第42章: 暴走する力、紫の幻影
【作者より】
今回の話では、デレクが自分の限界を超え、ついに「ブロンズ階級」のアップグレードを解放します。
しかし、その力の代償は……? そして、ユキの幻影の意味とは?
ますます加速する物語をお楽しみください。
ジャングルは、風と雨の容赦ない猛威に揺れていた。頭上では嵐が咆哮し、空そのものが怒りを吐き出しているようだった。
【デレク・スティール】「……」
プラズマキャノンを構えたまま、デレク・スティールはカインをにらみつけた。
その目は、見下すように冷ややかだ。対するカインは、信じられないといった顔で眉をひそめたままだった。
NOVAの内部では、警告音が嵐のように鳴り響いていた。
見えない何かがシステムを自動で修復しているのか、いくつかの警報は静まり、だがその一方でリアクターの出力は異常なまでに上昇し続け、赤色の警告が絶え間なく点滅していた。
(論理的に考えれば……こんなもん、とっくにバラバラになってるはずだ)
すべての理屈が、スーツの限界を叫んでいた。それでもNOVAは、壊れなかった。まだ、生きていた。
稲妻が空を引き裂いた。
その瞬間、プラズマエミッターを走るエネルギーの弧が、彼の視界を照らした。
心臓の鼓動が、嵐と完璧にシンクロする。
【デレク・スティール】「……いいだろ。どうせ吹っ飛ぶなら、一緒に逝ってもらうぞ、クソ野郎」
唸るように呟き、引き金を引いた。」
プラズマのボルトが、闇の中で赤黒く輝きながらカインに向かって飛ぶ。
そのエネルギーは、これまで見たこともない異質なものだった。
反動が彼の腕を激しく跳ね返す。アクチュエーターが悲鳴を上げる中、それでもNOVAは射撃を続ける。
カインは呆然としたまま、自身を包む青白いバリアにボルトが命中するのを見ていた。
亀裂が、まるで蜘蛛の巣のように一瞬で広がった。
【デレク・スティール】「……シールドが割れる音、いいな」
NOVAのコックピットにはオゾンの刺すような匂いが立ち込め、喉を焼く。
制御系はぎりぎりのところで踏みとどまり、体中の関節が痙攣を始めていた。
ビリビリッ――!
放電が装甲を這い回り、まるで発光する蜘蛛のように、動くたびに音を立てた。
《出力レベル:350%に到達》
(三百五十パーセント? 笑わせんな)
(普通なら、俺の肉体なんざ焦げた灰になってるだろ。グラウンド一面、クレーター追加だ)
そのとき――
【ヴァンダ】「デレク・スティール、警告です! 未知のエネルギー源がシステムを過負荷にしています!
アップグレード後のNOVAでも、保持可能時間は極めて短いと予測されます。
今すぐ、余剰エネルギーの強制放出を行ってください!」
【デレク・スティール】「ああ、知ってるさ」
吐き捨てるように言いながら、彼はニヤリと笑った。
【デレク・スティール】「だが、いい排出口を思いついたんでな」
再度、発射。
NOVA全体が揺れ、凄まじい反動で照準がずれる。
だが、彼はそのたびに即座に修正し、撃ち続けた。
シールドの亀裂は、確実に、確実に広がっていった。
【カイン】「なぜだ…お前の体は半分凍ってた…お前は…もう終わってたはずだ!」
【デレク・スティール】「なら教えてやるよ。俺は終わらねえタイプなんだよ」
歯を食いしばりながら声を吐く。
【デレク・スティール】「今すぐ消えろ。抑えてられる保証は、ない」
【カイン】「……逃げる? 貴様から?」
カインは鼻で笑い、剣を構えた。
【カイン】「これは幻術だろ。トリックにしちゃ悪くないが、俺を倒すには足りない」
カインは剣を振りかぶり、突撃する。
【デレク・スティール】「……なら、死ね」
即座にトリガーを引く。
カインの剣から放たれた霜の波動が、プラズマボルトの間をすり抜けてデレク・スティールの胸に直撃する。
しかし、寒気は瞬時に吸収された。
《アーマーによるダメージ吸収:100%》
《霜ダメージ:0%》
カインは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
バリアは明滅し、今にも砕けそうだった。
【ツンガ・ンカタ】「火の神よ……シャイタニが暴れてる……」
ツンガ・ンカタは杖を抱え、口元をわずかに動かしながら祈るように呟いた。」
(気持ち悪いな……)
一歩踏み出し、プラズマキャノンを収納する。
【デレク・スティール】「終わらせるか」
代わりに、NOVAの両腕から赤いプラズマブレードを展開。
ジュッ――ッ!
