026 【回想】「判断してほしい」
次の日からも、美湖は放課後の時間を侑弦と過ごした。
ただ、侑弦は美湖に対して、いわゆる『アプローチ』をしなかった。
お互いのことを話して、聞いて、質問する。それだけで時間が過ぎて、いつの間にか解散になっている。
もっと、気持ちを伝えられたり、迫られたりするのかと思っていた。
そういうものを受ける覚悟をしていたし、それも含めて判断しよう、と。
しかし侑弦は、あくまで自然体だった。
美湖に好意を持っていることは、たしかに伝わってくる。
けれど、話していてもこちらに媚びる様子がない。
美湖の話したことに感心すれば、すぐに褒めてくれる。だがそこには、大袈裟な感じも、おだてるような響きもない。
美湖には最初、それが意外だった。
この時間で、美湖を振り向かせる。その目的のためには、侑弦は自分の魅力や、自分と一緒にいたらいかにメリットがあるか、ということを美湖に伝えなければならない。
なのに、その意志を侑弦からは感じない。
気楽でいい。
頑張っている姿を見せられてしまうと、いざ断るときに、申し訳なくなってしまうから。
たしかにそうは思うけれど、やっぱりどこか、違和感もあって。
「ねえ、朝霞くん」
あるとき、美湖は意を決して、侑弦に聞いてみた。
ちょうど、ペットのソラとツキが、最近喧嘩中だという話が終わったときだった。
「私がいうのもなんだけどさ。いいの? こんな感じで。せっかく毎日会ってるのに、普通に世間話してるだけで、なんかこう、付き合ったらどこに連れていってくれる、とか、私のことどれくらい好き、とか、そういうこと話してないけど……」
美湖がそう言っても、侑弦は驚いた様子も、焦った様子も見せなかった。
お前は全然アピールできていない。
捉え方によっては、美湖のセリフはそういう意味にも聞こえるだろうに。
侑弦はただコクンと頷いて、柔らかく笑って、言った。
「いいんだ。これは、お試し期間でもあるから。俺と付き合ったら、どんな感じになるか、それを、ありのまま知ってほしい。嘘はつかない。繕った自分も、見せたくない」
「……」
「それに、今はお互いのことを、もっと知った方がいい。俺も知ってほしいし、天沢さんのことをちゃんと知りたい。どんな考え方なのか。なにが好きで、なにが嫌いで、それがどうしてなのか。今ドキドキするから、今嬉しいから、って理由じゃなく。長く付き合ったときに、ちゃんと仲よくなれそうか。それを判断してほしい」
ひと息に、侑弦はそう言った。
それはつまり、この主張が即席で考えたものではなく、本当に心の底から思っていることである、ということを示していた。
ああ、この男の子は、真剣なんだ。
美湖は思う。
他の告白してくれた男の子たちだって、もちろん必死で、真剣だっただろう。
けれど、朝霞侑弦の姿勢は、彼らとは少し違う。
長く付き合ったときに、と侑弦は言った。
彼は、先を見ているのだ。
美湖と、対等な関係で、この先も歩んでいくために。
自分を知ってもらうだけでなく、美湖のことも、ちゃんと知るために。
そのためにこそ、今の時間を使うべきだと考えている。そして、本当に実行している。
侑弦の言う通り、ドキドキはしていない。
けれど、この時間を、心地いいと感じている自分が、たしかにいて。
気を張っていない彼の前では、美湖の方も、自然体でいられて。
本当はもう気づいていたけれど、考えないようにしていて。
ああ、この男の子は――。
「でも……勘違いはしないでほしい。俺は……天沢さんのこと、好きだ。本当は今もドキドキして、緊張して、死にそうだよ」
侑弦が言った。
みるみる顔が赤くなって、でも、目をそらさなかった。
彼のことは、好きじゃない。
でも、そうなるのはきっと、時間の問題なんだろうな。
初めて胸が高鳴るのを感じながら、美湖はそう思った。
「それじゃあ、今日もありがとう。また明日」
「……うん、明日ねー」
校門の前で手を振って、侑弦と別れた。
去っていく彼の背中を見るのが、寂しかった。
帰りにコンビニに寄って、今日侑弦が好きだと言っていたお菓子を買ってみた。
「……おいしい」
明日、感想を伝えよう。
そうすれば、きっと彼は、喜んでくれるに違いない。
それを見るのが待ち遠しくて、楽しみで、美湖は家までの道を、駆け足で帰った。




