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Messiah of Steel:異世界で最強科学装備無双!  作者: DrakeSteel
第二章 聖都の影と覚醒の機構
63/102

第63章: 《死の球体》を掲げし司祭

※気配が変わったのは、風のないはずの森で“音”がしたとき。

聞こえるものだけが、真実とは限らない――

そんな空気を、あなたも感じ取っていただけたら嬉しいです。

(ざわめきが始まりだった。)


細い木の幹をかすめる突風のような音が、耳を打つ。


デレク・スティールは、自分たちを取り囲むように生えている細長い茎に目をやった。

どれもまっすぐに立ち、ぴたりと静止している。


風は――まったく吹いていない。


ミニマップには、敵を示す赤い塊がじわじわと触手のように広がっていく様子が表示されていた。

まるで、巨大な単細胞生物のように。

その赤は、秒単位で範囲を広げ、彼らを包囲していった。


実際の視界には、まだ何も見えない。

だが、その音はどんどん大きくなる。

草むらの中を、何十、いや何百という足が忍び寄ってくるような……そんな湿った擦過音。


これは、ただのゾンビの群れじゃない。

ホロホラー映画に出てくるような、脳みそカラッポのやつらとは動きが違う。

慎重で、統率が取れていて、目的を持ってこちらを囲い込んでいる。


もしミニマップがなければ、囲まれていることすら気づかなかっただろう。


……仮に奴らに知性があるとして、どうやってここまで組織的に動ける?

まるで訓練を受けた兵士だ。


だが命令を出してるのは、一体「誰」なんだ?


アリラやシエレリスも、同じ目に遭っていたのか……?


