第16章: 鎖を断つ者
ジャングルの奥深く、沈黙の中で交わされる会話。
スフィアの正体、狂気のシステム、そして襲いかかる「鉄7」の敵。
今回は、デレクが“力”と“選択”に向き合う激戦回です――!
デレクとイザベルは、半時間もの間、手つかずのジャングルの中を無言で歩き続けていた。
巨大な樹々が要塞の壁のようにそびえ立ち、鬱蒼とした樹冠が陽光をほとんど遮っていた。
ツタがあちこちでねじれ、首吊り縄のように垂れ下がったり、枝を締め上げたりしていた。
地面には、シダや広葉植物がびっしりと生い茂り、一部は微かに光を放っていた。
奇妙な虫たちが湿った空気の中を飛び交い、ブンブンと羽音を響かせていた。
遠くからは吠え声やカチカチという音が響き、この森で独りになることなど決してないと嫌でも思い知らされる。
デレクは、最近施したNOVAの改造データを分析することに没頭していた。
レベルアップと呼ばれる現象の後、ディスプレイに更新された情報をじっと見つめている。
《オーリックレベル 鉄4。アップグレード可能数:2》
アップグレードというのは、以前左腕のプラズマキャノンに施した強化のようなものだろう。
ただし、レベルアップの条件が「殺すこと」らしいというのは、気が重かった。
……人間にも適用されるのか?
その可能性は、あり得る。いや、むしろ高い。
ゾクリ、と背筋が寒くなる。
これを作った連中は、明らかに生物同士、人間同士を戦わせることを意図していた。
生き残れるのは、最も強い者だけ。
だが――何のために?
単に殺し合わせたいだけなら、余計な仕掛けなんか必要ない。
放っておいても、どうせ人間は勝手に争い始める。
この世界の仕組みを知れば知るほど、デレクは、自分が思っていた以上に巨大で、そして古代から続く謎に直面していることを痛感した。
……もしかすると、あの古代種族、ウォーディライ族にまで遡るのかもしれない。
しかし今は、「なぜ」ではない。「どうやって」だ。
生き延びるには、この世界のシステムを理解しなければならない。
観察してきた限り、レベルアップするたびに新たなアップグレード枠が解放される仕組みらしい。
つまり、レベルが上がれば、使えるスフィアが一つ増える。
レベル1アップ、スフィア1個追加。
もちろん、スフィアを持っていること、そしてそれを使う覚悟があることが前提だが。
だが、まだ何か見落としている気がしてならなかった。
……この常軌を逸した旅の仲間にも、もしかしたら重要な情報があるかもしれない。
それを引き出すべきだ。
デレクは咳払いをした。
【デレク】「ちょっと、質問していいか?」
イザベルは歩調を崩さずにうなずいた。
【デレク】「スフィアって、よく空から降ってくるのか?」
イザベルは額に小さな皺を寄せた。
【イザベル】「時期によるわ。最近は頻繁に起きてるけど。」
【デレク】「それで? 落ちたまま放っとくのか?」
【イザベル】「そんなわけないでしょ。回収して、自分たちを強化するために使うのよ。」
イザベルは振り向き、ヘルメット越しにデレクをじっと見つめた。
【イザベル】「本当に、スフィアのことを何も知らないの?」
デレクは肩をすくめ、首を横に振った。
イザベルは眉をひそめた。
【イザベル】「それが本当なら、あなたはこの世界の常識を何も知らないわ。……逆に、私たちもあなたの世界のことを全く知らないってことね。」
【デレク】「ああ、たぶんな。」
【デレク】「さっきのお前の技、バリアとか、あの雷もスフィアの力か?」
イザベルは空を仰ぎ、軽く手をかざした。
【イザベル】「ええ。スフィアの力と、オルビサル様の慈悲によって得たものよ。」
デレクは鼻を鳴らした。
【デレク】「スフィア拾ってスーパーパワーってわけか。……ゲームみてぇだな。」
一瞬、少しだけ楽しそうにも思えた。
発狂リスクとか、暴力必須のシステムとか、そのへんを無視すれば。
――全然楽しくねぇな。
イザベルの目が大きく見開かれた。
【イザベル】「そんな簡単なものじゃないわ! 誰もが限界以上の力を取り込めるわけじゃないの。オーラの許容量を超えたら、力に呑まれる。」
【デレク】「ほう。それが例の」狂気化」ってやつか。……で、どこまで大丈夫か、どうやって判断する?」
【イザベル】「『透視者』と呼ばれる者たちがいるの。魂を覗いて、どれだけ耐えられるか見極めるのよ。」
【デレク】「へぇ。じゃあ、戦う前に相手の強さなんて普通は分かんねぇわけだ。」
イザベルは唇を噛んだ。
【イザベル】「完全には分からないけど……直感で分かることはあるわ。強敵に出くわすと、体が本能的に恐怖するの。逆に何も感じなければ、その相手は弱いってこと。」
デレクはうなずいた。
要するに、全部レベル依存ってわけか。
レベルを上げれば能力が上がり、スフィアの吸収容量も増える。
まるで、NOVAに起こった現象そのものだ。
だが、なぜNOVAにそれが適用された?
