焔翼の戦姫編 がーるずとーく
煙突効果とは、高温の空気は低温の空気より密度が低く軽いため、煙突(縦長の空間)内で自然に上昇気流が発生する現象です。
この上昇力(浮力)により、煙突下部から冷たい外気が吸い込まれ、温かい空気が排出される。
朝。
たぶん朝。
空を写していた天井は、今や何も映していない。
赤毛の少女が開けた大穴は今や炎の向こう側であり、外を見ることはできなかった。
故に、時間の経過はわからず彼らの感覚で言えば、『たぶん朝』なのだった。
赤毛の少女のマジックバッグには時計が入っていたはずだが、あえて見るような野暮なことはしなかったのだ。
森はいまだに燃えており、一行はそれをかなり離れた対岸で避難を兼ねてキャンプしていた。
赤毛の少女の開けた大穴が煙突効果を生み、その炎はすさまじいまでの勢いを持っていた。
炎へ向けて大気が強烈に吸い込まれ、炎は竜巻となって大穴へ伸びていく。
轟轟と地鳴りのような音が響き、かなり離れているにもかかわらず、その熱は彼らの元まで届いていた。
この時の炎は、地表へ吹き出し『黎明龍伝説』に添えられることになるのだった。
急ぐ旅であるはずが、何をしているのかといえば、六鍵の秘密ルートは燃える森の中にあり、鎮火を待たねばならなかったし、行動できる範囲には特に何もないという。
いま出来るのは、せいぜい出てくる魔物を退治するくらいだ。
GR襲撃時には裸だった少女もハフネも今は当然、服を着て装備を身につけている。
彼女たちの裸を見たことについての謝罪はない。
なぜなら、ここは町ではない。
ダンジョンという命をかけた場所である。
『水浴びを覗いてしまった』のとはわけが違う。
状況的に仕方ないことだったのだ。
そうしなければ、死が待っていたのだ。
故に、謝る必要はないのである。
が、それと彼女たちの感情は別の話であった。
「ハフ姐……怒ってるの?」
「……いや、ただ困惑してるのさ」
確かにその表情は怒っている風ではない。
とは言え、この状況でその心中を察することができなかったのだ。
「つまり……どういうこと?」
「ショーがあたしを嫁にするって言い出してさ」
「おめでとう!……ん?あれ?」
「だろう?『裸を見た責任を取る』とかいうけどさ、何だろうね……ズレてる感じしかしないんだよ」
腕を組んで首を傾げる赤毛の少女が可笑しかったのか、ハフネはふふふと笑う。
「……なんにせよ、あれはないよねぇ」
苦笑いを浮かべる少女の視線の先には、こんな状況でも川で水遊びをするショーの姿があった。
「アンタもそう思うよね……せめて、キオくらいの家柄で、サルマールくらいに落ち着いて……アンタくらいかっこよければねぇ」
少女を指さして笑っている。
「あはははっハフ姐の年がもっと近かったら、いけてたんですけどね」
「あはははっ……なんだい年増だって言いたいのかい?」
「え!?いや……いやいや!」
慌てて否定するも、ハフネの表情からは別に怒ってなどいないことがわかる。
「てか、性別については問題ないのかい?」
「ええ、男には興味ないですね」
きっぱりと言い切る。
それはそうだ。赤毛の少女の二心同体であるお兄さん――転生者は、おじさんなのだから。
「あー……本気かい?」
「あいつらを見てたら特にそう思いますね」
『転生者であることは伏せておくべき』という認識から、この場では適当にごまかしておく。
「じゃー好みのタイプとかは?」
「好みのタイプか……うーん?」
《好みのタイプか……うーん?》
《……》
《スタイル良くて……胸が大きくて、腰は引き締まって、お尻は良い感じにキュッてあがってて、笑顔が素敵で、知的で……》
《……》
《一緒に運動ができて、趣味があって、お互いの事を思いやれる感じの人がいいな》
《……私要素は?》
《あるぇ?》
《なによ》
《メルのことを言ってるつもりだったんだけどなぁ》
《!……お兄さぁん、もう。私のこと好きすぎぃ》
二心同体とはいえ、全ての思考が共有されるわけではない。
