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Messiah of Steel:異世界で最強科学装備無双!  作者: DrakeSteel
第二章 聖都の影と覚醒の機構
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第102章: 死が僕の中にある

デレクは固まった。口が半開きのままだ。


呪術師は燃えさかる杖をまっすぐ彼に向けていた。迷いも認識も、人間らしさも抜け落ちた目で。


追い詰められた獣に向き合う時のような眼差しで、彼はデレクを見据える。


――エリンドラに来た最初の日と同じ目だ。肩を並べて戦ってきた夜など、一度もなかったかのように。


ただし今回は、デレクはNOVAの中ではない。あの忌々しい杖の一撃――かすっただけでも――で、すべてが終わる。


それでも恐怖は来なかった。舌に残るのは、乾いた灰の味だけ。


【デレク】「ツンガ……何が起きてる?」


杖の炎がシューッと鳴り、はじける。リペアボットが即座に反応し、彼の脇でホバリングして部族の戦士にロックオン。プラズマキャノンが光を帯びた。


デレクは身を投げ出し、その前に飛び出す。両腕を大きく広げて。


【デレク】「やめろ! ここで撃つな」


ボットは停止し、サーボが唸る。砲身は揺るがず据えられたままだ。


炎の揺らめきが壁に影を跳ね回らせる。イザベルの視線がデレク、ツンガ、ボットへと走り、鋭い声が上がった。


【イザベル】「オルビサルにかけて、これは何の狂気です? 正気でいらっしゃいますか?」


【ツンガ】「こいつの中、《死》の力。見えないか」


【イザベル】「……何を「見ろ」と仰るのです?」


呪術師の深い皺を汗が伝った。


【ツンガ】「同じじゃない。命、生きるか死ぬか、もう気にしない。今、死が中にある」


デレクは瞬き、喉の奥で苦い笑いが擦れた。


【デレク】「何の話だ、じいさん。ここで「殺しは悪だ」ってまだ言えるの、たぶん俺くらいだぞ」


ツンガは杖をイザベルへと下げ、低く呟く。


杖先が炎を噴いた。


――あの狂人は撃つ気だ。ここ、《砦》の中枢で。どうやって生きて出るつもりだ? 本当に、俺を倒すために死ぬ気か? 何度も俺に命を救われておいて?


