閑話:魔王のバレンタインデーとホワイトデー
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ルヴィの元いた世界には、二月にバレンタインデーという日があるのだとか。
女が好きな男にチョコレートを渡して告白するというイベントらしい。ルヴィが違う国ではまた違うルールがあるとかなんとか言いながら生チョコレートやクッキーを作っていた。
そしてそれをフォン・ダン・ショコラや客たちに渡していた。日頃のお礼だとか言って。
聞いていた話と違うのだが、そもそもルヴィはそういう奴なので気にしないことにしておいたのだが……。
「ほい、ウィル! いつもありがとね!」
昼飯を食べに定食屋に行ったら、客たちと同じ包みを渡された。
「……」
「ん? いらないの? いいけど。一個浮くし」
「……いる」
「変なの」
好きな男に渡す特別なイベント的なことを言っていたよなと問い詰めたいが、フォン・ダン・ショコラや客の前では流石に駄目だろうと諦めた。
「ただいま」
「おっかえりぃ! 夜ご飯できてるよ!」
仕事が立て込んで深夜に戻ったら、ルヴィが飯を食わずに待っていたようだった。先に食べていればよかったのにと呟くと、きょとんとした後ににんまりと微笑んだ。悪いことを考えているときのような、妙にイラッとする顔だ。
「なになに? イジけてるの? ほら座って!」
「……フォン・ダン・ショコラは?」
「もう寝たよー」
ルヴィはダイニングテーブルに俺を座らせると、貯蔵庫に向かい何やら用意していたらしい夜飯を持ってきた。
いつもより豪華で、ディナーといった雰囲気の料理たちだった。ステーキや焼きたてのバゲットなどまである。
「彼氏とバレンタインディナーって憧れてたのよね」
――――彼氏か。
「ふぅん……ん、うまい」
下を向いて黙々と食べていて、視線を感じたのでふと見上げると、ルヴィが幸せそうに微笑んで俺を見ていた。
「…………なんだ?」
「んーん。好きよ、ウィル」
「っ――――!?」
危うくフォークを落とすところだった。
軽い感じの好きや愛してるは冗談のように言うルヴィだが、本気のやつはあまり言わない。
今回のはどちらとも違って、ふと零れ落ちたような『好き』だった。
「何かあったのか?」
体調不良などを疑うと、ルヴィが苦笑いした。
「もぉ、なんでそうなるのよ! 魔王って臆病よね。そこが可愛いんだけど」
「可愛くないが」
「概念よ、概念」
ルヴィの概念はいつも理解しがたい。飯を食い終えると、デザートがあるからちょっと待っていろと言われた。
ルヴィがゴソゴソと何かやっている間に皿をシンクに片付けていると後ろから「洗わなくていいよー! 戻っといでー!」とまるでフォン・ダン・ショコラを相手にしているように言われた。
「早く早く!」
急かされながらテーブルに着くと、丸いチョコレートケーキのようなマフィンのようなものを、生クリームやイチゴで飾ったスイーツを出された。
「なんだこれ」
「フォンダンショコラ!」
「は? アイツらが作ったのか? それともアイツらをイメージした菓子か?」
意味がわからず聞くと、爆笑されてしまった。笑いすぎて涙まで流している。説明しろと怒ると、更に笑いながら元々フォンダンショコラという名前の菓子なのだと言われた。
「そんな名前の菓子があるのか……」
「え? 知らないってか、ないパターン?」
「あぁ、聞いたことがないな」
ルヴィがボソボソと「そういえば」とか「どこの国だっけ?」とか呟いていた。とりあえず、食べていいのか確認すると、早く早くとまた急かされた。
チョコレートケーキのようなものにスプーンを入れて一口分掬おうとしたら、中からチョコソースがどろりと流れ出てきた。少し湯気が出ている気がする。
「ちょっと熱いから気をつけてね。生クリームと絡めたりすると美味しいよ」
「ん」
言われた通りに生クリームも少し掬って食べると、口の中にチョコレートの旨味がぶわりと広がった。蕩けるようなソースとしっとりとした生地がなんとも言えない心地よい食感だった。
「うまい」
黙々と食べているとルヴィがにこにこしてこちらを見ていた。
「お前は食べないのか?」
「あー。ウィルの分しかないの」
「……アイツらにもか?」
「フォン・ダン・ショコラたち?」
聞けば、久しぶりすぎて成功したのがこれだけだったらしい。失敗作は練って固めて、コーティングしてロリポップにすると言われたが、それが何かもよく分からない。
「そっちはホワイトデーで配るよ」
「ホワイトデー?」
「ホワイトデーは、バレンタインデーにチョコをくれた人にお返ししたりする日よ」
「ん? で、ルヴィはまた店で配るのか?」
意味がわからないと聞くと、お店ではそういうイベントなのだと言われた。ルヴィの国では毎月何かしらそういうイベントをやっているのだとか。
