第33章: 審問と沈黙
ウリエラ大司祭との対面。
デレクの言葉に、千里眼ザエルリクスの反応は――
そして、彼の「オーラの欠如」がもたらす波紋とは?
デレクは、オルビサルの神殿の大広間の中央に立っていた。首を傾け、頭上の天井を見上げる。
巨大なドームの内側には、壁画と光を反射する象嵌が施されていた。
そこに描かれていたのは、おそらく「メサイア」と呼ばれる人物が、巨大な獣と戦っている場面だった。
その獣は、爬虫類に似た恐竜のような姿をしていた。鋭くギザギザな歯、背中に走る棘、そして赤く輝く目を持つ。
対するメサイアの姿は、その巨体と比べてはるかに小さく、両手には球体を抱えていた。
深紅の光線がその球体から放たれ、獣の胸を貫いている。獣は声なき苦悶の叫びを上げていた。
火鉢の炎が揺れるたびに、壁画は生きているかのように動いて見えた。
【ヴァンダ】「おぉ〜……すごい……」
【デレク】「何だよ?」
【ヴァンダ】「これが予言なんですね! メサイアが大いなる獣を討ち滅ぼす!」
【デレク】「聖ジョージとドラゴンに魔法が付いただけじゃねぇか。見慣れた話だな。俺が気になってるのは、あそこだ」
彼は無造作に指を突き出した。
壁画の上には、聖なる文字で描かれた同心円が、中心に向かって渦を巻いていた。
その中心には巨大なステンドグラスの「目」があり、七色の光線を放ちながら部屋を神秘的に照らしていた。
【ヴァンダ】「また出たわね……あの七色、コラール・ノードでも見たでしょ?」
【デレク】「ああ。七色、七種類のスフィア、七段階のランク……どっかの誰かが強迫性障害こじらせてるな、これは」
【ヴァンダ】「むしろ、「七」という数字には宗教的な意味があるんでしょうね。このシステムを設計した誰かにとっては。キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、北欧神話、そして古代ギリシャも」
【デレク】「ありがとよ。人間のバカさ加減が紀元前から続いてるって確認できたわ」
【ヴァンダ】「宗教のすべてが愚かというわけでは――」
【デレク】「そこがもう間違ってんだよ」
【ヴァンダ】「……はぁ」
彼女がため息をついたのを聞きながら、デレクは辺りを見回す。
どこかに通路やくぼみでもあれば、テクノロジーの遺物でも「調査」できそうだった。
だが、ここまで彼を連れてきた兵士たちは言っていた――
「動くな。触るな。ただ待て」
何を、あるいは誰を「待て」というのかまでは教えてくれなかった。
だが、デレクには見当がついていた。
答えを求めてくる誰か。――自分にも答えられない問いを。
広い部屋の中央には椅子が二脚、向かい合うように配置されていた。
作られたというより「育った」ような椅子だった。有機的な素材が絡み合い、まるで生きているかのような形状。
一方は小さく簡素で、自分用。もう一方は大きく、華やかで――「尋問者」用だろう。
カーテンがゆらりと揺れる。
ウリエラ・ヴァレンが姿を現した。
彼女の装いは、思っていたよりも質素だった。
純白のローブは飾り気がなく、胸元には繊細なネックレスがひとつだけ。
黒髪は整然とまとめられ、その結い上げられた形はまるで彫刻のようだった。
若く見えたが、イザベルほどではない。だがその瞳の奥には、長い年月と経験が滲み出ていた。
動作は静かで無駄がなく、彼女の「支配」は、言葉を使わずとも空気を支配していた。
【デレク】(こいつ……相当な「オーラ」レベルを持ってるな)
ウリエラは無言で、大きく装飾の施された椅子に腰を下ろした。
手の動きひとつで、向かいの椅子に座るよう促す。
NOVAが軽やかな機械音を立てて開き、デレクは内部から降り立つ。
肩を軽く回しながら椅子へと腰を下ろす。
そして腕を組み、真正面からウリエラの視線を受け止めた。
【デレク】(……一礼でもすべきだったか? まあ、今さらだな)
【ウリエラ】「お越しいただき、感謝いたします」
【デレク】「礼なんざ要らねぇよ。あんたの兵隊、結構モノ騒な棒持ってたからな」
ウリエラはわずかに眉を動かした。
【ウリエラ】「粗相があったなら、お詫び申し上げます。あなたが発見された時、街の若者たちとの衝突が報告されました。兵たちは、あなたが自分たちにも危害を加えると恐れていたのです」
【デレク】「「衝突」ねぇ。あれは一方的に囲まれただけだ。リーダー格のガキの名前は……トーマス。あいつが俺のことをあんたに吹き込んだ張本人だよ。俺は正当防衛しただけだ」