コラールノードとの統合が関係しているのか?
……まだまだ調べる必要がある。
背後から金属がジャラリと鳴る音と共に、男の声が響いた。
【???】「へぇ……今日一日退屈かと思ってたが、いいもの見つけたな。」
デレクはスフィアを手に持ったまま振り向く。
そこにいたのは、大柄で禿げた男。
小さな目が寄り、頬には深い傷跡。
片方の肩と胸だけを守る、ボコボコに凹んだ鎧。
手には、ずっしり重そうな鎖をぶら下げていた。
彼の頭上には、ディスプレイに赤いラベルが点滅していた。
《レベル 鉄7》
……七だと!?
さっき戦った獣よりも上じゃねえか。
しかも、敵対認定されてるってことは――
向こうは、こっちを「殺す対象」と見なしてるってことだ。
デレクは無意識に唾を飲み込んだ。
このまま戦闘になったら、まず助からない。
まずは、このイカれた金髪ワーデンを宥めないと。
イザベルは前に出て、剣を構えた。
【イザベル】「あなた、誰? ここで何をしているの?」
男は歯をむき出しにして笑った。
汚れた歯、何本か欠けている。
【???】「はは、誰だって? お嬢さん、こんな場所にいるには、ずいぶん場違いな可愛子ちゃんだな。」
イザベルは背筋をピンと伸ばす。
【イザベル】「私はこの地の新しいワーデン、イザベル・ブラックウッドよ。」
男は眉を上げたが、笑みを崩さなかった。
【???】「へぇ、ついにこの忘れられたクソ田舎にもワーデン様が配属されたか。オルビサル教会も、もう少しマシな人材を送り込むかと思ったがな。」
イザベルは剣先を男に向けた。
【イザベル】「私の経験と、オルビサルへの信仰心があれば、下衆の相手には十分よ。今すぐ引き返しなさい。」
男は両手を広げて、オーバーにお辞儀をした。
【???】「へいへい、もちろん従いますとも。ナーカラのワーデン様の命令ならな。」
男はニヤリと笑いながら言った。
【???】「ただし、そこのメタリックゴーレム――いや、中にいる賢い坊やに頼んで、今持ってるスフィアを渡してもらってからな。」
デレクはイザベルの横に出た。
【デレク】「これか?」
デレクはスフィアを軽く持ち上げた。
【デレク】「それと、俺はゴーレムでもねぇし、そのメシアとやらとも関係ねぇよ。」
イザベルが鋭い視線を送ってくる。
……その鉄みたいに冷たい視線、やめてほしいんだけど。
【デレク】「何だよ。」
【デレク】「別に空から降ってくる玉っころ一個くらいで、人殺しする気はねえよ。次のスフィアでも待つさ。」
そう言いながら、デレクはスフィアを男に差し出した。
男は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐににやりと笑った。
【???】「ほぉ……中の人間、意外と賢いじゃねぇか。見直したぜ、ゴーレム坊や。」
男は手を伸ばし、スフィアを受け取ろうとした。
イザベルは唇を強く噛み、剣を握る手が白くなるほど力を込めていた。
男はスフィアを手に取った後、くるりと背を向けた――
だが数メートルも行かないうちに、また振り返った。
【???】「なぁ、やっぱやめた。今、オーリックレベル上げたいんだよなぁ。こんなチャンス、そうそうない。」
デレクは小声で悪態をついた。
【デレク】「チッ……なぁ、もう取引成立だろ。さっさと失せろよ。」
だが男はニヤニヤしながら、鎖をぐるぐる回し始めた。
【ヴァンダ】
《警告:対象の鎖に注意。エネルギー残量低下中。戦闘の長期化は推奨されません。》
【デレク】「分かってるよ……」
逃げられりゃそれが一番だ。
だが、このイカれた聖女様は絶対に逃げねぇ。
こっちが逃げたら、一人で突っ込んで死にに行くのが目に見えてた。
デレクは静かに、両腕のプラズマブレードを起動した。
シュウウウウッ――と音を立て、足元の湿った地面が焼ける。
重い機体を低く構えた。
今はスピードより、防御重視だ。
男は鎖を高速で振り回し、細かな水滴をばら撒いた。
バチバチバチッ!
