014 「そう簡単にはいかないよね」
美湖が綿矢紗雪の相談を受けた、その次の日。
「あっ、美湖ちゃんだー!」
「天沢さん、どうしたの? うちになんか用?」
「一緒にご飯食べよーよ!」
午前の授業が終わると、美湖はお弁当の包みを持って、侑弦のクラスにやってきた。
すぐに声をかけられ、人に囲まれる。
が、美湖はそれらを笑顔と愛想でうまくあしらい、侑弦の方へまっすぐ向かってきた。
「相変わらず、人気者だな」
「日頃の行いだねぇ」
満足げにそんなことを言いながら、美湖は侑弦の向かいの席に腰掛ける。
やたらと周囲の視線を感じるが、今さら気にしても仕方がない。
ちなみに、美湖と侑弦の関係は、校内ではそれなりに認知されている。
ふたりとも、というかおもに美湖の方に隠す気がないため、入学してからすぐに、周囲の知るところとなったのだ。
もちろん、やっかみや妬みは、頻繁に向けられる。
それどころか、略奪愛を狙って美湖に告白する人間もあとを絶たない。
だが例によって、侑弦はもはや気にしていない。
そうでもしないと身がもたないし、なにより、もう慣れてしまっていた。
「で、なにしに来たんだ?」
「えー、侑弦に会いにきたに決まってるじゃん。昨日もいいとこだったのに、途中で邪魔が入っちゃったし」
「おいっ、ここ教室な……。で、それ以外には?」
「桜花ちゃんの様子を見に」
あっさりと声音を切り替えて、美湖が言った。
弁当を広げつつ、教室の隅の方にチラリと視線を投げる。
そちらでは渦中の佐野桜花が、友人数名と集まって昼食を摂っていた。
一方、相談者である綿矢紗雪の姿はどこにもない。
「いつもは、ふたり一緒なの?」
「いや。実はあんまり、そういうイメージはない。だから俺も、昨日友達なんだって聞いて、意外だった」
言いながら、侑弦も弁当箱のフタを開ける。
冷凍食品と、昨日の残り。自分は詰めているだけだが、毎日やるとそれなりに大変だ。
「侑弦がちゃんと見てないんじゃなくて?」
「さすがの俺も、二学期にもなれば大体の人間関係は把握してる」
「うーん、そっか。さすがの侑弦も」
と、美湖は腕を組んでかわいらしい声で唸った。
かなり、真剣な眼差しだ。当然といえば当然だが、どうやら本気で解決するつもりらしい。
「でも、たしかにちょっと意外だよね。桜花ちゃんと綿矢さんって、ぱっと見は真逆だし」
「だよな。一緒にいるとこ、想像しづらい」
まあ、それは侑弦と美湖も同じだが、と内心で苦笑する。
交際が始まったときも、友人や玲逢にはかなり驚かれたものだ。
とはいえそれは、ふたりのタイプが違いすぎるから、というだけではないのだろうけれど。
「ふたりと同じ中学だった子に、聞いてみたんだけど」
ご飯にふりかけをかけながら、美湖がそう切り出した。
なんとも判断が早い。さすがは行動力の鬼だ。
しかし、そうか。中学が同じなのか。
「ふたり、やっぱり友達なんだって。でも同じグループにいる、って感じじゃなくて、一緒にいるときはいつもふたり」
「ふむ……珍しいパターンだな」
「でしょ? まあ、侑弦と松永も似てるけどね」
言って、美湖は今度は玲逢の方に目をやった。
玲逢は部活仲間らしい男子たちで集まり、気楽そうに笑っている。
「侑弦も、松永の友達とは仲よくないもんね」
「そうだな。まあどっちかというと、玲逢と友達なこと自体が、まずイレギュラーなんだが」
しかし、考えれば考えるほど、桜花と紗雪の関係は侑弦と玲逢のそれに似ている。
簡単にいえば、珍しいのだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
出し抜けに、美湖が言った。
箸を置いて立ち上がり、くるりと身を翻す。
「え、どこに?」
「そりゃもちろん、桜花ちゃんのとこ」
あっさりそう答えて、美湖はトコトコと歩いていった。
そのまま、佐野桜花を含む三人組に近づき、声をかける。
行動力、ありすぎるだろ。
そう思ったけれど、美湖にとってはこのスピード感が、通常運行なのだろう。
会話が聞こえるように聞き耳を立てながら、侑弦は行く末を見守ることにした。
「やっほー、桜花ちゃん」
「え……美湖ちゃん? どうしたの?」
桜花はわかりやすく、困惑していた。
が、すぐに笑顔を作って、声のトーンも上げる。
器用だな、と思う。
相手によって対応を変えるのが苦手な侑弦には、真似できない。
「昨日、綿矢さんに相談されちゃって。そのことで、ちょっと聞きたいんだけど」
「……相談って?」
「うん。桜花ちゃんと喧嘩しちゃったから、仲直りしたい、って。ね、そうなの?」
美湖の質問は、どこまでも直球だった。
さっそく桜花の表情が強張り、空気が重くなっているのがわかる。
が、美湖は笑顔を崩さず、周囲にそれが伝わらないよう、和やかさを保っていた。
「あー……うん、ちょっとねー。でも大丈夫だよ? 小さなことだし」
「あれ、そうなんだ。じゃあ、すぐ元通りになるの?」
「まあたぶんねー。でも、私が嫌われちゃったかもなー」
「そんなことないと思うよ。私に相談してくれたくらいだしね」
「……ふーん。まあ、そっか」
桜花の声は、だんだんと硬く、暗くなっていった。
対して、美湖はあくまで調子を変えず、負の空気を作らない。
だが、きっと桜花には、美湖のそんな振る舞いが嬉しくないのだろう。
人前で気まずいところをつかれても、態度に出しづらい。
まあ、それが美湖の狙いなのだろうけれど。
「なにが原因なの?」
「……ホントに、大したことじゃないってばー。美湖ちゃんは気にしないで」
「気になるよー。私もちからになりたいし。喧嘩って、悲しいしね」
「……えー、いいよー」
「ここじゃ言いにくいこと? ならあとで、生徒会室で――」
「ヤだってば!」
バン、という音とともに、桜花が悲鳴のような声で叫んだ。
その場に立ち上がって、美湖の方を鋭く睨んでいる。
教室内の注目が、ふたりに集まった。
少しするとその視線も離れたけれど、きっとみんな、耳だけはまだそちらに向けていることだろう。
「美湖ちゃんに関係ないじゃん。これは私と、あの子の問題。だから、ホントに首突っ込まないで」
「……」
美湖はなにも言わず、肩をすくめた。
それから、くるりと桜花に背を向けて、侑弦の方に戻ってくる。
「おかえり。お疲れ」
「ただいま。まあ、そう簡単にはいかないよね」
あまり気にしていなさそうに言って、美湖はまた弁当をつつき始める。
そのあいだも、桜花は不機嫌そうな目つきで、こちらをじっと睨んでいた。
この前の落とし物より、かなり厄介そうだ。
そんなことを思いながら、侑弦は誰にも聞こえないように、小さなため息をついた。




