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Messiah of Steel:異世界で最強科学装備無双!  作者: DrakeSteel
第二章 聖都の影と覚醒の機構
62/102

第62章: 私は、あなたの剣となります

俺はもう誰も信じないと決めた。

でも――あいつは、信じてくれた。

ならば俺も、信じてみてもいいだろう? 一度くらいは。

犬は黒い矢のように、まっすぐ彼らへ向かって突っ込んできた。

唸りも、吠えもない。

あの不気味な、ギクシャクした動きもなかった――デレクがゾンビのホロフィルムで見慣れていたような、あの動きは。


ユキはいつも、そういうシーンになるとクッションの後ろに隠れていた。

なのに見せたら怒るんだ――「またこんなの見せて!」って。


NOVAのディスプレイに、ラベルがちらりと表示された。

クリーチャーの頭上に。


《レベル:アイアン6》


熱と光が一閃する。

デレクが目を細めた瞬間、火球が空を裂いて犬へ飛んだ。


アンデッドの犬は、避けようともしなかった。

火の塊はそのまま真正面から命中し、火山の噴火に弾き飛ばされた溶岩のように――後方へ。


ドスッ、と湿った音。

転がり、数回跳ねて、止まる。

炎に包まれた肉の塊。


【デレク】(……HPバーはなし。レベル表示の下、何もない。)


倒したのはツンガか――それとも、まだ終わってないのか。判断はできなかった。


イザベルは一息で剣を抜いた。

刃に沿って白い火花が弾ける。

そのまま焼けた死体に一歩踏み出した。


【イザベル】「まだ終わっていません。下がってください。」


黒焦げの塊が、ぴくりと動く。


ツンガの魔炎がまだ纏いついていた。

彼は杖を構えたまま目を細め――静かに、力を送り続けていた。

こめかみには汗が流れている。


……焼き尽くす気だ。何もかも。


犬がよろめきながら四足で立ち上がろうとしたとき、イザベルが間に合った。

ツンガの炎はもう消えかけていた。

焼けた肉からは、腐臭と焦げた臭いがNOVAのフィルターに染み込み始めている。


遮断はできた。

でも――しなかった。


【デレク】(全部感じたかったんだよな。これも「観測」だ。)


臭い一つひとつが、あの身体が「動いてる理由」のヒントになりうる。

だから、フィルターも切った。


イザベルの剣が、低く水平に閃いた。


【イザベル】「《オルビサル》の力を受けなさい、穢れし者!」


パキンッ――太い枝が折れるような音。


犬の首が、体から吹き飛ぶ。

湿った草の上に、数メートル転がって落ちた。


……なのに、体は倒れない。


脚は突っ張ったまま硬直し、まだ魔力の残響で震えている。

それでも、動かない。倒れない。


血は出ていない。

血圧も、体温も――ゼロ。

頭すら、ない。


それでも――立っている。


イザベルが一歩下がり、ツンガを見る。

彼は無言で頷き、再び杖を上げた。


二発目の火球が、死体に叩き込まれる。


今度こそ、地面に沈んだ。


イザベルは死体のそばまで歩き、炎の中を覗き込む。

大剣を高く構え、深く息を吸い――縦に一閃。


肉の塊が真っ二つに裂け、燃える破片が左右へ散った。


彼女は黙ってそれを見ていた。

燃え尽きるまで、じっと。


―――


【ツンガ】「……まだ動いてるか?」


【イザベル】「……動いていないようです。」


ツンガが杖を下ろす。

魔炎が、すっと消える。


NOVAのHUDに通知は出ていない。

……すでに死んでいたから?

あるいは、デレクが一度も攻撃していなかったから?


――いや、そもそもこの狂った世界のルールが、まだ分からねぇ。


彼は焼け焦げた死骸に歩み寄った。

NOVAのブーツが、湿った草の中に沈んでいく。


【デレク】「ヴァンダ、死体をスキャン。何かエネルギー反応でも残ってねぇか?」


【ヴァンダ】「はい、デレク。微弱なエネルギー場が、まだ体内で活動しています。」


胸が縮む。


【デレク】「……また動くか?」


【ヴァンダ】「いいえ。」


【ツンガ】「……目覚めた《球体》から、遠い。」


声は低く、ざらついていた。


【デレク】「つまり……あの《球体》の着地点が近かったら、コイツはまた動いてたってことか?」


【イザベル】「そうね。近ければ、また立ち上がってた。そして私たちを襲ってくる。だから言ったでしょ? 細かく砕くの。十分に小さくすれば、《球体》の力でも再構成できない。」


