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Messiah of Steel:異世界で最強科学装備無双!  作者: DrakeSteel
第二章 聖都の影と覚醒の機構
49/102

第49章: 裁きと墜落

今回は戦闘回です。

【デレク】たちは、《砦》を目前にして空からの奇襲を受けます。

異世界の空を舞台に、空中戦が繰り広げられますが、敵はただのモンスターではなく、【ツンガ】の過去と深く関わっているようで……。

一線を越えたとき、【デレク】の心には何が残るのか。

ぜひ最後までお楽しみください!

【デレク】、【イザベル】、そして【ツンガ】は、黙ったまま並んで歩いていた。


目的地は《砦》。道はロスメアの外れから始まり、緩やかな緑の丘を登っていく。


遠くには《砦》がそびえ、空を背景に黒い尖塔と細長い塔が鋭く突き出ていた。まるで石と化した古の怪物の肋骨のようだった。


【イザベル】はまっすぐ前を見据え、眉間に皺を寄せていた。片手はしっかりと腰の剣の柄に置かれている。その剣は、彼女の歩みに合わせてわずかに揺れていた。まるで、いつでも抜けるように。


【デレク】は彼女をちらりと見た。


……待ち伏せでも警戒してるのか?


いや、たぶん――まだ【シエレリス】のことを根に持っているんだろう。あの幻術師は厄介だった。


イザベルも、評議会も……そして自分も騙された。見事と言うしかない。


【デレク】「たいした女だな……」


思わず、ぼそりと呟いた。


【イザベル】の首がぴくりと動いた。【イザベル】「今なんて言ったの?」


【デレク】は咳払いをした。「いや、なんでもない。ただ……アリラが無事そうで、安心しただけだ。」


【イザベル】の肩の力が、ほんのわずかに抜けた。【イザベル】「ええ。修道女見習いたちと一緒なら、安全でしょう。」


【デレク】は頷いた。「まあ……どうせ洗脳されるんだろうけどな。ここの星じゃ、それが普通か。」


イザベルの眉間の皺がさらに深くなる。もはや「谷」と呼べるレベルだった。


【イザベル】「あなたが「洗脳」と呼ぶものを、私は「教育」と呼ぶわ。」


デレクは小さく頷いた。


――今は、彼女の文化をバカにするタイミングじゃない。


まだ完全に落ち着いていないのが見てとれた。


彼は無難な笑みで、それ以上言うのをやめた。


【ツンガ】「フン。娘、森で育てるべき。そうすれば、強くなる。壁の中で育てば……心に壁ができる。」


そう言いながら、自分のこめかみを節くれ立った指でトンと叩く。


【デレク】「……ツンガ。巨大なヘビに食われるのが、アリラにとって教育的だとは思えないんだが。それより、聞きたい。なんでついてきてる? 本当に砦まで来る気か?」


呪術師はうなずいた。【ツンガ】「お前が行くなら、オレも行く。」


【デレク】はしばらく待った。


続きがあるかと思ったが――


……何もなかった。


彼は小さくため息をついた。


《獣の精霊》との交信に失敗して以来、ツンガは前にも増して無口になっていた。


もともと多弁な方ではなかったが、少なくとも以前は文を最後まで話していた。


――今となっては、ユリエラの話し相手の方がマシだったかもしれない。


彼らは、《オルビサールの砦》へと続く橋の手前で足を止めた。


橋は磨かれたピンク色の大理石でできており、表面には光るルーンが刻まれていた。


深い峡谷を流れる川をまたぐように、大きく弧を描いている。


対岸には、黒い石の城塞がそびえていた。鋭く突き出た塔は、まるで地中から這い出そうとする巨獣の爪のようだった。


【デレク】「あれ、建物か? ……あの世から這い出してきたみたいだな。」


【イザベル】は無言で見上げた。【イザベル】「実際、そうよ。」