蒸発した雨が白い霧となって広がり、周囲を包む。
【デレク・スティール】「……なんだよ、これは」
【ヴァンダ】「解析中です! NOVAから膨大なデータが流れていますが、すべて未知のパターンです!」
【デレク・スティール】「聞くだけ無駄だったな」
彼は前へと走り、カインに突進した。
カインの剣が振り下ろされる。
【デレク・スティール】「はいはい、やっぱ来るよな」
デレク・スティールはブレードを交差させ、氷の一撃を正面で受け止めた。
ジィィィ――! 激しい音とともに霧が爆ぜ、プラズマと氷が火花を散らす。
(こっちは科学、向こうは魔法……か?)
(力比べなら、負けるつもりはねぇ)
彼は内部出力をアクチュエーターに再分配。
筋力を三倍に――通常なら焼き切れて当然の出力。
だが、NOVAは保った。
カインの剣に流れていた青白い光が消えかけ、色が濁っていく。
やがて、オレンジから――赤へ。
【デレク・スティール】「終わりだ、カス」
NOVAの刃が氷の剣を叩き切り、そのままカインの胸を焼き穿つ。
HPバーが赤に落ち――消えた。
【デレク・スティール】「……」
カインは光るブレードを見つめながら、言葉にならない声を漏らし、膝を崩す。
ブレードが消え、残ったのは二つの焦げ穴。
カインは泥の中に崩れ落ちた。
《オーリックレベルが上昇しました。》
《ブロンズ・レベル1に到達。使用可能なアップグレード:1》
《ブロンズ階級アップグレードが解除されました。》
【デレク・スティール】「……そうかよ。おめでとう、俺」
ドクン――ドクン――
心臓の鼓動が耳に響く。
リアクターが軋むように唸り、NOVAの内部が暴走の兆候を見せ始めた。
《リアクター状態:クリティカル》
《リアクター排出を推奨》
《封じ込め失敗の危険:極大》
【ヴァンダ】「デレク・スティール! リアクターが限界を超えます! 即時の対処が必要です!」
【デレク・スティール】「見りゃ分かる! だがどうしろってんだよ!」
【ヴァンダ】「スフィアを! 使ってください、早く!」
【デレク・スティール】「……正気かよ。ブチ込んだら爆発するだろ、こんなもん……!」
【ヴァンダ】「通知をご覧ください。今のあなたなら、耐えられる。安定化できるはずです!」
【デレク・スティール】「《はず》って時点で信頼度ゼロだっての……」
彼はスフィアを取り出し、まじまじと見つめた。
紫の光が揺らめき、まるで現実を歪める何かを孕んでいるようだった。
【デレク・スティール】「……これが何をするかも分かっちゃいねぇってのによ」
彼は目を閉じ、スフィアを胸部に押し当てた。
《ブロンズ階級強化:幻影アップグレード》
《クアドラコア・プラズマ・リアクターに適用しますか? Y/N》
【デレク・スティール】「……クソが」
《はい》を選択。
紫の奔流がスフィアからあふれ出し、NOVAの炉心に注ぎ込まれた。
高圧水流のような光が胸部ユニットを揺さぶり、デレク・スティールはそれを両手で必死に押さえた。
そして――
視界が、砕けた。
獣、人間、スフィア、塔、翼のある影、燃え盛る目。
断片的なビジョンが洪水のように流れ込む。
そして――そこに、ユキがいた。
【デレク・スティール】「……ユキ……?」
彼女は静かに、申し訳なさそうに笑っていた。
そして――うなずいた。」
視界がまた揺れ、光が急激に消え去る。
スフィアは冷たくなり、手の中で沈黙した。
ただの金属の球体に戻っていた。
遠くで雷が鳴り、雨は弱まっていった。
《ブロンズ階級強化を取得しました。》
《使用可能なアップグレード:0》
デレク・スティールはスフィアを地面に落とした。
《システム更新中》
《新機能を実装しています》
《お待ちください……》
【デレク・スティール】「《新機能》だ? 十秒後に自爆するパターンじゃねえだろうな?」
【ヴァンダ】「その可能性は極めて低いと思われます、デレク・スティール。……たぶん、成功です」
ディスプレイに表示されていた赤の警告灯が、一つずつ消えていった。
温度ゲージも、徐々にだが確実に下がっていく。
【デレク・スティール】「……まあ、爆発しないだけマシか」
彼は足元のカインの遺体に目を落とす。
胸には焼け焦げた穴。蒸気がまだ立ち上っていた。
膝をついてポケットを探る。
だが、役に立ちそうな物は何も見つからなかった。
【デレク・スティール】「……証拠もなし。依頼主がいるなら、もうちょい手がかり残しとけってんだ」
彼はNOVAの表面を見下ろした。
黒く輝き、まるで新品のように滑らかだった。
【デレク・スティール】「ヴァンダ、今の出来事――全部解析しておけ。次、またこれが起きたら……予備のスフィアなんて都合よく落ちちゃいない」
【ヴァンダ】「了解です。ただ、これは過負荷では説明がつきません。
前面装甲とサーボの修復が確認されています。まるでRepair Botが十体同時に作業したような挙動です」
【デレク・スティール】「……おい、Botは?」
【ヴァンダ】「すぐ後ろにいます」
【デレク・スティール】「は?」
振り返ると、そこには二機の浮遊ユニット。
表面には紫と青緑、琥珀の光が静かに流れていた。
その姿は、もはや以前のRepair Botではなかった。
金属筒のような本体に、多関節アームが幾重にも伸びている。
先端には、用途不明のツールが多数装着されていた。
【デレク・スティール】「……こいつら、もう《俺の》じゃねぇ気がするな」
彼はBotたちを睨んだ。
【デレク・スティール】「ヴァンダ、あの箱を探せ。スフィアを失った上にあれまでなくしたら、ユリエラが発狂するぞ」
【ヴァンダ】「了解しました。スキャンを開始します」
【デレク・スティール】「それと……ありがとうな」
【ヴァンダ】「感謝の必要はありません。でも……嬉しいです」
視線を落とすと、泥に沈むカインの背中からまだ蒸気が立っていた。
(……ここに来て、何人殺した? もう数える必要すらねぇのか?)
