第57章: NOVAアセンダントの真なる力
今回のエピソードは、これまでで最も激しいバトル回になります。
命の危機に瀕したデレクが、ついに《NOVAアセンダント》の“真なる力”を解放――!?
読者の皆さん、どうか最後までお楽しみください!
NOVAのディスプレイは、大晦日の空のように明滅していた。色と光の花火が、混沌とした閃光となって弾けていた。
それが現実なのか、酸素不足のせいで脳が見せている幻覚なのか、彼にはもうわからなかった。
首を締めつける圧力は上がり続けており、NOVAのフレームは、あの生物の圧倒的な握力に揺さぶられていた。
【デレク】「あれは一体なんなんだ? 本物か?……それとも、シミュレーターの投影が盛大にバグってるだけか?」
黒い液体のプールから現れたその怪物は、筋肉で膨れ上がった巨大な腕を首に巻き付けていた。チューブを通じて謎の黒い液体が流れ込み、首を死のバイスで締め上げていた。
⟪外部圧力:危険レベル⟫
⟪構造耐久度:60%、減少中⟫
心臓が太鼓のように鳴り、鼓動ごとに衝撃が走る。スーツ内部では、金属のきしみ音が不吉に響いていた。装甲は、想定を超える圧力にすでに限界寸前だった。
【デレク】「こんな死に方、誰が予想できる。壊れたシミュレーターの中で……か?」
いや違う。ピラミッドで見たあの怪物を、偶然のバグでここまで完璧に再現? 冗談だろ。
これは……おかしい。何かが、根本的におかしい。
だが、考えてる暇はなかった。このままじゃ数分ももたない。
圧力は心拍と連動して上がり、呼吸はすでに限界に近い。
やるしかない。
デレクはアクチュエーター出力を限界まで上げ、両拳を固めて怪物の胸を叩き込んだ。
怪物は低く唸り、逆に締め付けを強めてきた。裂けた装甲の隙間から、粘り気のある黒い液体が滲み出て、NOVAのフレームを這い回る。
液体は重力を無視するように流れ、まるで意思を持っているかのようだった。
【デレク】「……はあ? 今度は何だよ」
【ヴァンダ】「解析中です」
予想通りのタイミングで、ヴァンダの声が響いた。
【ヴァンダ】「この物質は、装甲構造に直接干渉しています。《岩のコア》による強化がなければ、スーツはすでに機能を停止していたでしょう」
【デレク】「どっちみち……数秒後には……潰されてるがな……」
荒れた呼吸に混じって、デレクが吐き捨てる。
液体はすでに脚部を飲み込み、片肩まで侵食していた。まもなくヘルメットに届く。
その先は……暗闇だ。永遠の。
装甲の軋みが増す。片脚がオフラインになり、完全に制御を失った。
立ってはいるが、動けない。いや、それ以前に――死が目前だった。
これがただのシミュレーションだとしても、ピラミッドでの“本物”と比べて手加減は一切なかった。
内側からこみ上げる熱が、胸を焼く。
……終わりだ。
だが、終わる前に――一発くらい、ぶち込んでやる。
―――
【デレク】「プラズマブレード」
悪手だってのは分かってた。それでも、他に手段なんざ残ってない。
歯を食いしばり、両腕の武器を展開する。
橙色の刃が点灯し、熱を帯びたうなり声を上げる。
そのまま、怪物の脇腹に深く突き刺した。
獣のようなうめき声が、喉奥から漏れる。が――締め付けはまったく緩まない。
再び、あの黒い液体が波のように押し寄せた。
速度が上がっている。やつはこっちの攻撃に対して、むしろ反撃しているようにすら見えた。
⟪構造耐久度:30%⟫
【デレク】「くそ……状況が悪化する一方じゃねぇか」
HUDに、見慣れないアイコンが点滅している。どれも赤く、警告めいている。初めて見るタイプだ。
【デレク】「……新しいコマンドか、これ」
