第17章: 信じるか死ぬか
※本章には暴力描写と重めの展開が含まれています。苦手な方はご注意ください。
ついにNOVAが沈黙し、絶体絶命のデレク。果たして、生き残れるのか――?
デレクは荒く息を吐きながら空気を求めた。
NOVAアーマーは、まるで四方八方から押し潰してくる窒息の檻と化していた。
時間が経つごとに熱気は増し、酸素は減っていく。
温度と湿度を管理する生命維持システムも、他のシステムと一緒にぶっ壊れているに違いなかった。
額を流れる汗。重く、熱くなる空気。吸うたびに呼吸がきつくなった。
生命維持システムがなければ、内部を循環するプラズマの熱で、数分と持たずにゆで上がってしまう。
けど――ディスプレイはまだ生きていた。
わずかだが、エネルギーは残ってる。
【デレク】「ヴァンダ? ヴァンダ、聞こえるか?」
【ヴァンダ】「聞こえていますが、いつまで持つかはわかりません。」
【デレク】「何とかしてエネルギー回復しないと。まだ何か手段があるはずだろ。」
【ヴァンダ】「ありません。全サブシステムがオフラインです。指一本動かす電力すら不足しています。……残念ですが、デレク。終わりです。」
デレクはアーマーの中で身をよじった。
頭すら動かせない。イザベルの様子も確認できない。
サーボ機構はロック。NOVAは死のトラップになっていた。
非常用ロックを解除して脱出したところで、どうせ速攻で殺される。
あの野郎に。
ドンッ!
何かがアーマーにぶつかり、世界がぐるりと回った。
背中から地面に叩きつけられ、視界の隅に木々の上部が映った。
(痛っ……)
反応ジェルが衝撃を和らげたとはいえ、焼け石に水だ。
デレクの心臓は激しく脈打った。
混乱の中で、肝心な警告を見逃していた。
エネルギー切れ寸前だって警告を。
ヴァンダは言っていた。
けど、まともに聞いちゃいなかった。
そして今――手遅れだ。
次は、あのクソ野郎にとどめを刺される番だ。
デレクは苦笑した。
結局、宇宙ってやつは、こういう皮肉なオチが大好きらしい。
バッテリー切れ一発でアウト。
この星の秘密を掘り当てる前に死ぬとか、笑えねぇ。
見つけただけで、何も解明できずにポックリだなんてな。
――まったく、
これが宇宙ってやつの常套手段だ。
ちょうど、あの時と同じように。
いちばん幸せだった瞬間に、ユキを奪いやがった、あの夜と。
けど、本当に悔やんでるのは……
あの夜、ユキに何があったのか、結局わからずじまいだったことだ。
視界に、傷だらけで細い目をした顔が入り込んできた。
男がニヤリと嗤った。
【敵の男】「どうした、人間のゴーレム(ゴーレムヒューマン)?」
【敵の男】「昼寝でもしてんのか?」
男は軽くしゃがみ、興味津々といった顔でNOVAを眺めた。
【敵の男】「正直、こんなアーマーは初めて見るぜ。オルビサル教会が救世主に似せたスーツでも作ったのか?」
くそっ。
またそれか。
オレが『救世主』に似てるって話か。
まったく、どいつもこいつも。
だが、その謎を解く暇はない。
どうせ、もうすぐ死ぬ。
【イザベル】「おい!」
【イザベル】「まだ終わってねぇぞ!」
イザベルの怒声が響き、男はハッとしたように一歩引いた。
デレクはまばたきした。
あの女、まだ立っているのか?
あの一撃を食らって?
倒れて、見逃してもらえばよかったものを。
―――
(次のセクションに続く)
デレクの指先は非常用解除レバーの上をうろついていた。
冷たくてザラついた金属が、まるで「引け」と囁いているようだった。
一回引くだけで、NOVAは開く。
新鮮な酸素が流れ込み、この灼熱地獄から一時的にでも逃れられる。
……でも。
あのクソ野郎がイザベルとやり合ってる今なら、こっそり逃げられるかもしれない。
彼女を見捨てて。
それで?
その後どうすんだ?
独りぼっちで、無防備で、怪物だらけのこのジャングルに取り残されて――
「イザベルを見殺しにした男」として生きるのか?
彼女は、たった今、自分の命を救ってくれたのに。
オレはNOVAの中にいるときだけ、勇敢でいられるのか?
この大事なパワーアーマーを失ったら、オレは……何者なんだ?
