第61章: エボンシェイドへの道と、吠えぬ犬
神の名を借りて、決断は下された。
エボンシェイドへ向かう三人に、次々と突きつけられるのは希望か、それとも絶望か。
今回は会話中心ですが、後半から不穏な空気がじわじわと染み出していきます。
【ガラス】「カシュナールが……あんな場所に一人で行くなど、正気ではありません!」
【デレク】「あ?」
(まだ言いかけたところで、イザベルが前に出る)
【イザベル】「彼は一人ではありません」
【ガラス】「失礼ながら、あなたはまだ若き《ウォーデン》です。ユリエラ・ヴァレン様がお許しになるとは――ましてや護衛なしでは」
【デレク】「幸いにもな、今じゃユリエラがロスメアの一番上ってわけでもない。だろ?」
(ガラスが顔を引きつらせ、信じられないという目で二人を見て)
【ガラス】「……本気で仰っているのですか?」
(だが誰も、笑っていなかった)
【ガラス】「……すぐに報告いたします。正式な支援部隊の派遣を――」
【デレク】「いらねぇよ。エボンシェイドの件、ずっと前から放置してたのは向こうだ。今さらカレンダーの空き待ちする気はねぇ」
(ガラス、沈黙)
【デレク】「じゃあこう言っとけ。「幻視を見た」ってな」
【ガラス】「幻視……ですか?」
【デレク】「ああ。《オルビサル》が直々に命じた。カシュナールを送り込んで、呪いをぶっ壊せとな」
(イザベルへ視線、ウィンク)
【デレク】「なあ? 「神の意志」ってやつに聞こえるだろ?」
(イザベル、眉一つ動かさずに冷たい視線)
【ガラス】「……承知しました。《オルビサル》とその《メサイア》の御意思であれば、ユリエラ様も祝福をお与えになるでしょう」
(ガラス、硬直した礼で立ち去ろうとする)
【デレク】「待て」
【ガラス】「……はい?」
【デレク】「ついでに情報もよこせ。俺は何も知らずに突っ込む趣味はない。エボンシェイドについて、何か掴んでるか?」
【イザベル】「……カルトがいます」
【デレク】「カルト、ね」
【ガラス】「古い「死」の信仰です。表向きは《オルビサル》の教えに従っていますが、神父の目を盗み、死者の霊を――」
【デレク】「よくあるクソ田舎のカルト、ってわけか。で?」
【イザベル】(地平線を見ながら)「村人たちは、死者をすぐそばに埋葬するんです。北側には大きな墓地もある。《生命》の《球体》が落ちれば、小規模なアンデッドの群れが出る可能性があります」
【ツンガ】(唸り声)「……」
【ガラス】「ですが、それらは《アセンダント・オブ・オルビサル》であるエリアス神父ならば、難なく対処できるはず。私が送った兵も同様に」
【デレク】(吐き捨てるように)「なのに、誰も戻ってこねぇ。エボンシェイドで何かが起きた。で、シエレリスはアリラを、わざわざそのど真ん中に引き込んだ……」
【ツンガ】「あの地には……古のもの、眠ってる。恐れ、忘れたお前らとは違う。ジャングルの民、忘れぬ」
【デレク】(目をむいて)「ツンガ、頼むからそのジャングルの怪談やめろ。役に立つこと言え。なけりゃ黙ってろ」
(ツンガ、無言でデレクのヘルメットを杖でコンッ)
【デレク】(ため息)「……一度その杖、真っ二つにしてやるぞ」
【ツンガ】「ブリキ頭。都合のいい声しか聞こえねぇんだな」
(デレク、杖を手で払うがツンガは一歩も引かず)
【デレク】「まとめるぞ。死のカルト、死体だらけの墓地、で、数体ほど地下から出て足慣らしか。……他に?」
【ガラス】「……二百三十人、です」
【デレク】「……は?」
【ガラス】「それが、球体が落ちる前のエボンシェイドの人口です」
【ツンガ】「魂の数は、体より多いもんだ。いつだってな」
【デレク】「……最悪、こうなるな。墓に埋まった死体、村人二百三十人分、ゾンビ化した《聖守兵》付きのパッケージってわけか」
