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女の子はヒーローになれる!?

 カレンダーは5月の1日。明日からはゴールデンウィークの初日。

 街の雰囲気はどこか浮き足立っていて、そんな中なにも予定がない遠藤桃15歳、トボトボと昇降口に来ています。

 まだどこか眠そうな生徒たちが一様に下駄箱で靴をはきかえ、けだるそうに教室に吸い込まれていく。

 私もみんなの真似をするようにほとんど同じ動きで歩く。休みの日は連載を進めようかな、とぼんやり考えながら。


「桃さん、おはようございます」


 お向かいの下駄箱から顔を出したのは、昨日からさっこみゅ部のメンバーになった飯泉汐莉ちゃんだった。大きな縁の眼鏡から見える目はまだ少し眠たそうだった。


「おはよー、汐莉ちゃん! 眠いね」


「ええ、今朝も暖かいですから眠気も冷めませんね。ゴールデンウィークも晴れるそうですよ」


 長い髪を掻き上げながら彼女は私の隣を歩く。

 汐莉ちゃんの髪、真っ黒でサラサラで綺麗だな。なにか特別なケアでもしているのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えながらゴールデンウィークの話題に触れた。


「ゴールデンウィークかあ。汐莉ちゃんは予定があるの?」


「私はまだ読んでいない小説を読んだりするかと。どこも混み合いますしね」


 昨日まで全然話したことのない子とこうして肩を並べている。なんだか不思議な気持ちになり、その心地よさに頬を緩ませる。

 1年生の教室は4階で、私たちはしばらく無言でその長い長い階段を上っていた。

 汐莉ちゃんは何か想いたったようにピクリと肩を震わせた。


「そういえば、桃さんの“大都市天使”読みましたよ」


「え、あああ! よよ、読んでくれたの? ありがとう」


 私は驚いてなんども頭をさげてしまった。すごく気恥しくて、きっと顔は林檎みたいに真っ赤だろう。いや、私のユーザーネーム桃瀬林檎だけどさ。


「ええ、とても読みやすくてまとまりのあるお話だなあと思いました。主人公の天使さんもすごくきれいで儚くて」


「よかった。オチの付け方とか結構苦労しちゃって……読んでくれてありがとう」


 あまりにも蒸気する頬を押さえてあと1階分の階段を一段あがる。

 設定はモデルの美加ちゃんがいたから助かったよ。うう、もしお世辞だとしても嬉しいな。


 その時、遠くで黄色い声がした気がした。否、気のせいかもしれない。

 まさか美加ちゃんのことを思い浮かべたらご本人登場、なんてドラマみたいなことが……


「おっはよー、桃!」


 あった。


 驚いた。いつも美加ちゃんはこの時間に投稿してこない筈だ。それにファンクラブの子を巻いてきたらしい。全速力で4階分の階段を駆け上がってきた美加ちゃんの額にはうっすら汗が滲んでいた。


「おはよー、美加ちゃん。今日は早いね」


「おう、見てよ! 期間限定のいちごミルクティーオレ。朝イチでゲットしちゃったもんねー」


 美加ちゃんはコンビニのビニール袋を得意げに掲げて見せた。美加ちゃんが大好きな飲料メーカーはシーズンごとに期間限定商品を出す。その度に美加ちゃんはチェックしているのだった。こういうところは普通の女子高生だな、と思う。イケメンだけど。言動おっさんだけど。


「よかったねえ」


「おう、桃のもあるから一緒に飲もうな! んじゃ、お先に教室行くわ」


 美加ちゃんが言うといちごミルクティーオレなのに“飲もう”じゃなくて“呑もう”に聞こえるよ。飲酒は二十歳を超えてからだけど。

 美加ちゃんを見送り、ふと汐莉ちゃんを見れば大きな目を更に見開いて驚愕の表情をしている。

 どうしよう、もしかして汐莉ちゃんも美加ちゃんのファンクラブに入っているとか? 私刺される!