【ヴァンダ】「デレク?」
ヴァンダの冷静な声が、頭の中に響いた。
【デレク】「ヴァンダ? ポケットに隠しリアクターでも見つけたって言え。」
【ヴァンダ】「残念ながら、ありません。ただ――試してみる手段なら、あります。」
デレクの呼吸はさらに荒くなった。今度は、わずかな希望からだった。
【デレク】「何でもいい、言え。」
【ヴァンダ】「覚えていますか? NOVAに保管していた、小さな浮遊エネルギーオーブ。」
デレクは眉をひそめた。
【デレク】「ああ、あれか。家に持ち帰って分析する予定だったやつだ。……未だに、あんなもんが空中を漂う理由なんてわからねぇが。で、それが何だ?」
【ヴァンダ】「それを使って、NOVAに微量のエネルギーを供給できるかもしれません。完全復活は無理ですが、『何か』できるかもしれません。」
デレクは眉間に皺を寄せた。
【デレク】「あんな得体の知れないもの、頼れるかよ。エネルギーの性質すらわかってねぇのに。」
【ヴァンダ】「確かに、論理的ではありません。ですが――この場所では、論理が通じない現象を何度も目にしています。試す価値はあるでしょう。」
デレクは口を開きかけ、すぐに閉じた。
理性を捨てろ、と。
信じろ、と。
胃の奥がギリギリと軋んだ。
全身が本能的に、拒否した。
祈って願うだけの連中と、同じ土俵になんか立ちたくない。
だが――
他に選択肢はなかった。
このまま、NOVAの中で干からびるか。
それとも。
選べる余地なんて、最初からない。
デレクは顔を歪め、吐き捨てた。
(くたばれよ、宇宙……。もしオレがこんなマヌケな死に方したら、絶対許さねぇからな。)
バチバチバチッ!
戦いの音が耳を打った。
イザベルの悲鳴。剣が地面に落ちる音。
かすれた呻き。そして、あの男の下品な笑い声。
デレクは奥歯を噛みしめ、腕の解除レバーを思いきり引いた。
カチッ。
磁気ロックが外れ、蒸し暑い外気が流れ込んできた。
(……うわ、こんな空気でも、天国みてぇだな)
生身の腕がアーマーから滑り出る。
指先で胸部パネルを探り、無理やりこじ開けた。
倒れたままのNOVA。
そして、がっちりと握られた金属球体。
あの男がまだ奪っていない理由は――
イザベルを片付けた後で、悠々と取るつもりだったからか。
【敵の男】「最初は、すぐに殺してやるつもりだった。」
【敵の男】「でもよ――」
【敵の男】「今はじっくり楽しむ気になった。」
【デレク】「……クソ野郎が。」(低く、歯を食いしばりながら)
彼の指が、コンパートメントの隠しポケットを探り当てた。
カチッ。
小さな発光オーブが、ふわりとアーマーから浮き上がった。
ディスプレイの前に、漂いながら。
……問題はここからだ。
どうやって使う?
物理法則も、常識も、役に立たない。
イザベルの赤くなった顔が視界の端に飛び込んできた。
彼女は、ふわふわと漂うオーブを押しのけ、巨大な手に首を掴まれていた。
【敵の男】「よく見てろよ!」
【敵の男】「お前の大事なウォーデンが、今から死ぬところだ!」
ガハハッと、野太い笑い声。
デレクの心臓が凍りついた。
(くそ……!)
あと数分――ほんの少しでも時間を稼がなければ。
オーブをどうにか回収して、状況を打開しなければ。
【デレク】「……正直、彼女のことなんて、ほとんど知らないけどな。」
できるだけ平然と、冷たく言い放った。
ゴクリと喉が鳴った。
ちゃんと冷たく聞こえたか?
イザベルの顔がさらに紅潮し、灰色の瞳がまっすぐ彼を射抜いた。
そこに、哀願も、恐怖もなかった。
(どこからそんな強さが湧いてくる……?)
(あんなくだらねぇ神を信じてるから、か……?)