ウリエラの視線には、微塵の動揺もなかった。
【ウリエラ】「その件について議論するために、あなたをお招きしたのではありません」
【デレク】「そいつは残念」
彼の皮肉を受け流し、ウリエラは話を進める。
【ウリエラ】「あなたの装備が、我らが敬愛するカシュナールのものと酷似している理由。その説明を伺いたいのです」
【デレク】「ああ、あの像な。確かに、初めて見たときは心臓止まるかと思ったぜ」
ウリエラは手を静かに動かした。
【ウリエラ】「通常であれば、見かけの偶然と見なして終わります。あなたは信仰を持たず、信徒でもありません。しかし――イザベルはあなたに深い印象を受けたようです」
【デレク】「俺もだよ。イザベルは、見た目だけじゃなく、中身も骨のある女だった」
ウリエラは何も言わず、背後のカーテンに軽く手を動かす。
その合図に応じて、ひとりの老人がゆっくりと姿を現した。
その者は杖を突き、重たいローブをまとっていた。
金と銀の糸が織り込まれた布地。白濁した瞳は、光を捉えない。
【ウリエラ】「こちらは、我々の千里眼――ザエルリクスです」
老人は、視線を向けることなく、虚空を見つめていた。
だがその動作には、一切の迷いがなかった。
まるで、「見えている」かのように。
【デレク】「千里眼か。イザベルが言ってたな。魔法でオーラを読む係がいるって。つまりこいつがスカウター役か」
ウリエラは静かにうなずいた。
【ウリエラ】「イザベルから伺いました。あなたは、オルビサルのスフィアについてほとんどご存じないと。……その力の本質も、千里眼の能力も」
【デレク】「ああ、その通り。どうやら俺、この世界じゃ不適合者らしい」
【ウリエラ】「では、お尋ねします。あなたは本当に、異なる世界から来られたのですか?」
【デレク】「遠回しはやめようぜ」
彼は椅子にもたれかかり、足を組んだ。
【デレク】「俺の立場はさ、メサイアとして歓迎されるか、偽者として火あぶりにされるか――そのどっちかだ。だったら、単刀直入に行こうじゃないか。俺は正直に話すよ」
ウリエラはゆっくりと首を傾けた。
【ウリエラ】「それは、往々にして――嘘をつく者が言う言葉です」
【デレク】「ほらな、やっぱり。イザベルの言ってた通りだ。あんた、頭切れるな」
彼は軽く笑い、肩をすくめる。
【デレク】「俺の名前はデレク・スティール。……ああ、間違いなく別の惑星から来た」
ウリエラの表情は一切変わらなかった。
だが、ザエルリクスは身をこわばらせ、眉を寄せる。
【ウリエラ】「なるほど。では、どうやってこの世界へ?」
【デレク】「さあな。死んだのかもしれない。だったら、こんな神様づくしの世界が俺の地獄ってわけか」
ウリエラは鼻から長く息を吐いた。
【ウリエラ】「私の権威と信仰を、ずいぶんと軽視なさる」
【デレク】「そりゃ、俺の生き方がそうだからな。信仰にも、権威にも、従わない主義なんでね」
ウリエラの視線が僅かに鋭さを増す。
【ウリエラ】「イザベルから聞いています。あなたは元の世界で「学者」のような存在だったと。そして、その鎧――」
彼女はNOVAへ目を向けた。
【ウリエラ】「――ご自身で造られたものだと」
【デレク】「その通り。俺の世界じゃ、NOVAは最高峰の技術の塊だ」
ウリエラは静かに顎を引いた。
【ウリエラ】「けれどこの世界では、その鎧も、オルビサルの無限の力には及ばないようですね」
【デレク】「そこは否定しない。実際、スフィアの力には驚かされた。常識をぶち壊された気分だったよ」
―――
【デレク】(……少なくとも、今のところはな)
【ウリエラ】「スフィアの力を使う者――昇華者は、信仰をもってその資格を示した者だけ。信仰を持たぬ者がその力を扱えば、異端と見なされます」
【デレク】「あんた、俺のこと言ってんだろ?」
【デレク】「でも俺だけじゃねぇ。密林に住んでる奴らはどうなんだよ? 魔獣に乗って、でっけぇ猿とテレパシーで会話してる連中。あれも「信仰者」ってことになるのか?」
ウリエラはゆっくりと腕を広げた。
【ウリエラ】「あなた自身が「野蛮」と称したように、彼らは未だ光の届かぬ場所にいる民です。彼らが信仰を知らぬのは、導かれていないだけのこと。私の務めは、彼らをオルビサルの光へと導くことにあります」
【デレク】「……つまり改宗させるってわけか。でもな、ちょっとした問題があるだろ」
【ウリエラ】「彼らが「獣の精霊」と呼ぶものは、迷える魂を惑わせるために遣わされた悪魔です。その力は強大で、姿を現すことは滅多にありません」
