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群青と焔(あおとあか)  作者: 旭ゆうひ


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焔翼の戦姫編 地底の空。

☆閲覧注意☆

 それはあまりにも非現実的だった。

 今まで出会ったどんな生物よりも巨大で、かのロックドラゴンを軽く超えていた。

 これまでに見たどの城壁も、これの前ではオモチャ同然だろう。


 もしこんなものが地上にでたらと思うと、六鍵一行は背筋が凍る思いだ。


 しかし、この巨大なTR(タワーローチ)を見あげる赤毛の少女は、胸を躍らせていた。


 日本の女の子たちが魔法少女に憧れるように、男の子の多くはヒーローに憧れるものだ。

 そして、赤毛の少女――二心同体のひとりであるお兄さんは、まさにその口であった。


 変身は出来ずとも、今は赤毛の少女の姿だ。変身していると言えなくもない。

 ヒーローたちの必殺技をつかえなくとも、彼にはそれに代わる力がある。

 

 これで胸を躍らせない日本男児がいるだろうか?

 否である。


 では、どうするか?


 答えは簡単だった。


 そう!『必殺技』である!

 

 前方に浮遊、展開していた六つの光珠を、展開したときと同じく腕を大きく振って、踊るようにして集合させる。


 赤毛の少女の前方で六つの光珠は、高速で輪を描くように飛翔する。


 光珠の影響でプラズマ化した大気が放電を始めた。


 少女はその輪の向こうにTRの姿を収める。

 するとそのプラズマは輪の外ではなく、内側へと方向を変え、中心部に光の球を形成していく。


 その頃、赤毛の少女の後方では――


「うおおおお!なんだこりゃああ!?」

 ショーが赤毛の少女の作り出した現象を見て、少年のように瞳を輝かす。

 事実、彼はまだ未成年であるから子供ではあるが、彼のそれはもっと下の、初めてヒーローに触れた少年のそれであった。


「ははは……どうやら武勇伝どころではなく、伝説の世界だな」

 キオリスが、セイロを介抱する手を止めて呟いた言葉は、話ても信じてもらえないだろうな、という思いの表れだった。


 サルマールはといえば手を合わせ、軍神ハチマヌに祈りをささげていた。

「どうかどうか、我らに勝利を齎せ給へ。かの者に、敵を打ち滅ぼす力を与え給へ!」


 ショージーはハフネの介抱に集中していて見ておらず、後に「俺も見たい」と、リーダーらしからぬ駄々をこね、ぶっ飛ばされる事になるのだった。


 

 赤毛の少女の前方で飛翔し輪を描く珠は、その速度を増し、今ではひとつながりのように見えていた。

 その中央のプラズマ球はその大きさを増大させ続け、遂には珠を飲み込みさらに拡大していく。


 赤毛の少女は、今になって一抹の不安を抱いていた。

《仕留めきれなかったらどうしよう》

《大丈夫だよ。精一杯やれば良いんだよ》

《そうだね。それしかないもんね》


 胸の内で少女に励まされ、覚悟を決めた彼は限界まで力を溜めていく。

 熱と衝撃波が奇しくも障壁となり、GRを寄せ付けない。

 ならばこの機にと、戦線を押し戻す。


 TRはその巨体の想像通り動きは鈍く、ゴ◯◯リ系統とは思えない鈍重さだった。


 《天敵がいなかっただけなんだろうな》

 《デカいだけの、気持ち悪い的でしかないね》

 あまりにも巨大すぎて、キモさのひとつである『蠢いている』が薄れているのだ。

 巨大な重機が複数稼働してもキモくはないのと同じだった。

 

 

 おかげで赤毛の少女は、集中して力を溜め放題だ。


 そこから数十秒。

 限界が見えてきた少女は気が付いた。

 《やばい!》

 《どうしたの!?お兄さん!》

 《技名がない!》

 《……メルニアブレスでいいんじゃない?》

 《……何にしようかな》

 《ちょっと!》

 《いやほら、叫んでカッコいいのにしたいなって》

 《もう!子供みたいなこと言ってないで、集中して!》


 《あ、やばっ》

 《ほらぁ!》

 

 溜め込んだ力は限界を超え、少女の制御を離れ、当初の狙いに従って迸った。

 

 それは射出地点が低かったこともあり、周囲の地面を蒸発させ、TRの上半身を消滅させ、空を写した天井に大穴を開けた。

 その穴は、地表へと達した。

 光は空の彼方まで伸びて、雲に穴をあけ、夜空を切り裂いた。

 それは、夜を終わらせる龍――黎明龍――の吐息 黎明龍霊の吐息レイメイリュカ・ブレスと記される事になる二度目の現象となったのだった。


《お兄さん……夜空が見えるよ》

《ワァ……キレイダナァ》


 穿たれた大穴は赤熱化した地層で彩られ、それはまるで、丸い額縁に入れた夜空の絵画のようであった。

 反面、天井に映されていた偽の夜空は消え失せている。

 だからこそ、絵画のようであった。

 額縁の熱のせいだろう、夜空が揺らいで見えることもまた、美しさを増していた。

 

 