ボットがさらに浮上し、イオンスラスターの唸りが高まる。


まずい。こいつらにはもう自律性が芽生えている。長くは抑えきれない。


イザベルの目が見開かれ、刃は抜かれないまま、柄を握る手に力がこもった。彼女は迷いに凍りついている。


【デレク】「何してんだ、じいさん?」


【ツンガ】「言葉ひとつ……いや、思いひとつで足りる」


杖先の炎がさらに燃え上がる。呪いのような声。


【ツンガ】「滅びに備えろ、悪魔」


イザベルが腕を広げ、呼吸が速まる。


【イザベル】「ツンガ、やめなさい。何に苦しんでいようと、道はあります。――デレク、そうでしょう?」


――俺を試している。何のために? もし炎が解き放たれ、イザベルの顔が焼け落ち、足元に崩れ落ちたら――


……俺は、たいして気にもしない。


歯ぎしりが鳴り、心臓が喉元で雷鳴を打つ。


いや、違う。気にする。イザベルのことは――気にしなきゃ。


誰かが死んでも何とも思わない人間って、俺は何なんだ? いや、誰でもじゃない。イザベルだ。ユキが見たら何て言う――


その自覚は氷水のように彼を打ち、肺から空気を奪った。


ツンガには、それが見えたのだろう。炎は瞬時に消え、杖が下ろされる。


ワーデンは瞬きをし、不安げな表情になった。


【イザベル】「い……今、何が起きたのです?」


視線はデレクとツンガの間を揺れる。


ツンガは妙に静まり、顎を彼に向けて傾けた。


【ツンガ】「彼に聞け」


彼女はデレクへ向き直り、探るような目をした。


デレクは長く掠れた息を吸い、囁く。


【デレク】「ツンガが正しい気がする」


【イザベル】「……どういう意味です?」


【デレク】「わからない。けど――」胸に手を当てる。「もう同じじゃない。誰かが死んでも……ここで、何も感じない」


【ツンガ】「死。今はお前の一部」


イザベルの頬に血が上る。


【イザベル】「オルビサルにかけて、はっきり仰いなさい! 何が起きているのです?」


顎を固くしたデレクが吐き出す。


【デレク】「誰かが死んでも、もう気にならないってことだ、イザベル。エボンシェイドで死んだ連中、ここで俺がこの手で殺してきた連中――それに……ユキでさえ」


彼は息を吸い、どうにか気持ちを整える。


【デレク】「俺が誤って殺したかどうかなんて――もうどうでもいい。彼女が死んだことすら、どうでもいい」


イザベルは口を開けたまま、言葉を失って見つめる。


ツンガが杖を床に叩きつけた。


【ツンガ】「死の力、お前に触れた。放っとけばすぐ、欲しいから殺す。お前、シャイタニになる。世界、壊す悪魔。そして……」


【デレク】「そして最後は俺も死ぬ。だろ? 中のエネルギーが、そのうち俺を食う」


【ツンガ】「ああ。死、お前の命も奪う。先にお前を使い、世界に死、広げる」


デレクはゆっくりうなずく。


【デレク】「獣の精霊の言うとおりってわけか。あの時、俺を殺しておくべきだった。厄介ごと、だいぶ減ったろ」――口元に苦い笑み。「俺のもな」


ツンガは顎を強張らせ、杖を彼に向けて上げた。もはや獣じみた眼光はない。密林の戦士がやるべきことをやろうとする、厳しい決意だけがある。


【イザベル】「だめです!」


イザベルが射線に踏み出し、刺すような視線を呪術師へ向ける。


【イザベル】「ここは密林ではありません。兆しがあるからといって、人を即座に斬り捨てたりはいたしません」


リペアボットが動き、呪術師の左右に滑り込む。砲が回転してロック、発射準備。イオンスラスターが怒れるスズメバチのように空気を震わせた。


ツンガは無視した。


【ツンガ】「どけ、ワーデン。死だけは治らぬ。永遠に」


デレクはゆっくり息を吐く。不思議なことに、自分の死さえどうでもよくなっていた。あらゆる形の「死」という概念そのものを受け入れてしまったかのように。


――たぶん、あの狂信者の言っていたのはこれだ。エボンシェイドで失われた命を何とも思わなかったあの男を、血に飢えた狂人だと思っていた。だが違う。ただの……受容だ。


そして今、彼は自分の運命さえ受け入れてしまっている。


【デレク】「ツンガ。――アリラも、同じになるのか?」


【ツンガ】「ならぬ。あの娘のチャクラ、まだ力、内に保つ。今は」


デレクはうなずくと、手首をひらりと振り、ボットに待機を命じた。


プラズマキャノンがカシャン、と乾いた金属音を立てて引っ込み、円筒ハウジングへ滑り戻る。ボットは大人しく足元に降りた。


デレクは軽い足取りでイザベルの脇を通り、ツンガへ歩み寄る。


【イザベル】「デレク、だめ! お近づきにならないで」


薄く笑ったデレクが呪術師へ向き直る。


【デレク】「殺す前に片づけることがある、じいさん」


ツンガは眉をひそめたが、黙した。


【デレク】「まず、この星の秘密を暴く。エリンドラ。《球体》の謎、カシュナールに結びつく予言――」机に散らばる紙を指さす。「エラスマスのおかげで、地図を見つけた」


【イザベル】「それを、先ほど調べておられたのですか?」


【デレク】「ああ。《砦》の地下遺跡へ続く通路の地図だ」


【イザベル】「その遺跡のことは存じております。今の《砦》は、より古い神殿の上に築かれております。ですが、それが今なぜ肝要なのです?」


デレクは灰色の瞳でまっすぐ見返す。


【デレク】「全部だ、イザベル。もし俺が正しければ、最下層で答えが出る。ワーディライの端末があるはずだ。エラスマスいわく、どの《砦》の下にも一つある」


【デレク】「コンピュータ――だ。ヴァンダに似てるが、もっと古い。ずっと古い。エリンドラ最初の数世紀のデータ、そして空から落ちる《球体》の起源。そこに全部ある。――イザベル」


