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その3 外見と中身





「いいんじゃない?」


 お兄さんはにこりと笑ってそう言い放った。


「え、で、でも」

「決めるのは僕じゃないからね。でも僕はいいと思うよ。優奈ちゃんが嫌だと思わないならね」

「いやだよ! 人ごみだって! 戸津だって!」

「それならやめた方がいいかな……」


 お兄さんは苦笑する。しまった、困らせている。


「で、でもね、花火大会は……興味はあるの。でも……」


 それだけ言ってお兄さんは、うーんと唸った。それを見てますます困らせていることを自覚する。

 実は一つだけ案がある。だがそれを言葉にしていいのか悩んでいた。

 私に勇気をください。神様。


「あ、あの、お兄さん」

「ん?」

「確かに戸津にはお世話になってるし、今回の別れた原因も自分にあるから少しは責任を感じてるの。でも二人は嫌だし、だからその、あの……」


 言いかけて黙ってしまう。お兄さんは最後まで話を聞こうとしてやはり黙っている。

 一番重要なことが言えない。この癖をなんとか直したい。

 言いたいことは言えと、戸津も言っていた。そうだ、言わなきゃ。


「お兄さんが一緒に来てくれたら、いいなって」


 言った!

 三人だし、別にデートとかじゃないし、大丈夫だよね。変に思われてないよね?

 伏せていた目を恐る恐るあげてみる。

 お兄さんが笑っていた。


「いいよ?」


 それを聞いて、一気に心が軽くなった。


「本当?!」


 思わずテーブルに身を乗り出してしまう。

 相変わらずお兄さんは笑っていて、こくりと頷いた。


「僕は構わないよ。でも彼が嫌がるんじゃないかな」

「戸津が? なんで?」

「彼は優奈ちゃんを気になってるから誘ったんじゃない?」


 ん?

 お兄さんの意味がわからなかった。

 気になっている? どういう意味?

 私が眉間に皺をよせていたのがわかったのか、お兄さんが言い直す。


「彼は優奈ちゃんのことが好きなんじゃないの?」

「は?! え?!」


 そこまで言われてやっと意味がわかった。

 色々思い返してみるがそんなそぶりはない。ないうえに奴は生粋の面食いだ。


「いやいやいや、ないです! それに私が好きになることは絶対ないし」

「そう? それならいいんだけど……」


 うん。戸津とは普通に話せるようにはなったけれど、好きとか恋愛とかはわからない。そんな感情を抱く日なんかきっと来ない。そもそもが苦手だったのだ。無理な話だ。


「じゃあ、行こうかな、一緒に」

「ありがとう!」


 そんなことより、私は目の前の現実が嬉しくて楽しみで仕方なかった。

 その日の勉強はどうしても上の空になってしまった。

 久々のイベントに、初めてのお兄さんとのお出かけだ。戸津付きだけど。

 お兄さんが帰った後に改めて戸津に連絡を入れてみる。


『え? あいつも来るの?』

『そうだよ! それなら行く! 応援してくれるんでしょ?』

『まあ、応援するっちゃあするけどよ』

『じゃあいいじゃん、二人が三人になっただけでしょ』

『まあそれもそうか』


 こうして戸津にも承諾をもらった。

 花火大会まであと数十日。

 ああ、早く花火大会にならないかな!





 花火大会当日。

 私は昼過ぎ頃からずっとそわそわが止まらなかった。

 今日着ていく服を吟味する。

ワンピース? Tシャツ? 肩は見せる? 腕見せたら太ってるからやめたほうがいいかな? 襟はないほうがいいかな? スカート? ズボン? 何か羽織るかな?