【デレク】は彼女に向き直る。無表情の灰色の瞳に目を凝らした。……冗談ではないらしい。


「え、本気? どうやって造ったんだ?」


【イザベル】は肩をすくめた。【イザベル】「大量の魔術師と強化クリスタル。――昔の話よ。私が生まれる前のこと。」


【デレク】は眉をひそめる。「強化クリスタル、だって?」


【イザベル】はちらりと睨んだ。【イザベル】「講義なら砦に着いてから。今は、そんな気分じゃないの。」


【デレク】はわざとらしく目を回した。「……で、怒り続ける気? シエレリスに一杯食わされた、それだけだろ? よくあることだ。さっさと切り替えろよ。」


【イザベル】は顎をぐっと引き締めた。【イザベル】「あなた、彼女を褒めてたでしょう。……あなたは盗人。自分で言ってたわよね。遺跡を漁ってたって。人を欺くのは、あなたの本業でしょう?」


彼女は一歩前へ出て、目を細めた。


【イザベル】「きっと彼女に聞きたいんでしょう。どうやって私たち全員を騙したのかって。」


【デレク】は喉を鳴らした。やばい……「ち、違うって! 感心なんかしてない!」


すぐに咳払いをして言い直す。「いや、つまりさ……あんな芸当、正直、ちょっと……」


【イザベル】の瞳が稲妻のように光る。彼女が口を開いて怒鳴りつけようとした――


その時。


【ツンガ】「あれは……何だ?」


またしても、彼の命を救った。


ツンガは、一体の巨大な騎士像に近づいていた。像の脚に手を当て、目を閉じて、何かを静かに呟いている。


【デレク】は皮肉っぽく笑った。「当ててやろうか、ツンガ。獣の精霊が応えてくれないから、今度は石像にでも話しかけてるんだろ?」


野生の男は深く息をつき、手を像から離すと、ゆっくりとこちらに戻ってきた。


【デレク】「で、どうだった?」


【ツンガ】「通ってよい。」


【デレク】は眉を上げ、【イザベル】を見た。彼女はただ肩をすくめ、そのまま橋を渡り始めた。


デレクは巨大な像を見上げ、身震いする。


もし本当に動いて襲ってきたら――あの石の脚で潰される前に、何もできなかっただろう。


イザベルとツンガはすでに橋の半ばまで進んでいた。デレクは慌てて追いかける。


そのとき、イヤーピースがざらついた音を立てた。


【ヴァンダ】「急速に接近中の対象を感知しました。」


デレクの心臓が跳ねた。すぐに後ろを振り返り、像を見る。……動いていない。


周囲を見渡す。すべては静かで穏やかだった。


足元の川は、穏やかに流れ続けている。


【デレク】「どこからだ?」


【イザベル】が息を呑み、空を指差した。


デレクが見上げると――


そこには、銅と液体のような金に輝く巨大な翼。そして、燃えるような眼光が自分をロックオンしていた。


巨大な鉤爪が両腕をつかみ、万力のような力で締めつける。


【デレク】「ぐあっ……!」


激痛が体中を駆け巡る。肺から空気が抜け、視界が揺らぐ。


猛禽の鉤爪が彼を持ち上げ、空へ舞い上がる。橋は一瞬で視界から消え、広がる空と恐怖の落下が広がる。


【ヴァンダ】「しっかりしてください、デレク!」


風の轟音の中、ヴァンダの声がかろうじて届く。


どこか遠くで、地鳴りのような低音も響いていた。


捕まえた何かは、さらに高く舞い上がる。胸が締めつけられ、空気がどんどん薄くなる。


心臓が耳元で雷のように鳴る。


NOVAがなければ、彼は完全に無防備だった。


この鉤爪が本気を出せば、一瞬で引き裂かれていたはずだ――


……だが、何か別の意図があるようだ。


冷たい空気の中に、ざらついた声が響いた。


「今日、お前は死ぬ。獣の精霊が裁くだろう。――もし許されるなら、しもべとして蘇るかもな。」


獣の精霊? ――ただの怪鳥じゃない。


誰かが、それもツンガの部族の誰かが、この生き物に騎乗している。


なぜだ?