――――ホワイトデーか。
バレンタインデーの後、ルヴィと話しつつ仕入れた情報によると、ホワイトデーのお返しはチョコレートじゃなくてもいいらしい。マシュマロだったり、クッキーだったり、食事デートや宝石を贈るヤツもいるのだとか。
なんというか、わりと自由らしい。
それならば、何をしようかとこの一ヵ月ずっと考えていた。
「ん、おはよう」
「おはよぉまおー……」
コシコシと目を擦るルヴィの頭をそっと撫でる。寝ぼけていたりするとすぐに『魔王』呼びに戻るのはどうにかならないのか。
夜は少し出掛けたいから、仕事が終わったらフォン・ダン・ショコラに飯を食わせて、ルヴィは着替えて待っていてくれと言うと、ポヤポヤとした感じで「あの子たちはおるすばんねぇー。りょー」と返事された。理解したんだろうか? まぁ、いいか。
昼食も取らずに魔王城で仕事を手早く片付け、夕礼は一瞬で終わらせた。特筆して報告することはと聞いたら「ございません!」となぜか全員が居住まいを正して言ったので、本当にないのだろう。
「さて――――」
魔王の衣装から、人間の貴族が着ているような燕尾服に替える。ルヴィはどんな格好を…………そういえば服装の指定をしていなかったな。まぁいいか。
家に戻ると、案の定ルヴィは普段出掛ける時の格好をしていた。生粋の貴族令嬢のはずだが、前世の感覚の方が強く出ているとか言っていたから、そのせいだろう。
「あちゃー!」
俺の格好を見て、変な声を出しながら額を押さえていた。
「ん、俺が悪い」
魔法でルヴィをドレスに着替えさせると、ドレスを見てきょとんとしていた。
「これ持ってないけど? ウィルのコレクション?」
「……まぁ、そうだが」
「ふぅん? まだ隠し持ってそうよね……。で、似合ってる?」
「ん」
「ありがと!」
浅い黄緑のシルクにオリーブ色のオーガンジーをかぶせたドレスは気に入ったらしい。ルヴィに渡していないドレスはあと二〇着ほどあるが……今は黙っておこう。なんか揶揄われそうだ。
「で、どこ行くの?」
「目を瞑れ」
「へーい」
ルヴィの腰を抱き、魔王城の屋上に転移する。
特別に設置させたディナー席の周りは、ルヴィの好きなバラなどの花たちを飾った。天気はちょっとだけだが魔法を使って晴れさせた。そのせいでオーロラが出ているが、まぁいいだろ。
「ほら、目を開けろ」
「っ――――おわぁぁぁぁ! すごっ!」
目を見開いて満天の星空を見上げ、破顔していた。どうやらオーロラも気に入ったらしい。初めてみたと大喜びだった。
「てか、ここどこ!?」
「魔王城の屋上だ。ほら、座れ」
席に着くようイスを引き、肩にふわふわの毛皮をかけた。少し肌寒いだろうから。
何の毛皮かと聞かれて百年くらい前に襲ってきたフェンリルだった気がすると答えたら、その話を聞きたいと目をキラキラさせて言われた。
「フッ、後でな」
とりあえずは飯だ。
侍女たちに合図して、ディナーを運ばせた。基本的にはルヴィの好きなものにしているが、メインはルヴィが食べたいと言い続けていたものを狩ってきた。
コースが進んでいき、メイン料理が運ばれてきたところで説明する。
「メインは、アスピドケロンだ」
「あすぴど……ってもしかして、前に私が食べたいって言ったやつ!?」
「ん。捕まえてきた」
人など簡単に噛みちぎれそうな歯を持ち、触れたら切れそうな赤い鱗に覆われている、島のように巨大に育つ魔魚。ルヴィは『聞く限りはタイっぽいんだよね』とか言っていたっけな。
出産は稀で成体はあまりにも大きく討伐できる者が限られてくる。市場に出回ることが極端に少なく、なかなか食べられない。
「どうやって!?」
「……普通に?」
普通にってどう普通なんだと言われても、魔法で切り刻んてストレージに入れてきただけだ。そしてそのアスピドケロンの切り身をコンフィにさせた。
「っ、美味しぃぃぃぃぃ!」
ルヴィは大喜びだった。おかわりもあると言うと「いるいる!」と笑顔で言う。そういうところが本当に可愛いと思う。
頬を膨らませて食べているルヴィを見ていると、多幸感のようなものが溢れ出す。
――――あぁ、そうか。
バレンタインの日に、ルヴィがぽそりと漏らした『好き』は、こういう気持ちだったんだろう。
「ルヴィ」
「んー?」
「愛してる。これからもずっと側にいてくれ」
「っ――――!?」
アスピドケロンを頬張りながら顔を真っ赤にして照れるルヴィ。キスをして押し倒したい欲望は、ぐっと堪えた。
普通の毎日と、少しだけ特別な日と、変わらずずっと一緒にいられたらいいなと思う。
フォン・ダン・ショコラたちは……まぁ、独り立ちするまでは許してやろう。
―― 閑話 fin 本編へ続く ――
お久しぶりでございます☆
そろそろ続編の準備をしようかなぁ……ということで、明日(R7.3.15)から本編を再開いたします!