彼女は唇をわずかに開き、眉を上げ、囁く。


【イザベル】「本当に、そうお考えなのですか?」


デレクは力強くうなずき、再びツンガへ視線を戻す。


【デレク】「まずはこれを片づけさせてくれ、じいさん。そのあとで、お前の「やるべきこと」をやれ」


呪術師は彼の目をじっと見据えた。長い数秒が、数分のように過ぎる。杖の炎の輝きが、その眼光の燃えさしと呼応した。


蒼ざめた顔で、イザベルは一息に剣を抜く。彼女の手から稲妻が迸り、刃を走って柄まで電光が走る。全体がバチバチと鳴った。刃先が彼の顔に向く。


【イザベル】「カシュナールが仰せです、呪術師。彼の運命を妨げること、許しません」


ツンガの視線が火花散る刃に止まり、やがてデレクへ戻った。


【ツンガ】「あいつの運命、滅び。ワーデン。シャイタニ。世界、壊す」


彼女の顎が固く結ばれる。


【イザベル】「違います。あなたは誤っています。彼は《鋼のメサイア》――我らを救う者。その宿命です。あなたに、それを妨げさせません」


炎と雷がぶつかり合い、狭い空間で主導権を争うように、シューッと音が走る。


デレクは唾を飲んだ。仲間同士があと数秒で斬り結ぶ――それでも胸の内は何も動かない。恐れも切迫感もない。あるのは空虚だけ。たぶん俺は、本当にシャイタニになりつつある。あの馬鹿げた言葉が何を意味するにせよ。


【デレク】「――バカはやめろ」


二人は同時に彼の方を向き、目を見開き、口を半開きにする。


デレクは短く鼻を鳴らした。


【デレク】「言ったとおりにする。すぐ出る。《球体》の謎を解く。――で、ツンガは「必要なこと」をやれ」


肩の塵でも払うように軽くすくめる。


【デレク】「俺にとっては、どうでもいい」


ツンガは歯を食いしばり荒く息をし、ついに杖を下ろした。イザベルも一拍置いてから、剣を下げる。


【ツンガ】「……よかろう。デレク・スティール」


デレクはうなずく。老人が本名を口にしたのは初めてだ。


【デレク】「感謝。長くはかからないさ。どうせ辿り着く前に死ぬかもしれないけどな。エラスマスの話じゃ、遺跡は千年前の魔術罠だらけだ。いくつか現役でも驚かない」――口元に苦い笑み。「俺の運の悪さなら、全部現役でもおかしくない」


イザベルが瞬く。


【イザベル】「ですが、NOVAは動かないのでしょう。どのように遺跡まで行かれるおつもりです?」


【デレク】「歩きだ。地図を見た。下は狭い通路が多い。NOVAは通れない。プラズマキャノンで抜けば、遺跡全体が頭上に落ちる。強襲用パワーアーマー向きの任務じゃない」


彼女は身を強張らせ、柄を握る手に力を込める。


【イザベル】「無礼を承知で申し上げます。装甲がなければ、あなたは――」


【デレク】「わかってる。君は俺を「装甲なしの無力な男」だと思ってる。魔法なし、装甲なし、武器なし――《鋼のメサイア》は終了。ただのデレク、ってな?」


彼女の頬が赤くなる。


【イザベル】「違います、私はそのような――」


【デレク】「落ち着け。完全に外れてもいない。ボットもヴァンダもいるし……イサラの助けで、ちょっとした仕掛けも作っておく。「面白く」なった時のために」


イザベルは顎を固くし、こわばった頷きを返す。


【イザベル】「承知しました。では、いつご出発を?」


【デレク】「君は来ない、イザベル」


彼女は驚いて目を見開く。


【イザベル】「何と……? カシュナールを無防備のまま一人で歩かせるおつもりですか?」


【デレク】「君の任務は戦争を止めることだ。もう昔みたいに「死」を感じなくても、優先順位くらいは理解できる」――薄く笑う。「暗殺の黒幕を見つけて、戦が始まる前に止めろ」


彼女の顔がかっと紅潮する。


【イザベル】「本気で仰るのですか! 装甲なしで一人なら、あなたは――死にます」


デレクは一歩近づき、彼女の肩に手を置いた。二人の顔の距離は数センチ。


イザベルの瞳は嵐の空。今にも崩れそうだ。


デレクは笑い、怒りの矛先を変える。


【デレク】「君を信じてる」


彼女は二度、瞬いた。


【イザベル】「……信じてくださるのですか?」


――たぶん、死がどうでもよくなった今、アリラの瀕死も大したことじゃなくなったのかもしれない。あるいは彼女を本当に許したのか。今の自分には判然としない。だが、今となっては大差ない。