【デレク】「それでいて、うまくやってるみたいだがな」
【デレク】「で――俺がいる」
【ウリエラ】「ええ。その通りです」
彼女は横に控えるザエルリクスへ目をやった。
【ウリエラ】「よろしければ、千里眼による視察を受けていただけますか?」
【デレク】「……まさか、服を脱げとか言わねぇよな?」
【ウリエラ】「その必要性がどこにあるのです?」
【デレク】「確認しただけだ。いいよ、好きにしな」
ウリエラがうなずき、ザエルリクスが前に進み出る。
その手が額に触れた瞬間――思わず身じろぎした。
熱い。異様なまでに熱を持っている。
まるで、さっきまで炉の中に手を突っ込んでいたかのようだった。
デレクは、鎧に変わる生き物、火球を放つ杖、人間を根で吸い尽くす植物を思い出す。
今さら何が来たところで驚きはしない。……するだけ無駄だ。
しばらくして、ザエルリクスはそっと手を離し、ウリエラに耳打ちをした。
ウリエラの眉がぴくりと跳ねる。
【ウリエラ】「……本当ですか?」
ザエルリクスはうなずき、一礼して脇の扉へと去っていった。
【デレク】「……で? 何か問題でも?」
【ウリエラ】「あなたには、「オーラ」が存在しません」
【デレク】「昔っからさ。つい最近まで、そもそも「オーラ」なんてものが実在するとすら思ってなかったしな」
【ウリエラ】「あなたの世界では、誰もオーラを持っていないのですか?」
【デレク】「そう言っていいだろうな。俺の知る限りじゃ、そんなもん誰も測ったりしねぇし」
【ウリエラ】「……ですが、あなたは強力な武器や魔法のような力を使いこなし、鎧は意思を持つかのように動き、さらには「喋る」とも」
【デレク】「ああ、そうそう。紹介が遅れたな」
彼は親指でNOVAを指しながら言う。
【デレク】「ウリエラ、こいつがヴァンダ。ヴァンダ、こっちはウリエラ様だ」
【ヴァンダ】「初めまして、大司祭様。お会いできて光栄です」
その声は澄んでいて、どこか温かみすら感じさせる。
一瞬、ウリエラの顔に動揺が走るが――すぐに表情を整える。
【ウリエラ】「……あなたの鎧の方が、あなたよりも礼儀正しいようですね」
【デレク】「そいつはどうも。でもプログラムしたのは俺だ」
【ウリエラ】「プログラム……? 意味はわかりませんが、中に人がいないということだけは理解しています」
【デレク】「まあ、そういうこった」
【ヴァンダ】「補足いたします。私は「人工知能」と呼ばれる存在です。スティール博士――すなわちデレク――の任務支援を目的として設計されました。主に分析、ナビゲーション、戦術・戦略サポートなどを行いますが、実際の主な任務は、博士が無謀な行動に出ないよう説得することです」
【デレク】「余計な機能つけすぎたかもな……」
【ウリエラ】「……では、本題です。あなたにはオーラが存在しない。にもかかわらず、スフィアの力を使っている。これはどう説明されますか?」
【デレク】「NOVAを通して、スフィアを直接吸収してるっぽい。多分、この世界に俺をぶっ飛ばした何かが、NOVAに「オーラ的なもん」を付与したんじゃねぇかな」
【ウリエラ】「理解できません。スフィアの力を扱えるのは、魂を持つ生きた存在だけ。物体には不可能なはずです」
【デレク】「でも実際に見てきた。雷を放つ剣とか、プラズマを止める鎖とか、いくらでもあったぞ?」
【ウリエラ】「それは、術者の力が媒体を通して放たれただけです。無生物が直接スフィアの力を吸収することは、理論上不可能です」
【デレク】「でもNOVAはやってる。着てるとオーラがあって、スフィアも吸える。それが現実だ」
【ウリエラ】「……今、いくつのスフィアを吸収しているのですか?」
【デレク】「鉄ランクを3つ。あと2つまではいける」
【ウリエラ】「この世界に来て、どのくらい?」
【デレク】「正確には数えてねぇけど……数日ってとこだな」
ウリエラの顔色が目に見えて悪くなる。
【ウリエラ】「信じられません……。それほどの成長速度を、わずか数日で……」
【デレク】「嘘つく理由がねぇ。てか、つくならもうちょいマシな話を考える」
【ウリエラ】「これまで戦った相手の中に、自分より強いオーラを持つ者はいましたか?」
【デレク】「全員そうだった。NOVAにはオーラを測る機能がある。青銅ランクもいた。まあ、勝ちはしたけどな」
ウリエラは、深く考え込むように視線を落とす。
やがて、立ち上がり、部屋の中央へと向かって歩き出した。
その背に、迷いと確信が同居していた。
【デレク】(さて、どう出る?)