【イザベル】「ゾンビ、ですか?」
【デレク】「ああ。俺の世界じゃ、そう呼んでた。アンデッドのことな」
【ガラス】「……もしエリアスと兵士たちが「転化」されているならば――あなたでは到底、対処できません」
【デレク】「どういう「能力」持ってんだ?」
【ツンガ】「死なぬもの、殺せぬ。壊れたもの、壊せぬ。死んだもの、怯えぬ」
(その一言に、デレクが目を細める)
【デレク】「……不死ってことかよ」
【イザベル】「ええ。あの《球体》の魔力の内にいる限り、何度倒しても蘇ります」
(彼女は足元を固め、剣の柄をしっかりと握る)
【イザベル】「でも、細かく刻めば立ち上がれないわ」
【デレク】「……まあ、じっとしてりゃな。素直に切られてくれる相手なら」
【ツンガ】「《死》の《球体》、《生命》を消す」
【ガラス】(睨みながら)「その通りだ。だが《死》の《球体》は禁忌だ。使えば罪人となる。……お前は、《オルビサル》に逆らうのか? シャーマン」
【ツンガ】(肩をすくめる)「知らん。神、俺の村にはいねぇ」
【イザベル】「ガラスの言う通りです。あの力は《砦》の中でも限られた者にしか扱えません。それだけ危険なの。効果が、破壊的すぎるから」
【デレク】「そりゃそうだ。だいたい、ちゃんと効く武器はみんな危ねぇ」
(彼は腰のプラズマキャノンを引き抜き、金属音が鳴る)
【デレク】「これも安全とは言わねぇけどな」
【イザベル】(目を逸らさず)「違うの、デレク。あれは「死そのもの」よ。触れたもの全てを殺す。敵でも、味方でも。そして……そのあとには、何も育たない」
(遠くの地平線を指差して)
【イザベル】「遠くに、不毛の地があるわ。昔は国があった。人も、都市も……でも《天上級の球体》が墜ちて、今は岩と塵だけ」
(デレク、顎を引き締める。内心では煮えたぎるものがあるが、口にしない)
――もしアリラを救えるなら。死の《球体》でも何でも使ってやる。迷わずに。
……ただ、今は持ってない。
あるのは、イサラがこっそり仕込んだ「死属性」のマイクロミサイルが数発。――本物の《球体》とは比べ物にならない。
【ガラス】「……では、これにて失礼いたします。ユリエラ・ヴァレン様には、あなた方のご意向を正確にお伝えします」
【デレク】「あと、今度は刺客なんか送りつけないでくれって伝えといてくれ。冗談だけどな」
【ガラス】「な……何の話でしょうか?」
【デレク】(にやり)「なんでもないさ、異端審問官。冗談だよ」
(軽く手を振る)
(ガラス、怪訝な顔のまま立ち去る)
(デレク、ため息)
【デレク】(内心)……ああ、冗談だ。そういうことにしといてやる。
証拠なんか、ねぇよ。
ウリエラが送り込んだって断言できるわけじゃない。
でも――直感が叫んでた。
「あれは偶然じゃねぇ」。
(3人は無言で出発する)
草に覆われた丘陵地は、陽炎のようにうねっていた。
あたり一帯は静かだが、ジャングルの熱気がずっしりとのしかかる。
森の壁は、影のように重く、ねじれた枝が風もなく沈黙している。
丘の先には、道を飲み込むような緑が盛り上がっていた。
――まるで、この先を「隠している」かのように。
三人は、一時間以上、沈黙のまま進んだ。
デレクは先に《リペアボット》を偵察に出して、危険箇所をミニマップにマークさせていた。
戦略は決まっていた。
「慎重に行く」
「目立たないように」
「エネルギーは温存する」
――「ミスは、しない」。
もしシエレリスが本当に向かっているなら――もう、とっくに先だ。
急いだところで意味はない。むしろ、罠に飛び込むようなもんだ。
【イザベル】「……ゾンビって、どんな存在なの?」
(視線を逸らさずに尋ねてくる)
【デレク】「ああ? あー……そういや言ってなかったか」