デレクは拳を握り締めた。

NOVAの装甲ガントレットがカチンと金属音を響かせて締まった。

今は感傷に浸っている場合じゃない。

冷静に、徹底的に、先を読め。


突破口を探すんだ。


―――――


ツンガ・ンカタは無言のまま地面に座り、脚を組んで杖を膝に乗せ、静かに目を閉じる。

そして、かすれた声で低く呟き始めた。


【デレク】「おい、ジャングル野郎。祈るには早すぎるぞ」


……反応はない。


イザベル・ブラックウッドは目を細め、周囲を注意深く見渡した。


【イザベル】「……どこから来てるのかしら?」


デレクはもう一度ミニマップを確認。

敵の赤い点が、自分たちを中心に完璧な円を描きつつある。

そして、その円は――確実に縮まってきていた。


【デレク】「全方向だ。残念だけどな」


巨大な絞め殺しイチジクの根元――その影の中に、黄色い点がふたつ、ぽつりと現れた。

まるで、墓地で揺れる提灯のように。


目を凝らす。


数秒後、それが四つに増えた。


次に八つ。


やがて――数十。


デレクはゆっくりと一回転した。

黄色い光点が、全方位に広がっている。

見ている。ジャングルの暗がりから。黒いシルエットの中から。

無数の目が、こちらを凝視している。


呻きも唸りもない。

咳一つ、蚊を払う仕草すらない。


この熱帯の湿気の中でも、奴らは完全に静止していた。


もしミニマップがなければ、本気で「そこに彫像が立ってるだけ」だと思っていたかもしれない。

あたかも――最初からずっと、そこにいたかのように。

ずっと、こっちを――観察していたかのように。


ツンガの詠唱は徐々に強まっていくが、目を開ける様子も、立ち上がる気配もない。

……しばらくは、デレクとイザベルだけで何とかするしかなさそうだった。


デレクは思念でヴァンダに命じ、肩部のミサイルランチャーを展開させた。


正面から殴り合うなんて選択肢は、論外だ。

あんな連中を正攻法で倒す? 冗談じゃない。


狙うべきは――撹乱だ。

陣形を壊すほど派手な騒ぎを起こして、脱出ルートを開ける。


彼はランチャーメニューを呼び出し、《幻影》弾の一斉射撃を選択。


緑のLEDが点滅した。


《ラウンド装填完了・発射準備OK》


【イザベル】「……何か、おかしいわ」


【デレク】「気づいたか。ゾンビっぽいが、まだ誰も襲ってきてないってとこか?」


イザベルは木々の間をじっと見据えた。


【イザベル】「動かないの。アンデッドって、こんなに静かじゃない……」


少し身を引き、不安げに構えを変える。


【イザベル】「もし理性を失ってるなら、とっくに襲ってきてるはずよ。

でももし、正気が残ってるなら……なぜ、ただ見てるだけなの?」


【デレク】「……内気な集団かもな」


イザベルは手をかざし、指先を鋭く開いた。

その掌に白い雷が咲き、空へと解き放たれる。


稲妻は枝と草を引き裂くように走り、敵の近くに着弾。

爆風が茂みを揺らし、熱気が周囲を舐める。


その瞬間、ジャングルが――真昼のように明るくなった。


幹、枝、ツル、茂み――


そして、「顔」。


数十……いや、それ以上の顔。


歪んで崩れ、壊れた人形のような顔。

耳がなく、片目しかなく、顎が外れ、鼻が潰れ、皮膚は裂けて垂れ下がっていた。


中には――ほんのわずかに、傷のない顔も。


だが、それでも目は死んでいた。灰色の肌は、生の気配を一切持たない。


【デレク】「……クソが」


彼は吐き捨てた。


こいつら、ずいぶん前に死んでる。

埋葬済みのやつすら混じってるかもしれない。


《球体》が、奴らを――


腐敗すら終えた死者たちを、引き戻したんだ。


デレクはプラズマキャノンを構えた。


この距離なら、さすがに外さない。


だが、イザベルがそっと肩に手を置いた。


【イザベル】「待って」


【デレク】「何をだ?」


【イザベル】「……状況が、まだ全部見えてないわ」


【デレク】「俺にはもう、十分見えてる」


顎で光る目の方向を示しながら、冷たく言い放つ。


【デレク】「アンデッドは本物。ツンガの読みは当たってた。

で、俺たちは囲まれてる。奇跡がないなら、突破するしかないだろ」


ツンガの詠唱が一層高まり、彼の体が前後に揺れる。


そのとき――


前方から、甲高く中性的な声が響いた。

腐った喉奥から絞り出されたような、異様な声。


【???】「ウォーデンの言葉を聞け、カシュナール。

彼女は正しき道を語っておられる」


【デレク】(小声)「ヴァンダ。あの声の出所を探れ。分析も頼む」


【ヴァンダ】「了解しました、デレク」


密林の奥で、緑色の光がちらちらと脈打ち始める。


――《球体》だ。


遠くからでも分かるようになった。

それは杖の先端に埋め込まれて……いや、もはや融合していた。


男が一本の杖を突きながら、藪をかき分けて進んでくる。


彼が進むたび、アンデッドの列が道を開けていく。

そして彼が通り過ぎれば、何事もなかったかのように元に戻る。


最後の一団が動き、視界が開けた。


その男は痩せこけ、背が高く、肌は死人のように蒼白。

髪は灰色で、頭蓋骨に直接塗られたように張り付いている。


着ているのは、葬送の布のようなボロボロの青いローブ。


手にした杖は節だらけで、羊飼いの杖を思わせる形。


その先端には、緑に光る《生命》の《球体》。


彼の瞳もまた、《球体》と同じ色に染まっていた。


【ヴァンダ】「デレク。解析完了。

話しているのは、杖を持つ男。

《球体》はアイアンランクと推定されます。

彼自身は……生物学的に「死亡」しています。他のアンデッドと同様。

体温、脈拍、脳波――すべてゼロ。完全な「無」です」


男は藪を抜け、土の小道へと現れた。

そして――立ち止まる。


デレクは両肩のプラズマキャノンを男に向けた。

照準はすぐにロックオンされる。


【デレク】「……お前、誰だ?」


男は動かず、胸に手を当て、調律の狂った弦をこするような不協和音の声で答えた。


【???】「ご紹介いたしましょう、我がカシュナールよ。

私は――エリアス・モルヴェインと申します」


【イザベル】(小声)「エリアス……あの人、エボンシェイドで《オルビサル》教会の司祭をしていたのよ。

何度か見たことがある……とても敬虔で、誠実な方だった」


【デレク】「だが今は、ゾンビに成り果てたわけだ」


彼はプラズマキャノンを下ろし、ヘルメットを脱ぐ。


もし話し合いで済むなら――そっちのほうがマシだ。