【ウリエラ】「……あなたの話、想像以上に多くのことを考えさせられます、デレク・スティール」
【デレク】「それ、つまり俺が詐欺師かもしれないって考えてるってことだよな?」
【ウリエラ】「ここまで突飛な話を作ってまで、私たちを欺こうとする者がいるとは思えません。……それに、あなたを信じているのはイザベルだけではない。難民たちはすでに「メサイア」の到来を噂しています」
【デレク】(やれやれ……火に油を注ぎやがって)
【デレク】「それで? 俺はこの街でどう扱われるんだ?」
ウリエラの目が鋭くなる。
【ウリエラ】「あなたは、自分がメサイアだと「信じている」のですね」
【デレク】「いや、どっちかって言うと「違う」と思ってる」
【ウリエラ】「……しかし、私はあなたを偽者と断ずることもできません」
【デレク】「じゃあ、何者扱いすんだ? 俺はこの街で、どういう存在ってことになる?」
【ウリエラ】「……時間が必要です。そして、祈りも」
【デレク】(来たよ、神頼みタイム……)
【ウリエラ】「オルビサルはきっと答えを示してくださるでしょう。改めて、お話ししましょう」
それだけを告げると、ウリエラは音もなく立ち去った。
扉が、ゆっくりと閉まる。
ギシ……。
背後で扉が軋む音がして、デレクはすぐに振り返った。
扉の脇に立っていた兵士のひとりが、気まずそうに身じろぎしていた。
四十代前後、がっしりした体格に黒い顎髭。どこか言葉を探しているような顔。
【デレク】「何だよ。サインでも欲しいのか?」
冗談半分の口調だったが、男はこわばった表情のままだった。
どうやら、「メサイア」の噂は、兵士たちにまで伝わっているらしい。
【兵士】「だ、大司祭様より……宿泊のご用意をとの命を賜っております」
彼は少し顔を赤らめ、視線を逸らす。
【兵士】「準備が遅れましたこと、どうかお許しください……てっきり、囚人が来ると思っておりまして……まさか、客人とは……。こちらへどうぞ」
【デレク】「……うん、ありがとな」
デレクは立ち上がり、NOVAの中に戻る。
「カチッ」という音とともに装甲が閉じ、鎧が彼の身体を包み込む。
兵士の後をついて歩き出す。
重い装甲の足音が、石の床に響く。
【デレク】「……あの子、どうなった?」
説明は不要だった。
ハンクのことだ。
切ったのは外装だけのつもりだったが、この世界のルールは予測不能だ。
確信はなかった。
兵士は、一瞬驚いたように体をこわばらせた。
【兵士】「ご無事です。少し……動揺されていたようですが……あの子、もともと血の気が多くて……」
【デレク】「ああ。復讐なんて考えてなきゃいいがな」
【兵士】「それは……ないと思います。今は……メサイア像の前にひざまずいて、赦しを祈っておられます」
【デレク】(……おいおい。そっち側に行くのかよ)
深いため息が漏れる。
もう――どうにもならない。
【デレク】(急がねぇとな。必要な情報を手に入れて、できるだけ早く、この街から抜け出す)
【デレク】(そうしないと……ロスメアだけじゃ済まねぇ)
この惑星全体が、俺のことを「メサイア」って呼び始める。
ご読了ありがとうございます!
今回は物語の核心に一歩近づく、静かで緊張感のあるシーンでした。
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