(彼は軽く咳払いして続けた)
【デレク】「バカみたいに頭悪くて、半分腐ってて、生きてるもん見つけると唸って、泥酔者みたいにフラフラ歩いてくる。そんな感じだ」
【イザベル】「……それって、脅威とは言えませんね。遅くて、愚かで、壊れやすい。腐ってる点だけは合ってるかも」
【デレク】(喉を鳴らす)「……どういう意味だよ、それ」
【イザベル】「知性があるの。ツンガが言った通り、一部はまだ喋るわ。最初のうちはね」
(一呼吸置いて)
【イザベル】「まるで、生きてるかのように」
【ツンガ】「《生命》の魔でも、死には勝てぬ」
(後ろから低く、唸るような声)
(ツンガ、自分の額を指先でトントン)
【ツンガ】「心、最初に壊れる」
【イザベル】「最初は怒り。次に制御不能。思考が薄れて、暴力だけになる。……そうなったら、止められない」
【イザベル】「だから、それが起きる前に――灰になるまで燃やすのが一番安全よ」
(デレク、再び喉を鳴らす)
――一体、二体ならまだしも。
村全体から来られたら、ひとたまりもない。
【ツンガ】「犬だ」
【デレク】「……は?」
(ツンガが前方を指さす。目を細めながら)
(犬が一匹、まっすぐな足取りで道を歩いていた)
――臭いも嗅がない、脇にもそれない。
茂みに小便をするわけでもない。
ただ、歩いてくる。
まっすぐ、一直線に。
【イザベル】「エボンシェイドから来たのでしょう。きっと誰かを探しているのよ。村では、家畜の番に使うことが多いから」
(デレク、目を細める)
――動きがおかしい。
犬って、あんな風に歩くか?
「ただ怯えてる」だけには見えない。
……機械みたいに動いてる。ぞっとするほど不自然だ。
【デレク】「ヴァンダ」
【ヴァンダ】「はい、デレク?」
【デレク】「あの犬、どう見える?」
【ヴァンダ】「……猫の方が好きですけど」
【デレク】「分析しろ。何か変だったら報告くれ」
【ヴァンダ】「承知しました。ついでに草もスキャンしましょうか? それとも雲? あ、犬の形してますね。面白い偶然です。調べましょうか?」
【デレク】「……ヴァンダ。ふざけてる場合か」
【ヴァンダ】「了解しました。スキャンを実行します」
(犬が近づいてくる)
――何か、おかしい。
片耳がなかった。顔にも異常がある。
……鼻先に何か付いている?
【ヴァンダ】「デレク」
【デレク】「なんだ?」
【ヴァンダ】「体温を測定しました」
【デレク】「体温? おい、今俺は任務中だぞ。頼むからマジでやれって。犬を分析しろって――」
【ヴァンダ】「その犬の体温、周囲の環境温と完全に一致しています」
(デレク、ピタリと止まる)
(イザベルとツンガも、驚いたように立ち止まる)
【デレク】「……繰り返せ。はっきりと」
【ヴァンダ】「その犬の体温は、周囲と完全に一致しています」
【イザベル】「それって……どういう意味?」
【デレク】「哺乳類の体温が、外気温と完全に一致する条件は――」
(イザベルがツンガを見る。ツンガ、無言で肩をすくめる)
【デレク】「――死んでる時だけだ」
(イザベルとツンガ、同時に犬の方を振り返る)
犬はもう、すぐそこだった。
鼻先には何もなかった。
むしろ、その部分――
裂けていた。
肉が剥がれ、白骨と鋭い歯が露出していた。
骨は陽光の下で白く乾き、まるで長い間死んでいたかのように、光っていた。
だが、それでも――
歩いていた。
犬は三人を認識した。
吠えない。唸らない。
ただ――走り出した。
一直線に。こちらへ。
静けさは、時に最も恐ろしい前兆。
今回は準備と探索の幕開け――そして、ひとつの兆し。
エボンシェイド編、いよいよ本格的に始動します。
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