021 「……いいなー、おっきくて」
出勤後、侑弦はいつものように、黙々と働いた。
商品の場所の案内、品出し、レジ。
そんな身体に馴染んだ業務の合間に、紗雪のことを考える。
紗雪は佐野桜花のことを、大切な友達だと言った。
つらいだろうな、と思う。
大切な相手との仲が拗れるだけでも、その悲しみは想像に難くない。
原因がわからないなら、なおさらだ。
美湖に任せておけば、きっと大丈夫。そうは思うけれど、侑弦はやはり、紗雪を心配せずにはいられなかった。
――ただ、そうはいっても。
「いらっしゃいませー」
「ああ、はい、ご案内します」
「ありがとうございましたー」
バイトの時間は長い。
途中からは、家でソラとツキはどうしてるだろうか、とか、昨日美湖と見た映画がなかなかおもしろかったこととか、でも何度かキスをしてしまったせいで、聞き逃したセリフがあることとか、そんな取り止めもないことも考えつつ、業務をこなした。
そして、ちょうど昼の休憩が近づいてきた頃。
「やっほー、店員さん」
レジでビニール袋を補充していると、不意にそう声をかけられた。
顔を上げると、そこには――。
「……美湖」
「やあやあ、頑張っとるかね」
ニコニコした笑みを浮かべて、天沢美湖がレジの前に立っていた。
ゆったりしたサイズのブラウスと七分丈のデニムパンツで、かなりラフな服装だ。
が、それでも容姿のよさと溌剌とした雰囲気は誤魔化せず、光の粒が舞っているように華やかだった。
おまけに、普段はあまりしない、ラウンド型の伊達メガネをしている。
かわいい、と真っ先に思う。
侑弦が美湖に惹かれた理由において、あまり容姿の比重は高くない。
けれど、やっぱり何度も思う。
天沢美湖は、ものすごくかわいい。
「珍しいな、ここに来るの」
「うん。ちょっと生徒会の備品買いにねー」
言いながら、美湖は持っていたカゴをレジの上に置いた。
文房具や食器、収納グッズなどが、いくつか入っている。
「領収書ください。宛名は空欄で」
「はいよ」
スキャナで商品を読み取り、レジを操作する。
そのあいだ、美湖は周りの様子を軽く窺っていた。
おそらく、レジに別の客が来ないか気にしているのだろう。
今は昼時で客足が落ち着いているので、店の中は比較的静かだ。
「あ、あの店員さんかわいい。大学生?」
「ん、ああ、三好さんか。大学二年。でも後輩だ」
「おー。バイト先の、年上の後輩ですか。しかも美人で、スタイルもいいし。ドキドキですねぇ」
美湖はニヤニヤと、侑弦に妙な笑顔を向けてくる。
この手の冗談が、なぜか美湖は好きらしい。
「ドキドキだよ。シフトもよく被るし」
「ふーん。いいですね、楽しそうで」
「まあ、三好さん彼氏いるけどな」
「ありゃ。さすが美人」
美湖がほほおと、感心した声を上げる。
とはいえ、彼氏がいなかったところで、特に関係はないのだけれど。
「……いいなー、おっきくて」
「ん……? なんだって?」
はっきり聞き取れなかったが、なにやら美湖がつぶやいたような気がする。
が、美湖は「なんでもないです」と、妙にツンとした声で返事をした。
おまけに、なぜかいじけたようにそっぽを向いてしまう。
意味不明だ。が、バイト中なので、あまり話し込むわけにもいかない。
「九九〇円な」
「え、ああ、はーい。……ね、バイトの人とは仲よくしてる?」
「まあ、それなりにな。学生も多いし、パートさんはいい人たちだし」
「そっかそっか。侑弦は頑固だけど、意外とうまくやれるもんねー」
なぜか嬉しそうに頷いて、美湖は侑弦から釣り銭と、押印された領収書を受け取った。
まだ次の客も来ないので、ついでに袋詰めもしてしまうことにする。
「ん、ありがと。ただ、あんまり仲よしなのもマズいですねー。侑弦は密かにモテるから、油断ならないし」
「……べつに、モテないだろ」
美湖と違って、彼女が恋人になってから、異性に告白されたことはない。
それこそ玲逢なんかは、そういう話題にこと欠かない人間だけれど。
「だから、密かに、ね。隠れファンが出来やすいタイプだもん、侑弦」
「隠れファン……」
「そうそう。侑弦が気づかないうちにね。まあ残念ながら、侑弦は私のものなんですけど」
ふふっと笑う美湖を見て、侑弦も自分の顔が綻ぶのを感じた。
商品の袋を渡すと、美湖は侑弦の手にピトッと触れて、何度か小さく撫でてくる。
ただ、周囲の目もあるためか、スキンシップはそれっきりだった。
「じゃあ、頑張ってね」と手を振って、美湖が店を出ていく。
その背中を見送りながら、侑弦は胸の奥がポッと温かくなるのを感じていた。
やっぱり自分は、あの子のことがずいぶんと、好きらしい。
午後からも、頑張ろう。
そう思って時計を見ると、もう十二時になるところだった。
「朝霞っちー。レジ交代……あれ、どうしたの? ボーッとして」
「……いや、なんでもないよ」




