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俺の彼女がめちゃくちゃモテる件 〜派手にモテる彼女と、地味にモテる彼氏〜  作者: 丸深まろやか
第一章

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037 「頑張ったからよしよしして」


「桜花ちゃん」


 その中のひとりに、美湖が声をかけた。

 佐野桜花が、ビクッと身を引いて立ち止まる。

 そのあいだにも、美湖は他の部員たちに愛想よく断りを入れ、いつの間にかその場には、桜花と美湖、そして侑弦の三人だけになっていた。


 恐ろしく手際がいい。それが頼もしくもあり、怖くもあった。


「美湖ちゃん……それに、朝霞くん。な、なに……? まさか、またこの前の話……?」


 怯えたような声で、桜花が言った。


 無理もない。それに、気の毒だとも思う。

 きっと彼女は、逃さない、という意思を、美湖の雰囲気から感じていることだろう。


「そう、紗雪ちゃんの件。確認したいことがあったから、待ってたの」


「……私、ほっといてって言ったよね」


「うん。でも、ほっとけない」


 美湖は淀みなくそう返して、屈託のない笑顔を作った。

 不愉快そうに目を細めて、桜花が美湖を鋭く睨む。


「そういうの、迷惑だよ? 美湖ちゃん、関係ないんだからさ」


「迷惑は承知。桜花ちゃんに嫌われるかもって、覚悟はしてる」


「……そもそも、どうしてあの子に肩入れするわけ? 悪いのはあの子なのにっ」


 桜花の言葉に、静かな怒気が混じる。

 とはいえ、前回教室で美湖が談判したときに比べれば、落ち着いている。

 思えば、ついてきてほしい、と頼まれたとき、美湖が言っていた。


 ――男の子がいた方が、桜花ちゃんは冷静になってくれると思うから。


 女の子だけの口論は、荒れやすい。

 侑弦にはあまりピンと来なかったが、どうやら美湖の読み通りだったらしい。


「紗雪ちゃんから事情を聞いて、仲直りしてほしいって思ったから。私は、自分がやりたいことをしてるだけ。ふたりは、元に戻った方がいい」


「……そんなの、私が決めることじゃん」


「違うよ。私も紗雪ちゃんも、桜花ちゃんも、自分がどうするのか、どうしたいのか、それぞれ自分で決める。やりたいことに障壁があるなら、乗り越えるか、諦めるか選ぶ。ただそれだけ。そして桜花ちゃんの障壁は、この私」


