第40章: 幻影を斬る
【第40話】では、幻影と現実の狭間で揺れる戦いが描かれます。
命を奪うたびにレベルアップする世界。
それでも「ただの殺し」で終わらせたくないというデレクの想いが、最後に一筋の光を見せてくれるかもしれません。
読んでいただければ嬉しいです!
ジャングルには湿ったマントのような重たい空気がまとわりつき、デレクの喉を無理やりこじ開けようとしていた。
木々の梢が、鉛色の空の下で不穏に揺れていた。
嵐が迫っている。
足元の地面がドンと揺れた。
地中に潜む巨大な獣が咆哮したような轟音とともに、地面が裂け、ドバァッと土と葉が噴き上がる。
ズドン! ズドン! ズドン!
木の幹ほどもある黒く滑らかな柱が、十数本も突き出して、ジャングルの樹冠を突き抜けてそびえ立った。
表面にはパチパチと紫のエネルギーが走り、音を立てて跳ね回る。
そして、霧の中に響く斧狂いの声。木々の間で反響する、不快な音。
…いや、あれは人間の声じゃない。
悲鳴というより、苦痛で引き裂かれる幽霊の叫びに近い。
だが、姿はどこにも見えなかった。センサーはバチバチとノイズを吐き、ミニマップも空っぽ。
NOVAの腹部装甲は裂け、胸部には深くえぐれた溝。複数のアクチュエーターが過負荷を訴えている。
【デレク】「…チッ。また幻かよ」
何が現実か、もはや分からない。
石柱も、センサーも、表示も、全部ウソかもしれない。NOVAの故障を演出して、逃げさせようとするトリックってわけか。
…いや、それよりもヤバいのは。
俺があの男を、もう憎めなくなってることだ。
アイツはただの木こりだった。運が悪かっただけだ。
ブロンズ級スフィアのエネルギーに当たって、理性を失った。それだけだ。
魔力が脳味噌に根を張って、もう離さねぇ。
あのままじゃ、出会った奴全員を殺し続ける。そして殺すたびに、レベルアップしていく。
…このクソ世界のレベル制のせいでな。
まったく、止まらない宇宙規模のスコアボードかよ。
しかも、あのスフィアはまだ地中にある。周囲に力を撒き散らして、次の犠牲者を探してるってわけだ。
拳を握りしめる。
さっきの狂笑がまた響いた。どこか、泣いているようなニュアンスが混じっていた。
…あの中に、かつての本人が少しでも残っていたとしたら?
俺が見た一瞬の正気――――あれが本物だったとしたら?
…でも、それすら幻かもしれない。
どこまで考えても、最後はここに行き着く。
――――信じられる情報が、一つもない。
【デレク】「ヴァンダ、現実と幻を見分ける手段が要る。何でもいい、今までのデータを全部洗い直せ」
【ヴァンダ】「承知しました、デレク。ただ今処理を開始します。その間、ホログラムを再起動しますか?」
【デレク】「いや、運が良かっただけだ。次は俺の頭が割られてたかもしれねぇ。もっと手の込んだやつで行く」
【ヴァンダ】「NOVAの状態は良好とは言えません。次の行動は早急にお願いします。ロスメアに戻るまでに、サブシステムが完全に停止する可能性もあります」
―――
喉を鳴らして飲み込む。
…ユリエラのありがた〜いお導きのおかげで、俺は今このジャングルで完全に独りだ。
もしまたNOVAが止まったら?
…誰も来ねぇ。今回は、本当に。
幻影と戦うのは、自分の五感と戦ってるようなもんだった。
深く息を吸い、肩を下ろす。
幻術は強力だが、現実を変える力はない。
あの男は、どこかに本当にいる。血と肉の存在として。
そして、本物を見つけ出せれば――――殺せる。
あの斧も、たとえ魔力で強化されてても、材質は木と金属だ。
金属。
【デレク】「ヴァンダ!」
【ヴァンダ】「はい、デレク?」
【デレク】「半径100メートルに、低出力のEMフィールドを展開できるか?」
【ヴァンダ】「必要電力は約2メガワットです。可能です。ただ、何のために――――」
【デレク】「時間ねぇ、やれ。センサーも磁場の歪み検知に切り替えろ」
【ヴァンダ】「了解しました。つまり大型の金属探知機を…ああ。なるほど」
【デレク】「コレまで干渉されてたら終わりだがな。…うまくいけば、斧の金属反応を特定できるはずだ」
【ヴァンダ】「フィールド展開完了。現在、磁界の変動をモニタリング中。石柱の放電とは干渉していません。…不自然です」
【デレク】「アイツらが幻だからだ。無視していい」
【ヴァンダ】「了解。異常反応があれば地図にマークします。ただし…それも幻でないことを祈ります」
デレクはミニマップから目を離さなかった。
見えるものはすべて嘘だ。信じられるのは、データだけ。
【???】「貴様かァァァァアアアッ!!」
背後から、獣の咆哮のような怒声が飛んできた。
バチバチバチッ!!