また声が続く。


「仲間に言い残すことはあるか? 精霊の意志が果たされる前に。」


【デレク】は呼吸を整えようと必死だった。





―――





腕の痛みは限界を超えていた。


【デレク】「な、なんでこんなことをする? オルビサール教会が知ったら、お前の部族がカシュナールを殺したと分かったら、戦争になるぞ。」


「……戦争より恐ろしいものもある。悪魔よ。」


【デレク】「悪魔? この世界を壊してるのが俺だと? その戯言、ツンガが片付けたと思ってたんだがな!」


「ツンガは使命を捨てた。部族が俺に引き継がせた。」


――つまり、ツンガは本当に「使命」を放棄したのか。


《獣の精霊》が黙った理由も、それで説明がつく。


この男は、別の方法で「助け」を得たのだ。


【デレク】が口を開こうとしたその瞬間――


腕の拘束が解かれた。


落下が始まる。


風が耳を切り裂く。目に涙が溜まる。


彼を落としたその男――ナコリの戦士は、空に向かって勝利の咆哮を上げた。


何百メートルもの高さから突き落としておいて、自分の勝利を確信していた。


【デレク】は目を閉じ、両腕を広げて空気抵抗を稼ぐ。


なんとか呼吸を整えようとする。


【ヴァンダ】「迎撃コースをロック。接触まで、八秒。」


……さすが、ヴァンダ。もう二度と、アンインストールしてやるなんて言わない。


彼は目を開ける。地面が迫ってくる。凄まじい速度で。


――まだ終われない。


やるべきことが山ほどある。


こんな――重力と不運に殺されるなんて、冗談じゃない。


【デレク】「ヴァンダ! 頼む、いるんだろ!」


その瞬間、背後から何かが彼を包み込んだ。


滑らかに、そして衝撃のない感触で、NOVAが彼を受け止めた。


イオンエンジンの駆動音は、風の轟音にかき消されたのだろう。


アーマーモジュールが次々に彼の身体に接続されていく。磁力ラッチが正確に固定され、ヘルメットが閉じる。風の音が途切れ、静寂が戻る。


【ヴァンダ】「慣性制御装置、起動。マイクロスラスター、オンライン。」


体が緩やかに上昇し、減速する。


彼は見下ろしながら、息を飲んだ。


このスーツは、本来なら軌道再突入に耐えるよう設計したもの。


まさかこんな形で救われるとは――


……巨大な鳥にぶん投げられて生き延びるとは思わなかった。


ギリギリだったが、マイクロスラスターは間に合った。


まだ、この異世界について分からないことは山ほどある。


だが――


この世界も、NOVAの力を何も分かっていない。


このアドバンテージは、長くは続かないだろう。だが今は、それで十分だ。


彼は軽く着地した。


膝のアクチュエーターが衝撃をしっかり吸収する。


気づけば橋を越えていた。


目の前には丘と《砦》の城壁が迫っていた。


ミニマップに赤い点が現れ、アラームが耳をつんざく。


さっきの巨大な鳥が、再び急降下してきていた。


黄金の鉤爪を広げ、ナコリの戦士が首にしがみついている。


【デレク】「あいつ、まだやる気か……」


彼はプラズマキャノンを構えた。


二連の砲身が滑らかに展開し、HUDには青いターゲット枠が鳥の頭部をロックオンしていた。


画面にタグが表示される:


《ブロンズレベル6》


体力バーが2本、緑色に光る――


鳥用と、ライダー用。


【デレク】は発砲した。


プラズマ弾が空を裂き、命中。


……と思った瞬間、鳥の周囲に黄金のシールドが発生し、まるで光の繭のように全身を包み込んだ。


画面に警告が点滅する:


