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アレによって変わったもの



「え?」


 私は一瞬目を疑った。

 教室の隅から隅まで探し続けていた私と春ちゃん。教室には私達以外誰も残っていない。それはそうだ。もうすぐ時間なのだから。なのに見つからなかったアレを、彼が手に持って教室にやってきた。


「なんで戸津がそれを持ってるの?」

「えーとなあ……これには深いわけがあってな……」

「どんな?」


 戸津が黙り込んだ。何かを言いずらそうにしている。


「理由は聞かない方がいいかと……」

「そうはいかないでしょ」


 戸津は何もしていないのかもしれない。そんな気がする。また何か私の知らないところで何かあったのではないだろうか。そう直感する。


「言った方がいいと思うよ」


 隣にいた春ちゃんもそう言った。


「あー……」


 戸津は頭を掻いた。よほど言いたくないらしいが、私と春ちゃんが詰め寄る。

 すると彼はしばらくして、


「じゃあとりあえずそれ着替えたらどうだ。グランド着いたら全部話すよ」


 と、観念した。

 時間にぎりぎり間に合うと、彼はぼそぼそと話し始める。


 それは前日に遡る。



    ◆



 十一月、体育祭前日の放課後。

 それは一通のメッセージから事は始まった。

 俺が家のベッドでのんびりしていると突然、文化祭後に付き合い始めた彼女からこう連絡がきた。


『別れよう』


 正直このパターン何度かある。一応理由は聞いてみる。


『理由は……細川さんよ』


 ああ、今回もこれか。いくら説明してもわかってくれないなら仕方ないと俺は別れを了承した。あまり心が痛まないのは付き合った日数が少ないせいだろうな。

 そう思っていた。だけど今度はその数時間後に、あの喧嘩して以来口を聞いていなかった大樹から連絡がきた。ベッドに横になりながら漫画を読んでいたのに一気にそんな気分ではなくなった。まああんだけの喧嘩したんだから当たり前か。


『話があるんだけどよ』


 嫌な感じがしたがとりあえず聞いてみる。


『お前の彼女とマネージャーがやばいことやってたぜ』


 そこまで聞いてヒヤッとした。なんだ? あいつらなにやったんだ? 俺はベッドにあぐらをかいて座りなおした。メッセージでのやり取りも煩わしくなり、そのまま大樹に電話をかける。


「どういうことだ?」

「久々なのにいきなりそれか……まあいいんだけどよ」


 そう大樹が言う。


「部活のことやってて帰ろうとしたんだけどよ、あー……あの細川の体操着の長袖長ズボン、あれをお前の彼女達がゴミ箱に捨ててたぜ」


 これを聞いて頭が真っ白になる。どこまでダメ女に俺は引っかかってしまうのだろうか。

 いや、今はそんなことより……。


「大樹、それでお前はどうしたんだよ」

「ああ、俺? まあ見ちまったしな。色々言ったな」

「何言ったんだ?」

「『彼氏に相手にされないからってやりすぎなんじゃねえの』『まあ俺も人のこと言えないけど、少なくとももう少し正々堂々やるぜ』『特にマネージャー、お前反省しなかったの? 文化祭のことあったのにだっせえの』とか色々だな。あ、あとお前にチクるって言ったら泣いてやめてくれって言われたけど、嫌だって言ったら逆切れ始めたから、とりあえずゴミ箱から体操着救出だけしてめんどくせえから家に帰ってきたところ」


 ああ、これの後だな、彼女が別れようって言ってきたのは。俺に振られる前に振ったってことか。まあいいんだけど。

 しかし大樹がそんなこと言うなんて正直意外だ。


「それで体操着は」

「洗濯中。さすがにね、あれはやりすぎだな」

「そうだな……なんだ。大樹、人が変わったのか」

「んなわけねえよ。細川のことはまだデブオタって思ってるしな。だけどやり方が気に食わなかっただけだ。まあ……もう一つは、少しは反省したってのはあるけどな……」


 大樹がそう言うと何か付け足すようにボソボソと電話越しに話すも何を言ったのか聞き取れなかった。


「あ? なんて言ったんだ?」


 そういうと、今度はキレ気味になって、声を張り上げてくる。


「だから! あの時のことはわりいなっていったんだよ!」


 本当に驚いた。あいつ謝れるんだな。


「先に手を出した俺も悪かったよ、ごめん」


 まあちょっとは俺にだって罪悪感はあったんだ。今言わないと絶対後悔すると思ってそう口に出した。


「言いにくいんだけどよ、また話したりできねえかな」


 大樹が言ってくる。正直喧嘩するまでは部活も一緒だったし、口は悪いけど割と仲良くはしてたんだ。俺だって願ったり叶ったりだ。


「そうだな。また話してこうな」


 なんだか照れくさい。頭を無意識にかいてしまう。

 そこまでしてハッとした。


 明日、細川の体操着をいつ渡せばいいんだ?