【敵の男】「マジかよ!」
【敵の男】「お前、救世主そっくりだから、当然深い関係だと思ってたぜ?」
男は鼻で笑った。
【敵の男】「まあ、そうでもないなら――目の前で殺す意味もねぇな。俺一人で、楽しませてもらうか。」
ゲラゲラ笑いながら、イザベルを引きずって視界の外へ。
彼女が消えた瞬間、デレクの胸に、ぐしゃりと何かが潰れるような痛みが走った。
別に、大して知ってるわけでもない。
別に、好きってわけでもない。
けど――
あのクソ野郎に、好き放題させるのを黙って見ているなんて、虫唾が走った。
彼の視線は、空へと漂っていく光るオーブに向かった。
オーブは、ゆっくりと、しかし確実に上昇していく。
もう、手が届かない高さだった。
デレクは目を閉じた。
(……バカだ。)
(どうせ、あんなもん、何の役にも立たなかったんだ。)
【ヴァンダ】「デレク?」
【デレク】「ああ、ヴァンダかよ。」
疲れきった声で答えた。
【ヴァンダ】「オーブですが――」
【デレク】「ああ、知ってる。……もう、ダメだ。飛んでっちまった。」
デレクは重い息をついた。
【デレク】「あんなもん、花粉みたいに漂ってるんだ。
風が吹いたら一発だ。……最初から、期待する方が間違ってた。」
【ヴァンダ】「そうですね。でも――オーブのエネルギーフィールドの極性、解析できました。」
デレクは眉をひそめた。
【デレク】「で、だから何だ?」
【ヴァンダ】「オーブの表面は負に帯電しています。もし――」
【デレク】「……!」
デレクは目を見開いた。
まだ、可能性はある。
彼は胸部パネルに手を突っ込み、マグノコア・プラズマリアクターを露出させた。
その外殻は、プラズマ封じ込めのために、常に正に帯電している。
正の電荷。
デレクは息を殺した。
小さなオーブは、空中でふわふわと揺れた後――
ゆっくりと、降下し始めた。
リアクターの正電荷に、引き寄せられて。
(物理法則ってやつは……)
(こんな世界でも、裏切らないもんだな。)
ザバァッ!
近くから、水音と怒声が飛んできた。
【敵の男】「このクソアマァッ!」
拳の叩きつける音。叩かれる音。
けど、デレクは顔を動かせなかった。
むしろ、動かせないことに感謝した。
目はただ、降りてくる光の粒だけに釘付けだった。
小さな、まるで雪片のようなオーブが――
リアクターの上に、ふわりと着地した。
そして、吸い込まれるように、消えた。
(……!)
デレクは息を止めたまま、汗に濡れた体を強ばらせた。
しかし――
何も起こらなかった。
【デレク】「ヴァンダ?」
沈黙。
ディスプレイがブラックアウトし、周囲は完全な闇。
聞こえるのは、自分の荒い呼吸と、激しく打つ心臓の音だけ。
(……やったな、オレ。)
(科学もクソもない「希望」に、賭けちまった結果が、これか。)
(どうして……)
ズドン!
打撃音が耳に刺さり、心臓がえぐられる。
イザベルが、やられている。
デレクは、聞いているだけしかできない。
無力だった。
すぐに、自分の番が来る。
ピッ――
ディスプレイの中心に、小さな光点がともった。
デレクの心臓が跳ねた。
(……?)
目を細める。
光点が、じわじわと広がった。
そして、文字が現れた。
《リブート中》
(……マジかよ。)
もしかして――
システムが完全停止した後、オーブのエネルギーを吸収した?
それとも、酸欠で幻覚を見てるだけか?
いや、あるいは。
【ヴァンダ】「デレク?」
デレクの心臓がバクバクと跳ねた。
【デレク】「ヴァンダ!戻ったのか!」
【ヴァンダ】「はい。ですが、エネルギーは依然として危機的です。動けるのは一度きり。無駄にしないでください。」
デレクは指を曲げた。
キィ……。
装甲の指先が、ほんのわずかに動いた。
球体を握る手が、ぴくりと震えた。
(……動ける。)
(まだ、間に合う。)
【デレク】「……ありがとうな、ヴァンダ。」
かすれた声で、デレクは呟いた。
彼の頭の中で、ひとつの考えが形になった。
……無茶だ。だが、今さら他に選べる道なんてあるかよ。
デレクは躊躇なく体を起こし、開いた胸部プレートに金属球を押し当てた。
【デレク】「さあ……くだらねぇ『魔法』でも見せてみろ。」
歯を食いしばりながら呟く。
ピピッ――
目を開けると、ディスプレイにメッセージが点滅していた。
《鉄レベル・アップグレード》
《雷撃アップグレード》
《 マグノコア・プラズマリアクター に適用しますか? Y/N 》
デレクは即座に『Y』を選んだ。
ビシュッ!
金属球からリアクターへ、黄色いビームが迸った。
エネルギーゲージが、ゆっくりと上昇していく。
《リアクター充電率:20%》
殴打音と呻き声が耳に飛び込んできた。
男がイザベルの髪をつかみ、殴りつけている。
彼女の顔は血にまみれていた。
《リアクター充電率:40%》
それでも、イザベルは唾を吐き、鋭く男をにらみつけた。
【イザベル】「オルビサル様が……あなたを罰する。絶対に……!」
《リアクター充電率:60%》
(……イカれてやがるな、この女。)
(でも、根性だけは認めてやる。)
《リアクター充電率:90%》
【デレク】「おいッ!」
デレクの怒声に、男は顔をこちらに向けた。
その顔から血の気が引いていく。
イザベルは地面に崩れ落ちた。
《リアクター充電率:100%》
デレクはゆっくりと立ち上がった。
【デレク】「……どうやら、お前の予定とは違ったみたいだな。」
息は楽になり、NOVAのコアは怒りと復讐心と共に脈打っていた。
デレクは金属球を男に向かって無造作に投げた。
男はそれを受け取り、困惑した顔で見つめた。
【敵の男】「な、何を……?」
デレクはプラズマキャノンを展開した。
青白い照準マーカーが、男の胸をロックオンする。
【デレク】「……信じてみたのさ。」
ズバババババッ!
