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俺の彼女がめちゃくちゃモテる件 〜派手にモテる彼女と、地味にモテる彼氏〜  作者: 丸深まろやか
第一章

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011 「……ふたりっきりですね」


 六限の数学が終わり、日直の号令で礼をする。

 担当教師が部屋を出ると、クラスメイトたちはそのまま、帰り支度を始めた。


『放課後、生徒会室に集合ね!』


 昼休みに届いた美湖みこからのメッセージに、侑弦ゆづるは『了解』と返した。

 ただ、生徒会役員でもない侑弦に集合をかけるところは、普通に職権濫用な気がしないでもない。


 半ば呆れた気持ちで、侑弦も自分の荷物をまとめる。

 だが、最後の問題の解説がいまいちピンと来ていなかったことが気になり、侑弦は黒板に残った文字を、少しのあいだ眺めていた。


「わかるような……わからないような……」


 やっぱり、自分は地頭がいいタイプではないのだろうな、と思う。

 特に数学は、高校に上がってから明らかに、難解さを増している。


 国語や英語、社会などは、あくまで中学の延長だ。

 なのに数学だけは、急に複雑な理論や変な記号を、容赦なく突きつけてくるようになってしまった。


 ついていくためには日々、復習が欠かせない。

 学年でのテストの順位こそ悪くないが、侑弦自身には常に、薄らと成績に対する緊張感があるのだった。


「だから、話しかけないでって言ってるじゃん」


 何度か数式を見返して、ああそういうことかと、やっと合点がいった頃。

 突然、侑弦の耳に棘のある声が届いてきた。


 ふいっと、反射的にそちらを見る。

 人の少なくなった教室の端で、ふたりの女子がなにやら、不穏な表情で向き合っていた。


「わからない。どうして急に、そんなことを言い出したの」


「……説明する義務ないでしょ。もう、いいからほっといて」


 拒絶するようにそう言って、背の低い方の女子が背を向けた。


 佐野さの桜花おうか。明るく賑やかで、クラスでも目立っている子だ。

 だが今は、そんな雰囲気は鳴りを潜めている。


「桜花」


 もう片方の女子が、鋭く名前を呼んだ。

 冷えた響きのある、氷のように澄んだ声だった。


 腰まで伸びた髪には乱れひとつなく、黒い艶それ自体が、鈍く輝いているようだった。

 桜花に対して、普段はおとなしく、目立たない。けれど外見は、美湖にも負けないくらいに、抜群に整っている。


 綿矢わたや紗雪さゆき。侑弦も、話した記憶は一度もなかった。


「友達だと思ってた。あなたは、そうじゃないの」


 紗雪が言った。感情の揺らぎのない、落ち着いた声で。

 だが表情は険しく、形のいい切れ長の目が、苦しそうに細まっていた。


「……知らない。バカ」


 桜花は紗雪の方を向かず、ただポツリとそう言った。

 そのまま、逃げるように教室を出て、足音だけが遠ざかる。


 残された紗雪は、肩を上下させて、深い深いため息をついていた。


「……」


 もちろん、気にはなる。

 喧嘩、それも、ただ事ではない様子だ。


 けれど、無闇に首を突っ込む立場でも、性分でもない。

 美湖なら、きっとすぐに、声をかけてしまうんだろうけれど。


 ひとつ、深呼吸をした。

 それから、侑弦はカバンを担いで、教室のドアを潜る。


 チラリと横目で見えた綿矢紗雪の顔は、やはりまだ歪んだままだった。




 生徒会室は、渡り廊下の先、西館に位置していた。

 表札を確認して、ノックをする。

 すぐに「はーい」という声がして、侑弦は引き戸をゆっくりと開けた。


「やっほー、侑弦」


 天沢美湖は、部屋の奥にあるひと際大きなデスクに座っていた。

 笑顔でこちらに手を振りながら、目の前の書類を整える。


 どうやら、仕事をしていたらしい。

 ほかには誰の姿もなく、デスクの並んだ部屋は少しガランとしていた。


「ご苦労だな、生徒会長」


「ん? うん。まあでも、こんなの事務的だし、どうってことないよー。苦労するのは、もっとコミュニケーション系ね」


「まあ、それはそうだろうけどな」


 と言いつつ、そういうものはそもそも美湖の得意分野だ。

 つまり、どれも苦労はしないということだろう。


「ひとりなのか」


「そうです。みんな兼部だし、私と違って忙しいの」


 と、拗ねたように口を尖らせる美湖。

 たしかに美湖は中学の頃から帰宅部だが、部活に助っ人を頼まれたり、人の相談に乗ったりで、なにかと多忙なはずだ。


「で、呼び出したのは?」


「あ、うん。生徒会系の予定が大体決まったから、カレンダー擦り合わせたいなって。バイトのシフト、決めるんでしょ?」


「おお……それは、助かる」


 結局、まだバイト先にはシフト希望を出せていなかった。

 望実に聞いた日には美湖のスケジュールが定まっておらず、相談できなかったのだ。


 侑弦はさっそく美湖のそばの椅子に座り、スマホのカレンダーアプリを開いた。

 見るとたしかに、すでに美湖の分の予定がズラリと登録されていた。


「やっぱり便利だよねー、共有カレンダー」


「ああ。さすがに、もう手放せないな」


 付き合って一年ほどが経った頃、予定の報告や確認が面倒で、侑弦と美湖はふたりの共有カレンダーを導入した。

 これで、お互いにスケジュールは筒抜けになる。

 けれど隠したい予定もない以上、恩恵の方が遥かに大きかった。


 侑弦はバイト、美湖は不定期の用事が多いため、今ではずいぶんと重宝している。

 記念日なども登録されていて、それが侑弦には嬉しかった。


「とりあえず、仮で入れといた。ピンクは決定だけど、黄色はある程度動かせるから、一旦シフト入れてみて」


 美湖に言われた通り、侑弦はピンクの予定を避け、シフト希望を埋めていった。

 とはいえ、基本は毎週同じ曜日、同じ時間の方が嬉しい。

 ささっと入れてみると、黄色もおおよそ、そのままで組めてしまいそうだった。


「空いてるとこはデート入れとくから、よろしくね」


 んふふ、と笑って、美湖が言う。


 交際三年目の今でも、二週間に一度はデートに行く。

 明確に決まっているわけではないが、ふたりはお互いに、そう認識していた。


 無理なら、別の機会に埋め合わせ。

 それからデート以外にも、どちらかの部屋で一緒に過ごす日を作る。

 そんな不文律が、ふたりのあいだにはいくつかあった。

 まあ、もちろん数日前のような突発的なお家デートも、あるにはあるのだけれど。


 と、少し恥ずかしいことを思い出したところで、侑弦はちょうど想定シフトを埋め終わった。


「見ーせて」


 少し甘えたような声で、美湖が言う。

 そのまま侑弦の後ろに周り、首に抱きつく形でスマホを覗き込んできた。


 柔らかい髪が頬に触れて、くすぐったい。

 顎が軽く肩に置かれて、美湖の細い指が侑弦の手を撫でていた。


「……ふたりっきりですね」


 耳元で、美湖が囁いた。




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