【デレク】「やあ、エリアス。実は今、君に会いにエボンシェイドへ向かってたとこでね」


司祭は、まるで生者のように、深く一礼した。


【エリアス】「この上なき光栄にございます」


デレクは薄く笑った。

ゾンビにもプライドがあるとはな……面白い。


【エリアス】「《カシュナール》がついに顕現された――

このロスメアにその報が届いた時、我らの歓喜は言葉に尽くせませんでした」


彼は空を見上げ、白濁した瞳に鋭さを宿らせる。


【エリアス】「《オルビサル》は、我らを見捨ててなどおられなかったのです」


【デレク】(小声)「こいつ……自分が死んでることにも、《球体》が自分をこうしたことにも、気づいてねぇのか……?」


【ヴァンダ】(通信)「デレク。警告します。

彼の《球体》から、周囲のアンデッドに向けてエネルギーが流れ込んでいます」


【デレク】(咳払い)「……それじゃあ、案内役は君ってことで。

せめて最後くらいは丁寧に付き合ってもらおうか」


ツンガはまだ座ったままだったが、詠唱をやめ、静かに目を開けた。


エリアスはその視線を受け止め、一瞬だけ間を置いてから、再びデレクへと目を戻す。

そして――糸で引かれた操り人形のように、ぎこちなく片腕を持ち上げると、

骨ばった指でツンガを、まっすぐ指差した。


【エリアス】「なぜ、《カシュナール》は異教の野蛮人などと行動を共にされているのですか?」


なぜ、かつての《オルビサル》の司祭が、今やアンデッドの軍勢を率いているのか。

――その問いは、今は飲み込んでおいた方がいい。

少なくとも、村に辿り着き、《アリラ》を見つけるまでは。


【デレク】「そのへんの説明は、エボンシェイドでゆっくりやろうぜ」


彼は、作り笑いを浮かべながら言った。


【デレク】「面白い話になると思うからよ」


そのとき、ツンガ・ンカタが――

まるで獣のように、しなやかな動きで跳ね起きた。


エリアスの首が、ギギッと鈍い音を立ててそちらへ向く。

その動きはまるで、人形がぎこちなく振り向いたようだった。


二人の目が、交錯する。


イザベルは燃える死体に一歩踏み出し、剣を構えた。


【イザベル】「まだ終わっていないわ。下がって。」


【イザベル】「ツンガ、やめて。無茶はダメよ。」


だがツンガの口元は、野性の笑みに歪んでいた。

その杖が、パチパチと火花を立てて燃え上がる。

炎は柄を這い、肩口にまで達する。


デレクは一歩踏み出して制止した。


【デレク】「やめろ、ツンガ。今じゃねぇ」


【ツンガ】「おまえ……死、歩くな」


その声は低く、獣の唸りそのものだった。


【デレク】「何やってんだ、クソッタレッ!」


怒鳴り返したその瞬間――


近くのアンデッドの一体が、突然、炎に包まれた。


火は瞬く間に上半身を呑み込み――だが、死体は微動だにしない。


数秒も経たないうちに、他の個体にも火が移りはじめた。

それは、あたかも――どこからともなく発火したように。


ツンガは歯を剥き出しにし、原始の歓喜に似た表情でそれを見つめていた。


【デレク】「なんだよ……あれ? アイツ、何しやがった!?」


混乱するデレクが、イザベルに問いかける。


彼女はツンガを凝視しながら答える。


【イザベル】「あれ、火蟻よ……!

さっきの詠唱で、体中に火蟻を這わせてたの。

今、それを――燃やしたのね」


【デレク】「おいおい、頭イカれてんだろアイツ!

こっちまで燃やす気かッ!」


ツンガは杖を大きく振り上げ、さらに炎を煽った。


そしてアンデッドたちは一本、また一本と――

燃え盛る松明へと変わっていく。


魔力の炎は容赦なく吹き上がった。

だが不思議なことに、周囲の密林へは燃え広がらない。


代わりに、死体から立ち昇った黒煙が空を覆っていく。

焼けた肉と魔力が混ざった、重く鼻を刺す悪臭。


エリアスはその業火の中でも、冷ややかに黙って眺めていた。


やがて、再びデレクを見やる。


デレクは頭を振った。


(あのシャーマン……後で覚えとけ)


彼はヘルメットを被り直し、HUDを起動する。


【ヴァンダ】「デレク。警告です。

エリアスの《球体》、エネルギー値が上昇しています」


エリアスが杖を掲げた。

その動きさえも、どこかツンガの真似に見えた。


先端が緑に輝き、次の瞬間――


閃光が爆ぜた。小さな太陽のような、眩い閃き。


光が消えたとき――炎もまた、すべて消えていた。


焼け焦げた死体たちは、炭化したまま直立していた。

痛みも、苦しみも、まるで存在しなかったかのように。


――いや。むしろ、悪化していた。


デレクは唾を飲む。


炭化した指、ただれた皮膚――


それでも目は、空虚に、変わらずこちらを見つめている。


エリアスは杖をゆっくりと下ろし、不快な音色で語った。


【エリアス】「もちろんです。

《カシュナール》の御意志とあらば、喜んでお連れいたしましょう。

エボンシェイドへ――


ただし、誰ひとりとして、生きては戻れませんがね」


その言葉と同時に、彼の頭上にラベルが浮かび上がる。


《レベル・シルバー1》


燃え残った死体たちが、動き始める。

一歩、また一歩と。


湿った地面を踏みしめる音。

骨の軋み、関節の鳴る音。腐肉のずれる音。


そして、あの目。


空っぽのまま――魂のない目が、こちらを見つめる。


ミニマップの赤い円が再び動き出した。

今度は――


首に巻かれた縄のように、じわじわと、確実に――締まっていく。


そして今、デレクは確信した。


この傀儡劇の糸を引いていたのが、誰なのか――今の彼には明白だった。


彼は思念で指令を送り、マイクロミサイルの種類を切り替える。


《紫》から――《黒》へ。


《死》の《球体》から得たエネルギーが注ぎ込まれた、危険な試作弾。


一発きりの切り札。


【ヴァンダ】「デレク」


ヴァンダの声が、通信越しに届く。

いつになく、硬い。


【ヴァンダ】「その弾頭は、未だ実戦投入されていません。

《イサラ》は「極度に不安定」と警告していました。

本当に……撃つのですか?」


【デレク】「いいや」


そして――引き金を引いた。



※彼の名はエリアス・モルヴェイン。

かつて、祈りを捧げていた男が――今は、誰のために歩いているのか。


次回、光と闇の狭間で、選ばれるのは誰か。


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