そう、今、お兄さんの中では……(セーフ!あっぶな!)という冷や汗ものだったのである。
「好みのタイプとか、特にないかな」
「じゃ、じゃぁ知的なタイプとかは?」
「まぁバカよりはいいですね」
「支えてくれるタイプとか、どう?」
「……なんです? そりゃ支えてくれるのは良いと思いますけど」
「実家も大きなところの方がいいよね?」
《この世界での一般家庭ってどんなものか知らないけど、メルにゃんの記憶からすると正直、仕来りだなんだと面倒くさいね》
《お兄さんの記憶をみても、やっぱり日本でもいろいろあるんだね》
「実家?めんどくさそうなのでパス! てか、ハフ姐こそどうなんです?」
「いや、あたしは良いんだよ。あれと結婚なんて考えられないからね。てか、アンタだよメル。もう、結婚してもいい年ごろだろう?」
《なんか雲行きが怪しいな?》
《縁談を持ってくる、親戚のような空気だね》
《あー!確かに》
「男と一緒になる気はありませんから。――っと、お茶入れてきますね」
赤毛の少女はハフネの持っていたカップを、さっと取り上げるようにして持ち去った。
「はぁ、セイロの頼みで探ってみたけど、ありゃぁ脈はないよ。……なんて言ってやろうかな」
そう、ハフネはセイロからどうしてもと頼まれて、探りを入れていたのだ。
メルニアくらいの年の女の子には、異性が理解できず、同性がいいと答える者が出てくることは、たまにある。
ハフネが故郷の水軍にいたときにも、数千いる兵士の中に何組かはいると耳にしたことはあった。
実際に会った事はなかったが。
「あれだけの特殊能力の血統を残さないのは、勿体ないねぇ」
この世界の一般的な認識から出たセリフだった。
赤毛の少女が焚火の傍に避難する。
「ちっこい火はいいねぇ。はぁ~あ どっこいしょ~っと」
《お兄さん、いまのなに?》
《ああ……日本人がつい口にしてしまう……祈りの言葉だよ》
《へぇ、歌うみたいに言うんだね。どっこいしょ~っと》
(六根清浄がなまったものだっていうし、嘘ではないか)
メルニアの素直さにちょっぴり罪悪感を覚えたお兄さんだったが、まるっきりのウソというわけでもないので、良しとしたのだった。
鍋に魔法で水を入れ、焚火で湯を沸かす。
離れたところで、ショージーとキオリスが剣の稽古をしているのが見える。
ショーは相変わらず水遊び……ではなく魚を探しているという。今のところ収穫はゼロだが。
サルマールは装備の手入れをしている。
セイロは焚火の傍で、紫色からまだ戻らない顔のまま、薬を調合していた。
《お腹すいたな》
《それよりもお兄さん、ポカポカして気持ちいいね》
《ハフ姐にお茶もっていかなきゃだけど、寝てしまいそうだね》
「ねぇセイロ」
「お、おう!?」
「私、寝ちゃいそうだから、お茶入れてハフ姐に持ってってあげてくれる?」
「おう、あ、うん、わかった」
赤毛の少女はそのまま、うとうとし始め、気が付けば寝息を立てていた。
そこへハフネがやって来る。
赤毛の少女が寝ているのを確認して……。
「セイロ、あんたこの子はやめときな。アンタじゃ釣り合わないし、手に負えないよ」
「……メルはなんて?」
「あー……恋愛には興味ないとさ」
セイロを傷つけないように、彼女の名誉を損なわないようにと、いろいろと気を使った結果のセリフだった。
「そっか……じゃぁ、俺が興味持たせてみせるよ」
「え!?そうじゃなくて」
「いや、ありがとう!そうだよな。俺が惚れさせるくらいの気持ちでいないといけないよな」
「あ、うん。それはそうだけど、そうじゃなくてね?」
「ようし!まずは、釣り合うくらいに強くならねぇとな!」
そういってすっくと立ち上がったと思ったら、ショージー達に向かって走っていく。
「おーい!俺にも剣を教えてくれ!」
「あーあ……メルニア、アンタ罪な女だねぇ」
とんだ濡れ衣であった。
黎明龍伝説はどうなっていくのか・・・。
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