「……意味わかんない」


 うんざりしたように、桜花は深いため息をついた。


 美湖の言うことは、どこまでも正論だ。

 だからこそ、桜花にとっては厄介で、難儀だろう。


 だが、本来天沢美湖とは、こういう女の子なのだ。

 自分の気持ちを一番大事にして、そのためには人との衝突を厭わない。


 美湖には、覚悟がある。

 だからこそ、彼女を退けるには、同じくらいの覚悟が必要だ。


「碓氷くんが原因?」


 美湖が言った。

 途端、桜花は伏せていた顔を勢いよく上げて、口元を歪めた。

 薄暗い今の時間でも、頬がほんのり赤いのがわかった。


「いろいろ、聞いたよ。碓氷くんが、紗雪ちゃんのことを好きだって噂。それに、桜花ちゃんが――」


「やめて!」


 桜花が鋭く叫んで、美湖の言葉を遮った。

 幕を張った瞳が、うるうると揺れている。


「好きな男の子が、自分の友達の方を好き。それがわかって……悲しくて、紗雪ちゃんにつらく当たっちゃった。そういうこと?」


「……」


 桜花は答えなかった。

 ただ、怒りと呆れがない混ぜになったような表情で、美湖を見つめている。


 美湖の指摘は、核心を突いているように見える。

 飾り気もなく、単刀直入に。


 しかし、桜花のこの反応は――。


「違うんだね」


「っ……!」


 あっさりとした、美湖のセリフ。

 一転、桜花は目を見開いて、その場に縫いつけられたように固まった。


「ううん、正確には、それだけじゃない、って感じかな」


 トン、と一歩、美湖は桜花に近づいた。

 そのまま彼女の手を取って、優しく撫でる。


 今日、美湖が桜花に話すことは、侑弦も事前に聞かされていた。


 ――俺と佐野さんは、似てるからね。

 ――そういう人が、俺たちには眩しく見える。手に入れたいと思ってしまう。


 昨日、デートの途中で会った碓氷司が、言ったこと。

 きっと、あれが美湖のヒントになっていた。


「これは、私の想像。違ってたら、否定してくれていい」


「……」


「桜花ちゃんにとって、紗雪ちゃんは、ただの友達じゃない」

 慎重な声で、美湖が言った。

 桜花の表情が、険しさを増す。

 これから言われるかもしれないことを恐れて、動けないでいるように見えた。


「桜花ちゃんは、紗雪ちゃんを助けた人(・・・・)になりたかった。自分がいないと、あの子はなにもできない。そういう関係性がほしかった。違う?」


 返事を促すように、美湖が顔を少しだけ傾けた。


 助けた人。

 孤立していた綿矢紗雪に手を差し伸べた、たったひとりの友人。


 佐野桜花はなにも言わず、ただ顔を歪めて、くちびるを噛んでいた。


「あんなに綺麗でかわいい子が、みんなに馴染めてない。それを助けてあげれば、自分はあの子にとって、唯一の頼れる相手になる。その立場がほしくて、そうなりたくて、桜花ちゃんは紗雪ちゃんに近づいた。勉強を教えてもらうっていうのを、口実にして」


「……紗雪に聞いたわけ?」


「仲よくなったきっかけ自体はね。たださっきも言ったけど、それ以外は単なる私の想像。でも否定しないってことは、当たってるんだ?」


 美湖が言うと、桜花は苦々しい表情で俯き、小さな拳をギュッと握りしめていた。


 最初は、突拍子もない仮説だ、と思った。

 けれど、この手の複雑な人間の心理については、侑弦よりも美湖の方が、ずっと造詣が深い。

 なにより、美湖の話を聞いていると、少なくとも事実との辻褄は合っている気がした。


 あくまで、想像。

 そうは言いながらも、ほぼ確信を持っていそうな口ぶりで、昨日の帰り道、美湖はこの仮説を侑弦に話した。


「……美湖ちゃんって、ホントは性格悪いでしょ」


「そんなことないもん。私だって、今は普通に気まずいし。でも、全部はっきりさせなきゃ、ふたりは仲直りできない」


「だから……余計なお世話なんだってば」


「悪いな、とは私も思ってるよ。ごめんね、桜花ちゃん。ただ、なにも桜花ちゃんのこと、責めてるわけじゃない。気持ちは理解できるし、そういう関係って、この世によくあると思う。紗雪ちゃんに対して、友情がないってわけじゃないんでしょ?」


「……」


 最後の美湖の問いかけには、桜花はなにも答えなかった。

 ただ恨めしそうに美湖を睨んで、たまに侑弦の方にも視線を投げる。

 やはり、異性である侑弦の存在は、ある程度機能しているのかもしれない。


「桜花ちゃんにとって、紗雪ちゃんは憧れの相手だったんだよね」


 美湖が言った。

 桜花の肩がピクリと、明らかに跳ねた。


「自分を貫いて、いつもひとりで、平気そうにしてる。そんな子を助けてあげた自分、っていう関係が心地よかった。でも……今回のことで、全部が崩れた」


 美湖が、そこで一度言葉を切った。

 反応を確かめるように桜花を眺めて、少し肩をすくめる。


 憧れと優越感の入り混じった、歪んだ心地よさ。

 それが美湖が読み解いた、桜花が紗雪に持っていた感情の正体。


 だが碓氷司が――恋の噂が、この関係を壊してしまった。


「好きな人の好きな人が、自分の友達。なのに、本人はそんなこと、全然興味なさそうにしてる。それを見て、憧れと優越感が、暗い劣等感に変わっちゃった。それに、好きな人を取られるかもっていう、焦りと不安もある。だから、仲よくできなくなった。拒絶して、距離を取るしかなくなった。自分の心を守るために。紗雪ちゃんには、理由も言わず、ね」