《熱電ダメージはシールドによって無効化されました。》


【デレク】「はいはい、またシールドかよ……クソッたれ。」


このままじゃ、銀河中の「打たれ役」として有名になりそうだ。


手首をひねり、キャノンを収納。代わりにオレンジ色に輝くプラズマブレードが展開される。


鳥が再び急降下。鉤爪を突き出す。


【デレク】は真上へ跳躍した。


NOVAのスラスターが轟音を上げ、彼を猛禽の上空へ押し上げる。


地面を引き裂くように鳥が突っ込んできたが、そこに彼の姿はもうなかった。


そして次の瞬間、彼は鳥の背中に着地する。


ブレードを振る。狙いはライダーの胴体。


だが相手は素早く身をかわし、刃は鳥の背中に突き刺さる。


猛禽が背をのけ反らせ、金切り声のような叫びを上げる。


巨大な翼が激しく羽ばたき、デレクを連れたまま再び空へ舞い上がる。


急上昇の衝撃で体が振り落とされそうになる。


デレクは尾羽の金色の羽根をつかみ、風に吹き飛ばされるのを必死で耐える。


【デレク】「暴れるなっての、クソでかいニワトリめ……! 俺の狙いはお前じゃねぇんだよ!」


ライダーは背に伏せ、しがみついている。


【デレク】は這い登り始めた。


手をかける場所を探しながら、先ほどブレードで開けた火傷の穴に指をかける。


焼け焦げた部分は血も出ていなかったが、本来ならとっくに墜落していてもおかしくないはずだった。


だが、まだ飛んでいた。しかも、さらに怒っているように見える。


HUDに高度計が表示される。


数値はどんどん上がっていく。


「こいつ、どこまで飛ぶつもりだ……?」


最後の一歩を登り切り、ライダーに追いつく。


【デレク】はブレードを振り下ろした。


狙いは相手の胴体――


……だが、ライダーは跳ねた。


鳥の背から離れ、風に舞う枯葉のように雲の中へ消えた。


【デレク】「……は?」


心臓が、胸を内側から殴るように高鳴る。


彼は身を乗り出して下を見たが、姿はどこにも見えない。


なぜ飛び降りた? 何か部族の儀式か、信条か?


……鳥はなおも上昇を続けている。



―――



その巨大な翼が、次の一拍ごとに空を切っていく。


【デレク】「ヴァンダ、あのバカの追跡できるか?」


【ヴァンダ】「NOVAのセンサーによると、彼はまだ「ここ」にいます。」


【デレク】「は? ……今、落ちていっただろ?」


【ヴァンダ】「分かりませんが、確かに反応は「ここ」にあります。」


【デレク】は周囲を見渡す。


薄くなっていく空気、雲しかない視界。


「どこだよ、クソ……」


そのとき――


腹に、焼けつくような鋭い痛みが走った。


彼はのけぞり、腹を押さえた。新たな激痛が体中に広がる。


【デレク】「くそっ……魔法の短剣一本で、ニュートロンスチールが紙みたいに……!」


一瞬、血に濡れた刃がきらめき、すぐに猛禽の腹の下へと消えた。


落ちたんじゃなかった。最初から、ずっとそこに潜んでいたんだ。


……また幻術か?