デレクは顔をしかめ、焼けた死体を蹴飛ばした。

後ろ脚が、茂みへ転がる。


【デレク】「ツンガの言った通りだな。あそこにはゾンビがいる。……でも、そこまで強くはなさそうだ。こっちが先にバラせば、それで済む。」


彼は笑った。短く、皮肉げに。


【デレク】「向こうが組み直すより、俺が壊す方が速い。……なあ?」


彼はツンガを見た。

次に、イザベルを。


……どちらも、笑わなかった。


【イザベル】「……デレク。本当に分かってるのかしら? 私たちがこれからどこに踏み込むのか。」


【デレク】「……何か見落としてるのか?」


【イザベル】「ええ。今のは、迷って出てきた一匹。しかも《球体》の力から遠かった。でもこれから向かうのは、群れよ。アンデッドの群れ。簡単には倒せないし、倒しても終わらない。……これは「殲滅任務」じゃない。「捜索と救出」よ。中に入って、アリラを見つけて、出てくる。それだけ。」


言い切る声に、迷いはなかった。


【イザベル】「そして、できれば……自分たちがアンデッドにならずに済むよう祈る。それが現実よ。……いいわね?」


デレクは大きく息を吐いた。


【デレク】「了解。目立たず行動。……「俺流アピール」は禁止ってことだな。」


イザベルは無言で頷く。


【デレク】「で、シエレリスは? 「異端の小間使い」をどうするつもりだ?」


彼女はすぐには答えなかった。

表情は無。

でも――拳が白くなるほど握られている。

こめかみの血管が脈打っていた。


やがて、絞り出すような声。


【イザベル】「彼女は連れていけません。……デレク。」


デレクはゆっくり頷いた。


ああ――そういうことか。

見つけたら、始末するつもりだ。

ここ、《エボンシェイド》で、死体の山に紛れさせて。


《オルビサル》の慈悲、ってやつか。


「そんなの、俺は認めねぇ。」


腕を組み、静かに言った。


【デレク】「じゃあ、問題だな。今ここで、話をつけるぞ。」


【イザベル】「デレク、彼女はアリラを誘拐したのよ!」


【デレク】「嘘だな。」


声に、何の起伏もない。

ただの事実確認。


【デレク】「あんた、前からずっと殺したがってたじゃねぇか。」


イザベルの顎がわずかに上がり、眉間が険しくなる。


【イザベル】「私の理由がどうであれ、関係ないわ。彼女がアリラを誘拐したのは事実。それだけで十分よ。」


【デレク】「ああ、事実だな。アリラを連れ出し、危険に晒した。

正直、俺も頭に一発くれてやりたいくらいだ。」


イザベルの拳が震える。


【イザベル】「これは、ただの悪ふざけじゃない。

異端者による教会の芽生え(スプラウト)への犯罪よ。軽くは済まされない。」


【デレク】「……ただの少女だぞ、イザベル。マジで、なんなんだこの星は?

