に淡い笑み)「信仰があるからよ、デレク。」
【デレク】「……信仰、ね。」
【イザベル】(微笑を深めて)「そんなに難しい言葉かしら?」
【デレク】(腕を組みながら)「ああ。俺には理解できねぇ。『信じて動く』なんて発想は、俺の辞書に載ってない。」
【イザベル】「ふふ。そう言うあなたの行動だって、すべてが理屈通りとは限らないでしょ?」
【デレク】「もちろん理屈通りだが? 俺、科学者だぞ?」
(イザベルが一歩近づき、そっと彼の肩に手を置いた。NOVAのバイザーが、彼女の息で一瞬だけ曇る。頬を伝う雨粒がHUDの光を拾い、彼女の姿を嵐と炎で彫られた像のように照らし出した。)
鋼のような灰色の瞳が、ニュートロン鋼越しに、デレクの中身を射抜くように見つめる。
【デレク】(わずかにたじろぎながら)「……な、なんだよ?」
【イザベル】(ささやくように)「デレク。あなたは、亡くした女性の声で話す鎧を自分で作ったのよ。――それの、どこが「論理的」なのよ?」
デレクは口を開いた。だが、言葉が出ない。
答えがないわけじゃない。
ただ――痛すぎて、言えなかっただけ。
……結局、同じようなもんだ。
(イザベルはくるりと背を向け、冷静な声で告げる)
【イザベル】「行くわ。エリアスがいたら、話してみる。道が開けたら、合図を送る。」
返事は待たなかった。《守護者》はそのまま、土砂降りの中へと歩み出す。革のブーツが泥に沈み、踏み出すたびにぬかるみを跳ね、雨音と混じって小さな音を響かせた。
三人は無言で、彼女の背中を見送る。
やがて彼女は、雨の帳に溶けるように消えていった。
風にたなびくのは、濡れた金髪だけ。
――身体は、揺るがなかった。
一歩も。ひとときも。
【ツンガ】「馬鹿な作戦だ。」
【デレク】「ああ。」
【ツンガ】「で、それに乗った女も馬鹿だ。」
【デレク】(頷く)「ああ。」
【ツンガ】(鼻で大きく鳴らして)「娘たち、もうアンデッドだな。俺たち喰うため探してる頃か?」
【デレク】(小さく息を吐きながら)「お前のポジティブさには毎回感心するわ。」
(ツンガがさらにでかく鼻を鳴らす)
他に聞こえるのは、雷、豪雨、そして――
ギィ……ギィ……と、木製の門が風に煽られて揺れる音。
ドン……ドン……ドン……
【デレク】(門に向き直り、眉をひそめて)「……なあ。家畜、どこ行った? この村、家畜飼ってただろ。子牛の一匹すら見かけてねぇ。」
その時だった。
地面が――震え始めた。
ちょっとシリアス寄りの章でした。
ツンガやイザベルの言葉に引っ張られて、自分でも書きながら色々考えてしまいました。
この先も仲間たちの旅は続いていきます。
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