表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の彼女がめちゃくちゃモテる件 〜派手にモテる彼女と、地味にモテる彼氏〜  作者: 丸深まろやか
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/38

029 「もう友達だもん」


 綿矢わたや紗雪さゆきは、昔から他人と話すのが得意ではなかった。

 建前や嘘が苦手で、その場の雰囲気に合わせたり、空気を読むといったことができない。

 頭がよく、極めて合理的で、口数も少ない。

 おまけに本人もひとりが好きで、孤立を悲しいとも、つらいとも思わない。


 そんな紗雪が円滑な人間関係を築くのは、簡単なことではなかった。




 中学生になると、思春期で複雑化した周囲の感情が、紗雪からますます、他人との関わりを奪った。


 クラスメイトたちの発言と行動の不一致や、不合理な言動に疑問を持つ。

 それを指摘すると、怒りや反発を受け、関係が悪化する。

 もともと人が悪いわけではなかったものの、時折極端に相性の悪い人間に出会い、目の敵にされる。


 そんなことを繰り返すうちに、紗雪は自分と周囲に、見切りをつけるようになった。


 自分は、他人とはうまくやれない人間だ。

 そして、そうしたいとも思っていない。

 なら、ひとりでもいい。困ることも、できないことも、ほとんどないのだから。


 そんなことを思い、紗雪はいっそひとりで気楽に、好きなように過ごすことにした。


 実際、それで困ることはなかった。

 友達はできなかったが、代わりに周囲との衝突も目に見えて減った。


 ただ、どこか漠然とした不安と、孤独感。そして、自分の欠点を正当化して、目を背けているような罪悪感、自己嫌悪。

 そんなものをうっすらと感じながら、紗雪はひとりで生きていた。




 ある日の、昼休みのことだった。


「わーたやさんっ」


 本を読んでいた紗雪は、突然かけられた声に、ゆっくりと顔を上げた。


「なーにしてるのっ」


 笑顔が眩しい女の子だった。

 シルエットの丸いロングボブがよく似合って、かわいらしい。

 同じクラスで、当然見覚えがある。

 名前はたしか、佐野さの桜花おうか


 ただ、なぜ今彼女が自分に話しかけてきたのかは、一切わからなかった。

 それに、少し迷惑だ、とも思っていた。


「本を読んでる」


「そっか。いいね」


 ふふっと笑って、桜花は紗雪の隣の席に腰を下ろした。


 桜花は、いつも大勢に囲まれている。

 元気で明るく、友人が多い。おまけにあまり、頭はよくなさそうに見える。


 つまり、紗雪とは真逆の女の子だった。


「なにか用」


 用がないなら、話しかけるな。

 そういう意味を込めて、紗雪は言った。


 それが伝わっていたのかどうかは、わからない。

 ただ、桜花はニコニコした笑顔を崩さず、甘えたような声音で、言った。


「勉強、教えて!」


「……どうして」


 私が。

 紗雪がそう続けるよりも早く、桜花は口をへの字にして、紗雪の手をギュッと握る。


「私、こう見えてホントに勉強できなくてさー。それもかわいげがあっていいかなって、今までは思ってたんだけど、来年は受験でしょ? 高校はある程度いいとこ行きなさいって、ママがうるさいんだよねー」


「そ……そう」


 それで、どうして助けを求める先が自分なのか。

 この子なら、友達はいくらでもいるだろうに。


 そう思ったけれど、紗雪は彼女の勢いに押され、ひとまずそう返事をしていた。


「綿矢さん、超頭いいでしょ? いつもテストの点数いいの、知ってるし。私、勉強嫌いなんだよね。だから綿矢さんに教えてもらって、近道したいってわけ。ナイスアイデアじゃない?」