水滴がNOVAの装甲に当たり、次々とダメージ警告が点滅した。
【デレク】「クソ……何だこいつの鎖……?」
【ヴァンダ】
《警告:衝突直前に水滴がスパイク化しています。即座に対処しなければ貫通の危険性あり。》
ヴァンダの冷静な声が耳に響く。
デレクは舌打ちし、突進した。
しかし、男は鎖を足元に巻きつけ、デレクの脚を一気に絡め取った。
ドサッ!
重い機体ごと、デレクは地面に叩きつけられた。
警告アラートが一斉に鳴り響く。
イザベルが高く剣を振り上げ、男に斬りかかった。
だが男は鎖を解き、ヒラリと後退。かろうじて回避した。
速い。こいつ、速すぎる!
倒れたまま、デレクはプラズマキャノンを発射したが――
男は鎖を一振りし、弾を逸らした。
また鎖を振り回し、新たなスパイクの雨を降らせる。
デレクは腕を盾にして顔を守り、装甲で直撃を耐える。
イザベルも光のバリアを張るが、白く輝くそれは衝撃のたびに揺らぎ、どんどん弱くなっていく。
このままじゃ――耐えきれねえ!
【デレク】(守るしかねぇ……!)
彼は思考を切り替え、強化モードを最大に引き上げた。
その代償に、動きはさらに鈍重になる。
警告灯が一斉に赤く点滅した。
右腕サーボ、損傷。
エネルギー残量、臨界警告。
だが、立ち上がるしかない。
デレクは唸り声をあげながら地面を蹴った。
イザベルも稲妻のような突きを放つが、鎖に弾かれて無効化される。
……クソッたれ、全部防がれやがる!
デレクは歯を食いしばり、後ろに下がって体勢を整えた。
【???】「どうした、坊や。そんなもんかぁ?」
男がニヤニヤしながら挑発する。
【デレク】「へぇ……その鎖、ちょっと興味あんだよな。解剖してもいいか?」
【???】「なら、喜んで見せてやるぜッ!」
男が鎖を投げつける。
その瞬間、NOVAの戦術補助が作動し、デレクの手が反射的に鎖をキャッチした。
男は目を見開き、すぐに怒りの表情に変わった。
鎖に力を込め、引っ張ろうとする。
【デレク】「チッ……化け物かよ、力……!」
デレクは右腕のアクチュエーター出力を全開にし、必死で耐える。
握りしめた鎖に、熱したプラズマブレードを押し当てた。
ジュウウウウ――!
鎖の金属が赤熱し、空気が揺らめく。
男の顔に焦りの色が浮かぶ。
【デレク】「切る気なんかねぇよ。ちょっとした物理実験ってやつだ。」
【デレク】「知ってるか? 金属って、熱伝導率が高いんだぜ。」
鎖の赤熱が男の手元へジワジワ迫る。
男は慌てて水の魔法を発動し、鎖に水を浴びせた。
――大失敗だった。
バッッ!
鎖に触れた水が一気に蒸発し、猛烈な蒸気爆発が起きた。
煮えたぎる水滴が男の顔面を焼き、彼は絶叫しながら倒れ込んだ。
デレクはすかさず跳びかかり、装甲のブーツで男の喉元を押さえ込んだ。
【デレク】「悪いが、スフィアは返してもらうぞ。」
男は必死にポケットからスフィアを取り出し、差し出した。
デレクはそれを奪い取り、握った鎖を男の前にぶら下げた。
【デレク】「これ、要るか?」
男の瞳孔が縮み、必死に首を横に振った。
デレクは肩をすくめ、鎖を思いきりジャングルの奥へ放り投げた。
カサカサと音を立てながら、鎖は密林の奥に消えた。
背後では、イザベルがよろよろと立ち上がる。
【イザベル】「やったの……? オルビサルに感謝を……!」
デレクは何か言い返そうとしたが――
次の瞬間、ディスプレイに赤い警告が点滅した。
《エネルギー切れ》
体が動かない。装甲ごと凍りついた……。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
今回はデレクにとって、命と引き換えに得る「勝利」がどれほど重いものかを描きました。
次回、エネルギー切れのNOVAはどうなるのか? そして、スフィアの謎はさらに深まっていきます――。
次回の更新は【5月7日】を予定しています。
少し間が空きますが、デレクたちの戦いの続きをどうぞお楽しみに!
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