 持っている服をありったけベッドに並べてあれでもない、これでもないと試着していく。

 太っているせいであまり服の種類はない。それでもできうる限りのお洒落はしたかった。

 結局決めたのは、紺色のロングスカートに、ピンクとオレンジの細いボーダーがいくつかはいった白のTシャツ。勿論スカートの下にはレギンスを着用。

 靴は……ヒールは足を痛めてしまうため、ぺったんこのサンダルになるけど、しょうがないか。

 私は自分を鏡で見てみる。飛び出たお腹がTシャツ越しでもわかるくらいに段を作っている。

 それでもロングスカートで足の太さはなんとか隠せている。

 お化粧も学校では禁止されているためあまり持っていないが、ナチュラルメイクを意識してやってみた。

 髪もいつもポニーテールにしていたが、今日は思い切っておろしてみようと思った。髪は痛んでおらず、ストレートでさらさらだ。唯一の自信のあるところだった。

 髪をおろすと、胸より少し上くらいになっていた。久々におろした自分の姿を見てみる。


 うん、ちょっと邪魔だけどそんなに悪くはないかな?


 かばんも確か少しだけ大人ぽいのがあったはず。クローゼットを覗いてみると、エナメルの黒い少し小さめのものがあった。どこぞかのブランドを意識したような形だ。これにしよう。

 早すぎる準備を終えてベッドに横になった。

 三人で午後三時に地元駅に集合ということになっている。あと二時間はあった。

 ああ、どうしよう楽しみすぎる。

 戸津のことはあまり頭になく、お兄さんと一緒に歩けることだけがとにかく胸を躍らせていた。


 そうだ。戸津に意見をもらおう!


 そう思いついて、すかさずベッドの上で座り込むとスマホを手にする。

 返事はすぐきた。


『そこは浴衣だろ!』


 それを聞いて、一瞬固まる。そうか、その手があった……。だがすぐに我に返る。


『簡単に言わないでよ! サイズがないよ! それに一人じゃ支度難しいし』


 すぐに既読がついたが、しばらく間があった。


『なんかごめん』


 その一言で、聞く気を失せた私は、スマホを見るのをやめた。


「いいもん、お兄さんは見た目だけで決める人じゃないもん」


 そう口にしてみた。

 別にデートでもなんでもないのに。自分に言い聞かせるように。

 少しだけ気分が沈んだものの、それでも今か今かと時計を確認し続けた。

 そして出かける三十分ほど前に唐突にお兄さんから連絡がきた。


『一緒に駅まで行かない?』


 あまりに突然だったので、一度スマホを落としかけた。

 え?

 え??

 しばらくおろおろとしているともう一通連絡が来る。


『あ、もし無理だったら言ってね!』


 無理じゃないです!

 私は急いで返事を返した。


『こんにちは! はい! 是非一緒に行きたいです』


 よく考えずに送って、もう一度よくよく文章を読み返してみる。

 これじゃあ好きなのがまるわかりじゃないか?

 でも今更訂正もできず、既読がつくと妙に落ち着かなくなる。返信までものの数十秒の出来事だったが私には何分にも感じられた。スマホのバイブが震えると私はすぐにそれを読んだ。


『僕はもう準備できたよ。優奈ちゃんはどう?』

『私も準備できてます!』

『そっか。それなら少し早めに行って一緒に飲み物とかスーパーで買わない?』

『はい!』

『じゃあ今から迎えに行くから待っててね』


 このやりとりはほんの数分、数分だったが私は胸の奥が喜びと興奮でいっぱいになって枕を思い切り抱きしめた。先生とは度々やり取りはするがこういった内容は勿論初めてだ。別にお兄さんは彼氏でもなんでもないけど。ないんだけど。でも、嬉しくってたまらない。何がとははっきり言えないけど、きゅんきゅんが止まらない。

 お兄さんを好きになって辛い思いは何度かした。それでも今は好きで良かったとなぜかそう思えて仕方ない。

 お兄さんと付き合えたら、そんな幻想に私は憑りつかれまいと枕を離して座り直し深呼吸をした。


「これは、デートじゃない」


 そう発した直後にまたスマホが振動する。


『家に着いたよー』


 ああ、やっぱりにやけてしまう。気をつけなきゃ。

 かばんを手に取り、私は玄関へ向かった――


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