プラズマの嵐を叩きつけた。
男は慌てて水のバリアを形成したが――
《 熱電ダメージ、シールドにより無効化 》
【デレク】「チッ……」
だが、やめない。
黄金色のプラズマボルトを連射し続ける。
ドスッ、ドスッ、ドスッ!
リアクターは満充電。出し惜しみなど不要だった。
一発、進む。
もう一発、さらに進む。
男はふらつき、後退し――
バシャアッ!
足を滑らせ、尻もちをつく。
水のバリアが破裂し、泥と血と水たまりに変わった。
デレクは最後の一歩を踏み出し、プラズマキャノンの銃口を男のこめかみに押し当てた。
蒼白で震える男を、冷たく見下ろす。
【デレク】「……オレは、ただの殺し屋じゃねぇ。」
ゆっくりと、銃口を下ろした。
その瞬間――
ビュッ!
背後から閃光。
イザベルの白銀の剣が、男の心臓を一直線に貫いた。
ズブリ――ッ!
ボロボロの鎧を突き破り、剣が深々と沈む。
男の体がビクビクと痙攣し、全身に電撃が駆け巡った。
焦げた肉と焦げた髪の匂いが、むせ返るほど広がる。
イザベルは、肩で息をしながら剣を引き抜き、
男の体はぐしゃりと崩れ、泥と血に溺れた。
彼女は数歩よろめきながら後退し、無言で立ち尽くした。
デレクはその場に立ち、死体を見下ろしていた。
焦げた顔、見開かれた白目、絶望のまま固まった口。
血の海がじわじわと広がっていく。
ピピッ――
ディスプレイに通知が浮かんだ。
《 オーリックレベル上昇。アイアンレベル5 到達 》
【デレク】「……何でやった。」
低い声で問いかけた。
【デレク】「無力化してたろ。」
イザベルは一瞬怯んだが、すぐに肩をすくめて言い返した。
【イザベル】「あんた、オルビサルルに祝福されたようなアーマー着てるくせに、
殺すのにはビビるんだね。」
【イザベル】「意外だな、デレク。」
【デレク】「違ぇよ。」
デレクは死体を指差した。
【デレク】「自己防衛はいい。でも――これはただの処刑だ。」
【デレク】「それに、こいつから情報を引き出せたかもしれなかっただろ。」
イザベルは剣を勢いよく鞘に納めた。
【イザベル】「仲間がいるなら、また倒すだけだ。」
デレクは皮肉な笑みを浮かべた。
【デレク】「ああ、期待してるぜ。
さっきまで、相手の拳を顔で受け止めてたろ? あれじゃ降参間近に見えたぜ。」
イザベルは顔を赤らめたが、呼吸を整え、きっぱりと言った。
【イザベル】「ここは、あんたの世界とは違う。」
【イザベル】「あんたの優しさは、否定しない。
でも、ここじゃ通用しない。」
彼女は静かにデレクの肩に手を置き、まっすぐに灰色の瞳で見つめた。
そして、何も言わずにジャングルの奥へ消えていった。
デレクは長いため息を吐いた。
【ヴァンダ】「デレク。」
耳元で、ヴァンダの静かな声が響いた。
【ヴァンダ】「今回ばかりは、あなたが正しかったと思います。」
デレクは苦笑した。
【デレク】「ありがとな、ヴァンダ。」
【ヴァンダ】「もっとも、それにどれほどの意味があるかは分かりませんが。」
【デレク】「いや――意味はある。」
【デレク】「オレは……ヴァンダ。」
【デレク】「お前がいなきゃ、とっくに死んでた。」
ヴァンダは少し柔らかく答えた。
【ヴァンダ】「あなたが私を作ったのですよ、デレク。
あなた自身が、あなたを救うために。」
デレクは小さく笑った。
【デレク】「……かもな。」
彼は心の中で、誰にも言えない真実を抱えたまま、静かに目を閉じた。
ヴァンダの声はユキの声だった。
唯一、自分が耳を傾ける声だからだ――だが、
それだけは誰にも明かすつもりはなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回はかなりハードな展開になりましたが、次回から新たな展開に入ります。
デレクとヴァンダ、そしてイザベルの関係にも、少しずつ変化が…?
よければ感想や評価をいただけると嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




