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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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焔翼の戦姫編 盾となる嘘

人間、いい人も悪い人もいる。

のではなく、良いことも悪いこともする。

それが人間だと思うのです。

 結局、火災を止めることはできなかった。

 それは途中、赤毛の少女の魔力切れによるものだった。

 どこまでできるのかやってみようという実験的な側面を有して行った消火活動は、ペース配分を誤り、開始九十分ほどで突然の終了を迎えた。

 魔力の切れた赤毛の少女は気を失って、竜をかたどっていた水もろともに湖面へ落下。

 ハフネにより救助されて、今は焚火の傍で寝息を立てている。


 滝へ飛び込んだ時とは違い、気を失っている状態で落下したので、救助活動自体はスムーズに行われた。

 ちなみに救助が早かったこともあり、人工呼吸の必要もないくらいだった。

 セイロが残念そうにしていたが、ハフネは見て見ぬふりをした。



 結局、赤毛の少女が目を覚ましたのは夜中の事だった。


「やぁ、大丈夫かい?」

「ハフ姐……ああ、火は消せなかったんだね」

 目を覚ました赤毛の少女は辺りを見渡し、まだ燃えている森を見て状況を理解した。


「ああ……急に目の前が暗くなって……あれが魔力切れってやつなんだね」

「約九十分。あんな大魔法を連続使用して九十分さ。大したものだよ」

 ハフネはお世辞でも何でもなく、心からそう思っていた。


「なんだかよくわからないですけど、出来ちゃって……ペース配分も何もわからなくって……ミスっちゃいましたね」

「できること自体がすごいのさ」

 普通、前衛職であそこまでの魔法を使える者はいない。

 いや、本職の魔法使いにだっていやしないのだ。


「……」

「ハフ姐?」



 ハフネは目の前にいる赤毛の少女が何者なのかを考えていた。

 剣を取っては剣豪、剣聖と肩を並べるほどのさえを見せる。

 魔法を織れば、まるでお伽話の魔法使いのようだ。

 極めつけは、見たことも聞いたこともないような『特殊能力(スキル)』だ。


 少し前、ついぽろっとこぼしてしまった『転生者』という言葉。


 この世界の者であれば、誰もが知っている。

『転生者』という存在。

 それは『善』であり『悪』でもある。

『救世主』であり『魔王』でもあった。


 もちろん、『善』でも『悪』でもなく『救世主』でもなければ『魔王』でもない転生者もいた。

 しかし、『好事門を出でず、悪事千里を走る』の言葉通り、転生者の悪事ばかりが言い伝えられて来た。

 故に『転生者』には、恐怖、畏怖……そして、嫌悪の感情が付きまとう。


 この世界の主要宗教は神道をベースにした『シント』と呼ばれるものだが、他にも多くの宗教が存在する。

 彼らの一部ではあるものの……「転生者は悪魔」だとする教義も存在する。


 歴史に記された事件がある。

 とある国に転生者が現れた。

 彼は禁忌を犯し、王家を簒奪し、反対する者を力で粛清した。

 彼に従ったのは人ではなく、魂を封じられた鉄の人形たちだったという。

 そしてその国は、今でも……


 教徒らは言う、転生者たちがいた元の世界こそが地獄だと。

 常に騙し合い、常に競い合い、常に殺し合う。大量に。大量に。

 そんな世界からやってきた超常の力を持つ者たち。


【それを悪魔といわずして何というのか!】


 これが彼らの主張である。 


 ハフネ自身はその信者ではないが、彼らは近年その勢力を増していると聞く。

 どこでばったり出会うかわからないのだ。


 もし、出会ってしまったら?

 少女の武力なら正面切って捕えられる様なことはないだろう。

 しかし……。


 目の前には、英雄的でありながら、どこか抜けている……そんな緊張感の足りない少女がハフネを見ている。


 武力ではなく、搦手なら?

 きっとこの子はいとも簡単に、彼らの手に落ちるだろう。


 人質を取られたら?

 この甘ちゃんな少女は、手も足も出せなくなるだろう。


 ハフネは自分の事を『ハフ姐』と慕ってくれるこの子を好ましく思っている。


 だからこそ、この子を守ってあげたいと思っている。


 だからこそ……赤毛の少女の正体を隠さなければいけない。

 仲間であり、恩人である彼女の事を。


 ぱちり


 焚き火が小さく爆ぜた。

 それに驚いた少女は、それを見ていたハフネに照れた様な笑いを見せる。


「昔話を……あたしの昔話を聞いてもらえるかい?」

「え?」

「こうしていると、昔を思い出しちまってね……なに、眠くなりゃ寝ていいさ」


 赤毛の少女は黙って頷いた。


「あたしの故郷は南方諸島でね。大小様々な島がいっぱいあるところで……水に関わる仕事を選ぶことが多い。あたしもそうさ。それで水軍に入ったんだよ」


 ハフネは崩れた敬礼をして見せた。

 遠くで燃えている森を見ながら、語っていく。


「あたしの一族はね、コレを受け継いでるからね」


 ハフネは自身の顔に彫られた紋章術を指しながら、続きを話す。


「村にいたときはもちろん、軍に入った時も目立ったもんさ。実力さえあれば周りは黙る、そう思ってたんだ。だからがむしゃらだった。

 二十代前半で戦技教官までいったんだ。すごいだろ?」

「うん!すごい!さすがハフ姐!」


「当時は嬉しくて、もっと認めてもらいたくて頑張ったんだ」


 ハフネは少女をチラリと見て先を続けた。


「でも、ヒトってのは自分より力あるものを疎ましく思うんだね。そしてそれは簡単に嫉妬や恐怖にすり替わる。理解できない力なら尚更さ」


 赤毛の少女は真剣に聞き入っている。

「苦労したんだね」

「ああ……だが、あたしの苦労なんて可愛いもんさ……世界には『転生者』てのもいるからね」


 赤毛の少女の顔が、一瞬強張ったように見えた。


「転生者は世界の誰もが存在を知っているところだけど……中には彼らを『悪魔』だ『化け物』だという連中もいるんだ」


 少女が全身を緊張させ、警戒心を持ったことに気がついた。

 ハフネはちょっぴり、悲しみを覚えた。


「そういう宗教もあるのさ。彼らがいうには――」


 夜が深まっていく。

 ハフネは彼女の正体に触れずに、彼女の身を安じ、この世界について語っていく。


「英雄は讃えられる。でも、讃えられるのは『都合のいい英雄』だけってのを忘れちゃいけないよ」


「うん」

 赤毛の少女は、ハフネが何を伝えようと開いてくれているのかを理解した。

 そして、恐怖した。


 ハフネは思う。

 (ああ、この子は、ひとりで知らない世界に放り込まれたんだ)


「メル」

 少女がびくりと体をこわばらせた。

 その目は捨てられた子犬のように見えた。


「……おいで」


 ハフネは包まっていた毛布の片側を開けて見せた。

 少女は一瞬躊躇うも、ハフネの柔らかな笑顔に安堵し、そっと身を寄せた。


 ハフネは何も言わずに、少女の頭を撫でた。

 少女の緊張が解れていくのがわかる。


 毛布の内側は、焚き火の熱と人の体温で満ちていた。

 外の世界が、布一枚分だけ遠ざかる。


「ハフ姐……ありがとう」

 この言葉を残して、少女は眠りに落ちる。


 眠ってしまえばいい。

 少なくとも今夜は。


 世界の理不尽は、起きてからでいい。


 ハフネは、これから先、この少女が何者なのかを問われるたびに、別の答えを差し出すことになるだろう。


 それは、小さくも大きい、少女の為の()なのだから。



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