紫の稲妻が柱から柱へと飛び交い、空気を焼く音が響く。
【???】「その力は、この世界のモノじゃないッ!貴様自身、この世界の存在じゃないッ!」
デレクは即座に振り向く。だが、霧の中に人影は見えない。
柱、木々、風に揺れる茂み――――それだけ。
【デレク】「…誰に話してんだよ」
この世界で、俺の出自を知ってるのはユリエラ、イザベル、ツンガだけ。
まさかこいつが――――
空で稲妻が走り、雷鳴が大地を揺らす。鼓動と重なって、全身が震える。
ミニマップは真っ白。ノイズの海。
【デレク】「お前…何者だ?なぜ俺のことを知ってる?」
【???】「俺が誰か?フフフ…俺は神・オルビサルか?それとも、獣の精霊かァ〜?」
笑い声は風に溶け、乾いた土を震わせる。
まるで、本人じゃない「何か」が喋ってるかのようだった。
【デレク】「ヴァンダ、何か映ったか?」
【ヴァンダ】「いいえ、まだです。嵐の静電気がバックグラウンドノイズを生み出しており、干渉が強いです。
もっと接近する必要があります」
【デレク】「……チッ。じゃあ、こっちから出させてやるよ」
【デレク】「俺が怖いってか? だったら出てこい、「本物」でな」
【???】「望みどおりにしてやろう……」
ポン、ポン、ポン……
デレクの周囲に七体の同じ男が出現した。
全員、同じ顔。同じ斧。同じ眼光。
【デレク】「……マジでホログラム真似してきたのかよ。冗談だろ」
【???】「さっきの小細工、気に入ったよ。俺なりに、アレンジしてみた。
もっと上手く、なァ!」
デレクはゆっくりと身体を回しながら、各クローンの位置を確認する。
【デレク】「ヴァンダ。10メートル以内に実体は?」
【ヴァンダ】「検知なし。フィールドに歪みもありません」
【デレク】(小声)「チッ……時間を稼ぐしかねぇ」
【デレク】「なぜ俺がこの世界のモンじゃねぇって分かった?」
【???】「弱いからだよ。
金属の玩具に頼らなきゃ何もできない。
この世界の力は……お前には理解できない」
【デレク】「ふぅん。だったら試してみろよ。俺がどこまで理解できるか」
ブウウン……
プラズマブレードが起動し、青白い熱が闇を裂く。
重たいブーツが地面に沈む。構えは完璧だ。
ピッ。
ミニマップが一瞬、点滅した。
何かが動いた?
錯覚か?
その時、男の顔が怒りに歪んだ。
【???】「貴様の存在はこの世界の汚点ッ!今ここで消すッ!」
分身が突撃してくる。七体、十四体――――倍々に増え、数えきれなくなった。
だが、デレクはミニマップだけを見ていた。
現実の視界など、信じる価値はない。
【デレク】「……頼むぞ、ヴァンダ……」
ピッ!
左側に、ほんの一瞬だけ点が現れた。
すぐ近く――――そして、消えた。
だがそれで十分。
【デレク】「そこだッ!!」
左へブレードを横薙ぎに振り抜く!
ジュウゥゥ……
斬撃が「何か」を捕らえ、肉が焼ける音と匂いがあたりを満たす。
【???】「グオオオオオオッ!!」
男の悲鳴が響き渡り、無数の幻影が霧のように溶けていった。
斧を持った「本物」が露わになる。
首と肩の間にブレードが突き刺さり、焦げた肉が泡立ち、剥がれていく。
しかし男は叫ばず、燃えるような目で睨み返してきた。
手首を握るその手は、鋼のような握力。
サーボが軋み、NOVAが悲鳴を上げる。
肉は焼けて剥がれ、だが蠢き、再び繋がっていく。
【???】「貴様の「異界の力」など、役に立たぬッ!!」
【デレク】「そいつはどうかな」
右腕からプラズマキャノンを引き抜き、ヤツの腹に突きつけた。
【デレク】「爆ぜろよ」
ズドォン!!
蒸気と肉片が背中から噴き出し、内部で爆発が起きた。
圧縮された空気が壁のように炸裂し、NOVAごと吹き飛ばす。
ドゴッ!!
背中から地面に叩きつけられ、赤いアラートが一斉に点滅。
だが、デレクは即座に立ち上がった。両腕の武器はまだ生きている。
【デレク】「……チャクラでもぶち抜いたか?」
ヤツは土の上で転がり、腹には直径30センチの穴。脚が痙攣し、手が地面を引っかいていた。
まだ、生きていた。
しかも、回復が始まっていた。
【デレク】「……ふざけんなよ」
【デレク】「寝てろって言ってんだろ、クソが」
セカンドキャノンを起動、連射。
バン! ババババッ!!