【ヴァンダ】「不明です。私にとっても初見ですが、武器システムに関連していると推測されます。選択肢がないのであれば――使用すべきかと」
【デレク】「……試す、ね。死に際のギャンブルってわけか。俺は……どこまでデタラメなんだ」
【ヴァンダ】「デレク、血中酸素飽和度が急激に低下しています。あのコマンドは、おそらくこの世界由来の魔法的システムです。すぐに使用してください!」
⟪構造耐久度:20%⟫
デレクは歯を食いしばり、拳を強く握った。
【デレク】「……クソが。この宇宙はどこまでふざけてやがる」
もっとマシな選択肢が、どこかにあったはずだ。
【ヴァンダ】「デレク!」
その声は、明らかに動揺していた。AIとは思えないほどに。
――ヴァンダまで取り乱すとか、本気でやべぇな。
怪物の締め付けはさらに強まり、装甲が悲鳴を上げる。
もう一つのアクチュエーターが停止。今度は反対の脚だ。
喉が焼けるように乾き、圧力が首を砕くのは時間の問題。
【デレク】「……くそったれ……!」
意識を集中させ、デレクは未知のアイコンにアクセスした。
アイコンは灰色から、燃えるような赤へ――
【デレク】「……もう知らん。とにかく黙ってくれ、ヴァンダ。死ぬなら……せめて静かに死なせてくれや」
【ヴァンダ】「待ってください! 外部装甲の温度が上昇しています!」
【デレク】「はあ? 今度は何だよ……黒い液体が沸騰でもし始めたか?」
完璧だ。潰される前に茹でられるとか、笑える。
液体がヘルメットに到達し、視界が闇に包まれた。音も消えた。
残ったのは、ニュートロンスチールの軋みと自分の呼吸だけ。
……悪くない。
これだけの圧力なら、装甲が割れた瞬間に一瞬で終わる。
もっとひどい死に方だってある。
――ユキのことは、結局何も解明できなかったな。そこだけが悔いだ。
あの世があるなら……本人に聞いてみるさ。
……まあ、ねぇけどな。
酸素足りなくて、頭の回線がぶっ壊れてきてるだけだ。
……もしかしたら、この世界が少しずつ俺を変えてきてるのかもしれん。NOVAみたいに。
だが、もう遅い。
何もかもが――遅すぎる。
鋭い警告音がヘルメット内に鳴り響いた。顔をしかめる。
【デレク】「……またかよ。頼むから……静かに死なせてくれっての」
――その瞬間だった。
ディスプレイに一つの光点が現れる。次に二つ、そして八つ。
数秒後、画面中央で炎が――爆ぜた。
【デレク】「……炎、だと?」
なんでNOVAの中で火が燃えてるんだよ。
圧死の次は焼死か? 悪趣味な冗談だな。
しかも、センサーは反応してない。壊れてんのか。だが――
確かに見える。炎が。
なのに熱は感じない。ライフサポートは死んでるはずだろ? どういう理屈だ。
怪物が叫んだ。怒りに満ちた、耳を裂くような咆哮。
そして――圧力が、突然消えた。
【デレク】「……っ、ああっ……!」
淀んだ空気だったが、それは最高の一呼吸だった。
目の前では、怪物がのたうち回っていた。
全身に火をまとい、身をよじっていた。
その炎は――NOVAの腕から噴き出していた。
本来プラズマブレードが展開される部分から、二本の炎の舌が延びていた。
それは灼熱の触手のように怪物を絡め取り、容赦なく燃やしていた。
【デレク】「……おいおい。なんだよこれ……」
これが《NOVAアセンダント》の“新しいコマンド”。
両腕に火属性の《球体》を一つずつ吸収していた。そして今、それが起動したのだ。
黒い液体は、既に焼き払われていた。
デレクは両腕を交差させ、炎を一点集中。
橙だった炎は鋭く輝く黄色に変化した。
もはや炎ではなかった。
恒星の表面から放たれるプラズマのジェットだ。
【デレク】「この熱量……どれだけの高温だ?」
ほぼ不滅だった化け物が焼き切られているってのに、NOVAの装甲は無傷だと……?