痛みがさらに増す。HUDには赤い警告が点灯し、NOVAのライフサポートが作動。


鎮痛剤と緊急安定剤が投与され、痛みは一時的に和らいだ。


だが、長くは持たないことは分かっていた。


――早く終わらせるしかない。


デレクは脚で猛禽の胴体をしっかり挟みこみ、両腕を自由にする。


金属の閃き。


TIR(戦術情報リレー)が自律的に反応し、NOVAの腕を下に振り下ろして、迫ってきた短剣の一撃をプラズマブレードで受け止めた。


武器同士が激しくぶつかり、火花が散る。


攻撃は猛禽の真下からだった。


ライダーが聞きなれない言語で罵声を吐く。


彼の短剣は、黒いオーラをまとい、まるでデレクの血と一緒に闇そのものをにじませているかのようだった。


HUDの表示が揺れ、輪郭がぼやける。心拍数のインジケーターが乱高下する。


【デレク】「ヴァンダ……毒でも入ってたのか?」


【ヴァンダ】「確認中……異常物質は体内に検出されませんでした。」


鳥の下から、仮面をつけた顔が覗く。


木製の面には、ギザギザの歯と、渦巻くような角が描かれていた。


【カト】「貴様はもう死んだ! 我、カトが悪魔を討ち取ったぞ!」


勝ち誇るように、風の中で叫び声を上げる。


……カト?