 朝一に大樹が行くとは思えないし、何せ大樹は細川には嫌われてる。きっと理由も聞いてくれないだろうな。となると俺が渡すのが一番なんだろうけど……女の体操着を俺がみんなの前で渡すのは……どうなんだ? 朝一に行けるか? とも思ったけど明日は体育祭だ。実行委員は結構早くから来るだろうし、俺はどんなに早くても七時にしかつけない。その時間はちらほら登校する奴らもいるだろう。

 先に連絡しとくか?

 だけどそうなると確実に理由も伝えないといけなくなる。また細川の奴、傷つかないか?

 そういやあいつ、体育祭嫌がってたな。運動が嫌いってのもあるけど、長袖長ズボンじゃないと太いから余計目立つとか言ってた気がする。となると確実にないことには気付くよな。

 誰もいなくなったらこっそり置いとくか。で、あとで細川に机の上にあったぜってそれとなく言えば……うん、これがいいな。


「おい、どうした?」


 大樹が突然黙り込んだ俺に話しかけてくる。


「あ、わりい。洗ったら、俺あとで取りに行くわ」

「は、一時間かかるだろ。お前んちから俺んちまで。明日直接細川に渡せばよくないか」

「それだと色々ややこしいからやめとこう。俺が明日渡すから」

「まあ、俺はそれでもいいけどよ」

「それに大樹ともしっかり話したいしな」


 それだけ言って、時間を決めて、大樹との電話を切った。




 翌日。

 体操着がなくなったことに気付いた細川。斎藤さんも一緒に探している。騒ぎ立てるタイプの二人じゃないから他の人達はあまり気付かず続々と教室を去っていく。

 そしてついに二人になった。が、その肝心の二人がまだ探し続けている。

 俺がトイレに行ったり来たりして、時間を潰すも二人は教室を去らない。いい加減にしないと集合時間が……いてもたってもいられなくなり、俺は体操着を持って二人の前に現れた。



   ◆



「という、いきさつでした」

「……なんというか、苦労人だね、戸津も……」


 一通り話を聞いた私は戸津を哀れんだ。正直ゴミ箱に捨てられる衝撃もあったが、たった体操着でそこまで人の動きがあったことに私はびっくりした。

 橋本大樹、好きにはなれないがまあ前の件は少しは反省してるのかな。

 それにしても女の子は怖いな。本当。嫉妬っていうやつですね。こんなデブに無駄な労力だ。

 と、ここまできてそこまでショックを受けてない自分にも驚いた。どちらかというと戸津の苦労話が笑い話にも思えてしまう。


「それで、彼女さん達は?」

「ああ、もうさすがにねぇわってことで完全に縁は切らせてもらった。表面上の付き合いが多少残るけどな」

「どんまい戸津」


 私が戸津の肩をとんと叩くと戸津が苦笑する。


「本当、付き合うなら断然お前の方がマシだな」


……ん? なんだか違和感が。


「またそういうことを言う」


 私が苦笑してそう返事をすると、戸津は、はははと笑った。


「マジだって。あいつら可愛いけどよ、今は全然可愛く思えないもん。細川の方が全然可愛いって」


 何を言ってるんだこいつは。


「あのさ、そういうからかいはやめてって」

「からかってるわけじゃないんだけどな」


 そこまで言われて私は顔のほてりを感じた。

 何言ってるのこいつ。

 まじで本当わからない。元カノさん達のが圧倒的に可愛いでしょうに。いや、わかるよ。そういう外見の話をしてるわけじゃないって。だからって比べられるものでもないでしょ。


「ん? どうしたよ」


 ああ、わかった。こいつに惚れる女の気持ちがちょっとだけ。口がうまいんだ。それどころか天然たらしの可能性もある。

 私は絶対引っかからないけどね!


「なんでもないよ! ほら、男子リレーだよ! いってきな」


 私が戸津の背中を押すと彼は笑った。


「だから細川は俺のおかんかっての!」




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