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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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焔翼の戦姫編 誰が信じるというのか

 3日がたった。

 森の火事は一向に収まることがない。

 しかしながら、これほどの規模になった火災を、水魔法でどうにかできるとは考えておらず。

 ただ、見ているしかできなかった。


「なぁメルよ」

「……なに?」


 ショージーの問いかけに、めんどくさそうに答える赤毛の少女。


「普通の魔法なら無理だろうけどよ、お前なら何とかできるんじゃねぇの?」

「何を根拠にそんなことを?」

「何をってお前……今までのお前を見てて、そう思っただけだ」

「……さすがにねぇ、家の火事を鎮火する程度なら何とかできそうだけど、森林火災を何とかするのは無理だと思うわ」

「魔力量的な意味で?それとも範囲的な意味で?」


「……どっちだろうな、範囲かな?」

 首をかしげる赤毛の少女。


「やるだけやってみたらどうだ?幸い、水その物は大量にあるんだし」


 《お兄さん、どうせ退屈してるんだしやってみよう?》

 《メルにゃんがそういうなら》



 川があるということは、河口があり、海か湖があるということだ。

 一行は今、川を下って湖まで来ていた。


「此処から見ると、とんでもない範囲で燃えてるのがよくわかるねぇ」

 ハフネが感心したように言うと、ショーが何も考えずにこう言った。

「これ、メルがスキルで火をつけたんだろう?メルのせいだよな」


「ショー。これのおかげで俺たちは助かったんだぞ。そういうものの言い方はよせ」

 ショーの言葉に異を唱える者がいた。

 セイロだ。


 赤毛の少女は驚き目を丸くしたが、どうせ裏があるんだと無視することにした。


 その態度を見て、肩を落とすセイロを慰めるハフネだった。



 湖に一人じゃぶじゃぶと入っていき、腰くらいまで浸かったころ、赤毛の少女はハフネがセイロと親し気に話しているのに気が付いた。


 《なるほど。先日の話はセイロを引き合いに出していたのか》

 《てことは、ハフネはセイロを好きってこと?》

 《可能性はあるよね》

 《ハフネがあのヤローと一緒になるのは反対だな》

 《ハフ姐には幸せになってほしいものな》

 《だね。そうすればお兄さんが鼻の下を伸ばすこともなくなるよね?》

 《メルニアさん?》



「どーしたー?」

 少女は岸から声が聞こえて、内心での会話を打ち切った。


 《どうせなら、全力でやってみたら?限界を知っておくのは必要だと思うよ?》

 《んっじゃ、やってみますか!》


 赤毛の少女は心を落ち着かせ、両の掌を水面に合わす。


(かしこ)み畏み申す

 高天原の大海原の海神(わだつみ)

 水脈(みお)を束ねる(ことわり)

 神威(かむい)なる御姿(みすがた)

 かこしめし給へと請い奉る』


 それは呪文の詠唱というよりも、神々へ奉げる祝詞(のりと)だった。


 祝詞が進むにつれて水面に合わせた掌から波紋が広がり、やがてそれは激しく波打ち始める。

 赤毛の少女を中心に水面が渦巻いていく。

 轟々となる水の音はまるで、少女の祈りに応える声の様でもある。

 竜巻の如く天へと伸びその頭には少女の姿が在る。

 瞬間、竜巻は閃光を宿し、見る者はその目を眩ませた。

 そして竜巻は、水でできた『龍』へと姿を変え現れた。


 『(とお)(もも)()の龍

 集い集いて(あめ)翔けよ

 荒ぶる御霊を鎮める(あめ)と成れ』


 赤毛の少女を乗せた龍の周囲には、その眷属だろうか小龍が無数に表れ出でる。

 少女が龍の頭上で合掌していた手を大きく振るうと、合わせて小龍の群れが宙を翔ける。

 そして少女は森林火災を指し示すと、その群れは火災現場の上空で群れを成し飛び回り、雨を降らしていく。

 それはまさに豪雨。地表を洗い流すほどの豪雨となって降り注ぐ。


 赤毛の少女にもっと力があれば、もっと細かくもっと多彩に、そしてもっと大量に雨を降らすことも出来ただろう。

 しかし、今の彼女にはそれが出来るほどの力は備わってなかった。


 六鍵一行が、遠くの岸辺で小さく見えた。

 少女は改めて自分が高いところにいるのだと気が付いた。

 滝に飛び込むのさえ足がすくむというのにどうしたことか、彼女はより不安定な場所に立つというのに恐怖を感じ無かった。

 それは、龍との一体感が安心感となっていたからだ。


 《お兄さんはできないと思っていたけど、意外とできたねぇ》

 《メルにゃんだってできるとは思ってなかったよね?》

 《いや、できるとは思ってたよ?ただ……こんな形では、想像してなかったけどね》


 辺りを見渡すと、高所故の景色の良さがまず印象に残る。

 そして、足元の龍。

 《ドラゴン、巨大ゴ……怪獣、そして龍と、メルにゃん。異世界だなぁ》

 《その並びで名前を挙げられるのはなんだか嫌なんだけど?》


「はははは」

 どちらの笑ということもなく、二人の心が重なった笑いだった。


 《ところで、ねぇお兄さん。これって魔法じゃないね》

 メルニアの意識は、足元の龍を指していた。


 《え!?そうなの?》

 《うん……多分ね。あるいは天命(つみか)様がくれた【ギフト】なのかもしれないけど、普通の魔法じゃないことは確かだよ》


 お兄さん――転生者は、あのギャルな天女を思い浮かべていた。

 彼をこの世界へと転生させ、アフターフォローと称していろいろと世話を焼いてくれた天女。

 天女のくれたものが、いろいろと役に立ち、人との縁を結ぶのに役に立ったし、彼自身が今ここにいるのも、その縁があればこそだった。


 天女(かのじょ)を思い、祈りを奉げる。

「どうか、あの方が健やかであられますように」


 《天女様って病気になったりするのかな?》

 《メルにゃん、面白いこと言うね》

 《そう?120年連勤した後だし、疲れてたら病気にもなるかなって》

 《……それはそうか》


「どうか、天命様が健やかであられますように」

 赤毛の少女は祈る。

 あの笑顔が、いつまでも続きますようにと。



 地上では水の龍を見あげる六鍵一行が暇を持て余していた。


「俺達って、メルにおんぶにだっこだな」

「しょうがないさね。正直、あの子についていける人間は其れこそ転生者くらい――いや、やめようか」

「……そうだな、メルはメルだしな」


 ショージーとサルマール、ハフネが、赤毛の少女の正体に近づいていたころ、セイロとショーは龍を見あげて楽しそうに手を振っていた。


 ひとりキオリスだけは険しい顔をしている。

「誰が信じてくれるんだ、こんな冒険譚を」


 燃える森に雨を降らす小龍の群れを見上げながらこぼしたキオリスの呟きは、誰の耳にも届かなかった。



慣用句「おんぶにだっこ」では何もかも他人に頼り切って、自分では何もしない状態を指します。


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