「……想像で、よくそんなに喋れるよね」


 拗ねたような口調で、桜花は言った。


 先週の、あの昼休み。

 紗雪が司に自分への好意を問いただしたとき、その答えを聞く前に、桜花は逃げるように教室から出ていった。


 きっと、司の回答を聞くのが怖かったから。

 あの場にいるのが、耐え難かったから。


「違うって言ったら?」


「そのときは、ホントはどういうことなのか、教えてほしいな。私は、ふたりに仲直りしてほしいから。桜花ちゃんたちのためにも、ね」


 淀みなく言って、美湖がパチッと上手すぎるウィンクをした。


 相変わらず、選ぶセリフがひたすらに、前向きだ。

 半ば呆れた思いで、侑弦はやれやれと首を振った。


「そんなの……綺麗事でしょ」


「綺麗な方がいいよ、大体のことは。暗いのはしんどいし、悲しいしね」


「……バカみたい」


 吐き捨てるように、桜花が言った。

 が、美湖は少しも怯まず、笑顔を保ったままだった。


「桜花ちゃんは、このままでいいの?」


「……」


「このまま終わったら、もう戻れないよ。紗雪ちゃんのこと、全然大切に思ってないなら、仕方ない。でもそうじゃないなら、簡単に失っていいの?」


「っ……簡単なんかじゃない! 私だって、悩んで……苦しんで――」


「ううん、簡単だよ。桜花ちゃんにとってどれだけ重要で、深刻な問題でも。大切なものを全部守る努力を、まだ桜花ちゃんはできてない」


「なっ……‼︎」


 美湖の言葉に、桜花は目を見開いた。

 怯えたように身を引いて、一歩、そしてもまた一歩、後退りをした。


 強すぎる。

 侑弦は思った。


 美湖の言うことは、きっとどこまでも正論だ。

 けれど、正しさはときに、牙になる。

 向き合えない人間に弱さを突きつけるのは、場合によっては残酷な行為だ。


 もちろん、美湖にはそれすらも、わかっているのだろうけど。


「桜花ちゃんが、変わらなきゃ」


「……やめて」


「変わって、弱い自分を受け入れて、進まなきゃ。でも、それには勇気と意志がいる。どっちも持てないなら、もう本当に、このままだよ」


「やめてっ‼︎ うるさいってば‼︎」


 鋭く、悲鳴のように叫んで、桜花は駆け出した。

 カバンを激しく揺らして、侑弦の隣を勢いよく走り過ぎていく。


 小さくなる背中を眺めながら、美湖はまた、ふぅっと肩をすくめた。


「……よかったのか、あれで」


「うん。これが一番いいの」


「即答だな……。まあ、お前はそういうやつだけどさ」


 肩に手を置くと、美湖は侑弦の方を見た。

 言葉とは裏腹に、表情は切なく、不安げだった。


 強い言葉は、発する方も消耗が激しい。

 そもそも、誰かと口論することも、人を叱ることも、楽なわけがないのだ。


「桜花ちゃんに嫌われちゃったら、慰めてね」


「ああ、わかったよ」


「あと、頑張ったからよしよしして」


「……ちょっとな」


「うんっ。えへへー」


 へにゃっと笑う美湖の頭を、軽く撫でてやる。

 美湖はその手を自分の両手で包んで、しばらくそのままにしていた。


「誰に嫌われても、俺は最後まで味方だよ」


「……うん。ありがと、結弦」





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