 TRの上半身が消し飛び、残った巨体はその場に倒れ、多くのGRが下敷きになって潰れていく。


 それをきっかけにGRは今までの攻撃性を失ったかの様に、散を乱して逃げていく。


 辺りにはヤツらが、パチパチと燃える音と共に、異臭が漂っている。

 積み重なった死骸は攻勢の激しさを物語っており、足元は奴らから流れ出した粘度の高い、白と緑の体液でぬかるんでいる。

 その光景は、ある意味地獄の様だった。


 黎明龍霊の吐息レイメイリュカ・ブレスの発射によって蒸発した地面は表面が溶岩化しており、その凄まじさの証左であった。

「うわぁ……地面がこんな、ネット動画でしか見たことないよ……これを、うちが……」

《これ、人相手に水平発射したらヤバイね》

《町中でやろうものなら……》

《うわ……怖っわ!》

《お兄さん、手加減の練習しなきゃだね》


「なぁ!さっきのアレ!なんて魔法だ!?俺にも使えるかな?」

「あー……どうだろう?」

「なぁ頼むよ!さっきのカッコいいやつ!俺も使いたいんだ!」


《メルにゃん》

《なに?》

《パスッ》

《ちょ!?……もう》


「あれは……私の特殊能力(スキル)だから、真似はできないかな」

「まじかぁ――しょうがない。せめて技の名前だけでも教えてくれよ」

「あーそれは……」


 スキル名、ましてやその詳細は基本的に人に話さないものだ。

 話すことでその対策を取られる可能性が高くなる。そうすれば命取りになるのが冒険者という職業だ。

 今更言うまでもないことを、ショーが聞いたのは、それだけあの技にほれ込んだということだろう。

 そこまでの事なら答えてやりたいところだが……。


「……やった……のか?」

 サルマールが周囲を見渡しながらそう言って、赤毛の少女の思考を中断させた。


《フラグかよ》

《フラグ?……ああ、よくないことが起こる引き金みたいな言葉の事ね?》

《そうだよ。そのなかでも、有名なタイプのやつだよ》


「私は国に帰ったら、自叙伝を書くよ」

 キオリスの言葉に、少女の不安は加速する。


《こいつもか!》


「生きてるって……俺は実家に手紙を書くよ」

 ショーがそういって、疲れたのか川の中だと言うのにその場へ座り込んだ。


《これで三本目だね、お兄さん!》

《やめてくれ! もうゴ〇〇リはこりごりだよ!》


 

「キオ……おろしとくれ」

 ハフネの弱々しいながらもはっきりとした声が、聞こえた。

 キオの肩から降ろされたハフネはしっかりと自分の脚で立っている。

 

「ハフ姐!よかった!」

 ハフネに抱き着く少女。

 

「はは、心配かけたようだね……しかし……なんだいこりゃぁ、あたしは地獄にでも落ちたのかい?」

「ははは、さっきまではそうでしたよ!」


「大丈夫?」

「ああ、まだすこしふらふらするけどね、もう大丈夫だよ」

「ああ、本当に良かった……みんな無事だね!」


 赤毛の少女が喜んでハフネの手を取ったとき、背後からそれは告げられた。


「セイロが……死んだ」


 ショージ―が抱きかかえるセイロは、紫色の顔色をしておりとても生きているようには見えなかった。


 あわてて赤毛の少女は【ギフト:波の支配】を使ってセイロの心臓を視る。

「……嘘言え、普通に心臓動いてるでしょ」

「……でも、意識がないんだ」


 赤毛の少女は何かを察したのか、そのセリフを怪しんだ。

 なにせ、いつも意地悪なことばかり言うセイロのことだ、また何かを企んでいるに違いない。

 そう考えたのだ。


【ギフト:波の支配】は使い方次第でこんなことも出来る。

 彼女が暗闇で光りを必要としないのは、あらゆる波を感じてそれが手に取るように理解できるからだ。

 つまり、こんな具合に。

 セイロの体温は赤外線の感知。

 セイロの鼓動は音波、振動波の感知。

 セイロの感情はホルモンなどの分泌を超音波などで感知。

 総合して感情や思考が動いているかどうかを、なんとなくだが知ることができる。


 ただ、まだ慣れていないため、そこから読み取れる情報はほとんどない。


「セイロ、さっきはゲロかけちゃってごめんね?」

 すると赤毛の少女の感覚には、セイロの感情が動いたことがはっきりと分かった。

「でも、どうせアンタの事だから、私の裸見たんでしょ?」

 感情が激しく揺れているのが分る。おそらく動揺しているのだろう。

「いつもなら、絶対許さないところだけど、みんなが心配してるから今回だけは、すぐに起きたら許してあげる」

 動揺が激しくなり、心なしか表情そのものも曇ってきている。

「……3、2、1、……」

「わかった!分かったよ!……ちょっと驚かそうとしただけなんだ。すまん」


「よし。これで全員無事っと!」


「無事って言える顔色じゃないけどね。まったく、趣味の悪い冗談はやめな」

 ハフネが苦笑いをしながら、それでもセイロ本人が楽しそうだから、ひとまず良しとしたのだった。

 

 この場に相応しくはない、ほのぼのとした空気が流れた。

 風が吹いている。

 地下とは思えないほどの強風だった。


 その風にあおられて、森の火は一層その激しさを増していく。


 ここに、ひとつの生態系の消滅が確定したのだった。

 


 

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