デレクはゆっくり頷く。


【デレク】「ああ。信じてる」


イザベルは小さく息を吐き、肩の重荷が下りたようだった。


デレクはツンガへ向き直る。


【デレク】「君は? 彼女を手伝えるか。部族に状況を説明する必要が出るかもしれない。ワーデンより、君の言葉の方が通る」


【ツンガ】「手伝う。お前、戻れば、ここにいる」


デレクは彼の肩をぽんと叩く。


【デレク】「だろうな、じいさん。俺を始末する件になると、ほんと頼りになる」


【ツンガ】「……」


二人とも、これがおそらく別れだと分かっていた。《砦》の罠が彼を殺さないとしても、体内に膿む死のエネルギーが彼を殺す。いや、宇宙はもっと馬鹿げたやり方で片を付けるかもしれない。


イザベルは黙って彼を見つめた。顎は固く結ばれ、炎の明かりに瞳が揺れている。


【デレク】「……何か、問題でも?」


【イザベル】「……いえ」


【デレク】「じゃあ、なぜ俺を見つめてる?」


イザベルは鋭く鼻を鳴らした。


【イザベル】「理に適いません」


顎髭を掻くデレク。


【デレク】「もう少し具体的に」


【イザベル】「何ひとつ、理に適いません! あなたはカシュナール。宿命がある。その結末が、こんなはずはないでしょう。あなたが、こんなふうに死ぬはずがない。私の使命は、あなたをお守りすることでした……」――ごくりと喉を鳴らし、囁く。「どうして、こうなるのです、デレク?」


デレクは笑った。


【デレク】「やっと気づいたか。この宇宙、筋なんて通っちゃいない。ただ――筋が通ってる「ふり」をする。目の前に餌をぶら下げて、「これが全てだ」と信じさせてから――」


彼は彼女の顔の前で指を弾く。


【デレク】「奪い去る。――一番、油断してる時にな」


彼女はゆっくり頷く。


【イザベル】「今なら、あなたのことがわかる気がいたします」


口端が歪む。


【デレク】「ようやくだ。説明できる俺の方は、もうほとんど残っちゃいないけどな、その金髪の頭蓋に」


デレクは手を差し出す。


【デレク】「じゃあな、二人とも。「楽しかった」と言いたいが、実際は地獄だった」


イザベルはその手を見つめ、眉を寄せる。


【イザベル】「それは……何でございますか?」


【デレク】「前にも言ったろ。別れの時は、こうやって握手を――」


言い終える前に。


イザベルが飛び込み、彼を強く抱きしめた。


肺の空気が一気に押し出される。彼女は雄牛のような力で締め上げ、その髪が彼の鼻をくすぐった。革と磨かれた鋼の匂いが頭を満たす。


【デレク】「うぐっ……そろそろ離してくれ。――君も俺を殺すつもりか?」


【ツンガ】「そいつ、俺の獲物。やめろ、ワーデン」


彼女は彼を放し、一歩下がる。


【イザベル】「別れは、こちらのやり方で」


痛む胸をさすりながら、デレクが皮肉に応じる。


【デレク】「ああ、俺の世界にもある。大抵、肋骨は折らないけど」


イザベルは短くうなずき、喉を鳴らしてから、優しくも哀しい微笑みを浮かべる。


【イザベル】「今まで申し上げませんでした。もう二度と機会がないやもしれません。――あなたは、本当にどうしようもない愚か者です、デレク・スティール」


ツンガが、カラスの鳴き声のような濁った笑いを漏らす。


【デレク】「おい。それ、メサイアに言う台詞か?」


彼女は無表情で見返した。


【ツンガ】「では、行く。地下に降りる時、《砦》、吹き飛ばすな」


後頭部をかくデレク。


【デレク】「最善は尽くす。保証はしない」


ツンガは唸って首を振る。


デレクは、二人が部屋を出て扉を閉めるのを見送った。


彼が死ねば、ツンガは獣の精霊のご機嫌を取り戻し、イザベルはウリエラ・ヴァレンのご寵愛に戻るだろう。


そして、少しばかり運が良ければ、彼自身にも小さな安らぎが転がり込むのかもしれない。


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