科学者だったはずの自分。
盗賊になり、そして――今は?
(殺し屋、か……)
だが、今回は違う。
誰かが――この男を、自分を殺すために送ったのだ。
(なら、そいつも同罪だ)
ギリッ――
拳を握りしめた瞬間、NOVAの関節が軋む音を立てた。
そのとき――
血まみれのツンガ・ンカタが、静かに立っていた。
【ツンガ・ンカタ】「……見た。シャイタニ。お前の中にいた」
声は低く、岩が割れるようだった。
【ツンガ・ンカタ】「あれは、世界を壊す。獣の精霊が、お前を……囁いた」
【デレク・スティール】「……何が起きたか、俺にも分からん」
【デレク・スティール】「装甲は死んでた。俺も凍ってた。中から凍ってく感覚まで、はっきり分かった。
でも……何かが起きた。あれが何かは……知らん」
【ツンガ・ンカタ】「お前の中のシャイタニ、強い」
【ツンガ・ンカタ】「お前を立たせた。お前を、生かした」
【デレク・スティール】「くだらねぇ」
手を払う。
【デレク・スティール】「ただの過負荷だ。それ以上でも以下でもない」
【ツンガ・ンカタ】「違う。あれは始まりだ。その力、これからもっと……強くなる」
【デレク・スティール】「それはありがたいな。ここに来てから、何度も殺されかけてるんでね」
【ツンガ・ンカタ】「お前、考え方が間違ってる。心が濁ってる」
【デレク・スティール】「ああ? で? お前は《澄んでる》ってか? ジャングルで霊と会話してるやつが俺に説教かよ?」
皮肉混じりに肩を叩く。
【デレク・スティール】「……だがまあ、助かったのは事実だ。お前が来なきゃ、俺は終わってた。だから、例の《殺し合いごっこ》の件も、これでチャラな」
【ツンガ・ンカタ】「……」
鼻を鳴らす。」
【デレク・スティール】「けどな、いくら助けてもらっても――お前の《猿の神》に祈る気はねぇ。
この星には、高度なテクノロジーが山ほど眠ってる。
お前らが《魔法》って呼んでるモノも、いずれ全部――」
【デレク・スティール】「科学で説明できる」
【ツンガ・ンカタ】「……お前、《見た》な?」
【デレク・スティール】「は? 何を?」
【ツンガ・ンカタ】「分かってるはずだ」
ドクン――
一瞬、鼓動が止まったように感じた。
ユキの幻。あの瞬間。あの微笑み。
(……違う。……違う……違う)
(あれは……幻覚。脳が焼き切れかけてただけだ)
【デレク・スティール】「……もういい。箱を拾って、ロスミアに戻るぞ。また誰かに狙われる前にな」
【ツンガ・ンカタ】「質問に……答えていない」
【デレク・スティール】「あーもう、面倒くせぇ!」
肩をバンと叩く。その一撃でツンガ・ンカタの杖がたわんだ。
【デレク・スティール】「答えなかったのはな、お前の質問が《意味不明》だからだよ、相棒!」
【ツンガ・ンカタ】「……子供みたいに笑うな。
でも、お前の中に……《シャイタニ》いる。それ、冗談じゃない」
(……ある意味、こいつは正しい。
ただ、それが《悪魔》ってやつじゃないだけだ)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
デレクが限界を超え、新たなアップグレードを手に入れました。
彼に何が起きたのか、そして今後どんな影響をもたらすのか――
物語はさらに加速していきます。
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次回もぜひお楽しみに。