 わなわなと震えながら汐莉ちゃんの名を呼ぶとふと我に返ったのか、眼鏡のフレームを指で押し上げた。


「あの、彼女は小村井美加さんですよね?」


「う、うん。そうだよ。幼馴染なんだ」


「そう、ですか……」


 そう言ったきり汐莉ちゃんはぼうっと黙りこんで一瞥もなしに、吸い込まれるようにF組の教室に入って行ってしまった。

 私、何かものすごく悪いことをしてしまったのかも。いや、でも美加ちゃんと幼馴染は悪いことではないし。


 もしかしたら汐莉ちゃんは美加ちゃんのことを……いやいや、いくらBL作家さんとはいえそれはないよね。うん、ないない。


 突き当り手前のB組の教室に入れば、紙パックにストローをスタンバイした美加ちゃんが目を輝かせて待っていた。


「桃ー! 早く早く!」


 おやつ前の子犬のような美加ちゃん。

 私は椅子に座ると静かにため息を吐いた。


「モテる幼馴染がいると一般人の私も大変ですなあ」


「おーなんだなんだ? おだてても何も出ないぞー」


 美加ちゃんが買ってきたストロベリーミルクティーオレはほのかな酸味があって、もし小説に書くのだったらこれが初恋の味に比喩するのだろうか。

 今日は大型連休最後の平日。授業は殆どゆるく、午後は少し早上がりだ。

 私は胸に溶けない一抹の不安を残しながら放課後、部活が始まるのを待つのだった。




* * *




「しつれーします……」


 さっこみゅ部では鍵当番なるものがあり、文字通り部室の鍵を開ける係なのだが、今日の担当は鬼塚くんだった。

 その鬼塚くんに先程すれ違い、今日は清掃当番で遅れるから汐莉ちゃんに鍵を託したらしかった。

 朝のこともあり、恐る恐る扉を開けると。そこにはまっすぐな目でこちらを見ている汐莉ちゃんがいた。


「あの……」


 汐莉ちゃんの薄い唇が遠慮がちに開かれる。何を言われるのかとおどおどすれば彼女の口から出た言葉は思いがけない物だった。


「桃さんをモデルにしてもいいでしょうか?」


 ……はい?


 心の声が口に出てしまっていたようだ。汐莉ちゃんは泣きそうな顔になりながら説明しだす。


「今朝桃さんと、会った時に小村井さんとあってこうビビッと来てしまったんです。どうか連載小説のモデルにさせてくださいませんか?」


 あまりに意外な言葉に思考回路が追い付かない。私はただ美加ちゃんと新作の飲み物の話をしていただけで、それでどんな物語が膨らんだのだろうか?


「いいけど、私が主役なのかな? なんか照れるね」


「いいえ、勿論ヒーローです」


 汐莉ちゃんは目を輝かせる。


「え、えっと、ヒロインの間違いだよね? いやヒロインっていうのもおこがましいけれども……」


 私がもごもごと口ごもると、ガシリと肩を掴まれる。


「いいえ! もちろんヒーローです。主人公が小村井さんです。男女共に人気のある小村井さん、それでも彼が好きなのは幼馴染であり自分を一般人だと思っている桃さんなのです」


 先程の涙目が一変、自信たっぷりに答える汐莉ちゃんはなんだかキラキラと輝いていた。これはまさに恋する女の子の顔だ。


「あのーもしかして美加ちゃんも男の子なの?」


「ええ、もちろんです! 幼馴染の王道ボーイズラブです!」


 うう、やっぱり。私は項垂れる。つまり私は性別を替えて間接的に美加ちゃんと恋愛をするわけで。いや、女の子のまま恋愛するのも恥ずかしいけど色々と複雑だよ。


「まあ、本名を出さなかったらいいかな……うん」


 私も現に短編祭は美加ちゃんをモデルにしたしね。ダメって強くは言えないよ。


「ありがとうございます! ああっ、インスピレーションが降って参りました。さっそく入稿しなければ!」


 私調べではボーイズラブを嗜好する女の子を腐女子というらしいけど、腐女子本当に怖いです。現に汐莉ちゃんは何かに取りつかれたかのようにキーボードをタイプしている。


 すごいよ、キーボード見てないよ。私もブラインドタッチ身に付けたいな。


 ぼんやりと汐莉ちゃんを眺めていれば鬼塚くんが部室に到着した。


「お疲れ様です」


「ああ、お疲れ。飯泉は随分集中しているな」


「うん、なんかスイッチ入ったみたいで……」


 鬼塚くんが向かいに座る。今日も真面目で凛々しくて素敵だなあ。

 そんなふうに思いながら鬼塚くんをしばらく見つめた。

 よし、私もそろそろパソコンを立ち上げなければ、そう鞄を開いた時に勢いよく部室の扉が開かれる。


「同志たちよ! いざ、野外研修でござる!!」


 静かな教室の中、完全に場違いな大声を出したのはこの部一番の人気ネット作家、一ノ宮瑞輝くんだ。

 彼は唖然とする私たちを余所に自信満々に両手を腰に当て仁王立ちしていたのだった。

更新が遅れてしまい申し訳ありません。

次話の更新は4月8日予定です。

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