【ヴァンダ】「効果ありです、デレク!」
【デレク】「見りゃ分かる……が、これは何なんだ、マジで」
【ヴァンダ】「詳細は解析中です。現センサーでは“プラズマブレード使用中”としか認識していませんが、稼働中の機能は融合炉のエネルギーを使用しておりません」
【デレク】「つまり……《球体》の魔力を食ってるってわけか」
黄色い炎は止まらず、怪物を包み続けていた。
地面にのたうちながら、どうすることもできずに焼かれていく。
故障して動かないNOVAの脚部が、むしろ安定を保ってくれていた。
もし転倒してたら、自分も火の中で蒸し焼きだったかもしれない。
デレクは、ひたすら胴体めがけて熱を集中させた。
脚さえ使えれば、とどめを刺しに詰め寄れたはずだが……
今はここから、丸焼きにするしかない。
ディスプレイに赤い通知が浮かぶ。
初めて見るやつだ。こんな場所で……まさか、シミュレーション中に出るとは。
心臓が、一瞬止まりそうになった。
――シルバーランク・レベル1。
【デレク】「……そりゃ、勝てねぇわけだ」
レベル7上に、ランクまで一段階違う。通じないはずだ。
今まで生きてたのが、むしろ奇跡だろう。
HPバーは表示され続けていた。
炎に包まれた怪物の体からは、黒煙と焦げたゴムのような悪臭が立ち上っている。
【デレク】「匂いまで再現してんのか……頭おかしいな、このシミュレーター」
⟪火属性耐性補正:有効⟫
⟪火属性ダメージ適用:20%⟫
【デレク】「たったの……20%でこれ? おかしいって、マジで……」
……これが、《NOVAアセンダント》の本当の力なのか。
HPバーはさらに削られていく。15%を切ったあたりで――
怪物は、動きを止めた。……そして、立ち上がった。
【デレク】「おいおい、うそだろ……!」
炎の噴射は止めない。頭部めがけて集中攻撃を続ける。
怪物の体は、もはや原型を留めていなかった。
焼け焦げた肉と変形した金属が融合した、異形の塊だった。
【デレク】「ここまで焼いて……まだ来んのかよ」
ふらつきながら、だが確実に前進してくる。
脚は動かない。退くことはできない。
だが逆に――熱源に近づくほど、ダメージは上がる。理論上は。
この世界で物理法則が通用するなら、な。
怪物が目前まで来た。
顔は半分以上溶け、肉と金属の区別もつかない。
その片腕が、振り上げられる――
【ヴァンダ】「デレク、危険です!」
心臓が跳ねた。
もう動けない。ただ、迎え撃つしかない。
デレクは両腕を交差させ、火を纏ったまま受け止めた。
衝撃が直撃。魔炎は吹き飛び、骨ごと軋む感覚が走る。
地面が砕け、NOVAが大きく揺れた。赤い警告が視界を覆う。
回転する視界。何かにぶつかり、肺から空気が抜けた。
背中から倒れ込み、空と松の木の上部が見えた。
衝撃吸収ジェルが働いたおかげで、致命傷にはならなかった。
しかし脚部は死んだまま。もう、立ち上がれない。
火炎噴射も止まっていた。アイコンは灰色に戻り、反応しない。
【デレク】「……なぁにが、まだ立ってくるだ……」
どこまでも不公平な敵だった。
倒れたまま、彼は時を待つ。
HP残量9%。攻撃手段ゼロ。
もう、何も残っていない。
……正攻法も、非常識も、全部使い切った。
最後に残されたのは――
【デレク】「オルビサルとかいう神様が、無神論者の俺を助けようって気まぐれを起こす……そんな確率に賭けるくらいだな」
怪物が、彼の上に立ちはだかる。
巨大な焦げた足が、虫を潰すように振り下ろされ――
【デレク】「そう簡単に死んでたまるかってんだよ!」
咆哮と共に、プラズマキャノンを引き抜いた。
金属音が響き、発射準備アイコンが点滅。
そして――新たなアイコンも点滅していた。
【デレク】「……今度は何だよ。もう考えてる暇なんてねぇ」
即座に命令を送り、起動。
二発の黄色い光弾が発射され、怪物の腹部に命中。
光る小さな穴ができた……その直後――爆発。
爆風が火と光の奔流となって広がり、頭上に太陽が生まれたかのようだった。
怪物の絶叫が、燃焼音と混ざって響く。
デレクは腕で顔を覆い、熱を耐えた。
――HPバーがゼロになる。消失。
動きが鈍くなり、ついに――最後の痙攣と共に、前方へ崩れ落ちた。
その巨体がNOVAを押し潰したが、装甲は耐えた。
焼け焦げた肉とプラスチックの悪臭が喉を焼く。
……起き上がろうとしても、怪物の重さで押さえつけられていた。
――そして死体が、一度だけ痙攣した。