「……そうね」


 今度は、本心でそう言った。

 自分にとって迷惑かどうかはともかく、目的のために最短経路を選ぼうとする考え方自体には、それなりに納得できた。


「えっ、じゃあいいの! オッケー?」


「……」


 ズイッと身を乗り出して、桜花が顔を近づけてくる。

 期待に満ちた笑顔で、じっと紗雪を見つめていた。


 紗雪は、考える。

 ほぼ間違いなく、この子と自分の相性がいいとは思えない。

 しかしそれは、あくまで友人として見たときの話だ。

 教師と生徒なら、また結果は違うかもしれない。


 基本的には、紗雪は人からの頼みを無碍にするタイプではなかった。

 ただ、普段はそういう機会が、滅多にないというだけで。


「……ひとつ、条件があるわ」


「えっ……なに?」


 桜花は子どものように、コテンと首を傾げた。

 けれど、断られるとは微塵も思っていなさそうなその目が、どうにもおかしかった。


「真面目にやって。私、たぶん厳しいから」




 次の日から、放課後の教室を使った勉強会は始まった。


 桜花の学力は、たしかに酷いものだった。

 基本的な思考方法も、知識も、なにもかもが足りていない。

 問題を解く前に、とことん基礎固めをしなければどうにもならないだろうと、紗雪は早々に判断した。


 ただ、飲み込み自体は悪くない、とも感じていた。

 わからないことはすぐに質問するし、わかったふりをしない。

 おかげで、どれくらい理解しているのか、しっかり把握することができる。

 教師である紗雪にとっては、それはありがたいことだった。


 それから、休憩時間や帰り道で、桜花は紗雪にたくさんの世間話をした。

 最初は反応に困ったし、元気で賑やかな桜花についていくのがつらかった


 それに、桜花の考え方や価値観は、紗雪には共感できないものがほとんどだった。

 特に、友達が髪を切ったら似合ってなくても褒めなきゃ、とか。

 先生とは仲よくしといた方が、成績で有利でしょ、とか。

 男の子に告白されたけど、どう断れば逆恨みされないかが難しい、とか。

 そういうコミュニケーションや人間関係の機微に関するものは、完全に紗雪の理解の外にあった。


「佐野さんは、どうして嘘をつくの」


 あるとき、勉強会が終わってすぐ、紗雪は桜花に尋ねてみた。


 言い方が悪かったかもしれないと、少しだけ思った。

 けれど、より正確な方が重要だろうと考えていたのも事実だった。


 桜花は意味がわからないというように、目を丸くした。

 けれど怒る様子は見せず、すぐにニコッと笑って、こう言った。


「嘘じゃなくて、気遣いね。紗雪くん、よーく覚えておくように」


「気遣い……嘘でしょ」


「まあ、嘘はついてるけどさー。でも、騙したいわけじゃなくて、相手にいい気分になってほしいとか、その人と仲よくしたいとか、自分のことをよく思ってほしいとか、そういう目的だもん。だからこれは、気遣いです」


「……」


 詭弁だ、と思った。

 けれど同時に、桜花が人付き合いに長けて、友人も多くいるのは、きっと彼女の明るさだけでなく、こういう考え方ができるからなのだろうと、紗雪は思った。


 他人と前向きに関わろうという意志があって、そのために努力ができる。

 そして、それとは全く逆のことが、自分自身には当てはまって。

 ますます、彼女と自分は正反対なのだと、紗雪は悲しむでも喜ぶでもなく、そう感じていた。


「デート、行こっ」


 それは、定期テストを三日後に控えた、金曜日のことだった。

 授業が終わるなり、桜花は飛ぶように駆けてきて、紗雪の前でそう言った。


「デート……?」


「うんっ。今日は勉強会はなーし! 一緒に遊びにいこ!」


「……どうして」


 週明けには、もうテスト本番だ。

 それにそもそも、桜花と自分はふたりで出かけるような仲では――。


 だが、紗雪のそんな考えを読み取ったかのようにニヤリと笑って、桜花は言った。


「だって、もう友達だもん、私たち」


「……」


「勉強教えてもらうようになって、もうすぐ一ヶ月だよ? こんなに一緒にいたら、もう友達でしょ」


 きっと、自分は困惑の表情を浮かべていただろうと思う。

 けれど桜花は、そんなことはお構いなしというように、迷いなく言い放った。


 友達。

 心の中で、その言葉を繰り返す。


 そうなのだろうか?

 今まで、ちゃんとそう呼べる相手は紗雪にはいなかった。

 それで困ることもなければ、そういう存在が欲しいとも思わなかった。

 だからこそ、これが友達というものなのかどうか、紗雪には判断がつかない。


「それに、私もっと紗雪ちゃんと仲よくなりたいんだよねー。勉強できることと、素直でかわいいってことしか、まだ知らないし」


「……私が、素直」


 それは、自覚する自分とはずいぶん違う。


「素直じゃーん。嘘がつけない感じ? 私も、釣られてつい本音が出ちゃうし。まあ、反感は買いやすいかもだけど、私は好きだよ、紗雪ちゃんのそういうとこ」


 えへへ、と人懐っこく笑って、桜花はいつかと同じように、紗雪の手を握った。


 釣られて、本音が出る。

 そういうものだろうか。

 では、今自分がうっすらと笑っているのも、釣られた、というものなのだろうか。


 紗雪には、わからない。

 けれど、今はそれでもいいような気がした。

 考えるべきなのは、もっと大事な別のこと、なのではないか、と。

 そう、たとえば、自分の意志や、気持ちについて。

 桜花の言葉を聞いて、誘いに対して、自分はどうしたいのか。そういうことについて。


「ってことで、遊びにいこっ! 駅前に、新しいカフェ出来たの! プリも撮りたかったやつ入ったし! あ、私欲しい服ある! あと、紗雪ちゃんに似合いそうなのも探そー!」