あの子は親父に認めてほしくて無茶やっただけだろ。

しかもその親父ってのが、お前らの敵の総本山、「あの派閥のトップ」ってわけだ。」


声に苛立ちが滲む。


【デレク】「俺だって子供の頃、親父の気引くために相当バカなことしたさ。」


イザベルは鼻で荒く息を吐いた。獣のように。


【イザベル】「彼女は、教会を侮辱したのよ。私たち全員を。そして、ウリエラ様を――

評議会の面前で!」


【デレク】「俺もだ、イザベル。全く同じことをやったぞ。

それでも、俺の首は狙わないのか?」


彼女は目を伏せ、唇を真一文字に結んだ。


【イザベル】「あなたと彼女、似てるのかもね……。だから、あなたは庇うのかもしれない。」


【デレク】「違うな。俺が庇ってるのは、「ただの迷ってる子供」だ。

――あんたらがゾンビ犬みたいに、殺そうとしてる子供じゃねぇ。」


【ツンガ】「犬……もう死んでた。」


不機嫌そうに呟く。


【デレク】「ああ、ありがとな、ツンガ。ナイス補足だ。」


【イザベル】「……聞きたくないのは分かってる。でもデレク、あなたは「カシュナール」よ。

あなたの行動は、《オルビサル》の御心に繋がる。選ばれたのは、理由があるから。あなたが……「それをするため」に。」


彼女は曖昧なジェスチャーを交えながら続ける。


【イザベル】「でも、シエレリスはただの異端者。

評議会を騙し、カシュナールを騙し――それに……」


言いかけて、止まる。


【デレク】「……そして、お前も、だろ?」


彼女は遠くを見る。

目を合わせようとはしなかった。


【イザベル】「違う。それとは関係ない。」


【ツンガ】「俺、あの娘好き。シャーマン向いてる。」


ツンガは真顔。まったくの本気だった。


イザベルが鋭く睨みつける。


だがデレクは、一歩踏み出して彼女の前に立つ。距離は一メートルもない。


ヘルメットを外すと、熱気が顔を包んだ。湿った布でも叩きつけられたようだ。


【デレク】「いいか、イザベル。……確かに、「カシュナール」って呼ばれるのはクソ嫌いだ。でも、お前が持ち出した以上、今はっきりさせる。」


彼はガントレットの手で彼女の顎を掴み、無理やり目を合わせさせた。


彼女も睨み返してきた。顎を食いしばり、一歩も退かない。


【デレク】「エボンシェイドの作戦は「救出」だ。あんたが言った通り。

もし生きてるなら――アリラも、シエレリスも、両方ロスメアに連れ帰る。

無傷で、安全に。」


微動だにしない彼女に向かって、低く告げる。


【デレク】「これは、カシュナールからの命令だ。

《ナルカラ》のウォーデンよ――答えろ。」


【イザベル】「……デレク、彼女はもうアリラを誘拐してるのよ。次に何を――」


【デレク】「答えは?」


一瞬口を開きかけ、そして――閉じた。

短い沈黙の後、硬い動きで頷く。


【イザベル】「……カシュナールのご命令に従います。」


デレクは顎を離し、一歩下がった。

口元に、うっすらと笑み。


【デレク】「よかった。お前を《ロスメア》に送り返さずに済んで。」


【イザベル】「あなた……あの子に惹かれてるのね?」


【デレク】「……は?」


【イザベル】「私はこの使命のために、人生を捧げてきた。

芽生え(スプラウト)としての修練を積み、ウリエラ様直属の精鋭に選ばれて――

誰にも頼らず、自分の力だけで「ウォーデン」になった。」


【デレク】「それが……何の関係が?」


【イザベル】「「啓示」を受けたのよ。オルビサルが道を示してくださったの。

だから私は兵士たちを残し、難民たちだけを連れて進んだ。

それが《神の御心》だったから。」


彼女は小さく咳払いし、声の震えを無理やり整えた。


【イザベル】「あなたには、私が壊れたように見えるかもしれない。

……実際、部下たちもそう思ってる。けど私は信じたの、啓示を。

そして従った。ウォーデンとしての最初の任務で――

私は、すべてを賭けて、神の示した道を選んだのよ。」


デレクは唾を飲もうとしたが、口の中はカラカラだった。


覚悟はしていた。

だが、これは予想していなかった。


彼女が、そんな重さを抱えていたなんて。

どうすれば分かる? 何を見れば気づけた?


……いや、たぶん知ってた。

知ってたけど――無視してただけだ。


誰のことも、長いこと気にかけたことがなかった。

自分のことさえ。


「カシュナール」? そんなもん、冗談だと思ってた。

だから他人にとっても、冗談であるべきだと、勝手に決めていた。


でもイザベルは――違った。

本気で、それを伝えようとしてくれていた。


何度も。いろんな形で。


……そして俺は、そのたびに笑い飛ばしてきた。


【デレク】「イザベル、俺……俺は――」


喉が詰まり、声にならない。

何を言いたい? また皮肉か? 信仰への嫌味か?


彼女は黙って見ていた。目に、光が滲んでいた。


デレクは大きく息を吸い、絞り出すように言った。

錆びた金属を無理やりこじ開けるような、痛む声だった。


【デレク】「……お前は……ユキが死んでから、初めて――俺が信じた人間だ。

それに意味があるなら……それだけは伝えておく。」


視線を落とす。


それが、今の彼にできる限界だった。


人間じゃない。いや、かつて人間だった何か。

もし彼女がそれ以上を求めるなら――それは与えられない。


顔を上げると、彼女は膝をついていた。


剣を逆さに持ち、柄を差し出している。


【イザベル】「私は、あなたの剣となります。カシュナール。

今も、そしてこれからも。」


デレクはその剣をそっと押しのけ、彼女の腕を取って立たせた。


驚いた表情で、彼女は彼を見上げる。


【デレク】「イザベル、俺は剣はいらない。」


かすかに笑って、続けた。


【デレク】「必要なのは……友達だ。ポンコツでもいいならな。」


彼女は口を開きかけたが、言葉は出なかった。


【ツンガ】「……街の人間って、変なやつばっか。」


【デレク】「……否定できねぇな、シャーマン。」


【ヴァンダ】「デレク、複数の生命反応を検出。リペアボットがテレメトリを送信中です。」


デレクは唾を飲み込んだ。


【デレク】「……なんでこんなに時間かかってる?」


【ヴァンダ】「データ量が多すぎるようです。……もうすぐ。

――まもなく、ミニマップに表示されます。」


彼はヘルメットを被り直す。

灯りとHUDが次々に点灯し、まるでクリスマスツリーのようだ。


そして――ミニマップの隅に表示が現れる。


赤い靄が、周囲を囲んでいた。


……いや、靄じゃない。


点だ。


無数の赤い点。


多すぎて、輪郭がぼやけていた。


【デレク】「武装、出力最大。」


カチン、と重い音。

プラズマキャノンが展開される。


【イザベル】「何が起きてるの!?」


彼女はすでに剣を抜いていた。


デレクは唾を飲み込み、呟く。


【デレク】「……ちょっと目を離した隙に、囲まれてたらしい。

エボンシェイド全体が、俺たちのために「レッドカーペット」を用意してくれたってよ。」



信じることは、時に武器よりも重い。

デレクの選択が、彼自身をも変えていく――


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