黄色い光が肉体を貫き、血と泥が飛び散る。
【デレク】「ヴァンダ、今回は本物だと言ってくれ……!」
【ヴァンダ】「はい、デレク。彼の斧から金属反応を検知しました。今回こそ、現実です」
男の身体はようやく動かなくなり、柱も裂け目もすべて消えた。
残ったのは、遠くで鳴る雷の音だけ。
―――
【デレク】「……終わった、か」
キャノンを収め、デレクは焼け焦げた死体へと歩み寄った。
その体には焦げ跡、穴、裂傷――――生々しい戦闘の証が刻まれていた。
画面に通知が表示される。
オーリックレベル上昇:アイアン7 到達
男の目は、驚愕のまま凍りついていた。紫の光は、もうなかった。
【デレク】「……また一人、殺しちまった」
【デレク】「違う手段があれば……でもよ。どうせ誰かが、またスフィア落とすんだろ。
その度に、誰かが狂って、誰かが死ぬ。そういう世界だ」
ズガァァン!!
雷がすぐ近くに落ちた。
【ヴァンダ】「デレク……大丈夫、ですか?」
【デレク】「……まあな。俺も、こいつもな」
【ヴァンダ】「……あなたは正しい選択をしました」
【デレク】「そう見えねぇんだよな、俺からは」
【ヴァンダ】「ですが、スフィアの汚染を止めることができます。多くの命を救いました、デレク」
……拳を握る。そうだ、まだ終わっていない。
ミニマップのマーカーを確認。スフィアは、まだそこにある。
―――
デレクはミニマップのマーカーに向かって走り出した。脚部アクチュエーターが唸り、ぬかるんだ地面を力強く蹴る。
ズザッ、ズザザッ!!
視界の端をジャングルの緑が流れ、風が装甲を叩きつける。
NOVAの損傷は腕部に集中していたが、脚はまだ問題なかった。
ディスプレイには赤いアラートとエラーメッセージが点滅し続けている。
【デレク】「今度は…スムーズにいってくれよ」
今回はギリギリだった。次はない。
―――
開けた地形が見えたと思った瞬間、その先にぽっかりと大穴が空いていた。
巨大なクレーター。地面は黒く焼け焦げ、中心からは白い煙がゆらゆらと立ち上る。
あの爆発の衝撃だ。もし市街地に落ちていたら…被害は想像を絶する。
【ヴァンダ】「そこにあります。スフィアのエネルギー反応を確認。間違いなく、対象です」
デレクは軽く跳躍し、クレーターの縁に着地。斜面を滑り降りるようにして下へ向かう。
足場が安定したところで歩みに切り替え、慎重に進んでいく。
底部で、淡い紫の光が脈打っていた。
スフィア。あのブロンズ級の球体。
表面に目立った損傷はない。焦げ跡も、割れもない。
【デレク】「ヴァンダ、状態確認。これ、持ち運べるか?」
【ヴァンダ】「エネルギー放出は安定状態にあります。現在の汚染リスクは限定的です。
推奨処置:即時回収」
【デレク】「だよな。落下の瞬間にエネルギーが広がって、アイツを狂わせた。
でも今は、だいぶ落ち着いてるってわけだ」
デレクはNOVAの胸部ハッチを開け、生体サンプル用の格納コンパートメントを展開。
手で持ち上げたスフィアを、そっとその中へと置いた。
これで、落とす心配はない。以前のように、手で握っていたせいでコンテナを失くしかけた苦い経験は、もう繰り返さない。
【デレク】「ヴァンダ。ここに入れておくの、本当に安全か?」
【ヴァンダ】「このコンパートメントは高レベル放射遮蔽に対応しています。現時点では最適な選択です。
持ち歩くより遥かに安全です」
【デレク】「なら、問題ないな。……さっさと戻ろう」
アクチュエーターが再び唸り、斜面を駆け上がる。
飛び上がれば早いが――――スフィアを揺らしたくない。慎重に、慎重に。
上部に出た瞬間。
……空気が変わった。
デレクは、自然と動きを止める。
目の前に、男が立っていた。
兵士のような姿。だが、明らかに普通ではない。
黒く長い口髭、ぎらつく目。使い古されたジャンク品のような装甲を纏っていた。
ヘルメットには針金が巻かれ、肩のパーツは革ベルトで無理やり固定されている。
全身ボロボロ。まるでゴミ捨て場から拾ってきたみたいだ。
そして、胸元には――――
【デレク】(眉をひそめ)「……紋章がねぇな」
オルビサルの聖印は、どこにもなかった。
デレクは軽く手を上げて挨拶する。形式的に、試すように。
……だが、男は一歩も動かない。
無言で剣を抜く。
ギィ……と音を立てて刃が外気に晒され、鈍く光る。
雷鳴が空を裂き、木々が一斉に身をよじるように揺れた。
そして――――
その男の頭上に、淡く光る文字が浮かび上がる。
《レベル:ブロンズ4》
【デレク】(息を吐きながら)「……このクソったれな宇宙が……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
この章では、幻影との戦いに加えて、デレクの葛藤と選択が色濃く描かれました。
本物を見抜く力とは何か。信じられるものは何か。
答えは簡単ではありませんが、彼の一歩一歩がその答えに近づいていくはずです。
次回は、正体不明の新たな戦士との遭遇から始まります――お楽しみに!