あれはたしか――


ツンガの故郷で出会った、彼の「友」と名乗った男の名前だった。


猛禽が水平飛行に戻り、上昇が止まる。


【デレク】は傷口を押さえる。「あいつ……俺に何か仕掛けたな。毒じゃないなら、これは一体……」


【ヴァンダ】「お待ちください。」


その声には、かすかな焦りが滲んでいた。


【デレク】「ゆっくりでいいよ。今、内臓焼かれてるっぽいし、猛禽にぶら下がりながら、殺人マスク野郎と対峙中だ。急ぐ理由なんて、どこにもない。」


カトはすでに勝利を確信しているようだった。


もはや攻撃しようともしない。ただ笑っている。


――まるで、デレクの死が確定しているかのように。


【ヴァンダ】「特定できました。傷口から発生しているエネルギーフィールドが、細胞膜電位に干渉しています。」


【デレク】「つまり、内側から殺されてるってことか。で、直せるのか?」


【ヴァンダ】「完全な除去は困難ですが、高出力の電磁パルスを傷口に集中照射することで、フィールドに干渉できます。時間稼ぎにはなるかもしれません。」


【デレク】「それで十分だ。やれ。」


【ヴァンダ】「ただちに。」


パルスが作動した瞬間、デレクは反撃に出た。


両手のプラズマブレードを振りかざし、猛禽の翼を斬り裂く。


ダメージ通知が点灯し、体力バーが黄色まで減る。


近接攻撃はシールドを無視できる。それが唯一の救いだった。


鳥は地鳴りのような叫びを上げ、激しく暴れる。


飛行が不安定になり、体を振り回してデレクを振り落とそうとする。


彼はブレードを引っ込め、鞍を両手でしっかり掴む。


……だが――


再び短剣が閃き、今度は脇腹に衝撃が走る。


ヘルメット内部の警報が一斉に鳴り響く。


腹の痛みと肋骨の激痛が、ひとつに混ざり合い、体全体を襲う。


ヴァンダが注入した鎮痛剤の効果も、もう限界だった。


この短剣――ただの武器じゃない。


鎧を貫くだけでなく、内側から蝕んでくる。


ヴァンダの電磁干渉だけでは止められていない。


NOVAのアクチュエーターがなければ、戦闘どころか生存すらできていなかった。


……だが、ここまでの攻撃で、猛禽も弱ってきている。


動きが鈍くなっている今が、チャンス。


デレクは片手を離し、プラズマブレードを再起動。


猛禽の胴体に、深く突き立てた。


内部から焼き払う。


HPバーが赤に突入。


鳥が、息も絶え絶えの絶叫を上げる。


ヘルメット越しにも、焼けた肉の臭いが漂ってくる。


彼は刃を引き抜き、もう一撃。


さらに、もう一度。


HPバーが完全に消えるまで、止まらなかった。


血と羽が舞い散る中、巨大な鳥は体を痙攣させながら墜落を始めた。


カトは今もその腹の下にしがみついている。


風に乗って、彼の絶望の叫びが響いた。


猛禽は死に体となり、彼を巻き込んだまま、空から引きずり落ちていく。


【デレク】は手を離し、NOVAの脚部を伸ばして降下を安定させる。


鳥の死骸は、命を失った人形のように空を回転しながら遠ざかっていく。


その小さくなっていく姿を見下ろしながら、デレクは気づいた。


カトは背に這い上がっていた――羽を掴み、必死に落下を食い止めようとしている。


空中には、血の筋がリボンのように引かれていた。


もう、あの野郎は笑っていない。


【ヴァンダ】「マイクロスラスター起動中。」


降下が制御された滑空に切り替わる。


地面が、もう命の脅威ではなくなる。


傷はまだ熱い鉄杭のように体内で疼いていた。





―――





【ヴァンダ】「体調はいかがですか?」


その声は、わずかに優しくなっていた。


【デレク】「……あのバカが地面に突き刺されば、だいぶマシになるさ。」


【ヴァンダ】「ただし、彼の死によって、あなたの体内を侵食している魔法が解除されるとは限りません。」


【デレク】「それでも気分はマシになる。」


あいつは、戦争を引き起こしてでも、俺を殺すつもりだった。


もし生きていたら、地面に降りて止めを刺していたかもしれない。


【ヴァンダ】「あなた、変わりましたね……デレク。」


彼は唾を飲み込んだ。


頭がくらくらする。


腹の痛みも酷い――が、それ以上に、胸の奥に鈍い違和感があった。


今の自分は、本当に「自分」なのか?


こんなふうに、人を殺したことを、軽く言うなんて。


ヴァンダの言う通り……本当に、変わってしまったのか?


この星が――自分を変えているのか?


NOVAは降下を続ける。マイクロスラスターが減速を保つ。


やがて、遠くで「ドンッ」と音が響いた。


腹部の痛みの中に、じんわりとした安堵が広がっていく。


通知が表示される。


《カト死亡確認》


終わった。


あの戦士と、猛禽は、墜ちた。


今回に限っては、レベルアップはなかった。


ブロンズランクになると、次の段階へ進むのは簡単ではないらしい。


【ヴァンダ】「体内の破壊フィールドは解除されました。ナノマシンが傷の修復を開始します。」


その声は、機械的なほど冷静だった。


【デレク】「よし。助かったな。これで、また襲われる心配もなくなった。」


【ヴァンダ】「そうですね。」


……だが、声に喜びはなかった。


【デレク】「なに? なんだそのテンション。まさか俺が死ねばよかったって思ってたのか?」


【ヴァンダ】「違います。……あなたが、ツンガの友人を殺しておきながら、それを「勝利」として語っていることが……悲しかったのです。」


【デレク】は顔をしかめる。「アイツは俺を殺す気満々だった。理由もめちゃくちゃだった。あんな狂信者、止めるしかなかった。


あいつが生きてたら、教会はそれを口実にして、ジャングルの部族ごと粛清しただろう。


空飛ぶ猿――あの「獣の精霊」ですら、それは止められなかった。」


【ヴァンダ】「……はい。あなたは正しい判断をしました。おめでとうございます。」


声は冷たかった。


まるで、感情モジュールを導入する前のヴァンダのようだった。


ただのAIだった頃のように。


くそっ……こいつ、一体何を望んでるんだ?


いや、それ以上に――


こんなふうにプログラムしたのは……他ならぬ自分自身だ。


何考えて、こんな仕様にしたんだ?