 桜花はひとりで盛り上がり、机の上にある筆記用具や教科書を、勝手に紗雪のカバンに詰めていった。

 それが終わると、自分の席に戻って、荷物をまとめ始める。


「……ひとつ、聞きたいのだけど」


「えっ、なに?」


 カバンを肩にかけながら、桜花がこちらを向いた。

 コテンと首を傾げて、不思議そうに目をぱちくりさせている。


 今日これからどうするか、紗雪の中では、もう結論は出ていた。


 そんな日があってもいい。この好奇心と勢いに、従ってみてもいい。

 自分と一緒に過ごして、桜花がどう感じるかは、わからない。

 けれどこの子なら、大丈夫なんじゃないか。

 自分のことを、受け入れてくれるんじゃないか。

 自分がそう思っていることがおかしくて、ますます心がふわふわと、妙な浮遊感に包まれている。


 ただ――本当にひとつだけ、気になることが残っていた。


「……遊びにいくにしても、テストのあとの方がいいんじゃない?」


 紗雪は言った。


 自分はともかく、桜花はまだ、週明けのテストの勉強が万全だとは、到底いえない。

 仲よくなるのも、そのために出かけるのも、いいだろう。


 けれど、それはなにも今でなくとも――。


「ダメです」


「……」


「だって、今日は勉強、したくない気分だもーん」


 桜花は言った。

 それからペロッと小さく舌を出して、紗雪に背を向けて歩き出す。


 紗雪は、また笑った。

 今度はさっきよりも、はっきりと。

 肩を震わすようにして、しばらく笑った。


 いい点を取るのは、別に今回のテストでなくてもいいかもしれない。

 そう、思った。


 だってきっと、また次のテストまでの期間も、勉強会は続くだろうから。

 少なくとも紗雪の方では、続けたいと、思っているから。




「実はさー」


 テストが終わってしばらくした、ある休日の夕方。


 カフェでケーキを食べていると、桜花がこちらを見ずに、突然そう切り出した。

 紗雪が普段来ないような、学生にしては少し高い、今風な店だった。


「最初に私が紗雪に声かけたの、勉強教えてほしかったからじゃないんだよねー」


「……え」


 チーズケーキを切っていた紗雪の手が、ピタリと止まった。


 思いもよらない言葉だった。


 勉強を教わりたかったわけじゃない。

 なら、どうして。


 すぐにそんな疑問が湧いて、紗雪は自分の体温が、スッと下がっていくのを感じていた。

 だが、次の桜花のセリフは、またしても紗雪の想像からは大きく外れていた。


「ホントは、気になったから」


「……気になった?」


「うん。紗雪、ずっとひとりなんだもん。私、そういうの気になっちゃうんだよね。焦れったいっていうか、やきもきしちゃうっていうか」


「……」


「だから、どういう子なのか、知りたくて。知って、いい子だったら、もっとみんなの輪に入ればいいのに、って。余計なお世話かもだけど、その方が楽しいじゃん。ね?」


 桜花の声音と表情には、申し訳なさが滲んでいた。

 けれど、それと同じくらい、達成感のようなものも感じられて。

 自分のやったことが、正しかったのだと、そう信じているようだった。


「ごめんね、嘘ついて。でも、ママに成績で怒られたのはホントだし、勉強も頑張ってるつもり。テストも、紗雪のおかげでちょっと点数よかったしねー」


 最後はおどけたように、桜花が言った。

 テーブルに置いていた紗雪の手に触れて、ゆっくりと撫でる。


 どうして嘘をつくのか。以前、桜花に聞いたことがあった。

 つまり、こういうことなのだろう。

 他人との関係をよくするために、方便や建前を使う。

 それが、桜花やほかのみんながやっている、いわば工夫なのだ。

 自分は、それに救われたのだ。


「あれ……もしかして、怒った?」


「……いいえ。怒ってない。ありがとう、桜花」


 紗雪は、初めて桜花に礼を言った。

 自分がそうできたことにホッとして、深い息が漏れた。


 不安げだった桜花の表情が、パッと笑顔になった。

 それが嬉しくて、紗雪も少しだけ笑った。


「紗雪は、私がいないとホント、だめだよねー」


 そう言って、桜花は紗雪の頭に触れた。

 そして、子どもをあやすように、ぽんぽんと軽く叩いた。


「これからもよろしくね、紗雪」


「……ええ。こちらこそ、桜花」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