【デレク】「……まさか、まだか……?」
だが、今度こそ――完全に沈黙。
ディスプレイに、新たな通知が表示された。
⟪オーリックレベル上昇:ブロンズレベル2 到達⟫
⟪ブロンズレベル2・強化可能:ブロンズランク1スロット⟫
拳を軽く掲げて、かろうじて喜びを示した。
【デレク】「ああ……最高だな……レベルアップ、だとよ。イェーイ……」
腕を落とし、疲れきった声で呟く。
【デレク】「……くそ……この星、心底気に入らねぇ……」
目を閉じた。全身が痛む。関節という関節が悲鳴を上げていた。
……寝たい。数日、いや、数週間でもいい。
偽の松林に転がったまま――あの怪物の死体の下で。
【イサラ】「デレク!」
聞き慣れた声。不安と焦りが滲む――イサラだった。
目を開けると、イサラ・ミレスが上から覗き込んでいた。
灰青の目は限界まで見開かれ、乱れた髪が顔にかかっている。
まるで、彼女自身がさっきの化け物と戦ってきたかのような有様だった。
隣にはイザベル・ブラックウッドが立っていた。
唖然とした表情で口を少し開けたまま、言葉が出ていない。
ツンガ・ンカタだけは眉をひそめていたが、状況を理解していない様子だった。
その瞬間――
紫色の煙のように、すべてが消えた。
怪物の死体も、森の風景も。
ディスプレイに映っていた空も木々も霧散し、
無機質なシミュレーター室の天井が現れた。
【デレク】「……戻ったか」
装甲解除システムを作動。胸部と腕部のパーツが開いたが、脚部はロックされたまま。
仕方なく、ズボンを脱ぐように、片脚ずつ這い出す羽目に。
ツンガが無言で手を差し出し、デレクを引き起こした。
筋肉がきしむ。全身がズタボロだった。
だが――NOVAのほうがもっとひどかった。
まるで、野生のバッファローの群れに踏まれたみたいな惨状。
……実際のバッファローじゃ、ニュートロンスチールにかすり傷一つつかねぇけどな。
イザベルが、じっと彼を見つめていた。目は見開かれ、額には深い皺。
【イザベル】「中で何してたの? シミュレーションをロックして、外からは止められなかったのよ。……また何か、危険なことを?」
【デレク】「……はあ? 俺が好きで、あんな暴れる怪物とプロレスごっこするようなバカに見えるか?」
イザベルは黙ったまま、無表情で彼を見つめていた。
【デレク】「……はいはい。前にもバカなことはしたかもしれんけどな。今回は違う。本当にわけが分からんかった。最初はイサラが外からロックしたのかと思ってた」
イサラは一歩引き、胸に手を当てて指差した。
【イサラ】「わ、私!? そ、そんなわけないってば……あり得ない!」
【デレク】「今はそう思ってない。お前じゃない。
あの怪物、シミュレーターの通常プログラムには存在しない。
ついでに言えば――この世界の生物ですらねぇ」
【イザベル】「……どういう意味?」
【デレク】「……一度だけ見たんだ、あんなの。
あのピラミッドの中で――この世界にぶっ飛ばされる直前にな」
一同の視線が、シミュレーター室の床へ向いた。
焦げ跡が、まだそこに残っていた。
無言のまま、その痕跡に答えを求めるように見つめていた。
イサラがしゃがみ、黒く焦げたタイルに指を滑らせた。
【イサラ】「これ……あなたがやったの?」
デレクは黙ってうなずいた。
【デレク】「ああ……悪かった。後で弁償する」
【イサラ】「どうやって?」
【デレク】「さあな。あとで考える。
……ほら、俺って“メシア様”だろ?
そろそろ信者から寄付でも募るか? 教会ってそういうビジネスだろ?」
イサラは呆れたように首を振る。
【イサラ】「そうじゃなくて。どうやって、こんな床を焼いたの?
ここ、ほぼ破壊不能なのよ? ブロンズランクの力じゃ傷ひとつ付かない。
シルバーティアの出力が必要なはずなんだけど」
デレクは静かに息を吸い、彼女の目をまっすぐ見た。
【デレク】「……これが、《NOVAアセンダント》の真の力……か」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
《NOVAアセンダント》の“真なる力”、いかがでしたでしょうか?
ようやくブロンズランク2に到達したデレクですが、この世界の理不尽さはまだまだ続きます――!
もしこの物語を楽しんでいただけたら、ブックマーク&評価をしていただけると、とても励みになります!
今後の展開もぜひお楽しみに!