でも……分かってる。


脳裏に浮かぶユキの笑顔。


あの、まぶしいほどの微笑み。


彼女はよく言っていた――コラール・ノードの研究が、いずれ何十億もの命を救う日が来ると。


今の自分を見たら、あいつは何て言うだろうな……


NOVAの装甲が、橋の近くに着地する。


イザベルとツンガが待っていた。


イザベルの目が、腹を走る血の傷を見て見開かれた。


そして、ヘルメットを外した彼の顔を見て、さらに驚愕の色が広がる。


よほど酷い顔をしていたのだろう。


……回復は始まっている。


だが、「元に戻る」には、まだ時間がかかる。


【イザベル】「……無事なの?」


その声は震えていた。


【デレク】は頷く。「NOVAの自己修復機能が、すでに内部損傷を対応中だ。……今は、ベッドで寝るより、装甲の中のほうがマシだな。」


【イザベル】「歩けるの?」


デレクは顔をしかめつつも頷いた。「問題ない。行こう。」


彼女は一歩寄り、彼の腕を支えた。


NOVAをまとった状態の彼の重量は、五百キロ近い。


だが、若きウォーデンであるイザベルは、それを軽々と支えてみせた。


【イザベル】「優秀な治癒師がいるの。少し、休んだほうが――」


【デレク】は手を上げて、それを制する。


表情には、張りつめた笑みが浮かんでいた。


【デレク】「気持ちはありがたい。でも今は……砦に向かおう。


俺たちを「歓迎」する連中が待ってる。」


【ツンガ】「……あれは、誰だ?」


ツンガの声は低く、石のように重かった。


デレクはその視線を正面から受け止めた。


張りついていた笑みが消える。


【デレク】「名前はカト、だと言ってた。仮面で顔は隠してたけど、自分でそう名乗った。」


【ツンガ】「……カト。」


ツンガは目を閉じ、息を吸い、ゆっくりと頭を垂れる。


そして杖の頭に額を押し当て、静かに詠唱を始めた。


それは翻訳機でも読み取れない、古い部族の言葉だった。


しばらくして顔を上げると、彼の目は涙で濡れていた。


デレクは絶句する。


ツンガが、涙を流すなんて想像もしなかった。


この野蛮な男に、そんな人間らしさがあるとは……


だが、そこには、確かにあった。


痛み。深く、本物の、痛みが。


……その瞬間、現実がのしかかる。


夢から覚めるように、全ての重みが落ちてくる。


――自分は、人を殺したのだ。


ただの脅威でも、モンスターでもない。


かつてツンガが「友」と呼んだ、誰かを。


胃がきゅっと縮む。


カトが先に攻撃してきた。自分は反撃しただけだ。


でも、それは――関係ない。





―――





真実はひとつ。


また一線を越えた。


そして、そのたびに……簡単になっていく。


【デレク】「……すまない、ツンガ。」


【ツンガ】は手を上げて制した。「……昔は、同じ部族の子供だった。カトは精霊の道を捨てた。俺にも言った、捨てろと。


俺は言った、馬鹿だと。精霊は、導いてくれる。昔から。


カトは力を欲しがった。強い獣、もっと戦いたがってた。……いつか精霊と戦って勝つって、そう言ってた。」


ツンガは、ゆっくりと首を振る。


【ツンガ】「それ以来、話してない。……戻ってくると、信じてた。だが、戻らなかった。」


【デレク】「……知らなかった。」


【ツンガ】「お前は、戦士の死を与えた。カトは馬鹿だった。自業自得。」


デレクは頷いた。


だが、その言葉に救いはなかった。


何の慰めにもならなかった。


自分は、ツンガの幼なじみを――


何の躊躇もなく――殺した。


……それどころか、一瞬、勝利に酔いかけていた。


――俺は、どうなってるんだ?


吐き気が込み上げる。


膝が崩れ、そのまま草むらに倒れた。


すぐさま、イザベルが駆け寄ってくる。


【イザベル】「デレク! 大丈夫?」


【デレク】「……駄目だ。」


闇が彼を包み込む。柔らかく、暖かな繭のように。


そして今回は、彼はもう、抵抗しなかった。


そのまま、すべてを委ねた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回のテーマは「墜落」でした。

肉体の落下、心の転落、そして信念の崩壊。

【デレク】の葛藤、【ヴァンダ】の冷たい反応、【ツンガ】の涙。

どこか心に響いたら、感想・評価・ブックマークをいただけると嬉しいです!


次回から、ついに《砦》編が本格始動します――お楽しみに!


感想や評価は、作者にとって何よりの励みになります!

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